転生特典「どこでもスケッチブック」で描いた街へひとっ飛び！～絶景と美食を巡る気ままな異世界スケッチ旅行～

第39話：名物料理の再発見～盛り付けと新たな魅力～

　エシンが作成した「鶴の湯」のパンフレットは、予想以上の効果を上げた。鄙びた温泉宿の魅力が再発見され、ユノハナ村を訪れる人々の中に、「あの絵の宿に泊まってみたい」という声が増え始めたのだ。源三さんは、久しぶりの賑わいに目を細め、エシンへの感謝の言葉を何度も口にした。

　そんなある日、エシンはパンフレット作成の仕上げとして、「鶴の湯」の食事風景もスケッチに加えたいと考えた。源三さんにその旨を伝えると、彼は「それは素晴らしいが、うちにはこれといった名物料理もなくてのう……」と、少し困ったような顔をした。
「いえ、特別な料理でなくてもいいんです。源三さんが心を込めて作る、この土地ならではの温かい料理を、そのまま描かせてください」
　エシンの言葉に、源三さんは少し安堵したように頷いた。

　その日の夕食、源三さんは腕によりをかけて、いくつかの料理を用意してくれた。それは、地元で採れた山菜の天ぷら、温泉でじっくり煮込んだという猪肉の角煮、そして、この地方の岩魚を使った塩焼きなど、どれも素朴だが心のこもった品々だった。
　エシンは、それらの料理がテーブルに並べられた瞬間、ふとあることに気づいた。料理そのものは非常に美味しそうなのだが、盛り付けや器の選び方が、少し素っ気ないというか、地味な印象を受けるのだ。

「源三さん、このお料理、本当に美味しそうですね。もしよろしければ、僕が少しだけ盛り付けのお手伝いをしてもよろしいでしょうか？ 絵に描くときに、より魅力的に見えるようにしたいのです」
　エシンの提案に、源三さんは少し驚いたが、「絵描きさんの目にそう見えるなら、ぜひお願いしたい」と快く応じてくれた。

　エシンは、厨房に立たせてもらい、源三さんが用意した料理を、自分の美的センスを活かして盛り付け直し始めた。
　例えば、山菜の天ぷらは、彩りを考えて緑色の葉を添え、立体的に盛り付けることで、より新鮮で美味しそうに見えるようにした。猪肉の角煮は、照りのある煮汁を上からかけ、白髪ネギを添えることで、見た目のアクセントと風味を加えた。岩魚の塩焼きは、串の刺し方を変え、皿の上に笹の葉を敷くことで、まるで川を泳いでいるかのような躍動感を演出した。
　さらに、宿に古くから伝わるという、美しい絵付けの施された器や、素朴な木の器などを選び出し、それぞれの料理に合うように組み合わせた。

　ほんの少し手を加えただけなのに、料理の印象はがらりと変わった。テーブルに並べられた料理は、まるで高級料亭で出されるかのような、洗練された美しさと、食欲をそそる魅力を放っている。
「こ、これは……！ 同じ料理なのに、まるで別物のように見える……！」
　源三さんは、エシンの手によって生まれ変わった料理を見て、目を丸くして驚いている。
「料理は、味はもちろんですが、見た目もとても大切だと思うんです。こうして少し工夫するだけで、食べる人の期待感も高まりますし、より美味しく感じられるのではないでしょうか」
　エシンは、前世でデザインの仕事をしていた経験から、プレゼンテーションの重要性をよく理解していた。

　その夜、エシンが盛り付けを手伝った料理は、「鶴の湯」に宿泊していた他の客たちにも提供され、大変な評判を呼んだ。
「今日の料理は、いつもより格段に美味しそうに見えるね！」
「見た目も美しくて、食べるのがもったいないくらいだわ！」
　客たちの喜びの声は、源三さんにとって何よりの励みとなった。彼は、エシンに改めて感謝し、「これからは、エシンさんに教えてもらったように、料理の見た目にももっと気を配ってみようと思う」と、意欲を見せた。

　この出来事は、すぐにユノハナ村の他の宿や飲食店にも伝わった。「鶴の湯」の料理が、旅の絵描きの手によって見違えるように魅力的になったという噂は、小さな村ではあっという間に広まる。
　すると、他の宿の主人や、土産物屋の店主などが、次々とエシンの元を訪れ、「うちの宿の料理も見てほしい」「商品のパッケージデザインについて相談に乗ってほしい」といった依頼が舞い込むようになったのだ。
　エシンは、あまり深入りするつもりはなかったが、村の人々の真剣な眼差しと、地域を盛り上げたいという純粋な思いに心を打たれ、できる範囲で協力することにした。

　彼は、それぞれの宿の特色を活かした料理の盛り付け方をアドバイスしたり、土産物の魅力を引き出すようなパッケージのスケッチを描いたり、さらには村の特産品を使った新しい菓子のアイデアを提案したりもした。エシンの美的センスと、異世界の知識（前世の日本のもの）が、ユノハナ村の伝統的な産品に新たな息吹を吹き込んでいく。
　例えば、地元で採れる山ぶどうを使ったジャムの瓶には、エシンがデザインした可愛らしいラベルが貼られ、温泉まんじゅうの包装紙には、ユノハナ村の雪景色をモチーフにした美しいイラストが描かれた。それらの商品は、見た目の魅力が格段に向上し、観光客からの評判も上々だった。

　エシンの「ついで」の助力は、「鶴の湯」だけでなく、ユノハナ村全体の活性化に、少しずつではあるが貢献し始めていた。村人たちは、エシンのことを「福の神のような絵描きさん」と呼び、心からの感謝と敬意を寄せるようになっていた。
　エシン自身も、自分の絵やデザインの知識が、こんなにも直接的に人々の役に立ち、喜んでもらえることに、大きなやりがいを感じていた。それは、ただ美しい風景を描くだけでは得られない、確かな手応えだった。
　ユノハナ村の名物料理や特産品が、エシンの手によって新たな魅力を発見していく。その過程は、エシンのスケッチブックに、また一つ、温かく、そして美味しい記憶として刻まれていくのだった。この雪国の小さな村が、エシンの絵筆によって、これからどんな風に変わっていくのか、それはまだ、誰も知らない物語の始まりだった。