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第14話:自動迎撃システム
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夜の闇が、再び嘆きの荒野を覆い尽くした。
シェルターの周囲は、昨夜とは打って変わって不気味なほどの静寂に包まれている。だが、この静けさが嵐の前のものだということは、俺もシルヴィアも理解していた。奴らは必ず来る。昨夜の雪辱を果たすために、そして、自分たちの縄張りを侵す異物を完全に排除するために。
「準備はいいか、シルヴィア」
「はい。いつでも」
シェルターの中で、俺たちは息を潜めてその時を待っていた。シルヴィアは腕の傷の手当てを済ませ、抜き身の剣を膝に置き、精神を集中させている。だが、彼女の役割は今夜、剣を振るうことではなかった。
昨夜の襲撃の後、俺たちは夜が明けると同時に行動を開始した。
まずは、損傷したアダムの修理だ。ひしゃげた左腕のパーツを一度取り外し、粘土と岩石で補強し、再び焼き固める。幸い、関節の駆動部分へのダメージは少なく、数時間の作業でアダムは再び動けるようになった。
そして、そのアダムを使って、俺の指示通りに新たな『仕掛け』を拠点周辺に設置させていった。
それは、ハウルウルフの習性を逆手に取った、原始的で、しかし効果的なトラップシステムだった。
アオオオォォン!
ついに、その時が来た。
昨夜と同じ、空気を震わせる遠吠えが響き渡る。それを合図に、闇の中から十数匹の赤い双眸が、再び姿を現した。奴らは昨夜よりも警戒心が強く、すぐには襲いかかってこない。シェルターを遠巻きにしながら、慎重にこちらの様子を窺っている。
リーダー格の個体が、岩の上から低い唸り声を上げ、群れに何かを指示している。
すると、数匹のハウルウ-ルフが、先行してゆっくりとこちらへ近づいてきた。偵察部隊だろう。
そのうちの一匹が、シェルターから二十メートルほど離れた地面に踏み込んだ、その瞬間だった。
カッ!
地面に仕掛けておいた仕掛けが作動し、強烈な閃光が炸裂した。それは、特定の鉱石同士を強く打ちつけることで発生する火花を、磨いた金属板で反射させて増幅させる、ごく単純な発光トラップだ。
「ギャン!」
不意の閃光に目を焼かれたハウルウルフが、苦痛の声を上げてその場でもだえる。夜行性の彼らにとって、強烈な光は最大の武器であり、同時に最大の弱点でもあった。
その混乱を皮切りに、俺は第二の仕掛けを作動させた。
シェルターの壁に取り付けた、小さな穴。そこから、俺は細長い金属のパイプを突き出した。そして、そのパイプの端に、革袋で作ったふいごを繋ぎ、力一杯空気を送り込む。
フオオオオオオン!
パイプの先端に仕込んだ笛が、耳をつんざくような甲高い不協和音を奏でた。これも、ハウルウルフが嫌う特定の周波数の音を発生させるように調整しておいた、音響トラップだ。
優れた聴覚を持つ彼らにとって、この音は耐え難い苦痛だったのだろう。ハウルウルフたちは耳を塞ぐように頭を振り、混乱したようにうろつき始めた。
リーダー格の狼が、苛立ったように吠え、群れを統率しようとする。だが、光と音による断続的な嫌がらせが、彼らの連携を確実に乱していた。
「……すごい。奴らが、混乱している」
小窓から外の様子を窺っていたシルヴィアが、驚きの声を上げる。
「まだだ。これは前菜に過ぎん。メインディッシュはこれからだ」
俺は、シェルターの床に設置した、最後の仕掛けのレバーに手をかけた。
リーダー格の狼は、このままでは埒が明かないと判断したらしい。彼は一声高く吠えると、全軍に突撃命令を下した。混乱しながらも、獣の本能に従い、十数匹の群れがシェルター目指して一斉に突進してくる。
その猛進が、俺が設定した最後の防衛ラインを越えた。
「今だ!」
俺は、渾身の力でレバーを押し込んだ。
レバーは、シェルターの地下を通るワイヤーと繋がっている。そのワイヤーの先にあるのは、アダムが昼間のうちに地面に埋めておいた、巨大な投石器だった。いや、投石器と呼ぶには、それはあまりにも異質だった。
ゴゴゴゴゴ……!
