無能と追放された俺の【システム解析】スキル、実は神々すら知らない世界のバグを修正できる唯一のチートでした

夏見ナイ

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第11話 騎士団を追われた獣人剣士フレアとの出会い

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勇者パーティーの噂が、小さな棘のように心の隅に引っかかってはいたが、フロンティアでの俺たちの生活は順調そのものだった。
地道な依頼をこなし、着実にレベルと資産を増やす毎日。俺のレベルは15を超え、ルナも衰弱状態から完全に回復し、彼女本来の絶大な魔力がその身に戻りつつあった。俺たちはキッチン付きの宿を定宿とし、穏やかで満たされた日々を送っていた。

「カイト様、本日はどのようなご予定ですか?」
朝食の席で、ルナが手作りのハーブティーを淹れながら尋ねてきた。彼女が作る食事は、どれも素朴だが驚くほど美味しかった。精霊魔法の応用で、素材の味を最大限に引き出すことができるらしい。
「そうだな……。そろそろ、防具を新調したい。それに、ルナの杖も、もっと良いものを見つけてやりたいしな」
ゴブリンメイジがドロップした杖は性能こそ悪くなかったが、彼女の本来の力に見合うものでは到底なかった。俺たちの次の目標は、来るべき強敵との戦いに備え、装備を一段階上のものに更新することだった。

「わたくしのことまで……ありがとうございます、カイト様」
ルナは心から嬉しそうに微笑んだ。その笑顔は、俺の日常にとって欠かせないものになっていた。

昼過ぎ、俺たちは情報収集も兼ねて、普段はあまり足を踏み入れない職人街の方面へと歩いていた。良い武具は、良い職人の元に集まるはずだ。そんな期待を胸に、石畳の道を歩いていると、ふと、前方の広場が騒がしいことに気づいた。
冒険者同士のいざこざかと思ったが、雰囲気が少し違う。取り囲む野次馬たちの間から見えるのは、銀色に輝くプレートアーマー。王国の騎士団の制式装備だ。騎士たちが、誰かと揉めているらしい。

「カイト様、何か……」
ルナが不安そうに俺の袖を掴む。
「ちょっと様子を見てみよう。厄介事なら関わらないのが一番だが」
そう言いながらも、俺の足は自然とそちらへ向いていた。理不理尽な権力者が、弱者を虐げている。そんな構図が、どうしても気になってしまう。

人垣の隙間から中を覗くと、そこには一人の少女が、三人の騎士に囲まれて立っていた。
燃えるような赤い髪を無造作に束ね、その頭からはぴんと立った猫の耳が生えている。すらりと伸びた腰からは、しなやかな尻尾が不機嫌そうに揺れていた。快活そうな顔立ちを怒りに歪ませ、騎士たちを睨みつけている。猫の獣人だ。腰に吊るした、使い込まれた長剣が、彼女がただの少女ではないことを示していた。

「何度言わせるんだ、フレア! お前のような『出来損ない』が、俺たちと同じ元騎士団員だなんて口にするんじゃねえ! 騎士団の恥だ!」
リーダー格らしき、厭味な顔つきの騎士が唾を吐き捨てるように言った。
「出来損ない、だと……?」
フレアと呼ばれた獣人の少女の声が、怒りで震える。
「事実だろうが。お前のスキル【獣王剣技】は、いざという時に全く役に立たない欠陥品だ。お前のせいで、前の討伐任務でどれだけ俺たちが迷惑したと思ってる!」
「あれは、貴様らが俺の言うことを聞かず、無策に突っ込んだからだろうが!」
「口答えするな、この獣人風情が! やはり貴様のような血筋の者は、騎士の栄誉を担うには相応しくなかったんだよ!」

騎士の言葉は、単なる能力への罵倒を超えて、種族そのものへの侮辱を含んでいた。周囲の野次馬たちも、興味本位の視線を向けるだけで、誰も割って入ろうとはしない。
その光景が、俺の脳裏に焼き付いた、あの日の謁見の間と重なった。
スキルが使えないと断じられ、周囲から価値のないものとして扱われる。その理不尽さ。その屈辱。
気づいた時には、俺は人垣をかき分けて、彼らの前に進み出ていた。

「おいおい、王国騎士団様が三人掛かりで、女の子一人をいじめてるとは、感心しないな」
俺の唐突な登場に、騎士たちも、フレアと呼ばれた少女も、驚いたようにこちらを見た。
リーダー格の騎士が、俺の姿を一瞥し、鼻で笑う。
「なんだ、てめえは。冒険者か? これは騎士団の内部の問題だ。部外者はすっこんでろ」
「元騎士団員を『出来損ない』だの『獣人風情』だの罵ることが、内部の問題か? 俺にはただの弱い者いじめにしか見えないが」
俺が冷静に言い返すと、騎士の顔が怒りで赤く染まった。
「てめえ……! 何を言っているか分かってんのか! こいつは、騎士団から追放された落ちこぼれだ! 正当な処分を受けただけの話だ!」
「追放、ねえ……」
その言葉が、俺の心の奥の古傷を抉った。俺はフレアの方へ視線を向けた。彼女は、突然現れた俺を警戒しつつも、その瞳の奥に宿る怒りの炎は消えていない。
その時だった。俺のスキルが、彼女の情報を読み取った。

【NAME: フレア】
【CLASS: 剣士】
【LEVEL: 20】
【STATUS: 憤怒】
【SKILLS】
- 【獣王剣技】 (状態: 非効率なリソース配分エラー)
- 【猫の俊敏さ】
- 【直感(中)】
【SYSTEM_LOG】
- `[ERROR] Skill '獣王剣技': Mana consumption is abnormally high.`
- `[WARNING] Skill '獣王剣技': Internal logic conflict detected. Some routines are not executed.`

(……エラー? 論理競合?)

