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第43話 目覚め、そして再生した魔王
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どれくらいの時間、意識を失っていたのだろうか。
俺が、ゆっくりと目を開けると、最初に目に飛び込んできたのは、見慣れた宿屋の、木目の天井だった。
身体が、鉛のように重い。特に、MPを根こそぎ使い果たした後の、独特の倦怠感が、全身を支配している。
「……ここは……?」
俺が、かすれた声を出すと、傍らから、ずっと待っていたかのような、声が聞こえた。
「――気がついたか、カイト」
その声に、俺は、勢いよく身体を起こした。
そこに座っていたのは、漆黒の王の装束ではなく、簡素な旅人の服を身に纏った、一人の、白銀の髪の青年だった。
その顔立ちは、玉座で見た魔王のそれと同じ、完璧な造形美を誇っていたが、彼から放たれるオーラは、もはや、絶望的なプレッシャーではなく、春の陽光のように、穏やかで、温かいものに変わっていた。
そして、その漆黒の瞳には、狂気も、哀しみもなく、ただ、どこまでも澄み切った、理知的な光が宿っている。
「……あんたは……アレス」
俺は、魂の世界で見た、彼の本当の名を呼んだ。
彼は、静かに、頷いた。
「ああ。君のおかげで、ようやく、長い、長い悪夢から、目を覚ますことができた。礼を言う、我が友、カイト」
その言葉には、偽りのない、心からの感謝がこもっていた。
「フレアと、ルナは……!?」
俺は、慌てて仲間たちの安否を尋ねた。
「心配ない。二人とも、無事だ。今は、別の部屋で、ぐっすりと眠っている。彼女たちも、君と同じく、全ての力を使い果たしたからな」
その言葉に、俺は、心の底から安堵した。
俺は、改めて、周囲を見回した。ここは、ドワーフの国、ドゥリンヘイムにある、ギルバートの工房の一室だった。
「……俺たち、どうやって、ここに?」
「私が、連れてきた」
アレスは、こともなげに言った。
「君たちが、私の魂の中で、歪みと戦ってくれている間、私の身体は、本来の力を取り戻しつつあった。そして、君が意識を失った後、私は、空間転移の魔法で、君たち三人まとめて、このドゥリンヘイムまで、移動してきたのだ」
空間転移。それも、大陸の北端から、山脈地帯まで、一瞬で。
彼の持つ力の、底知れなさを、改めて思い知らされる。
「君の仲間から、話は聞いた。この工房の主、ギルバート殿は、君の協力者だと。彼は、事情を話すと、快く、我々を匿ってくれた」
その時、部屋の扉が開き、ギルバート本人が、心配そうな顔で入ってきた。
「おお、カイト! 目が覚めたか! よかった……。丸三日も、眠り続けておったんじゃぞ!」
「三日も……!?」
「ああ。そちらの、元魔王様が、あんたたちを担いで、突然、ワシの工房に現れた時は、心臓が止まるかと思ったわい」
ギルバートは、アレスを一瞥すると、深いため息をついた。
「……ともかく、無事で、何よりじゃった」
アレスは、立ち上がると、ギルバートに向かって、深々と頭を下げた。
「ギルバート殿。貴殿らドワーフの民には、我ら堕落した管理者の怠慢により、長きにわたり、多大な迷惑をかけた。この通り、詫びよう」
その、あまりにも真摯な謝罪に、ギルバートは、少し戸惑いながらも、その太い腕を組んだ。
「……ふん。あんたは、二代目どもとは、違うようじゃな。その目、初代管理者様に、よく似ておる。……過ぎたことだ。ワシは、ただ、友であるカイトを、助けたまでよ」
彼は、そう言うと、どこか、吹っ切れたような顔で、部屋を出ていった。
再び、二人きりになった部屋で、俺は、アレスに、一番、聞きたかったことを、尋ねた。
「……世界の、バグは? ワールドエンドは、どうなったんだ?」
俺の問いに、アレスは、静かに答えた。
「君が、私の魂に巣食っていた『原初のバグ』を、浄化してくれたおかげで、世界汚染度の上昇は、一時的に、ほぼ停止した。私が、汚染源の本体だったからな。ワールドエンドまでの時間は、当面、稼ぐことができたと言っていい」
