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第2話 勇者パーティーからの無一文追放
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女神の神殿から続く白亜の回廊を抜けると、そこは豪華絢爛という言葉を具現化したような謁見の間だった。磨き抜かれた床には巨大な赤い絨毯が敷かれ、天井からはシャンデリアが眩い光を放っている。玉座には、威厳のある初老の男――このアークライト王国の国王が鎮座していた。
「おお、よくぞ参られた、異世界の勇者たちよ! 余がこの国の王、マグヌス・フォン・アークライトである!」
国王の朗々とした声が響き渡る。その両脇には、きらびやかなドレスをまとった王妃や王女らしき人物、そして物々しい鎧に身を包んだ騎士団長や、ローブ姿の宮廷魔術師長と思しき人物たちがずらりと並び、俺たちを品定めするように見つめていた。
「勇者アレクサンダー、そしてその仲間たちよ。女神アルテミス様より話は伺っておる。よくぞ我らの呼び声に応えてくれた。心より歓迎するぞ」
国王の視線は、真っ直ぐにアレクサンダーたち四人にだけ注がれていた。俺は、まるで存在しないかのように、彼らの数歩後ろにぽつんと取り残されている。まあ、予想通りではあったが。
アレクサンダーは、高校生とは思えないほど堂々とした態度で一歩前に進み出た。
「お初にお目にかかります、国王陛下。俺が勇者アレクサンダーです。この世界を脅かす魔王は、必ずやこの俺が打ち倒してみせます」
「おお、なんと頼もしい言葉か!」
国王は満足げに頷き、アレクサンダーと、彼の隣に立つセシリア、レオン、マリアを順に褒め称えた。聖女の慈愛、賢者の叡智、戦士の不屈。それぞれの役割が、高らかに賞賛される。俺の存在は、やはり完全に無視されていた。まるで背景の柱か何かになったような気分だ。
一通りの歓迎の儀礼が終わると、宮廷魔術師長らしき老人が前に進み出た。
「陛下。勇者様方の御力を、改めて我らの目で鑑定させていただきたく存じます」
「うむ、そうだな。勇者たちの力を正しく把握することは、今後の魔王軍との戦いにおいて最も重要となろう。頼んだぞ、グラン老師」
グランと呼ばれた老魔術師は、恭しく一礼すると、水晶玉のついた杖を構えた。
「では勇者様、まずはお手元のステータスウィンドウをこちらに」
アレクサンダーは得意げに頷き、自らのステータスウィンドウを魔術師の前に表示させる。
「おお……! なんという初期ステータス! まさに伝説の勇者にふさわしいお力です!」
グラン老師は感嘆の声を上げ、その場にいた貴族たちも「おお」とどよめいた。続くセシリア、レオン、マリアの鑑定でも、次々と賞賛の声が上がる。彼らのスキルがいかに希少で強力か、そのステータスがいかに規格外であるか。そんな言葉が謁見の間に響き渡るたび、四人の表情は誇らしげに輝きを増していった。
そして、最後に俺の番が来た。
グラン老師は、そこで初めて俺の存在に気づいたかのように、訝しげな視線を向けた。
「……む? そなたは?」
「あー……同じく、召喚された者です」
気まずさを感じながらも、俺は自分のステータスウィンドウを表示する。謁見の間の華やかな雰囲気とはあまりに不釣り合いな、凡庸な数値の羅列。それが衆目に晒された瞬間、先程までの賞賛のどよめきは、ひそひそとした嘲笑の囁きへと変わった。
「なんだ、あのステータスは……」
「一般兵と大差ないではないか」
「スキルは……【システム解析】? 鑑定不能? 意味がわからんな」
グラン老師は眉間に深い皺を寄せ、水晶玉を俺にかざした。何度か瞬き、首を捻る。
「ふむ……。確かに、女神様が付与されたスキルのようですが……。老いぼれのわしにも、このスキルの詳細は読み解けませぬ。ただ、これだけは断言できます。このスキルに、直接的な戦闘能力は一切ございませんな」
その言葉が、決定的な烙印となった。
戦闘能力がない。
それは、魔王と戦うために召喚された勇者パーティーにおいて、存在価値がないことと同義だった。
