無能と追放された俺の【システム解析】スキル、実は神々すら知らない世界のバグを修正できる唯一のチートでした

夏見ナイ

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第3話 絶望の森、スキルの真価と覚醒

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王都の城門が閉ざされ、俺は完全に一人になった。
夕暮れの太陽が地平線の向こうに沈みかけており、空は血を流したような深い茜色に染まっている。一本だけ伸びる街道を進むべきか、それとも森に身を隠すべきか。判断がつかないまま立ち尽くしていると、急速に周囲の光が失われていった。

「……寒い」

昼間は暖かかったのに、夜になると急激に気温が下がるらしい。着の身着のままの薄い服では、吹き付ける風が容赦なく体温を奪っていく。空腹も限界に近かった。神殿に召喚されてから、口にしたのは儀式で出された水一杯だけ。胃がきりきりと痛み、立っているのも辛い。

街道を歩けば、どこかの村や町にたどり着けるかもしれない。だが、夜盗の危険性もあるだろう。それに、この世界に魔物がいるというのは、女神が言っていた通りなら紛れもない事実だ。丸腰で、ステータスも低い俺が夜の街道を歩くのは、自殺行為に等しい。
結局、俺は少しでも風を避けられそうな森の中へと足を踏み入れた。枯れ葉が足元でカサカサと音を立てる。闇に目が慣れてくると、不気味にねじれた木々のシルエットが、まるでこちらを嘲笑う亡霊のように見えた。

(どうして、俺がこんな目に……)

太い木の根元に背中を預けて座り込むと、抑えようのない怒りと無力感がこみ上げてきた。
元の世界では、理不尽な要求にも頭を下げ、来る日も来る日も身を粉にして働いてきた。その結果が過労による異世界召喚。そして、与えられたのは役立たずのスキルと、勇者たちからの蔑みと追放。
アレクサンダーたちの顔が脳裏に浮かぶ。俺を見下すあの傲慢な目、嘲笑する声。奪い取られた装備と金。そして、最後のとどめとなった聖女の偽善的な言葉。

「ふざけるな……。ふざけるなよ、クソが……!」

誰に聞かれるでもなく、悪態が口をついて出た。拳で地面を殴りつけるが、枯れ葉と土くれが虚しく舞い上がるだけだ。痛みすら、今の絶望的な状況を再認識させる材料にしかならない。
もし、俺が【聖剣技】のような強力なスキルを授かっていたら? もし、アレクサンダー並みのステータスがあったなら?
きっと彼らは手のひらを返して俺を賞賛し、仲間として迎え入れただろう。結局、彼らにとって重要だったのは、俺という人間ではなく、利用価値のある「機能」だけだったのだ。それは、まるで性能の低い部品を切り捨てるような、あまりにもドライで、残酷な判断だった。

その思考は、奇しくも俺がSEとして働いていた時の感覚とよく似ていた。バグだらけの古いシステム、非効率なコード、ボトルネックになっているサーバー。それらは全て、より優れたものに「リプレース」される対象だ。今の俺は、まさにその「旧式のシステム」として廃棄されたのだ。

グルルル……。

不意に、低い唸り声が暗闇の中から聞こえてきた。
全身の毛が逆立つ。本能が、危険を告げていた。ゆっくりと音のした方へ視線を向けると、闇の中に爛々と光る二つの赤い目があった。
茂みがガサガサと揺れ、月明かりの下にその姿を現す。
緑色の醜い肌、鉤爪のついた長い腕、手には粗末な棍棒。背丈は俺の腰ほどしかないが、その目には明確な敵意と飢えが宿っている。

(ゴブリン……!)

