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第53話 泉の浄化、そして天からの来訪者
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俺が、黒く濁った泉に手を差し入れた瞬間、おぞましいまでの負のエネルギーが、俺の腕を伝って、魂に直接流れ込んできた。
『クルシイ……』
『ニクイ……ミステラレタ……』
『モウ、イッソノコト、コワシテクレ……』
それは、この森の精霊たちが、数百年という長きにわたって溜め込み続けてきた、絶望と、悲しみ、そして、神々への憎悪。世界のバグは、その負の感情を餌として増殖し、泉の水を、魂を蝕む猛毒へと変えていたのだ。
「ぐっ……!」
あまりの精神汚染の奔流に、一瞬、意識が遠のきそうになる。
「カイト!」
「カイト様!」
フレア(この場にはいないが、声援が聞こえるようだ)とルナ、そしてヴォルグの叫び声が、俺の意識を繋ぎ止めた。
そうだ。俺は、一人じゃない。
「【ワールド・エディタ】、起動! 編集対象、この泉を汚染する、全ての『負の感情パラメータ』!」
俺は、この汚染を、ただのバグとして『削除』するのではない。それでは、精霊たちの、この永い苦しみと悲しみを、無視することになってしまう。
俺がやるべきは、『修正』ではなく、『救済』だ。
「ルナ! 俺に、力を貸してくれ! 俺が、こいつらの魂の叫びを、受け止める! お前は、その叫びを、お前の優しい光で、癒してやってくれ!」
「はい、海斗さん!」
ルナは、俺の背中に、そっと、その掌を当てた。
彼女の、清らかで、温かい魔力が、俺の身体を通して、泉の中へと流れ込んでいく。
それは、まるで、荒れ狂う嵐の中に差し込む、一筋の陽光のようだった。
俺は、精霊たちの、魂の叫び、その一つ一つに、耳を傾けた。
神に見捨てられた、絶望。
同胞が、歪みに蝕まれていく、悲しみ。
何もできずに、ただ、朽ち果てていくことへの、無力感。
その全てを、俺は、受け止めた。そして、その感情のコードを、一つずつ、丁寧に、書き換えていく。
『憎悪』を、『悲哀』へ。
『絶望』を、『希望』へ。
『拒絶』を、『受容』へ。
それは、俺の魂そのものを、世界の歪みと直接対決させる、あまりにも、危険な作業だった。だが、ルナの、温かい光が、俺の心が、闇に飲まれるのを、常に、支えてくれていた。
「……思い出せ。お前たちが、本当に、願っていたことを」
俺は、泉の奥底に眠る、精霊たちの、本来の意識に、語りかけた。
「お前たちは、ただ、この美しい森を、愛していただけじゃないのか。生命が芽吹き、鳥が歌い、風が木々を揺らす、その、当たり前の日常を、守りたかっただけじゃないのか」
俺の言葉と、ルナの祈りに、呼応するように。
黒く濁っていた泉の水が、その色を、少しずつ、変え始めた。
憎悪の黒から、悲しみの灰色へ。そして、やがて、その灰色が、ゆっくりと、洗い流されていく。
泉の底から、澄み切った、本来の、清らかな水が、湧き出し始めたのだ。
「おお……! 泉が……泉が、元の姿に……!」
エルロンドを始めとするエルフたちが、その奇跡の光景に、涙を流して、ひざまずいた。
やがて、泉の汚染は、完全に、浄化された。
後に残されたのは、どこまでも透明で、そして、生命力に満ち溢れた、聖なる泉。
そして、その中央で、神器『精霊の涙』が、これまでとは比較にならない、慈愛に満ちた、柔らかな青い光を、放っていた。
「……終わった……」
俺は、泉から手を引き抜いた。MPも、精神力も、ほとんど、残っていない。
ふらつく俺の身体を、ヴォルグが、その屈強な腕で、支えてくれた。
「……見事だ、カイト。あんたは、本当に、不可能を、可能にしちまうんだな」
彼の声には、紛れもない、尊敬の色がこもっていた。
「ルナ。あとは、お前に任せた」
俺が言うと、ルナは、こくりと頷き、泉の中へと、静かに、歩みを進めていった。
彼女が、神器に手を伸ばすと、『精霊の涙』は、まるで、母親の元へ帰る子供のように、自ら、その小さな掌の中に、収まった。
神器を手にした瞬間、ルナの全身が、まばゆい光に包まれた。