アレクサンダーが、これ見よがしに大きなため息をついた。
「やっぱりか。どう見ても足手まといだと思ったんだ」
「ええ、本当に。私達の足を引っ張られるのはごめんよ」
マリアが腕を組んでそっぽを向く。レオンは冷静な口調で分析を口にした。
「戦闘能力のない人間を前線に連れて行くのは、自殺行為に等しい。彼自身の安全を考えても、パーティーから外すべきだろう」
セシリアだけが、困ったように眉を下げていたが、何も言わなかった。その沈黙は、消極的な同意を示している。
国王は玉座から俺を見下ろし、失望の色を隠そうともせずに言った。
「……そうか。勇者一行には、そのような者も混じっていたか。まあよい。戦えぬ者を無理に戦場へ送るほど、我らも非情ではない」
その言葉は、優しさなどではなかった。単なる、無価値なものに対する無関心だ。
謁見はそれで終わり、俺たちは豪華な控え室へと案内された。そこには、国王からの下賜品として、パーティーの初期装備となるであろう武具や防具、そして当面の活動資金が入った金貨袋が用意されていた。
アレクサンダーは、真新しい光沢を放つ聖剣を手に取り、うっとりと眺めている。他の三人も、それぞれ自分に与えられた装備を吟味し、興奮を隠せないでいた。俺に用意されていたのは、一番安物であろう革鎧と、短い剣、そして小さな革袋に入った金貨。それでも、無一文よりはましだ。
そう思って革鎧に手を伸ばした、その時だった。
「おい、待てよ」
アレクサンダーの冷たい声が、俺の動きを止めた。
「お前、それに触る気か?」
「え……? これは、俺に与えられたものじゃ……」
「はっ、寝言は寝て言え。戦えもしない役立たずが、なんで俺たちと同じように装備を貰えるんだ? その金もだ。お前みたいなゴミに使う金があるなら、俺たちのポーション代にでもした方がよっぽど有意義だろ」
あまりに理不尽な言い分に、俺は思わず反論した。
「待ってくれ。それはおかしいだろう。スキルが戦闘向きじゃないからって、追放されるのはまだしも、装備や金まで奪う権利がお前にあるのか?」
「権利? あるに決まってるだろ。俺は勇者だぞ」
アレクサンダーは、心底不思議そうな顔で言い放った。まるで、一足す一が二になるのと同じくらい、当たり前のことだと言わんばかりに。
「いいか? 俺たちはこれから命懸けで魔王と戦うんだ。お前は? 何もせず、安全な場所でふんぞり返ってるだけ。そんな奴が、なんで俺たちと同じものを受け取る資格がある? 言ってみろよ」
「それは……」
言葉に詰まる。彼の論理は、あまりにも自己中心的で、あまりにも傲慢だ。だが、この場において彼の言葉は絶対だった。
「大体、お前みたいなのがいるだけで士気が下がるんだよ。なあ、お前らもそう思うだろ?」
アレクサンダーが同意を求めると、マリアが真っ先に頷いた。
「当たり前じゃない! 見てるだけでイライラするもん!」
「合理的に考えても、不要なリソースを抱えるのは愚策だ。彼の分の装備と資金は、我々が有効活用すべきだろう」
レオンは眼鏡の位置を直しながら、冷徹に言い切った。
俺は最後の望みをかけて、セシリアに視線を向けた。彼女は悲しそうな顔で俯いていたが、やがて小さな声で呟いた。
「……ごめんなさい。アレクサンダーさんの言う通り、私達は世界を救わなきゃいけないから……。少しでも、確率を上げるためには……」
その言葉が、とどめだった。
聖女の口から紡がれた、優しい言葉でラッピングされた、残酷な現実。
「……分かったよ」
俺は、絞り出すような声で言った。
「もういい。俺は出ていく。だが、これだけは言っておく。お前たちは、いつか必ず後悔する」
それは、何の根拠もない、ただの負け犬の遠吠えだった。だが、そう言わずにはいられなかった。元の世界で、理不尽な上司に頭を下げ続けてきた俺の中に残っていた、最後のちっぽけなプライドだった。
俺の捨て台詞を聞いて、アレクサンダーは腹を抱えて笑い出した。
「後悔? 俺たちが? お前みたいなゴミがいなくなって、せいせいするだけだっつーの! なあ、笑えるよな!」
「本当。自分の価値が分かってないって、惨めね」