「……そうか」
ひとまず、最悪の事態は、回避できた。
「だが」
アレスは、続けた。
「根本的な解決には、至っていない。世界のシステムに、生命活動そのものがバグを生み出すという、設計上の欠陥が存在する限り、いずれ、また、第二、第三の『原初のバグ』が、どこかで生まれるだろう。それは、時間の問題だ」
「……じゃあ、どうすればいい?」
「方法は、一つしかない」
アレスの瞳が、鋭い光を宿した。
「この世界のシステムそのものを、根幹から、作り直す。バグの発生しない、完璧な、新しい世界へと、『再構築(リビルド)』するんだ」
再構築。それは、俺が、彼の魂の世界で、最後に使った力と同じ言葉。
「だが、そんなことができるのは、この世界の創造主か、あるいは、正規の管理者権限を持つ者だけだ。今の俺たちには、その力はない」
「……ならば、その権限を、奪い取ればいい」
アレスは、こともなげに言った。
「今の、堕落した管理者――神々から、な」
彼の言葉は、もはや、神々への、明確な宣戦布告だった。
「奴らは、自分たちの怠慢と、失敗を隠すために、ワールドエンドという『初期化』のカードを、今も、手元に残しているはずだ。奴らが、我々の動きに気づき、業を煮やして、そのスイッチを押してしまう前に、我々が、先手を打つ」
「具体的には?」
「神々の住まう領域、『神域』へと乗り込み、世界の管理権限を司る、中枢システム『天の石板』を、我々の支配下に置く。そして、その権限を使って、ワールドエンドを、完全に無力化する。その後、時間をかけて、この世界を、新しいものへと作り変えていく」
それは、あまりにも、壮大で、そして、無謀な計画だった。
神々そのものに、戦いを挑む。それは、この世界の、全ての理に、反逆することを意味していた。
「……正気か、あんた」
「正気だとも」
アレスは、微笑んだ。それは、全てを達観した、王の笑みだった。
「かつての私は、全てを諦め、世界を破壊することしか、考えられなかった。だが、君が、教えてくれた。仲間と共に、運命に抗うことの、本当の強さを。……だから、今度は、私が、君の力になりたい。いや、ならせてほしい。この世界の、真の夜明けのために、君と共に、戦わせてはくれないか?」
彼は、俺に、手を差し出した。
それは、元魔王から、元追放者への、対等な「仲間」としての、誓いの求めだった。
俺は、その手を、迷わず、強く、握り返した。
「……ああ。こちらこそ、よろしく頼むぜ、相棒」
こうして、俺と、再生した魔王アレスは、固い、固い、絆で結ばれた。
それは、利害の一致などという、生易しいものではない。
同じ、理不尽な運命に翻弄され、それでも、大切なものを守るために、立ち上がった者同士の、魂の共鳴だった。
その日の午後。
ようやく目を覚ました、フレアとルナも、アレスと再会し、全ての事情を知った。
「へえ、あんたが、あの時の、泣き虫のガキか! ずいぶん、立派になったじゃねえか!」
フレアは、アレスの肩を、遠慮なくバンバンと叩いている。
「君の剣には、助けられた。感謝する、フレア」
アレスも、嫌な顔一つせず、穏やかに、それを受け止めている。
「アレス様……。本当に、よかった……」
ルナは、彼の、苦しみから解放された姿を見て、涙ぐんでいた。
「君の、魂の光が、私を導いてくれた。ありがとう、ルナ」
カイト、ルナ、フレア。
そして、元魔王、アレス。
さらには、彼を慕う、ヴォルグやリリスといった、元魔王軍の面々。
さらには、遠い地で、俺たちを支援してくれる、ギルバートや、グライフ氏。
俺たちの、神々に抗うための、小さな「連合軍」が、今、このドゥリンヘイムの地で、静かに、しかし、確かに、産声を上げた。
世界の終わりまで、残された時間は、決して多くはない。
だが、俺たちの心には、もはや、一片の絶望もなかった。
あるのはただ、仲間と共に、未来を切り開くという、燃えるような、希望だけ。
