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第13話:騎士の誓い
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カイエン・ヴォルグと名乗る男の言葉が、広場に重く響き渡った。その場にいた誰もが、その言葉の意味を咀嚼しようと固まっている。帝国騎士。それは辺境の村人たちにとって、雲の上の存在だ。そんな大層な身分の男が、なぜ俺に忠誠を誓うなどと言い出すのか。
俺自身が、一番そう思っていた。
なんだこいつは。頭でも打ったのか。
俺は椅子に座ったまま、目の前で跪く大男をただ見つめていた。筋肉質な体躯。厳つい顔つき。その瞳には狂信的とすら言えるほどの真っ直ぐな光が宿っている。
面倒くさい。
俺の頭の中を、その五文字が埋め尽くした。これはゴンザレスとは質の違う面倒さだ。ゴンザレスは単純な悪党だった。無視していれば勝手に自滅してくれた。だが、こいつは違う。善意と正義感の塊。そして、一度信じたらテコでも動かなさそうな頑固さを全身から発散させている。こういうタイプが一番厄介なのだ。
断りたい。全力で断りたい。「結構です」「間に合ってます」「人違いです」と三段活用で拒絶したい。
だが、できない。俺が何か言葉を発すれば、あの忌まわしきスキルがどう作用するか分からない。「結構です」が「汝の覚悟、まだ足りぬ」という意味に変換されるかもしれない。「人違いです」が「我は人を超えし存在なり」と解釈される可能性すらある。沈黙は金。下手に動けば地雷原だ。
俺が内心で激しい葛藤を繰り広げている間にも、周囲は少しずつ状況を理解し始めていた。
「帝国騎士様が……ユズル様に……?」
「あのゴンザレスを追い払われた御威光を見て、心服なされたのだ!」
村人たちの囁き声が、徐々に熱を帯びていく。彼らにとっては、聖者様の偉大さを証明する新たな証拠が目の前に現れたようなものだ。
俺の隣に立つアリアは、最初こそカイエンを警戒していたが、その瞳からは敵意が消え、代わりに好奇と、そしてわずかな対抗心のようなものが浮かんでいた。
(この人も、ユズル様の偉大さに気づいたのね。でも、ユズル様を一番最初に見出したのは、この私なんだから!)
そんな心の声が聞こえてきそうな顔をしている。面倒な信者がもう一人増える。その事実だけで、俺の胃はキリキリと痛み始めた。
俺が沈黙を続けていると、カイエンは俺の静寂を「覚悟を試すための問い」だと解釈したらしい。彼はさらに深く頭を垂れ、自らの過去を語り始めた。
「私はかつて、帝国と民のために剣を振るうことを誇りとしておりました。しかし、帝都の現実は腐敗しきっていた。貴族は己の懐を肥やすことしか考えず、騎士団の上層部もそれに媚びへつらう者ばかり。正義を口にすれば左遷され、民を思えば愚か者と笑われる。私は、自らの無力さに絶望し、剣を捨てることしかできなかったのです」
カイエンの声には、深い絶望と悔しさが滲んでいた。こいつは根っからの真面目人間なのだろう。だからこそ、現実とのギャップに苦しんだに違いない。同情はしないが、話は理解できた。
「以来、私は主を持たず、ただ己の信じるままに悪を狩る獣として生きてきました。しかし、心は常に渇いていた。この剣を真に捧げるに値する、曇りなき義の体現者を求め続けていたのです」
そこまで言うと、カイエンは再び顔を上げ、燃えるような瞳で俺をまっすぐに射抜いた。
「そして、私は出会ったのです! あなた様という存在に! 権威に媚びず、ただ沈黙のうちに悪を退けるそのお姿こそ、私が生涯をかけて探し求めていた真の主君の姿! 私の錆びついた剣を、再び民のために振るう機会をお与えください!」
長い。話がとにかく長い。
俺はカイエンの熱弁に、内心でうんざりしていた。もういい。分かったから。お前の忠誠心は分かったから、もう帰ってくれ。俺は主君になどなりたくない。俺はただの、隠居したいだけの男なんだ。
しかし、カイエンの目は真剣そのものだ。俺が何か反応を示すまで、彼はこの場を動かないだろう。周囲の村人たちも、アリアも、固唾を飲んで俺の「聖断」を待っている。