マリアが嘲笑し、レオンは呆れたように肩をすくめた。
アレクサンダーは笑いを収めると、俺が持っていた金貨袋をひったくり、さらに俺自身のポケットを探って、元の世界から着てきたスーツに入っていた財布まで奪い取った。中に入っていた数枚の諭吉と小銭が、彼の手に渡る。
「異世界の金なんて価値があるか分かんねえけど、まあ、貰っといてやるよ。感謝しろよな」
装備も、金も、何もかも奪われた。俺がこの世界に来て手に入れたものは、役立たずのスキルと、着の身着のままのこの白い服だけ。
アレクサンダーは衛兵を呼ぶと、冷酷に命じた。
「おい、こいつを城から、いや、王都から叩き出せ。二度と俺たちの前に顔を見せるな」
「はっ!」
衛兵二人に両腕を掴まれ、俺は引きずられるようにして控え室を後にした。もう誰も、俺の方を見ようとはしなかった。
王城の廊下を引きずられ、城門を抜け、石畳の道を無様に引きずられていく。道行く人々が、何事かとこちらに奇異の視線を向ける。その視線が、針のように痛い。
ブラック企業で働いていた時も、理不尽なことは山ほどあった。徹夜続きのプロジェクト、上司からのパワハラ、クライアントからの無理難題。だが、これほどの屈辱と絶望を味わったことはなかった。命の危険すらなかった元の世界とは違う。ここは、力こそが全ての異世界。金も、力も、仲間もいない俺が、どうやって生きていけというのか。
衛兵たちは王都の正門まで俺を連れて行くと、まるでゴミを捨てるように、門の外へと突き飛ばした。
「勇者様ご一行に逆らうような者は、この王都にいる資格はない。とっとと失せろ」
背後で、重い城門が閉じる音が、ゴトリと響いた。
その音は、俺の人生の第一章が、最悪の形で幕を閉じたことを告げるゴングのように聞こえた。
夕暮れの赤い光が、目の前に広がる荒野を染めている。王都の外は、整備された街道が一本伸びているだけで、その左右は鬱蒼とした森と荒れ地が広がっていた。時折、遠くから獣の咆哮のようなものが聞こえてくる。
所持金ゼロ。装備なし。頼れる仲間もいない。あるのは、正体不明のスキル【システム解析】だけ。
途方に暮れて立ち尽くす俺の頬を、冷たい風が撫でていった。その風は、これから始まる過酷な運命を、静かに告げているようだった。
「おお、よくぞ参られた、異世界の勇者たちよ! 余がこの国の王、マグヌス・フォン・アークライトである!」
国王の朗々とした声が響き渡る。その両脇には、きらびやかなドレスをまとった王妃や王女らしき人物、そして物々しい鎧に身を包んだ騎士団長や、ローブ姿の宮廷魔術師長と思しき人物たちがずらりと並び、俺たちを品定めするように見つめていた。
「勇者アレクサンダー、そしてその仲間たちよ。女神アルテミス様より話は伺っておる。よくぞ我らの呼び声に応えてくれた。心より歓迎するぞ」
国王の視線は、真っ直ぐにアレクサンダーたち四人にだけ注がれていた。俺は、まるで存在しないかのように、彼らの数歩後ろにぽつんと取り残されている。まあ、予想通りではあったが。
アレクサンダーは、高校生とは思えないほど堂々とした態度で一歩前に進み出た。
「お初にお目にかかります、国王陛下。俺が勇者アレクサンダーです。この世界を脅かす魔王は、必ずやこの俺が打ち倒してみせます」
「おお、なんと頼もしい言葉か!」
国王は満足げに頷き、アレクサンダーと、彼の隣に立つセシリア、レオン、マリアを順に褒め称えた。聖女の慈愛、賢者の叡智、戦士の不屈。それぞれの役割が、高らかに賞賛される。俺の存在は、やはり完全に無視されていた。まるで背景の柱か何かになったような気分だ。
一通りの歓迎の儀礼が終わると、宮廷魔術師長らしき老人が前に進み出た。
「陛下。勇者様方の御力を、改めて我らの目で鑑定させていただきたく存じます」
「うむ、そうだな。勇者たちの力を正しく把握することは、今後の魔王軍との戦いにおいて最も重要となろう。頼んだぞ、グラン老師」
グランと呼ばれた老魔術師は、恭しく一礼すると、水晶玉のついた杖を構えた。
「では勇者様、まずはお手元のステータスウィンドウをこちらに」