物語は、ついに、最終章の幕を開けようとしていた。
真の敵、神々との、最後の戦いが、今、始まろうとしていた。
俺が、ゆっくりと目を開けると、最初に目に飛び込んできたのは、見慣れた宿屋の、木目の天井だった。
身体が、鉛のように重い。特に、MPを根こそぎ使い果たした後の、独特の倦怠感が、全身を支配している。
「……ここは……?」
俺が、かすれた声を出すと、傍らから、ずっと待っていたかのような、声が聞こえた。
「――気がついたか、カイト」
その声に、俺は、勢いよく身体を起こした。
そこに座っていたのは、漆黒の王の装束ではなく、簡素な旅人の服を身に纏った、一人の、白銀の髪の青年だった。
その顔立ちは、玉座で見た魔王のそれと同じ、完璧な造形美を誇っていたが、彼から放たれるオーラは、もはや、絶望的なプレッシャーではなく、春の陽光のように、穏やかで、温かいものに変わっていた。
そして、その漆黒の瞳には、狂気も、哀しみもなく、ただ、どこまでも澄み切った、理知的な光が宿っている。
「……あんたは……アレス」
俺は、魂の世界で見た、彼の本当の名を呼んだ。
彼は、静かに、頷いた。
「ああ。君のおかげで、ようやく、長い、長い悪夢から、目を覚ますことができた。礼を言う、我が友、カイト」
その言葉には、偽りのない、心からの感謝がこもっていた。
「フレアと、ルナは……!?」
俺は、慌てて仲間たちの安否を尋ねた。
「心配ない。二人とも、無事だ。今は、別の部屋で、ぐっすりと眠っている。彼女たちも、君と同じく、全ての力を使い果たしたからな」
その言葉に、俺は、心の底から安堵した。
俺は、改めて、周囲を見回した。ここは、ドワーフの国、ドゥリンヘイムにある、ギルバートの工房の一室だった。
「……俺たち、どうやって、ここに?」
「私が、連れてきた」
アレスは、こともなげに言った。
「君たちが、私の魂の中で、歪みと戦ってくれている間、私の身体は、本来の力を取り戻しつつあった。そして、君が意識を失った後、私は、空間転移の魔法で、君たち三人まとめて、このドゥリンヘイムまで、移動してきたのだ」
空間転移。それも、大陸の北端から、山脈地帯まで、一瞬で。
彼の持つ力の、底知れなさを、改めて思い知らされる。
「君の仲間から、話は聞いた。この工房の主、ギルバート殿は、君の協力者だと。彼は、事情を話すと、快く、我々を匿ってくれた」
その時、部屋の扉が開き、ギルバート本人が、心配そうな顔で入ってきた。
「おお、カイト! 目が覚めたか! よかった……。丸三日も、眠り続けておったんじゃぞ!」
「三日も……!?」
「ああ。そちらの、元魔王様が、あんたたちを担いで、突然、ワシの工房に現れた時は、心臓が止まるかと思ったわい」
ギルバートは、アレスを一瞥すると、深いため息をついた。
「……ともかく、無事で、何よりじゃった」
アレスは、立ち上がると、ギルバートに向かって、深々と頭を下げた。
「ギルバート殿。貴殿らドワーフの民には、我ら堕落した管理者の怠慢により、長きにわたり、多大な迷惑をかけた。この通り、詫びよう」
その、あまりにも真摯な謝罪に、ギルバートは、少し戸惑いながらも、その太い腕を組んだ。
「……ふん。あんたは、二代目どもとは、違うようじゃな。その目、初代管理者様に、よく似ておる。……過ぎたことだ。ワシは、ただ、友であるカイトを、助けたまでよ」
彼は、そう言うと、どこか、吹っ切れたような顔で、部屋を出ていった。
再び、二人きりになった部屋で、俺は、アレスに、一番、聞きたかったことを、尋ねた。
「……世界の、バグは? ワールドエンドは、どうなったんだ?」
俺の問いに、アレスは、静かに答えた。
「君が、私の魂に巣食っていた『原初のバグ』を、浄化してくれたおかげで、世界汚染度の上昇は、一時的に、ほぼ停止した。私が、汚染源の本体だったからな。ワールドエンドまでの時間は、当面、稼ぐことができたと言っていい」
「……そうか」
ひとまず、最悪の事態は、回避できた。
「だが」
アレスは、続けた。