大地が微かに震え、シェルターの左右両翼から、土煙を上げて二つの巨大な『腕』が出現した。それは、投石器のアームの先端に、アダムと同じ素材で作った巨大なゴーレムの腕を取り付けたものだった。その巨大な掌には、人頭大の岩がいくつも乗せられている。
俺がレバーを操作すると、ワイヤーが引かれ、巨大な腕が唸りを上げて振りかぶられる。
「行け!」
次の瞬間、二つの腕が凄まじい勢いで振り下ろされ、掌に乗っていた岩石が、突進してくるハウルウルフの群れのど真ん中に向かって、文字通り『投げつけられた』。
ドッゴオォン!
轟音と共に、岩石の雨がハウルウルフの群れのど真ん中に向かって降り注いだ。
それは、もはや投石という生易しいものではない。巨人が、怒りに任せて岩を投げつけたかのような、圧倒的な質量と暴力の塊だった。
地面が抉れ、土煙が舞い上がる。
「キャイン!」「グォッ!」
獣たちの断末魔が、夜の闇に木霊した。
突進の勢いのままだった数匹は、岩石の直撃を受けて肉塊となり果て、運良く直撃を免れた個体も、その衝撃波で吹き飛ばされ、地面を無様に転がっていく。
一瞬にして、ハウルウルフの群れは壊滅的な打撃を受けていた。
「な……!?」
シェルターの小窓からその光景を見ていたシルヴィアは、言葉を失っていた。彼女の常識では、投石器とは城壁の上から運用する大型の兵器だ。それが、地面から突如として現れ、これほどの破壊力を生み出すなど、想像の範疇を超えていた。
「ただの投石器ではない。俺はこれを『簡易投石ゴーレム』と名付けた。アダムの腕の構造を参考に、より単純で、より強力な一撃を放つことだけに特化させた決戦兵器だ」
俺は、冷静に解説しながら、再びレバーを操作する。ワイヤーが巻き上げられ、巨大な腕がゆっくりと持ち上がり、再び岩石を装填する。
「動力がワイヤーとテコの原理だから、連射は利かん。だが、一撃の威力は本物のゴーレムにも匹敵する。対軍隊用の兵器としては、コストパフォーマンスは最高だ」
生き残ったハウルウルフたちは、完全に戦意を喪失していた。仲間たちの無残な死骸を前に、彼らは恐怖に震え、後ずさっている。彼らの本能が、目の前の『異物』が、自分たちの手に負える相手ではないと告げているのだ。
岩の上にいたリーダー格の狼は、憎悪と恐怖が入り混じった目で、地面から突き出た巨大な腕と、静まり返ったシェルターを睨みつけていた。彼は、自分たちが戦っていた相手が、ただの人間二人ではなかったことを、ようやく理解したのだろう。それは、人の知恵が生み出した、冷たく無慈悲な『システム』だった。
リーダーは、天に向かって長く、悲痛な遠吠えを一つ残すと、生き残った数匹の仲間を引き連れて、闇の中へと逃げ去っていった。その姿は、昨夜の威厳に満ちた王者のものではなく、手負いの敗残兵そのものだった。
後に残されたのは、抉れた地面と、無残な魔物の死骸。そして、全てが終わったことを見届けるかのように静かに佇む、二つの巨大な腕だけだった。
「……終わりましたね」
シルヴィアが、安堵のため息と共に呟いた。
「ああ。だが、まだだ」
俺は、シェルターのドアを開け、外へ出た。そして、未だにゆっくりと動いている簡易投石ゴーレムに向かって、静かに命令した。
「第二フェーズへ移行。死骸を回収し、指定ポイントへ運べ」
俺の声に反応したのは、投石ゴーレムではなかった。
死骸の近くで、これまで死んだふりをして地面に埋まっていた、もう一体の存在。
それは、アダムをさらに小型化し、腕の先がシャベル状になった『回収用ゴーレム』だった。俺はこいつを、アダムと対になる存在として、『イヴ』と名付けていた。
イヴは、ゆっくりと起き上がると、ハウルウルフの死骸をそのシャベルアームで器用にすくい上げ、拠点から少し離れた場所に掘っておいた穴へと、一つ、また一つと運んでいく。
「アッシュ様、これは……?」
「後片付けと、資源の有効活用だ。ハウルウルフの毛皮は、防寒具になる。牙や爪は、武器や道具の材料として使える。そして、肉は……」
俺は、少しだけ言い淀んだ。
「……非常食だ。念のためにな」