アレクサンダーは得意げに頷き、自らのステータスウィンドウを魔術師の前に表示させる。
「おお……! なんという初期ステータス! まさに伝説の勇者にふさわしいお力です!」
グラン老師は感嘆の声を上げ、その場にいた貴族たちも「おお」とどよめいた。続くセシリア、レオン、マリアの鑑定でも、次々と賞賛の声が上がる。彼らのスキルがいかに希少で強力か、そのステータスがいかに規格外であるか。そんな言葉が謁見の間に響き渡るたび、四人の表情は誇らしげに輝きを増していった。
そして、最後に俺の番が来た。
グラン老師は、そこで初めて俺の存在に気づいたかのように、訝しげな視線を向けた。
「……む? そなたは?」
「あー……同じく、召喚された者です」
気まずさを感じながらも、俺は自分のステータスウィンドウを表示する。謁見の間の華やかな雰囲気とはあまりに不釣り合いな、凡庸な数値の羅列。それが衆目に晒された瞬間、先程までの賞賛のどよめきは、ひそひそとした嘲笑の囁きへと変わった。
「なんだ、あのステータスは……」
「一般兵と大差ないではないか」
「スキルは……【システム解析】? 鑑定不能? 意味がわからんな」
グラン老師は眉間に深い皺を寄せ、水晶玉を俺にかざした。何度か瞬き、首を捻る。
「ふむ……。確かに、女神様が付与されたスキルのようですが……。老いぼれのわしにも、このスキルの詳細は読み解けませぬ。ただ、これだけは断言できます。このスキルに、直接的な戦闘能力は一切ございませんな」
その言葉が、決定的な烙印となった。
戦闘能力がない。
それは、魔王と戦うために召喚された勇者パーティーにおいて、存在価値がないことと同義だった。
アレクサンダーが、これ見よがしに大きなため息をついた。
「やっぱりか。どう見ても足手まといだと思ったんだ」
「ええ、本当に。私達の足を引っ張られるのはごめんよ」
マリアが腕を組んでそっぽを向く。レオンは冷静な口調で分析を口にした。
「戦闘能力のない人間を前線に連れて行くのは、自殺行為に等しい。彼自身の安全を考えても、パーティーから外すべきだろう」
セシリアだけが、困ったように眉を下げていたが、何も言わなかった。その沈黙は、消極的な同意を示している。
国王は玉座から俺を見下ろし、失望の色を隠そうともせずに言った。
「……そうか。勇者一行には、そのような者も混じっていたか。まあよい。戦えぬ者を無理に戦場へ送るほど、我らも非情ではない」
その言葉は、優しさなどではなかった。単なる、無価値なものに対する無関心だ。
謁見はそれで終わり、俺たちは豪華な控え室へと案内された。そこには、国王からの下賜品として、パーティーの初期装備となるであろう武具や防具、そして当面の活動資金が入った金貨袋が用意されていた。
アレクサンダーは、真新しい光沢を放つ聖剣を手に取り、うっとりと眺めている。他の三人も、それぞれ自分に与えられた装備を吟味し、興奮を隠せないでいた。俺に用意されていたのは、一番安物であろう革鎧と、短い剣、そして小さな革袋に入った金貨。それでも、無一文よりはましだ。
そう思って革鎧に手を伸ばした、その時だった。
「おい、待てよ」
アレクサンダーの冷たい声が、俺の動きを止めた。
「お前、それに触る気か?」
「え……? これは、俺に与えられたものじゃ……」
「はっ、寝言は寝て言え。戦えもしない役立たずが、なんで俺たちと同じように装備を貰えるんだ? その金もだ。お前みたいなゴミに使う金があるなら、俺たちのポーション代にでもした方がよっぽど有意義だろ」
あまりに理不尽な言い分に、俺は思わず反論した。
「待ってくれ。それはおかしいだろう。スキルが戦闘向きじゃないからって、追放されるのはまだしも、装備や金まで奪う権利がお前にあるのか?」
「権利? あるに決まってるだろ。俺は勇者だぞ」
アレクサンダーは、心底不思議そうな顔で言い放った。まるで、一足す一が二になるのと同じくらい、当たり前のことだと言わんばかりに。
「いいか? 俺たちはこれから命懸けで魔王と戦うんだ。お前は? 何もせず、安全な場所でふんぞり返ってるだけ。そんな奴が、なんで俺たちと同じものを受け取る資格がある? 言ってみろよ」