「根本的な解決には、至っていない。世界のシステムに、生命活動そのものがバグを生み出すという、設計上の欠陥が存在する限り、いずれ、また、第二、第三の『原初のバグ』が、どこかで生まれるだろう。それは、時間の問題だ」
「……じゃあ、どうすればいい?」
「方法は、一つしかない」
アレスの瞳が、鋭い光を宿した。
「この世界のシステムそのものを、根幹から、作り直す。バグの発生しない、完璧な、新しい世界へと、『再構築(リビルド)』するんだ」
再構築。それは、俺が、彼の魂の世界で、最後に使った力と同じ言葉。
「だが、そんなことができるのは、この世界の創造主か、あるいは、正規の管理者権限を持つ者だけだ。今の俺たちには、その力はない」
「……ならば、その権限を、奪い取ればいい」
アレスは、こともなげに言った。
「今の、堕落した管理者――神々から、な」
彼の言葉は、もはや、神々への、明確な宣戦布告だった。
「奴らは、自分たちの怠慢と、失敗を隠すために、ワールドエンドという『初期化』のカードを、今も、手元に残しているはずだ。奴らが、我々の動きに気づき、業を煮やして、そのスイッチを押してしまう前に、我々が、先手を打つ」
「具体的には?」
「神々の住まう領域、『神域』へと乗り込み、世界の管理権限を司る、中枢システム『天の石板』を、我々の支配下に置く。そして、その権限を使って、ワールドエンドを、完全に無力化する。その後、時間をかけて、この世界を、新しいものへと作り変えていく」
それは、あまりにも、壮大で、そして、無謀な計画だった。
神々そのものに、戦いを挑む。それは、この世界の、全ての理に、反逆することを意味していた。
「……正気か、あんた」
「正気だとも」
アレスは、微笑んだ。それは、全てを達観した、王の笑みだった。
「かつての私は、全てを諦め、世界を破壊することしか、考えられなかった。だが、君が、教えてくれた。仲間と共に、運命に抗うことの、本当の強さを。……だから、今度は、私が、君の力になりたい。いや、ならせてほしい。この世界の、真の夜明けのために、君と共に、戦わせてはくれないか?」
彼は、俺に、手を差し出した。
それは、元魔王から、元追放者への、対等な「仲間」としての、誓いの求めだった。
俺は、その手を、迷わず、強く、握り返した。
「……ああ。こちらこそ、よろしく頼むぜ、相棒」
こうして、俺と、再生した魔王アレスは、固い、固い、絆で結ばれた。
それは、利害の一致などという、生易しいものではない。
同じ、理不尽な運命に翻弄され、それでも、大切なものを守るために、立ち上がった者同士の、魂の共鳴だった。
その日の午後。
ようやく目を覚ました、フレアとルナも、アレスと再会し、全ての事情を知った。
「へえ、あんたが、あの時の、泣き虫のガキか! ずいぶん、立派になったじゃねえか!」
フレアは、アレスの肩を、遠慮なくバンバンと叩いている。
「君の剣には、助けられた。感謝する、フレア」
アレスも、嫌な顔一つせず、穏やかに、それを受け止めている。
「アレス様……。本当に、よかった……」
ルナは、彼の、苦しみから解放された姿を見て、涙ぐんでいた。
「君の、魂の光が、私を導いてくれた。ありがとう、ルナ」
カイト、ルナ、フレア。
そして、元魔王、アレス。
さらには、彼を慕う、ヴォルグやリリスといった、元魔王軍の面々。
さらには、遠い地で、俺たちを支援してくれる、ギルバートや、グライフ氏。
俺たちの、神々に抗うための、小さな「連合軍」が、今、このドゥリンヘイムの地で、静かに、しかし、確かに、産声を上げた。
世界の終わりまで、残された時間は、決して多くはない。
だが、俺たちの心には、もはや、一片の絶望もなかった。
あるのはただ、仲間と共に、未来を切り開くという、燃えるような、希望だけ。
物語は、ついに、最終章の幕を開けようとしていた。
真の敵、神々との、最後の戦いが、今、始まろうとしていた。
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