シルヴィアは、黙ってその光景を見つめていた。
敵の習性を分析し、光と音で撹乱するトラップ。
敵の侵攻ルートを予測し、一点に殲滅する迎撃兵器。
そして、戦後の処理までを自動で行う、作業用ゴーレム。
そこには、シルヴィアが知る『戦い』の常識は、何一つ存在しなかった。騎士の誇りも、剣技の冴えも、個人の武勇も、そこにはない。
あるのは、ただ、冷徹なまでの合理性と、目的を達成するための、緻密に計算され尽くしたシステムだけ。
力ではなく、知恵で脅威を乗り越える。
アッシュが語っていた魔導工学の真髄を、彼女は今、目の当たりにしていた。
「これで、当面の安全は確保できた」
全ての処理が終わった頃、俺は満足げに頷いた。
「奴らも、これだけの損害を受ければ、そう簡単にはこの場所に近づいてこないだろう。我々は、文明を築くための、貴重な時間を稼いだ」
俺の視線は、もう次の段階へと向いていた。
安全な拠点の確保。命を繋ぐ水の確保。そして、脅威を退ける力の確保。生存のための第一段階は、これでほぼ完了した。
次は、この地で豊かに暮らすための、第二段階へと進む時だ。
「アッシュ様」
シルヴィアが、改まった口調で俺に話しかけてきた。
「なんでしょうか」
「はい。貴方様の戦い方は、私が学んできた剣術とは、全く異なります。ですが、その強大さと合理性は、理解いたしました。私に、何かお手伝いできることはありますでしょうか。このまま、ただ守られているだけでは、貴方様のメイド騎士として、面目が立ちません」
その瞳には、真摯な光が宿っていた。
俺は、少しだけ考えてから、にやりと笑った。
「そうだな。では、お前には重要な任務を与えよう」
「何なりと」
「明日の朝食は、ハウルウルフの肉を使った、温かいシチューにしてくれ。味付けは任せる。俺は、レシピまでは専門外なんでな」
俺の言葉に、シルヴィアは一瞬きょとんとした顔をした。
だが、すぐにその意味を理解したのだろう。彼女は、ふっと柔らかく微笑むと、メイドとして完璧な一礼をした。
「お任せください、マスター。最高のシチューを、ご用意いたします」
その声には、もう何の迷いもなかった。
夜明け前の冷たい空気の中、俺たちの小さな拠点には、確かな文明の温もりが灯っていた。
それは、血と硝煙の匂いではなく、やがて来る朝の、温かい食事の匂いを予感させるものだった。
シェルターの周囲は、昨夜とは打って変わって不気味なほどの静寂に包まれている。だが、この静けさが嵐の前のものだということは、俺もシルヴィアも理解していた。奴らは必ず来る。昨夜の雪辱を果たすために、そして、自分たちの縄張りを侵す異物を完全に排除するために。
「準備はいいか、シルヴィア」
「はい。いつでも」
シェルターの中で、俺たちは息を潜めてその時を待っていた。シルヴィアは腕の傷の手当てを済ませ、抜き身の剣を膝に置き、精神を集中させている。だが、彼女の役割は今夜、剣を振るうことではなかった。
昨夜の襲撃の後、俺たちは夜が明けると同時に行動を開始した。
まずは、損傷したアダムの修理だ。ひしゃげた左腕のパーツを一度取り外し、粘土と岩石で補強し、再び焼き固める。幸い、関節の駆動部分へのダメージは少なく、数時間の作業でアダムは再び動けるようになった。
そして、そのアダムを使って、俺の指示通りに新たな『仕掛け』を拠点周辺に設置させていった。
それは、ハウルウルフの習性を逆手に取った、原始的で、しかし効果的なトラップシステムだった。
アオオオォォン!
ついに、その時が来た。
昨夜と同じ、空気を震わせる遠吠えが響き渡る。それを合図に、闇の中から十数匹の赤い双眸が、再び姿を現した。奴らは昨夜よりも警戒心が強く、すぐには襲いかかってこない。シェルターを遠巻きにしながら、慎重にこちらの様子を窺っている。
リーダー格の個体が、岩の上から低い唸り声を上げ、群れに何かを指示している。
すると、数匹のハウルウ-ルフが、先行してゆっくりとこちらへ近づいてきた。偵察部隊だろう。
そのうちの一匹が、シェルターから二十メートルほど離れた地面に踏み込んだ、その瞬間だった。
カッ!
