嫌われ者の悪役貴族、追放されたので好きにすることにした

夏見ナイ

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第26話:平原の民

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グレイロック鉱山と、俺たちの拠点アヴァロンとの間には、新しい時代の胎動が満ちていた。
ドワーフたちは、解放された喜びと、新たな創造への情熱を、その屈強な両腕に込めていた。彼らはガンツの指揮のもと、驚異的なスピードで魔導鉄道の敷設作業を進めていた。
「アッシュ殿の設計図は完璧だ! 寸分の狂いもねえ!」
「この蒸気機関ってやつを早く動かしてえなあ!」
歌声と共に、力強い槌音が荒野に響き渡る。その音は、もはや隷属の響きではない。自由を得た者たちが、自らの未来をその手で築き上げる、希望の音色だった。
アヴァロンの拠点でも、変化は起きていた。
ドワーフの技術指導を受けたアダムとイヴは、より効率的な動きで整地を進め、広大な平地の中央には、魔導工房の基礎となる石組みが築かれ始めていた。まだ何もない土地だが、そこには確かな国の『芽吹き』があった。

俺は、工房の建設予定地を見下ろせる小高い丘の上で、シルヴィア、そして視察に来ていたガンツと共に、今後の計画について話し合っていた。
「鉄道の敷設は順調だ。このペースなら、ひと月後には最初の試運転が可能だろう」
ガンツが、満足げにその赤茶色の髭を撫でる。
「ああ、助かる。工房の完成も、それに合わせたいところだ。だが、問題が二つある」
俺は、広がり続ける拠点を見渡しながら言った。
「一つは、食料。特に、肉だ。エルフたちのおかげで植物性の食料は安定した。だが、ドワーフたちが本格的にアヴァロンへ通勤するようになれば、人口は飛躍的に増える。今の、狩猟で得られる肉の量では、到底追いつかなくなる」
シルヴィアも、同意するように頷いた。
「はい。ハウルウルフの肉は、非常食にはなりますが、常用するには味が強すぎます。それに、いつまでも狩猟だけに頼るのは不安定です」
「そして、もう一つの問題は『目』だ」と俺は続けた。「拠点が発展すれば、いずれアルビオン王国の連中も、この地の変化に気づくだろう。バルトール辺境伯も、自分の鉱山が奪われたことを知れば、黙ってはいないはずだ。敵が動く前に、その兆候を察知するための、広範囲をカバーする偵察網が必要になる」

安定した食料供給と、広域偵察能力。
それは、俺たちの小さな共同体が、国家へと脱皮するために、避けては通れない課題だった。
俺の懸念を聞いていたガンツが、ううむ、と腕を組んで唸った。
「肉と、目、か……。それなら、一つ心当たりがあるかもしれん」
「なんだ?」
「この鉱山から、さらに東へ丸一日ほど進んだ先に、広大な平原が広がっている。俺たちドワーフは、あまり近づかねえ場所なんだがな。そこには、『平原の民』と呼ばれる連中が住んでいると聞く」
「平原の民?」
「ああ。獣人族だ」
ガンツは、どこか畏敬の念を込めて、その名を口にした。
「狼や獅子、虎といった獣の特徴を持つ、誇り高い狩人たちだ。その脚はどんな馬よりも速く、その目はどんな鷲よりも遠くを見通すという。彼らは、平原を縄張りとし、巨大な草食獣の群れを追って生きている。奴らと手を組むことができれば、あんたが言う肉と目の問題は、一気に解決するかもしれん」

獣人族。その存在は、俺も書物で読んだことがあった。
彼らは、種族としての誇りが非常に高く、よそ者、特に人間を簡単には信用しない。だが、一度認めた相手には、命を賭して義理を尽くす、義に厚い種族でもあると記されていた。
「……面白い」
俺の口から、笑みが漏れた。
エルフ、ドワーフ、そして獣人。それぞれが異なる文化と能力を持つ種族。彼らが手を取り合えば、人間だけの国では決して実現できない、多様性に満ちた強靭な国家を創れるかもしれない。
「アッシュ様、まさか……」
シルヴィアが、俺の意図を察して問いかける。
「ああ、決めた。その獣人族とやらに、会いに行く」
「しかし、彼らは人間を信用しないと……」
「だからこそ、俺が行く。俺は、もうアルビオン王国の人間ではない。アヴァロンの、アッシュだ。対等な立場で、彼らと話をしてくる」
俺の決意は、固かった。
ガンツは、そんな俺の顔を見て、にやりと笑った。
「そうこなくっちゃな! だが、気をつけな。連中は、口先だけの男を何より嫌う。あんたの『本気』が、試されることになるだろうぜ」