彼女のスキルの状態に、明確な異常を示すログが表示されていた。
マナ消費が異常に高い。内部ロジックに競合が発生し、一部のルーチンが実行されていない。
つまり、彼女のスキルは、本来の性能を全く発揮できていない状態なのだ。それは、彼女の才能の問題ではない。スキルというプログラムそのものの「バグ」が原因だ。
「スキル不適合」の烙印。それは、この世界の誰も、その本当の原因に気づけなかったが故の、あまりにも残酷な誤審だった。

「もういい! 言葉の通じねえ馬鹿は、力で分からせてやる!」
フレアが怒りに耐えかねて、腰の剣に手をかけた。
「待て!」
俺が制止するが、彼女の動きは早い。しかし、それよりも早く、俺は彼女と騎士たちの間に割って入った。
「カイト様!」
後ろから、ルナの心配そうな声が聞こえる。
「下がってろ、ルナ。こいつらは俺が相手をする」
「てめえ、死にてえらしいな!」
リーダー格の騎士が剣を抜き、俺に斬りかかってきた。大上段からの、大振りな一撃。
俺は冷静に【システム解析】で彼の動きを読む。
『攻撃モーション:1.3秒。右肩の筋肉の動きから、軌道はほぼ固定。攻撃後、体勢が大きく崩れる』
全て、お見通しだ。
俺は最小限の動きで半身をずらし、彼の剣を空振りさせる。そして、体勢を崩した彼の腕を取り、軽く捻り上げた。
「ぐあっ!?」
騎士は無様な悲鳴を上げて、地面に剣を取り落とした。
「なっ!?」
残りの二人の騎士が、驚愕の表情で俺を見る。彼らも同時に斬りかかってくるが、その動きは俺の目には全てスローモーションのように見えていた。連携も何もない、ただの怒りに任せた攻撃。
俺は一人の蹴りをひらりとかわし、その勢いを利用して、もう一人の騎士にぶつける。ドミノ倒しのように、二人の騎士がもつれ合って転がった。

一瞬の出来事だった。俺は一度も攻撃することなく、三人の騎士を無力化してしまった。
野次馬たちから、どよめきが起こる。
「すげえ……あの騎士たちを、赤子扱いだ……」
「あいつ、もしかして『神眼のカイト』じゃねえか?」
そんな囁きが聞こえてくる。
何より驚いていたのは、俺の後ろにいたフレアだった。彼女は目を丸くして、信じられないものを見るような目で俺を見つめている。
「て、てめえ……一体、何者だ……?」
「ただの通りすがりの冒険者だ。仲間が馬鹿にされるのが、ちょっと我慢ならなかっただけさ」
俺がそう言うと、彼女の顔が少し赤くなった。
やがて、騒ぎを聞きつけた衛兵が駆けつけ、その場は強制的に解散させられた。捨て台詞を吐きながら去っていく騎士たちを見送り、俺はフレアに向き直った。

「……助かった。礼を言う」
彼女は、ぶっきらぼうにそう言うと、くるりと背を向けて去ろうとした。照れているのか、あるいは他人と関わるのを避けているのか。
「待ってくれ」
俺は彼女を呼び止めた。
「なんだよ、まだ何か用か?」
「君のその剣技、少し見せてくれないか?」
俺の突拍子もない申し出に、フレアは怪訝な顔をした。
「はあ? なんで俺がお前に剣技を見せなきゃならねえんだよ。それに、見せたって無駄だ。俺のスキルは、あのクソ騎士どもが言った通り、出来損ないの欠陥品なんだから」
自嘲するように、彼女は吐き捨てる。その姿が、追放された直後の自分と重なり、胸が痛んだ。
俺は彼女の目を真っ直ぐに見つめて、言った。

「その『欠陥』、もしかしたら俺に治せるかもしれない」

その言葉に、フレアの時間が止まった。
彼女は、猫のように大きな瞳をこれでもかと見開き、俺の顔を凝視している。その表情には、驚き、不信、そして、ほんのわずかな、捨てきれずにいた希望の色が浮かんでいた。
「……お前、今、なんて言った……?」
震える声で尋ねる彼女に、俺はもう一度、はっきりと告げた。
「君が『スキル不適合』なのは、君のせいじゃない。スキルそのものにバグがあるからだ。そして、俺はそのバグを修正(デバッグ)できる」

辺りの喧騒が、遠くに聞こえる。
俺と、赤い髪の獣人剣士。そして、俺の隣で少しだけ不満そうなオーラを出しながらも、静かに成り行きを見守る銀髪のエルフ。
奇妙な三人の出会いは、この世界の運命の歯車を、また一つ大きく回し始めるきっかけとなるのだった。
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