地面に仕掛けておいた仕掛けが作動し、強烈な閃光が炸裂した。それは、特定の鉱石同士を強く打ちつけることで発生する火花を、磨いた金属板で反射させて増幅させる、ごく単純な発光トラップだ。
「ギャン!」
不意の閃光に目を焼かれたハウルウルフが、苦痛の声を上げてその場でもだえる。夜行性の彼らにとって、強烈な光は最大の武器であり、同時に最大の弱点でもあった。
その混乱を皮切りに、俺は第二の仕掛けを作動させた。
シェルターの壁に取り付けた、小さな穴。そこから、俺は細長い金属のパイプを突き出した。そして、そのパイプの端に、革袋で作ったふいごを繋ぎ、力一杯空気を送り込む。
フオオオオオオン!
パイプの先端に仕込んだ笛が、耳をつんざくような甲高い不協和音を奏でた。これも、ハウルウルフが嫌う特定の周波数の音を発生させるように調整しておいた、音響トラップだ。
優れた聴覚を持つ彼らにとって、この音は耐え難い苦痛だったのだろう。ハウルウルフたちは耳を塞ぐように頭を振り、混乱したようにうろつき始めた。
リーダー格の狼が、苛立ったように吠え、群れを統率しようとする。だが、光と音による断続的な嫌がらせが、彼らの連携を確実に乱していた。
「……すごい。奴らが、混乱している」
小窓から外の様子を窺っていたシルヴィアが、驚きの声を上げる。
「まだだ。これは前菜に過ぎん。メインディッシュはこれからだ」
俺は、シェルターの床に設置した、最後の仕掛けのレバーに手をかけた。
リーダー格の狼は、このままでは埒が明かないと判断したらしい。彼は一声高く吠えると、全軍に突撃命令を下した。混乱しながらも、獣の本能に従い、十数匹の群れがシェルター目指して一斉に突進してくる。
その猛進が、俺が設定した最後の防衛ラインを越えた。
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俺は、渾身の力でレバーを押し込んだ。
レバーは、シェルターの地下を通るワイヤーと繋がっている。そのワイヤーの先にあるのは、アダムが昼間のうちに地面に埋めておいた、巨大な投石器だった。いや、投石器と呼ぶには、それはあまりにも異質だった。
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大地が微かに震え、シェルターの左右両翼から、土煙を上げて二つの巨大な『腕』が出現した。それは、投石器のアームの先端に、アダムと同じ素材で作った巨大なゴーレムの腕を取り付けたものだった。その巨大な掌には、人頭大の岩がいくつも乗せられている。
俺がレバーを操作すると、ワイヤーが引かれ、巨大な腕が唸りを上げて振りかぶられる。
「行け!」
次の瞬間、二つの腕が凄まじい勢いで振り下ろされ、掌に乗っていた岩石が、突進してくるハウルウルフの群れのど真ん中に向かって、文字通り『投げつけられた』。
ドッゴオォン!
轟音と共に、岩石の雨がハウルウルフの群れのど真ん中に向かって降り注いだ。
それは、もはや投石という生易しいものではない。巨人が、怒りに任せて岩を投げつけたかのような、圧倒的な質量と暴力の塊だった。
地面が抉れ、土煙が舞い上がる。
「キャイン!」「グォッ!」
獣たちの断末魔が、夜の闇に木霊した。
突進の勢いのままだった数匹は、岩石の直撃を受けて肉塊となり果て、運良く直撃を免れた個体も、その衝撃波で吹き飛ばされ、地面を無様に転がっていく。
一瞬にして、ハウルウルフの群れは壊滅的な打撃を受けていた。
「な……!?」
シェルターの小窓からその光景を見ていたシルヴィアは、言葉を失っていた。彼女の常識では、投石器とは城壁の上から運用する大型の兵器だ。それが、地面から突如として現れ、これほどの破壊力を生み出すなど、想像の範疇を超えていた。
「ただの投石器ではない。俺はこれを『簡易投石ゴーレム』と名付けた。アダムの腕の構造を参考に、より単純で、より強力な一撃を放つことだけに特化させた決戦兵器だ」
俺は、冷静に解説しながら、再びレバーを操作する。ワイヤーが巻き上げられ、巨大な腕がゆっくりと持ち上がり、再び岩石を装填する。
「動力がワイヤーとテコの原理だから、連射は利かん。だが、一撃の威力は本物のゴーレムにも匹敵する。対軍隊用の兵器としては、コストパフォーマンスは最高だ」