翌日、俺とシルヴィアは、鉄道建設と工房の基礎工事をガンツに任せ、東の大平原へと旅立った。
馬で岩がちな荒野を抜け、徐々に緑が増えていく丘陵地帯を越える。ガンツの言った通り、丸一日ほど進むと、俺たちの目の前に、信じられないほど広大な景色が広がった。
地平線の、その先まで続く、見渡す限りの大草原。
背の高い草が、風を受けて金色の波のようにうねっている。空はどこまでも青く、高く、遮るものは何もない。嘆きの荒野の閉塞感が嘘のような、圧倒的な開放感。
時折、地響きと共に、マンモスのような巨大な草食獣の群れが、土煙を上げて大地を駆け抜けていく。生命力そのものが、この大地から溢れ出しているようだった。

「……すごい。こんな場所があったなんて」
シルヴィアが、馬上で呆然と呟いた。
俺も、その壮大な光景に、しばし言葉を失っていた。
だが、この豊かな大地は、同時に厳しい弱肉強食の世界でもある。草食獣の群れを狙う、獰猛な肉食獣の気配も、そこかしこから感じられた。ここで生き抜くためには、相当な力と知恵が必要になるだろう。

俺たちが、平原に足を踏み入れて数時間ほど経った頃だった。
「……アッシュ様。見られています」
シルヴィアが、低い声で警告した。彼女の手は、すでに剣の柄に置かれている。
俺も、気づいていた。
風に乗って運ばれてくる、複数の、野性的で、しかし統制の取れた気配。彼らは、俺たちを品定めするように、遠巻きに、しかし確実に距離を詰めてきている。
俺は、馬を止めると、ゆっくりと馬上から降り立った。そして、シルヴィアにも同じように促す。
「シルヴィア、剣を抜け。だが、構えるな。俺たちの背後に、静かに立て」
「……御意」

俺たちが馬から降りると、周囲の草むらが、一斉にざわめいた。
次の瞬間、俺たちの周りを、十数人の戦士たちが音もなく取り囲んでいた。
彼らは、まさしく『獣人』だった。
狼のような鋭い顔つきの者。獅子の鬣を思わせる、猛々しい髪をした者。その腕は丸太のように太く、全身が鍛え上げられた筋肉の鎧で覆われている。その身にまとっているのは、必要最低限の革の防具と、狩りの獲物から作ったであろう装飾品だけ。その姿は、文明とは無縁の、荒々しい自然そのものだった。
彼らの手には、巨大な石斧や、黒曜石の穂先を持つ槍が握られている。その目は、獲物を見据える肉食獣のように、冷たく、そして鋭く、俺たちを射抜いていた。
包囲の中から、一人の獣人が、ゆっくりと前に進み出た。
ひときゅうわ体格が大きく、その顔には幾筋もの古い傷跡が刻まれている。白銀の毛並みを持つ、狼の獣人。彼が、この部隊のリーダーなのだろう。
彼は、俺たちの足元から頭の先までを、値踏みするようにじろりと見回すと、地の底から響くような、低い声で言った。
「……人間が、何の用だ」
その声には、隠そうともしない警戒心と、敵意が込められていた。
「この平原は、我ら『銀狼族』の縄張り。貴様らのような、弱いだけの種族が、足を踏み入れていい場所ではない」

一触即発の、張り詰めた空気。
シルヴィアの背中から、かすかな殺気が立ち上っているのが分かる。
だが、俺は動じなかった。
俺は、両手をゆっくりと広げ、自分に武器がないこと、そして敵意がないことを示した。
そして、彼らのリーダーの目を、まっすぐに見据えて、静かに、しかしはっきりと告げた。
「俺たちは、戦いに来たのではない。話し合いに来た」
俺の言葉に、獣人たちは嘲るように鼻を鳴らした。
「話し合い、だと? 我らと、人間が?」
リーダーの狼獣人は、その鋭い牙を剥き出しにして、威嚇するように言った。
「我らは、弱い者とは話をしない。言葉を交わすのは、己の力を証明した、強者だけだ。お前たちに、その資格があるとでも言うのか?」
どうやら、彼らと対話のテーブルに着くためには、まず、彼らが認める『力』を示さなければならないらしい。
面倒なことになった。だが、面白い。
俺は、不敵な笑みを浮かべた。
「いいだろう。ならば、試させてもらおうか。あんたたちが認めるという、その『力』とやらをな」
俺の静かな挑戦状が、大平原の風の中に、確かに響き渡った。
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