嫌われ者の悪役貴族、追放されたので好きにすることにした

夏見ナイ

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第79話:大地の咆哮

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その日、アルビオン王国を巨大な揺れが襲った。
ゴゴゴゴゴゴ……!
それは地震ではなかった。
大地の奥深くから響いてくる、無数の巨大な足音。そして、空気を震わせる何十万、何百万という生命の絶叫。
王都の城壁の上にいた見張りの兵士は、最初自分の目を疑った。
地平線の彼方。
南の、西の、そして東の三つの方向から、巨大な黒い『波』がこちらへと押し寄せてきていたのだ。
それは津波ではなかった。
土煙を巻き上げながら大地を埋め尽くす、おびただしい数の魔物の群れだった。

「て、敵襲! 敵襲ォォォッ!」
見張り兵の引きつった絶叫が、王都の空に虚しく響き渡る。
だが、もはや敵襲という言葉では生ぬるい。
それは自然災害だった。
アルビオン王国史上誰も経験したことのない、最大規模のスタンピードがついにその牙を剥いた瞬間だった。

南からはゴブリン、オーク、オーガといった人型の魔物の大群が、統率もなくただ無秩序な塊となって押し寄せてくる。その数はもはや万単位では数えられない。
西からはライガーやサーベルタイガーといった獰猛な肉食獣の群れが大地を疾走する。その後ろからはサイクロプスやロックゴーレムといった巨人族の魔物が、大地を揺るがしながら進軍してくる。
そして、東の空は無数の黒い影で覆い尽くされていた。グリフォン、ワイバーン、コカトリス。翼を持つあらゆる魔物が不気味な叫び声を上げながら、王都の上空を目指していた。
彼らの目に理性はない。
ただ何かに引き寄せられるように、あるいは何かに駆り立てられるように、一直線に王都という一点を目指して暴走している。

王都アルビオンは大パニックに陥った。
城壁の外にいた農民たちは家財道具を放り出し、我先にと城門へと殺到した。
「開けろ! 門を開けろ!」
「魔物が来る! 助けてくれ!」
だが、城門は固く閉ざされていた。
城壁の上からは恐怖に顔を引きつらせた兵士たちが、ただその地獄絵図を見下ろしているだけだった。
彼らのなけなしの勇気は、地平線を埋め尽くす魔物の大群を前に完全に砕け散っていた。

王宮でも、その報は激震となって走った。
「ば、馬鹿な……! スタンピードだと!? なぜ、今になって……!」
宰相は玉座の間で、その場にへたり込んだ。
ようやく現実を理解したのだ。
地方の領主たちからの度重なる警告を無視し続けた、その致命的な代償を。

王太子アルフレッドもまたその報告に、顔面を蒼白にさせていた。
だが、彼の最初の反応は民を、国をどう守るかということではなかった。
「……なぜだ……。なぜ、俺の輝かしい聖戦の邪魔をする……!」
彼の自己中心的な思考は、この国家存亡の危機においてさえ変わることはなかった。
彼はこのスタンピードを、自分を貶めようとするアッシュの新たな陰謀だとでも思っているかのようだった。

「……落ち着け! 皆、うろたえるな!」
アルフレッドは必死に威厳を取り繕い、声を張り上げた。
「我が王都の城壁は難攻不落だ! それに、我らにはまだ精鋭の近衛騎士団が残っている! 魔物の烏合の衆など、恐るるに足らん!」
彼の言葉は虚勢だった。
だが、その場にいた貴族たちはその僅かな希望にすがりつくしかなかった。
近衛騎士団が緊急招集され、城壁の各所へと配置されていく。
だが、彼らの数、わずか二千。
押し寄せる何十万という魔物の大群を押しとどめるには、あまりにも無力だった。

そして、彼らをさらなる絶望へと叩き落とす第二の凶報がもたらされた。
東の国境『嘆きの谷』から、早馬が血だらけになって駆け込んできたのだ。
「も、申し上げます! ギガンテス帝国軍三万が谷を越え、我が国領内への侵攻を開始いたしました!」
「……な……!」
アルフレッドは言葉を失った。
帝国は、この最悪のタイミングを狙いすましたかのように、その牙を剥いてきたのだ。
東からは帝国の精鋭軍団。
南、西、東からは魔物の大津波。
アルビオン王国は今、完全に内外から挟撃される形となった。

もはや打つ手はなかった。
王宮の作戦室では貴族たちが責任のなすりつけ合いを始めた。
「こうなったのは宰相、貴様が地方の声を無視したからだ!」
「何を言うか! 王太子殿下のアヴァロンへの無謀な派兵が、全ての原因であろうが!」
彼らは目の前の危機から目を逸らし、過去の誰かの失敗をあげつらうことしかできなかった。
誰も国をどう守るかなど考えていない。
ただ、自分だけがどう生き延びるか。
そのことだけが彼らの頭を支配していた。

その醜悪な言い争いの中心で。
アルフレッドはただ一人震えていた。
彼の脳裏に、いつかのアッシュの言葉が蘇っていた。
『このままでは我が国は立ち行かなくなります。今、改革を行わなければ手遅れになります』
あの時、自分が一笑に付したあの『無能』の言葉。
それが今、呪いのように彼の脳髄に響き渡っていた。
手遅れ。
その言葉の本当の意味を、彼は今、骨の髄まで思い知らされていた。
大地の咆哮はすぐそこまで迫っていた。
王国の終わりの始まりを告げる、弔いの鐘のように。
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