どうする。どうすればこの場を穏便に収められる。
俺は必死に考えた。何か、拒絶の意思を示さなければ。しかし、言葉は使えない。首を横に振る? いや、それも危険だ。「俗世の主従関係を我は求めぬ」などと超解釈され、逆にカリスマ性を高めてしまうかもしれない。
八方塞がりだ。俺にできることは何もない。
長時間同じ姿勢で座っていたせいで、首筋が凝ってきた。俺は凝りをほぐそうと、無意識に首をこくりと小さく縦に動かした。ほんのわずかな、自分でも気づかないほどの小さな動きだった。
その瞬間、カイエンの目がカッと見開かれた。
彼の顔に、驚愕と、歓喜と、そして至上の幸福が入り混じったような表情が浮かび上がる。
「おお……! おおおおっ……!」
カイエンは感極まったように声を震わせ、その場に額をこすりつけんばかりに平伏した。
「このカイエンの忠誠を、お認めくださったのですね……! なんという、なんという慈悲深さ……! この御恩、生涯忘れません!」
違う。
俺の脳内で、絶望のサイレンが鳴り響いた。違うんだ。今のはただ、首が凝っていただけなんだ。断じて肯定の意ではない。
だが、時すでに遅し。俺の微かな動きは、スキル【教祖様】によって「沈黙の果てに示された、静かなる受諾の神意」として完璧に翻訳されてしまったのだ。
カイエンの涙ながらの誓いを聞いて、沈黙を守っていた村人たちが、堰を切ったように歓声を上げた。
「やったぞ! 聖者様に守護の騎士が誕生した!」
「これで領主が軍を差し向けてきても、もう怖くない!」
「ユズル様万歳! カイエン様万歳!」
広場は再び祭り騒ぎになった。村人たちはカイエンの周りに集まり、その屈強な体を叩いて英雄の誕生を祝福している。カイエンも涙を浮かべながら、その祝福に力強く応えていた。
アリアは、一瞬だけ複雑そうな顔をしたが、すぐに笑顔になると俺に向かって誇らしげに言った。
「やりましたね、ユズル様! これで私たちの教団も、さらに盤石なものになりますわ!」
私たちの教団? いつの間にそんなものが。
俺の知らないところで、物語はどんどん勝手に進んでいく。
俺はただ一人、熱狂の輪から取り残され、椅子の上で呆然としていた。
聖女役(自称)のアリア。
守護騎士役(勘違い)のカイエン。
面倒くさい役者が、二人も揃ってしまった。俺のスローライフを主役にした舞台は、もはやコメディを通り越して悲劇になりつつあった。
俺は静かに天を仰いだ。空はどこまでも青く、そして俺の未来はどこまでも暗かった。
俺自身が、一番そう思っていた。
なんだこいつは。頭でも打ったのか。
俺は椅子に座ったまま、目の前で跪く大男をただ見つめていた。筋肉質な体躯。厳つい顔つき。その瞳には狂信的とすら言えるほどの真っ直ぐな光が宿っている。
面倒くさい。
俺の頭の中を、その五文字が埋め尽くした。これはゴンザレスとは質の違う面倒さだ。ゴンザレスは単純な悪党だった。無視していれば勝手に自滅してくれた。だが、こいつは違う。善意と正義感の塊。そして、一度信じたらテコでも動かなさそうな頑固さを全身から発散させている。こういうタイプが一番厄介なのだ。
断りたい。全力で断りたい。「結構です」「間に合ってます」「人違いです」と三段活用で拒絶したい。
だが、できない。俺が何か言葉を発すれば、あの忌まわしきスキルがどう作用するか分からない。「結構です」が「汝の覚悟、まだ足りぬ」という意味に変換されるかもしれない。「人違いです」が「我は人を超えし存在なり」と解釈される可能性すらある。沈黙は金。下手に動けば地雷原だ。
俺が内心で激しい葛藤を繰り広げている間にも、周囲は少しずつ状況を理解し始めていた。
「帝国騎士様が……ユズル様に……?」
「あのゴンザレスを追い払われた御威光を見て、心服なされたのだ!」
村人たちの囁き声が、徐々に熱を帯びていく。彼らにとっては、聖者様の偉大さを証明する新たな証拠が目の前に現れたようなものだ。
俺の隣に立つアリアは、最初こそカイエンを警戒していたが、その瞳からは敵意が消え、代わりに好奇と、そしてわずかな対抗心のようなものが浮かんでいた。
(この人も、ユズル様の偉大さに気づいたのね。でも、ユズル様を一番最初に見出したのは、この私なんだから!)