彼女の魔力が、巫女としての力が、森の精霊たちの、感謝の想いと共に、共鳴し、飛躍的に、増大していくのが、分かった。
彼女は、この森の、正当な、守護者として、完全に、覚醒したのだ。
「……ありがとう、みんな」
光が収まり、ルナが、俺たちに向かって、微笑んだ。その笑顔は、これまでで、一番、美しく、そして、力強かった。
一つ目の神器を、手に入れた。
俺たちの、大きな一歩。
誰もが、その達成感と、安堵に、包まれた、まさに、その時だった。
――空が、割れた。
これまで、穏やかだった森の空が、突然、ガラスのように、甲高い音を立てて、ひび割れたのだ。
その亀裂の向こう側から、金色の、しかし、どこまでも冷たく、無機質な光が、奔流となって、溢れ出した。
「な、なんだ、今度は!?」
ヴォルグが、戦斧を構えて、空を睨む。
「……来たか」
俺は、最悪の事態を、覚悟した。
これは、魔王城で見た、勇者たちを操っていた光。
神々による、直接介入だ。
光の中から、一体の、人影が、静かに、舞い降りてきた。
純白の、衣。
背中に生えた、六枚の、光り輝く翼。
その顔には、何の感情も浮かんでいない。美しい、しかし、まるで、精巧に作られた、人形のような、無機質な顔。
その存在は、圧倒的に、神々しく。
そして、圧倒的に、異質だった。
『――システム内における、重大なパラメータの不正な改変を、確認』
その声は、男でも、女でもない。合成音声のような、感情のない声が、直接、俺たちの、頭の中に響き渡る。
『――改変の実行者、イレギュラー・エンティティ『カイト』。及び、それに同調した、汚染オブジェクト『ルナ』、『ヴォルグ』、及び、この領域に存在する、全てのエルフを、システムの安定を脅かす『バグ』と認定』
その無機質な瞳が、俺たち一人一人を、まるで、駆除すべき害虫のように、見下した。
『――これより、対象オブジェクトの、完全な『削除(デリート)』を開始します』
その宣言と共に、神の使徒(エンジェル)が、ゆっくりと、その右手を、俺たちに向けた。
その指先に、世界そのものを、消滅させかねないほどの、膨大なエネルギーが、収束していく。
絶望的なまでの、力の差。
俺たちの、本当の敵が、今、ついに、その姿を、現したのだ。
『クルシイ……』
『ニクイ……ミステラレタ……』
『モウ、イッソノコト、コワシテクレ……』
それは、この森の精霊たちが、数百年という長きにわたって溜め込み続けてきた、絶望と、悲しみ、そして、神々への憎悪。世界のバグは、その負の感情を餌として増殖し、泉の水を、魂を蝕む猛毒へと変えていたのだ。
「ぐっ……!」
あまりの精神汚染の奔流に、一瞬、意識が遠のきそうになる。
「カイト!」
「カイト様!」
フレア(この場にはいないが、声援が聞こえるようだ)とルナ、そしてヴォルグの叫び声が、俺の意識を繋ぎ止めた。
そうだ。俺は、一人じゃない。
「【ワールド・エディタ】、起動! 編集対象、この泉を汚染する、全ての『負の感情パラメータ』!」
俺は、この汚染を、ただのバグとして『削除』するのではない。それでは、精霊たちの、この永い苦しみと悲しみを、無視することになってしまう。
俺がやるべきは、『修正』ではなく、『救済』だ。
「ルナ! 俺に、力を貸してくれ! 俺が、こいつらの魂の叫びを、受け止める! お前は、その叫びを、お前の優しい光で、癒してやってくれ!」
「はい、海斗さん!」
ルナは、俺の背中に、そっと、その掌を当てた。
彼女の、清らかで、温かい魔力が、俺の身体を通して、泉の中へと流れ込んでいく。
それは、まるで、荒れ狂う嵐の中に差し込む、一筋の陽光のようだった。
俺は、精霊たちの、魂の叫び、その一つ一つに、耳を傾けた。
神に見捨てられた、絶望。
同胞が、歪みに蝕まれていく、悲しみ。
何もできずに、ただ、朽ち果てていくことへの、無力感。
その全てを、俺は、受け止めた。そして、その感情のコードを、一つずつ、丁寧に、書き換えていく。
『憎悪』を、『悲哀』へ。
『絶望』を、『希望』へ。
『拒絶』を、『受容』へ。