ファンタジーの知識がなくても分かる。こいつは、人間を襲う魔物だ。
一匹、二匹、三匹……。群れで行動するのか、次々と茂みの中から同じ姿の魔物が現れ、俺を半円状に取り囲んだ。逃げ場はない。

「くそっ……!」

恐怖で足がすくむ。手には武器ひとつない。ステータスはおそらく、こいつら一体にすら劣るだろう。戦えば、確実に殺される。
一匹のゴブリンが、奇声を発しながら棍棒を振り上げて突進してきた。死が、現実のものとして目の前に迫る。
もう駄目だ。終わった。
そう思った瞬間、俺の頭の中に、過労で倒れる直前まで見ていたモニターの光景がフラッシュバックした。
無数のコード。エラーログ。デバッグ画面。
『問題が発生したのなら、原因を特定しろ』
『感情的になるな。冷静に、論理的に、解決策を探せ』
かつての上司の怒声が、幻聴のように響く。

そうだ。まだ、やれることがあるじゃないか。
俺には、スキルがある。役立たずと罵られた、あのスキルが。
藁にもすがる思いだった。これが何の結果も生まない気休めだとしても、何もしないで殺されるよりはずっといい。

「――【システム解析】ッ!!」

心の底から叫んだ。
その瞬間、世界が一変した。

視界に映るすべてのものが、淡い光の格子で覆われ、その格子の上を無数の文字列が滝のように流れ落ちていく。まるで、世界という巨大なプログラムのソースコードを、強制的に表示させたかのようだ。
目の前に迫っていたゴブリンが、半透明の緑色のワイヤーフレームのような姿に変わる。そして、その頭上には、俺が神殿で見たものと同じ、しかし比較にならないほど詳細なウィンドウが展開されていた。

【OBJECT_NAME: Goblin_Scout】
【CLASS: Monster_Low-rank】
【LEVEL: 3】
【STATUS】
- HP: 65/65
- MP: 10/10
- STR: 35
- VIT: 30
- AGI: 40
- INT: 15
【SKILLS】
- Club_Attack_Lv1
- Throw_Stone_Lv2
【BEHAVIOR_LOGIC_SCRIPT】
- Target: Player_Kaito_Soma
- State: Hostile
- IF (target.distance > 5m) {
-     action = Skill.Throw_Stone;
-     priority = low;
- }
- ELSE IF (target.distance <= 5m && target.isNotAttacking) {
-     action = Skill.Club_Attack;
-     priority = high;
-     // attack motion: 0.8s, post-attack-delay: 1.2s
- }
- ELSE {
-     action = wait_and_see;
- }
【WEAK_POINT_ANALYSIS】
- Head (critical_hit_rate: +50%)
- Heart_Core (fatal_hit_rate: +80%, armor_penetration_required: 20)

「……なんだ、これ……」

呆然と呟く。
これは、ただのステータス表示じゃない。
敵の行動原理が、プログラミング言語のような形式で、完全に記述されている。
『対象との距離が5メートル以下、かつ対象が攻撃行動中でない場合、棍棒による攻撃を最優先で実行する』
そして、ご丁寧に注釈までついている。
『攻撃モーション:0.8秒、攻撃後硬直:1.2秒』

これが、【システム解析】の本当の力……?
ただ情報を「見る」だけじゃない。世界の構成要素(オブジェクト)を分析し、その挙動を司るプログラム(ロジック)そのものを「読み解く」力。

ゴブリンが振り上げた棍棒が、スローモーションのように見えた。
『attack motion: 0.8s』
解析結果が、脳内で再生される。俺は恐怖をねじ伏せ、身体を動かした。右に半歩、ずれるだけ。
ブンッ、と風を切る音が耳元をかすめ、棍棒が俺のいた場所の地面をえぐった。
直後、ゴブリンの動きがぴたりと止まる。
『post-attack-delay: 1.2s』
硬直時間! まさに、ゲームにおける隙、システムの穴(バグ)だ!

俺は迷わず、足元に転がっていた拳大の石を拾い上げた。そして、解析で示された弱点――ゴブリンの頭部めがけて、全体重を乗せて叩きつける!

ゴギャッ!

鈍い衝撃と共に、ゴブリンが悲鳴を上げた。HPゲージが65から20へと大きく減少するのが見えた。
『WEAK_POINT_ANALYSIS: Head (critical_hit_rate: +50%)』
クリティカルヒットだ!