そんな心の声が聞こえてきそうな顔をしている。面倒な信者がもう一人増える。その事実だけで、俺の胃はキリキリと痛み始めた。
俺が沈黙を続けていると、カイエンは俺の静寂を「覚悟を試すための問い」だと解釈したらしい。彼はさらに深く頭を垂れ、自らの過去を語り始めた。
「私はかつて、帝国と民のために剣を振るうことを誇りとしておりました。しかし、帝都の現実は腐敗しきっていた。貴族は己の懐を肥やすことしか考えず、騎士団の上層部もそれに媚びへつらう者ばかり。正義を口にすれば左遷され、民を思えば愚か者と笑われる。私は、自らの無力さに絶望し、剣を捨てることしかできなかったのです」
カイエンの声には、深い絶望と悔しさが滲んでいた。こいつは根っからの真面目人間なのだろう。だからこそ、現実とのギャップに苦しんだに違いない。同情はしないが、話は理解できた。
「以来、私は主を持たず、ただ己の信じるままに悪を狩る獣として生きてきました。しかし、心は常に渇いていた。この剣を真に捧げるに値する、曇りなき義の体現者を求め続けていたのです」
そこまで言うと、カイエンは再び顔を上げ、燃えるような瞳で俺をまっすぐに射抜いた。
「そして、私は出会ったのです! あなた様という存在に! 権威に媚びず、ただ沈黙のうちに悪を退けるそのお姿こそ、私が生涯をかけて探し求めていた真の主君の姿! 私の錆びついた剣を、再び民のために振るう機会をお与えください!」
長い。話がとにかく長い。
俺はカイエンの熱弁に、内心でうんざりしていた。もういい。分かったから。お前の忠誠心は分かったから、もう帰ってくれ。俺は主君になどなりたくない。俺はただの、隠居したいだけの男なんだ。
しかし、カイエンの目は真剣そのものだ。俺が何か反応を示すまで、彼はこの場を動かないだろう。周囲の村人たちも、アリアも、固唾を飲んで俺の「聖断」を待っている。
どうする。どうすればこの場を穏便に収められる。
俺は必死に考えた。何か、拒絶の意思を示さなければ。しかし、言葉は使えない。首を横に振る? いや、それも危険だ。「俗世の主従関係を我は求めぬ」などと超解釈され、逆にカリスマ性を高めてしまうかもしれない。
八方塞がりだ。俺にできることは何もない。
長時間同じ姿勢で座っていたせいで、首筋が凝ってきた。俺は凝りをほぐそうと、無意識に首をこくりと小さく縦に動かした。ほんのわずかな、自分でも気づかないほどの小さな動きだった。
その瞬間、カイエンの目がカッと見開かれた。
彼の顔に、驚愕と、歓喜と、そして至上の幸福が入り混じったような表情が浮かび上がる。
「おお……! おおおおっ……!」
カイエンは感極まったように声を震わせ、その場に額をこすりつけんばかりに平伏した。
「このカイエンの忠誠を、お認めくださったのですね……! なんという、なんという慈悲深さ……! この御恩、生涯忘れません!」
違う。
俺の脳内で、絶望のサイレンが鳴り響いた。違うんだ。今のはただ、首が凝っていただけなんだ。断じて肯定の意ではない。
だが、時すでに遅し。俺の微かな動きは、スキル【教祖様】によって「沈黙の果てに示された、静かなる受諾の神意」として完璧に翻訳されてしまったのだ。
カイエンの涙ながらの誓いを聞いて、沈黙を守っていた村人たちが、堰を切ったように歓声を上げた。
「やったぞ! 聖者様に守護の騎士が誕生した!」
「これで領主が軍を差し向けてきても、もう怖くない!」
「ユズル様万歳! カイエン様万歳!」
広場は再び祭り騒ぎになった。村人たちはカイエンの周りに集まり、その屈強な体を叩いて英雄の誕生を祝福している。カイエンも涙を浮かべながら、その祝福に力強く応えていた。
アリアは、一瞬だけ複雑そうな顔をしたが、すぐに笑顔になると俺に向かって誇らしげに言った。
「やりましたね、ユズル様! これで私たちの教団も、さらに盤石なものになりますわ!」
私たちの教団? いつの間にそんなものが。
俺の知らないところで、物語はどんどん勝手に進んでいく。
俺はただ一人、熱狂の輪から取り残され、椅子の上で呆然としていた。
聖女役(自称)のアリア。
守護騎士役(勘違い)のカイエン。
面倒くさい役者が、二人も揃ってしまった。俺のスローライフを主役にした舞台は、もはやコメディを通り越して悲劇になりつつあった。
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