ドラゴンに攫われた聖女ですが、このドラゴン、めちゃくちゃ過保護でイケメンです

夏見ナイ

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第十七話 不器用なプレゼント

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水鏡で故郷の様子を見てから数日、私の心には薄い靄がかかったようになっていた。
カイザーが「心配ない」と言ってくれても、自分のせいで彼が戦わなければならないという事実は、ずしりと重くのしかかる。庭で花の世話をしていても、図書館で本を読んでいても、ふとした瞬間に謁見の間の光景が蘇り、胸が苦しくなった。
カイザーは、そんな私の心の揺れに気づいているようだった。彼は何も言わなかったが、その視線が、以前よりも頻繁に私に注がれているのを感じていた。

その日の夕食後、カイザーは私を呼び止めた。
「アリア。少し、付き合え」
彼はそう言うと、私の部屋へと向かって歩き出す。何か用事だろうか。私は戸惑いながらも、彼の大きな背中を追いかけた。
部屋に着くと、カイザーは中央のテーブルを指さした。そこには、いつの間にか大きな箱が置かれている。白い絹のリボンがかけられた、美しい化粧箱だった。
「これは……?」
「お前にだ」
彼はぶっきらぼうにそう言うと、ふいと顔を背けてしまう。その仕草が、どこか子供っぽくて、私は少しだけ緊張が解けるのを感じた。
「私に……ですか?」
「ああ。開けてみろ」
促されるまま、私はおそるおそる箱に近づき、リボンを解いた。蓋を開けた瞬間、思わず「あっ」と小さな声を漏らしてしまった。
箱の中に収められていたのは、一枚のドレスだった。
それは、夜空をそのまま切り取って織り上げたかのような、深い藍色の布地で作られていた。スカートの裾には、銀糸で繊細な星屑の刺繍が施され、光を受けるたびにキラキラと瞬く。胸元には、小さな月の満ち欠けを模した飾りが並んでいた。
息を呑むほど、美しいドレス。
私は、見覚えがあった。この城に来てすぐ、カイザーが用意してくれた衣装箪笥の中に、確かにこのドレスはあった。たくさんの豪華なドレスの中で、なぜかこの一枚だけが、私の心を強く惹きつけたのだ。
もちろん、自分には不相応だと思って、手に取ることさえしなかったけれど。
「なぜ……これを」
私が尋ねると、カイザーは窓の外を見つめたまま、ぽつりと答えた。
「……お前が毎日、同じ服ばかり着ているからだ」
それは、私がこの城で最初に自分で選んだ、一番地味な水色のワンピースのことだった。
「それに……最近のお前は、顔色が悪い。沈んだ顔で庭を歩くお前を見るのは、あまり気分がいいものではない」
彼の不器用な言葉に、込められた本当の意味が伝わってくる。
彼は、私を元気づけようとしてくれているのだ。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。けれど同時に、いつもの癖が頭をもたげた。
「で、でも、こんなに素敵なドレス……私には、似合いません。もったいないです」
「またそれか」
カイザーは、苛立ちを隠さない声で振り返った。
「似合うか似合わないかを決めるのは、お前ではない。俺だ」
彼は私の前に立つと、有無を言わせぬ力強い瞳で私を見下ろした。
「俺が、お前にこれを着てほしいと思った。だから用意した。それ以上でも、それ以下でもない。お前に、拒否権はない」
その言い方は、まるで王の命令のようだった。けれど、彼の瞳の奥には、心配の色が隠しきれずに滲んでいる。
私は、もう何も言えなかった。
ただ、小さく頷く。
「……着替えて、みます」
私の返事に、カイザーは満足したように頷くと、「着替えたら呼べ」と言い残して部屋を出て行った。

一人になった部屋で、私は箱の中からドレスをそっと取り出した。滑らかな絹の感触が、指先に心地よい。
聖女の純白の装束でも、みすぼらしい普段着でもない。
ただ一人の女性のための、美しいドレス。
私はゆっくりとそれに袖を通し、姿見の前に立った。
鏡に映った自分の姿に、息を呑む。
そこにいたのは、私の知らない私だった。
深い藍色のドレスは、私の白い肌を際立たせ、銀の刺繍は、私の髪の色と不思議なほど調和している。それは、まるで、このドレスが最初から私のために作られたかのようだった。
聖女という役割を脱ぎ捨てた、ただの、アリアという名の少女が、そこにいた。
頬が熱い。心臓が、どきどきと音を立てている。
「……カイザー様」
震える声で、扉の向こうに呼びかける。
すぐに、扉が静かに開かれた。入ってきたカイザーは、私の姿を見ると、その場でぴたりと動きを止めた。
彼の黒曜石の瞳が、わずかに見開かれる。彼は、何も言わない。ただ、驚いたように、瞬きもせず、私を見つめている。
沈黙が、気まずい。
やはり、似合わなかったのだろうか。彼のイメージを、壊してしまったのだろうか。
不安になって、私が俯こうとした、その時。
「……ああ」
カイザーが、絞り出すような、低い声で言った。
「……よく、似合っている」
その、飾り気のない、真っ直ぐな言葉。
私の心臓が、大きく、跳ねた。
顔が、かあっと熱くなるのが分かる。きっと、今、私の顔は熟れた果実のように真っ赤になっているに違いない。
似合っている。
今まで、誰にも言われたことのない言葉だった。アルフォンス王子は、私がどんな服を着ていても無関心だった。ただ、彼の隣を飾る道具として、見栄えが良ければそれで良かったのだ。
けれど、カイザーの言葉は違った。
その声には、紛れもない、心からの賞賛が込められていた。
「ありがとう……ございます」
私は、消え入りそうな声でそう言うのが精一杯だった。
カイザーは、私の返事を聞くと、気まずそうにごほんと一つ咳払いをして、そっぽを向いてしまった。
「……今夜は、それを着て食事にしろ」
そう早口で告げる彼の耳が、ほんのりと赤く染まっていることに、私は気づいてしまった。
嵐の前の、束の間の静けさ。
けれど、その静寂は、もう以前のような不安なものではなかった。
彼の不器用な優しさに包まれた、甘く、温かい時間。
私は、胸元で輝く月の飾りをそっと撫でながら、このどうしようもない高鳴りを、必死で鎮めようとしていた。
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