それは、俺の魂そのものを、世界の歪みと直接対決させる、あまりにも、危険な作業だった。だが、ルナの、温かい光が、俺の心が、闇に飲まれるのを、常に、支えてくれていた。
「……思い出せ。お前たちが、本当に、願っていたことを」
俺は、泉の奥底に眠る、精霊たちの、本来の意識に、語りかけた。
「お前たちは、ただ、この美しい森を、愛していただけじゃないのか。生命が芽吹き、鳥が歌い、風が木々を揺らす、その、当たり前の日常を、守りたかっただけじゃないのか」
俺の言葉と、ルナの祈りに、呼応するように。
黒く濁っていた泉の水が、その色を、少しずつ、変え始めた。
憎悪の黒から、悲しみの灰色へ。そして、やがて、その灰色が、ゆっくりと、洗い流されていく。
泉の底から、澄み切った、本来の、清らかな水が、湧き出し始めたのだ。
「おお……! 泉が……泉が、元の姿に……!」
エルロンドを始めとするエルフたちが、その奇跡の光景に、涙を流して、ひざまずいた。
やがて、泉の汚染は、完全に、浄化された。
後に残されたのは、どこまでも透明で、そして、生命力に満ち溢れた、聖なる泉。
そして、その中央で、神器『精霊の涙』が、これまでとは比較にならない、慈愛に満ちた、柔らかな青い光を、放っていた。
「……終わった……」
俺は、泉から手を引き抜いた。MPも、精神力も、ほとんど、残っていない。
ふらつく俺の身体を、ヴォルグが、その屈強な腕で、支えてくれた。
「……見事だ、カイト。あんたは、本当に、不可能を、可能にしちまうんだな」
彼の声には、紛れもない、尊敬の色がこもっていた。
「ルナ。あとは、お前に任せた」
俺が言うと、ルナは、こくりと頷き、泉の中へと、静かに、歩みを進めていった。
彼女が、神器に手を伸ばすと、『精霊の涙』は、まるで、母親の元へ帰る子供のように、自ら、その小さな掌の中に、収まった。
神器を手にした瞬間、ルナの全身が、まばゆい光に包まれた。
彼女の魔力が、巫女としての力が、森の精霊たちの、感謝の想いと共に、共鳴し、飛躍的に、増大していくのが、分かった。
彼女は、この森の、正当な、守護者として、完全に、覚醒したのだ。
「……ありがとう、みんな」
光が収まり、ルナが、俺たちに向かって、微笑んだ。その笑顔は、これまでで、一番、美しく、そして、力強かった。
一つ目の神器を、手に入れた。
俺たちの、大きな一歩。
誰もが、その達成感と、安堵に、包まれた、まさに、その時だった。
――空が、割れた。
これまで、穏やかだった森の空が、突然、ガラスのように、甲高い音を立てて、ひび割れたのだ。
その亀裂の向こう側から、金色の、しかし、どこまでも冷たく、無機質な光が、奔流となって、溢れ出した。
「な、なんだ、今度は!?」
ヴォルグが、戦斧を構えて、空を睨む。
「……来たか」
俺は、最悪の事態を、覚悟した。
これは、魔王城で見た、勇者たちを操っていた光。
神々による、直接介入だ。
光の中から、一体の、人影が、静かに、舞い降りてきた。
純白の、衣。
背中に生えた、六枚の、光り輝く翼。
その顔には、何の感情も浮かんでいない。美しい、しかし、まるで、精巧に作られた、人形のような、無機質な顔。
その存在は、圧倒的に、神々しく。
そして、圧倒的に、異質だった。
『――システム内における、重大なパラメータの不正な改変を、確認』
その声は、男でも、女でもない。合成音声のような、感情のない声が、直接、俺たちの、頭の中に響き渡る。
『――改変の実行者、イレギュラー・エンティティ『カイト』。及び、それに同調した、汚染オブジェクト『ルナ』、『ヴォルグ』、及び、この領域に存在する、全てのエルフを、システムの安定を脅かす『バグ』と認定』
その無機質な瞳が、俺たち一人一人を、まるで、駆除すべき害虫のように、見下した。
『――これより、対象オブジェクトの、完全な『削除(デリート)』を開始します』
その宣言と共に、神の使徒(エンジェル)が、ゆっくりと、その右手を、俺たちに向けた。
その指先に、世界そのものを、消滅させかねないほどの、膨大なエネルギーが、収束していく。
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