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第2話:辺境貴族の三男、ユズル
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赤ん坊として生を受けた俺、ユズル・フォン・アルクレイムの人生は幸先の良いスタートとは言えなかった。まず俺が生まれたアルクレイム家は貴族とは名ばかりの貧乏男爵家だった。領地は痩せ細り特産物もない。あるのは先祖代々の爵位という見栄だけだ。
次に俺が三男だったこと。この世界では基本的に長男が家督を継ぐ。次男は保険。三男以降は厄介者扱いが相場らしい。俺の兄二人も凡庸そのもので俺のことなど空気かそれ以下としか見ていなかった。
そして極めつけは両親の態度だ。父はプライドだけが高い無能。母はそんな父に愛想を尽かした現実主義者。二人とも俺が生まれても大して喜びもせずただ「また口が増えた」とため息をついただけだった。
だが、俺にとってはこの環境こそが最高のゆりかごだった。
期待されない。干渉されない。忘れ去られている。それは前世で俺が心の底から求めていた状況そのものだったからだ。ブラック企業での息が詰まるような人間関係に比べれば無視されることなど天国に等しい。
最も安堵したのは、あの忌まわしきスキル【教祖様】が全く発動しなかったことだ。
俺が泣いても笑っても、家族は「うるさい」「気味が悪い」と顔をしかめるだけ。そこに神々しさやカリスマ性を見出す者など一人もいなかった。おそらく毎日顔を突き合わせる家族には効果が薄いのだろう。あるいは俺自身に全く興味がないせいで、認識を改変するまでもないのかもしれない。
理由はともかく、スキルが発動しない日々は俺にとって至福だった。俺はただ静かに息を潜め、この家で嵐が過ぎ去るのを待つように成長していった。
食事はいつも兄たちの残り物。服は擦り切れたお古。教育らしい教育もほとんど受けられなかった。だがそれでいい。むしろ好都合だった。
俺は誰にも気づかれぬよう、屋根裏部屋で前世の知識を元に独学に励んだ。この世界の文字を覚え、歴史を学び、地理を頭に叩き込む。全ては来るべき日のためだ。
いつかこの家を出て、誰にも知られない辺境の地で、念願のスローライフを送る。その夢だけが俺の原動力だった。
そうして十五年の歳月が流れた。俺は十五歳になり、この国では成人と見なされる年齢に達した。体はまだ華奢だが、中身は前世と合わせて四十歳を越えるおっさんだ。準備は万端だった。
転機は成人の儀式を数日後に控えた夜に訪れた。夕食の席で、父が珍しく俺に目を向けたのだ。
「ユズルよ。お前ももうすぐ十五か。いつまでも遊ばせておくわけにはいかんな」
来たか。俺は内心で身構えた。食事を運ぶ手を止めず、無表情で父の言葉の続きを待つ。
「どこか遠方の貴族の婿にでも押し込むか、いっそ騎士団にでも入れてしまうか。アルクレイム家の名を少しでも役立ててもらわねばな」
母もそれに同意するように頷く。「持参金もろくに出せませんから、顔が良いことくらいしか取り柄がありませんしね」などと平然と言い放つ。兄たちはそれを聞き、面白そうに口の端を歪めていた。
冗談じゃない。婿入り? 騎士団? どちらも面倒な人間関係の巣窟じゃないか。そんな場所に放り込まれたら、俺のスローライフ計画が根底から崩壊してしまう。
もう一刻の猶予もない。俺は静かに決意を固めた。
成人の儀式の日。簡素な式を終えた俺は、家族全員が揃う前で初めて自らの意思を告げた。
「本日をもって、俺は家を出ます」
しんと静まり返る食堂。父も母も、兄たちも、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で俺を見ていた。俺が何かを主張するなど、今まで一度もなかったからだ。
最初に我に返ったのは父だった。
「何を馬鹿なことを。お前のような能無しの三男が、一人で生きていけるとでも思っているのか」
父の言葉には侮蔑が滲んでいた。だが俺は動じない。十五年間、この日のために準備してきたのだ。
「ご心配には及びません。自分の食い扶持くらい、自分で稼ぎます。その代わり、アルクレイム家の家督相続権、その他一切の権利を放棄します」
俺の言葉に、今度は兄たちの顔色が変わった。万が一にも俺が家督を争う可能性を危惧していたのだろう。俺が権利を放棄すると聞いて、その表情が安堵に変わるのが手に取るように分かった。
父はしばらく腕を組んで唸っていたが、やがて厄介払いが出来ると判断したらしい。
「……よかろう。好きにするがいい。ただし、勘当だ。二度とアルクレイム家の敷居を跨ぐことは許さん。外で野垂れ死のうが我々は知らんからな」
「承知しております。長い間、お世話になりました」
俺は淡々と頭を下げた。心の中では歓喜の雄叫びを上げていた。やった。やったぞ! ついに俺は自由を手に入れたんだ!
