嫌われ者の悪役貴族、追放されたので好きにすることにした

夏見ナイ

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第90話 アヴァロン、出撃

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アヴァロンが王国からの難民受け入れという大規模な人道支援に追われている、まさにその頃、大陸の情勢は刻一刻と悪化の一途を辿っていた。
東からはギガンテス帝国軍がその進撃の手を緩めることなく、旧アルビオン王国領の東半分を完全にその版図に収めようとしていた。
そして魔物の大津波、スタンピードは、その破壊の限りを尽くした王都を中心核として、今度はその周辺地域へとまるで癌細胞のようにその汚染を広げ始めていた。
王都から逃げ延びた魔物の群れが、各地の村や町を次々と襲撃し始めたのだ。

アヴァロンの南門には、もはや難民の列が途切れることはなかった。
彼らがもたらす情報は、日に日に悲惨さを増していった。
「……西の穀倉地帯がオークの大群に……」
「……南の港町がワイバーンの群れに焼かれました……」
「帝国軍は占領した町で住民を奴隷として強制労働させていると……」
旧アルビオン王国領は今や、帝国軍と魔物、そして野盗と化した元兵士たちが三つ巴となって奪い合い、殺し合う無法地帯と化していた。
その地獄の中で、最もか弱い一般の民衆だけがなすすべもなくその命を散らしていた。

情報統括作戦室の空気は日に日に重くなっていた。
巨大な大陸地図盤の上には、帝国軍の支配領域を示す黒い駒と、魔物の汚染地域を示す禍々しい紫のマーカーが、まるで生き物のようにその範囲を広げ続けている。
その二つの巨大な『悪』に挟まれるようにして、旧王国の民が住まう小さな白いエリアが、少しずつ侵食され消えていこうとしていた。

「……このままでは、あとひと月もすれば旧アルビオン王国領から人間の住める場所は完全になくなるでしょう」
バルカスが厳しい表情で分析結果を報告する。
「帝国は明らかに焦土作戦を取っています。抵抗する者は皆殺し。そして魔物たちはもはや、ただの破壊の権化です。彼らに理屈は通じない」

その絶望的な報告に、評議会のメンバーは押し黙っていた。
ガンツがその岩のような拳を固く握りしめる。
「……くそっ……! 見ていることしかできねえのか……!」
ガロウもまた、その赤い瞳に怒りの炎を宿していた。
「……俺たちの同胞がまだあの地獄の中に残っている……。俺の故郷の平原も、もう時間の問題かもしれん……」
彼らのもどかしさは、痛いほど分かった。
だが俺はまだ動かなかった。
アヴァロンは絶対防衛障壁の内側にいる限り安全だ。
下手に外へ打って出て、帝国と、そして数十万の魔物の大群、その両方を同時に敵に回すのはあまりにもリスクが高すぎる。
国家の指導者として、俺はアヴァロン市民の安全を最優先に考えなければならなかった。
それがどれほど非情な選択であろうとも。

だが、その俺の冷徹な計算を揺るがす一つの出来事が起きた。
それは一人のハーピィの偵察兵がもたらした映像だった。
彼女は決死の覚悟で、魔物の支配域と化した王都の上空へと潜入し、その惨状を記録してきたのだ。
スクリーンに映し出されたのは、もはや都とは呼べない巨大な廃墟の姿だった。
そしてその瓦礫の山の中で、まだ生き残っている人々がいた。
彼らは地下水路や建物の地下室に隠れ潜み、魔物の目を盗んで僅かな食料を探し回っていた。
その痩せこけ、絶望しきった人々の姿。
その中に俺は、そしてシルヴィアは、見知った顔を見つけてしまった。

それはかつてヴェルヘイム家の屋敷で働いていたメイドや庭師たちの姿だった。
彼らは俺が追放された日、俺を裏切り屋敷の財産を奪って逃げていった者たちだ。
だがその彼らが今、幼い自分の子供を庇いながらゴブリンの群れに怯え、震えていた。
その子供の瞳。
そこには何の罪もなかった。
ただ純粋な恐怖だけが宿っていた。

その映像を見た瞬間、俺の心の中で何かが音を立てて切れた。
合理性も計算も、国家の安全保障も全てが吹き飛んだ。
そこ残ったのは、ただ一つのシンプルな感情だった。
『――許せない』
子供たちの未来を奪うこの理不尽な暴力を、俺は断じて許すことができなかった。

俺は静かに立ち上がった。
そして評議会のメンバーたちに向かって一言だけ告げた。
「――出撃する」
そのあまりにも唐突な一言に、その場にいた誰もが息を呑んだ。
バルカスが慌てて前に進み出た。
「アッシュ様! お待ちください! それはあまりにも危険です! 帝国と魔物、その両方を敵に回すなど、自殺行為に等しい!」

だが俺の決意は揺るがなかった。
俺はバルカスの肩に手を置いた。
「……あんたの言う通りだ。これは合理的な判断ではない。ただの俺のエゴだ」
俺は議場にいる全ての仲間たちの顔を見渡した。
「だが俺は行かねばならん。あの子供たちの涙を見て見ぬふりをするような国を、俺は創りたくない」
俺の魂の叫び。
それはもはや指導者としてのものではなく、ただの一人の人間としての叫びだった。
その叫びは彼らの心にまっすぐに届いた。

ガンツが立ち上がった。
「……へっ。言ってくれるじゃねえか。そういう馬鹿なところ、嫌いじゃねえぜ」
ガロウもその鋭い牙を剥き出しにして笑った。
「面白え。地獄のど真ん中で大暴れか。獣の血が騒ぐってもんだ」
エリスもまた、穏やかなしかし揺るぎない決意の笑みを浮かべていた。
「……分かりました、アッシュ先生。貴方様が行くというのなら、我々も共に参りましょう。それこそが我らアヴァロンの道なのですから」

こうして決定は下された。
アヴァロンはその絶対的な安全地帯から一歩外へ踏み出すことを選択した。
それは復讐のためではない。
領土拡大の野心のためでもない。
ただそこに救うべき命があるから。
そのあまりにもシンプルで、しかし何よりも尊い理由のために。

その日のうちに、アヴァロンの全ての軍事力が南門の前に集結した。
二百体の鋼鉄の巨人、ヴァルカン部隊。
百体の高速捕縛ゴーレム、アラクネ部隊。
そしてその後方には、ドワーフたちが夜を徹して作り上げた最新鋭の移動式野戦病院と、炊き出し用の巨大な車両が控えている。
空にはサリア率いるハーピィの天空偵察隊が旋回し、そして俺たちの旗艦アヴァロン・ウィングが静かにその巨体を浮かべていた。
アヴァロン救済部隊。
その圧倒的な威容を前にして、避難してきた難民たちはただ呆然と立ち尽くしていた。
彼らはこれから自分たちの故郷を救うために立ち上がろうとしているこの奇跡の軍勢を、神の軍隊を見るかのような目で見上げていた。

俺はアヴァロン・ウィングの甲板から、集結した全部隊に向かって告げた。
「――これより我々は、地獄へと向かう!」
「だが恐れるな! 我々の目的は破壊ではない! 『救済』だ!」
「我々の前に立ちはだかる全ての理不尽を叩き潰せ! そして闇の中で震えているか弱き者たちに、アヴァロンの光を届けるのだ!」
「アヴァロン、出撃ィィィィ!」
俺の号令一下、鋼鉄の軍勢が地響きを立てて南へとその歴史的な進軍を開始した。
それはただの軍事行動ではない。
新しい時代を創る国家が、その理念を世界に示すための聖なる遠征の始まりだった。
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