「それは……」
言葉に詰まる。彼の論理は、あまりにも自己中心的で、あまりにも傲慢だ。だが、この場において彼の言葉は絶対だった。
「大体、お前みたいなのがいるだけで士気が下がるんだよ。なあ、お前らもそう思うだろ?」
アレクサンダーが同意を求めると、マリアが真っ先に頷いた。
「当たり前じゃない! 見てるだけでイライラするもん!」
「合理的に考えても、不要なリソースを抱えるのは愚策だ。彼の分の装備と資金は、我々が有効活用すべきだろう」
レオンは眼鏡の位置を直しながら、冷徹に言い切った。
俺は最後の望みをかけて、セシリアに視線を向けた。彼女は悲しそうな顔で俯いていたが、やがて小さな声で呟いた。
「……ごめんなさい。アレクサンダーさんの言う通り、私達は世界を救わなきゃいけないから……。少しでも、確率を上げるためには……」
その言葉が、とどめだった。
聖女の口から紡がれた、優しい言葉でラッピングされた、残酷な現実。
「……分かったよ」
俺は、絞り出すような声で言った。
「もういい。俺は出ていく。だが、これだけは言っておく。お前たちは、いつか必ず後悔する」
それは、何の根拠もない、ただの負け犬の遠吠えだった。だが、そう言わずにはいられなかった。元の世界で、理不尽な上司に頭を下げ続けてきた俺の中に残っていた、最後のちっぽけなプライドだった。
俺の捨て台詞を聞いて、アレクサンダーは腹を抱えて笑い出した。
「後悔? 俺たちが? お前みたいなゴミがいなくなって、せいせいするだけだっつーの! なあ、笑えるよな!」
「本当。自分の価値が分かってないって、惨めね」
マリアが嘲笑し、レオンは呆れたように肩をすくめた。
アレクサンダーは笑いを収めると、俺が持っていた金貨袋をひったくり、さらに俺自身のポケットを探って、元の世界から着てきたスーツに入っていた財布まで奪い取った。中に入っていた数枚の諭吉と小銭が、彼の手に渡る。
「異世界の金なんて価値があるか分かんねえけど、まあ、貰っといてやるよ。感謝しろよな」
装備も、金も、何もかも奪われた。俺がこの世界に来て手に入れたものは、役立たずのスキルと、着の身着のままのこの白い服だけ。
アレクサンダーは衛兵を呼ぶと、冷酷に命じた。
「おい、こいつを城から、いや、王都から叩き出せ。二度と俺たちの前に顔を見せるな」
「はっ!」
衛兵二人に両腕を掴まれ、俺は引きずられるようにして控え室を後にした。もう誰も、俺の方を見ようとはしなかった。
王城の廊下を引きずられ、城門を抜け、石畳の道を無様に引きずられていく。道行く人々が、何事かとこちらに奇異の視線を向ける。その視線が、針のように痛い。
ブラック企業で働いていた時も、理不尽なことは山ほどあった。徹夜続きのプロジェクト、上司からのパワハラ、クライアントからの無理難題。だが、これほどの屈辱と絶望を味わったことはなかった。命の危険すらなかった元の世界とは違う。ここは、力こそが全ての異世界。金も、力も、仲間もいない俺が、どうやって生きていけというのか。
衛兵たちは王都の正門まで俺を連れて行くと、まるでゴミを捨てるように、門の外へと突き飛ばした。
「勇者様ご一行に逆らうような者は、この王都にいる資格はない。とっとと失せろ」
背後で、重い城門が閉じる音が、ゴトリと響いた。
その音は、俺の人生の第一章が、最悪の形で幕を閉じたことを告げるゴングのように聞こえた。
夕暮れの赤い光が、目の前に広がる荒野を染めている。王都の外は、整備された街道が一本伸びているだけで、その左右は鬱蒼とした森と荒れ地が広がっていた。時折、遠くから獣の咆哮のようなものが聞こえてくる。
所持金ゼロ。装備なし。頼れる仲間もいない。あるのは、正体不明のスキル【システム解析】だけ。
途方に暮れて立ち尽くす俺の頬を、冷たい風が撫でていった。その風は、これから始まる過酷な運命を、静かに告げているようだった。
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