その日のうちに、俺は最低限の荷物だけをまとめた小さな鞄一つで家を出た。振り返ることはしない。この十五年間、この家に何の未練もなかった。
門をくぐり、どこまでも続く地平線へと続く道を歩き出す。澄み渡る青空。頬を撫でる穏やかな風。全てが俺の門出を祝福してくれているようだった。
待ってろよ、俺だけのスローライフ。誰にも邪魔されない、最高の隠居生活が今、始まるのだ。
次に俺が三男だったこと。この世界では基本的に長男が家督を継ぐ。次男は保険。三男以降は厄介者扱いが相場らしい。俺の兄二人も凡庸そのもので俺のことなど空気かそれ以下としか見ていなかった。
そして極めつけは両親の態度だ。父はプライドだけが高い無能。母はそんな父に愛想を尽かした現実主義者。二人とも俺が生まれても大して喜びもせずただ「また口が増えた」とため息をついただけだった。
だが、俺にとってはこの環境こそが最高のゆりかごだった。
期待されない。干渉されない。忘れ去られている。それは前世で俺が心の底から求めていた状況そのものだったからだ。ブラック企業での息が詰まるような人間関係に比べれば無視されることなど天国に等しい。
最も安堵したのは、あの忌まわしきスキル【教祖様】が全く発動しなかったことだ。
俺が泣いても笑っても、家族は「うるさい」「気味が悪い」と顔をしかめるだけ。そこに神々しさやカリスマ性を見出す者など一人もいなかった。おそらく毎日顔を突き合わせる家族には効果が薄いのだろう。あるいは俺自身に全く興味がないせいで、認識を改変するまでもないのかもしれない。
理由はともかく、スキルが発動しない日々は俺にとって至福だった。俺はただ静かに息を潜め、この家で嵐が過ぎ去るのを待つように成長していった。
食事はいつも兄たちの残り物。服は擦り切れたお古。教育らしい教育もほとんど受けられなかった。だがそれでいい。むしろ好都合だった。
俺は誰にも気づかれぬよう、屋根裏部屋で前世の知識を元に独学に励んだ。この世界の文字を覚え、歴史を学び、地理を頭に叩き込む。全ては来るべき日のためだ。
いつかこの家を出て、誰にも知られない辺境の地で、念願のスローライフを送る。その夢だけが俺の原動力だった。
そうして十五年の歳月が流れた。俺は十五歳になり、この国では成人と見なされる年齢に達した。体はまだ華奢だが、中身は前世と合わせて四十歳を越えるおっさんだ。準備は万端だった。
転機は成人の儀式を数日後に控えた夜に訪れた。夕食の席で、父が珍しく俺に目を向けたのだ。
「ユズルよ。お前ももうすぐ十五か。いつまでも遊ばせておくわけにはいかんな」
来たか。俺は内心で身構えた。食事を運ぶ手を止めず、無表情で父の言葉の続きを待つ。
「どこか遠方の貴族の婿にでも押し込むか、いっそ騎士団にでも入れてしまうか。アルクレイム家の名を少しでも役立ててもらわねばな」
母もそれに同意するように頷く。「持参金もろくに出せませんから、顔が良いことくらいしか取り柄がありませんしね」などと平然と言い放つ。兄たちはそれを聞き、面白そうに口の端を歪めていた。
冗談じゃない。婿入り? 騎士団? どちらも面倒な人間関係の巣窟じゃないか。そんな場所に放り込まれたら、俺のスローライフ計画が根底から崩壊してしまう。
もう一刻の猶予もない。俺は静かに決意を固めた。
成人の儀式の日。簡素な式を終えた俺は、家族全員が揃う前で初めて自らの意思を告げた。
「本日をもって、俺は家を出ます」
しんと静まり返る食堂。父も母も、兄たちも、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で俺を見ていた。俺が何かを主張するなど、今まで一度もなかったからだ。
最初に我に返ったのは父だった。
「何を馬鹿なことを。お前のような能無しの三男が、一人で生きていけるとでも思っているのか」
父の言葉には侮蔑が滲んでいた。だが俺は動じない。十五年間、この日のために準備してきたのだ。
「ご心配には及びません。自分の食い扶持くらい、自分で稼ぎます。その代わり、アルクレイム家の家督相続権、その他一切の権利を放棄します」
俺の言葉に、今度は兄たちの顔色が変わった。万が一にも俺が家督を争う可能性を危惧していたのだろう。俺が権利を放棄すると聞いて、その表情が安堵に変わるのが手に取るように分かった。
父はしばらく腕を組んで唸っていたが、やがて厄介払いが出来ると判断したらしい。
「……よかろう。好きにするがいい。ただし、勘当だ。二度とアルクレイム家の敷居を跨ぐことは許さん。外で野垂れ死のうが我々は知らんからな」
「承知しております。長い間、お世話になりました」
俺は淡々と頭を下げた。心の中では歓喜の雄叫びを上げていた。やった。やったぞ! ついに俺は自由を手に入れたんだ!
その日のうちに、俺は最低限の荷物だけをまとめた小さな鞄一つで家を出た。振り返ることはしない。この十五年間、この家に何の未練もなかった。
門をくぐり、どこまでも続く地平線へと続く道を歩き出す。澄み渡る青空。頬を撫でる穏やかな風。全てが俺の門出を祝福してくれているようだった。
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