生き残ったハウルウルフたちは、完全に戦意を喪失していた。仲間たちの無残な死骸を前に、彼らは恐怖に震え、後ずさっている。彼らの本能が、目の前の『異物』が、自分たちの手に負える相手ではないと告げているのだ。
岩の上にいたリーダー格の狼は、憎悪と恐怖が入り混じった目で、地面から突き出た巨大な腕と、静まり返ったシェルターを睨みつけていた。彼は、自分たちが戦っていた相手が、ただの人間二人ではなかったことを、ようやく理解したのだろう。それは、人の知恵が生み出した、冷たく無慈悲な『システム』だった。
リーダーは、天に向かって長く、悲痛な遠吠えを一つ残すと、生き残った数匹の仲間を引き連れて、闇の中へと逃げ去っていった。その姿は、昨夜の威厳に満ちた王者のものではなく、手負いの敗残兵そのものだった。
後に残されたのは、抉れた地面と、無残な魔物の死骸。そして、全てが終わったことを見届けるかのように静かに佇む、二つの巨大な腕だけだった。
「……終わりましたね」
シルヴィアが、安堵のため息と共に呟いた。
「ああ。だが、まだだ」
俺は、シェルターのドアを開け、外へ出た。そして、未だにゆっくりと動いている簡易投石ゴーレムに向かって、静かに命令した。
「第二フェーズへ移行。死骸を回収し、指定ポイントへ運べ」
俺の声に反応したのは、投石ゴーレムではなかった。
死骸の近くで、これまで死んだふりをして地面に埋まっていた、もう一体の存在。
それは、アダムをさらに小型化し、腕の先がシャベル状になった『回収用ゴーレム』だった。俺はこいつを、アダムと対になる存在として、『イヴ』と名付けていた。
イヴは、ゆっくりと起き上がると、ハウルウルフの死骸をそのシャベルアームで器用にすくい上げ、拠点から少し離れた場所に掘っておいた穴へと、一つ、また一つと運んでいく。
「アッシュ様、これは……?」
「後片付けと、資源の有効活用だ。ハウルウルフの毛皮は、防寒具になる。牙や爪は、武器や道具の材料として使える。そして、肉は……」
俺は、少しだけ言い淀んだ。
「……非常食だ。念のためにな」
シルヴィアは、黙ってその光景を見つめていた。
敵の習性を分析し、光と音で撹乱するトラップ。
敵の侵攻ルートを予測し、一点に殲滅する迎撃兵器。
そして、戦後の処理までを自動で行う、作業用ゴーレム。
そこには、シルヴィアが知る『戦い』の常識は、何一つ存在しなかった。騎士の誇りも、剣技の冴えも、個人の武勇も、そこにはない。
あるのは、ただ、冷徹なまでの合理性と、目的を達成するための、緻密に計算され尽くしたシステムだけ。
力ではなく、知恵で脅威を乗り越える。
アッシュが語っていた魔導工学の真髄を、彼女は今、目の当たりにしていた。
「これで、当面の安全は確保できた」
全ての処理が終わった頃、俺は満足げに頷いた。
「奴らも、これだけの損害を受ければ、そう簡単にはこの場所に近づいてこないだろう。我々は、文明を築くための、貴重な時間を稼いだ」
俺の視線は、もう次の段階へと向いていた。
安全な拠点の確保。命を繋ぐ水の確保。そして、脅威を退ける力の確保。生存のための第一段階は、これでほぼ完了した。
次は、この地で豊かに暮らすための、第二段階へと進む時だ。
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シルヴィアが、改まった口調で俺に話しかけてきた。
「なんでしょうか」
「はい。貴方様の戦い方は、私が学んできた剣術とは、全く異なります。ですが、その強大さと合理性は、理解いたしました。私に、何かお手伝いできることはありますでしょうか。このまま、ただ守られているだけでは、貴方様のメイド騎士として、面目が立ちません」
その瞳には、真摯な光が宿っていた。
俺は、少しだけ考えてから、にやりと笑った。
「そうだな。では、お前には重要な任務を与えよう」
「何なりと」
「明日の朝食は、ハウルウルフの肉を使った、温かいシチューにしてくれ。味付けは任せる。俺は、レシピまでは専門外なんでな」
俺の言葉に、シルヴィアは一瞬きょとんとした顔をした。
だが、すぐにその意味を理解したのだろう。彼女は、ふっと柔らかく微笑むと、メイドとして完璧な一礼をした。
「お任せください、マスター。最高のシチューを、ご用意いたします」
その声には、もう何の迷いもなかった。
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