他のゴブリンたちが、仲間の負傷に怒り狂ったように一斉に襲いかかってくる。だが、今の俺には、その動きが全て手に取るように分かった。
右のゴブリンは棍棒、左のゴブリンは石投げ。行動ロジックに寸分の狂いもなく、奴らはプログラムされた通りの動きをする。
俺はバックステップで石を回避し、右のゴブリンの攻撃モーションに入る瞬間に、先ほど殴りつけたゴブリンの背後へ回り込んだ。
「死ねッ!」
渾身の力を込めて、もう一度、石を奴の頭に振り下ろす。

グシャリ、という嫌な音と共に、ゴブリンの頭上のHPゲージがゼロになった。その体はワイヤーフレームの姿のまま、一瞬光を放ったかと思うと、細かい光の粒子となって霧散した。
後には、小さな紫色の石と、数枚の汚れた銅貨が残されている。

これが、この世界の死。そして、ドロップアイテム。
一つの脅威を排除したことで、ほんの少しだけ心に余裕が生まれる。俺は残りの二匹にも【システム解析】を発動させ、同じように行動を先読みした。
奴らの攻撃は、もう俺には当たらない。攻撃の予備動作、硬直時間、行動の優先順位。全ての情報が俺の頭脳にインプットされている。それはまるで、答えの分かっているテストを解くようなものだった。
最後の一匹を仕留めた時、俺は地面に膝をつき、荒い息を繰り返していた。精神的な疲労が凄まじい。だが、身体には傷一つなかった。

「はぁ……はぁ……。勝った……のか……?」

信じられない思いで、自分の手を見つめる。
生き残った。絶望的な状況で、生き残ることができた。
この【システム解析】というスキルのおかげで。

俺は、ゴブリンが残した紫色の石に手を伸ばし、それを解析してみた。

【ITEM_NAME: 魔石(小)】
【TYPE: Material】
【RARITY: Common】
【DESCRIPTION: 魔物の力の結晶。魔力を内包しており、武具の強化や魔道具の燃料として利用される。】
【HIDDEN_PARAMETER】
- Mana_Value: 15/15
- Purity: 35%
- Attribute: None
- System_Internal_ID: #M-001a-c

「隠しパラメータ……?」

アイテムの基本的な説明の下に、通常の鑑定では決して見ることのできないであろう、内部的なデータが表示されていた。魔力の含有量、純度、属性、そしてシステムID。
これは、決定的だった。
俺のスキルは、神や王国の魔術師ですら詳細不明だった、規格外の能力。世界の表面的な情報だけでなく、その根幹をなすシステムデータそのものにアクセスできる、唯一無二の力だ。
勇者たちの【聖剣技】や【大魔導】が、強力な「アプリケーション」だとするなら、俺の【システム解析】は、そのアプリケーションが動作するOS(オペレーティングシステム)のソースコードに直接アクセスし、デバッグする「管理者権限(ルートけんげん)」に等しい。

「……は、はは……。ははははは!」

乾いた笑いが、静かな森に響き渡った。
ゴミスキル? 役立たず? 不良品?
冗談じゃない。
これは、とんでもないチートスキルだ。
戦闘能力は皆無かもしれない。だが、使い方次第では、どんな戦闘スキルよりも強力な武器になる。
俺を追放したアレクサンダーたち。彼らはおそらく、このスキルの真価に永遠に気づくことはないだろう。自分たちの強力なスキルに驕り、力任せの戦いを続けるだけだ。

だが、俺は違う。
俺は、この世界の「理」を読み解ける。バグを見つけ、仕様の穴を突くことができる。
絶望の闇の中に、確かな光が見えた気がした。それは、生き残るための、そして、俺をどん底に突き落とした奴らを見返すための、希望の光だった。

東の空が、わずかに白み始めていた。
夜明けの光が、まるで新しい世界のソースコードを照らし出すように、木々の間から差し込んでくる。
俺はゆっくりと立ち上がり、王都があった方角を振り返った。心の中に、冷たく、しかし確かな闘志が静かに燃え上がっていた。
俺の戦いは、今、ここから始まる。
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