ドラゴンに攫われた聖女ですが、このドラゴン、めちゃくちゃ過保護でイケメンです

夏見ナイ

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第十八話 あなたのことを教えて

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夜空色のドレスを纏ってカイザーと共にした夕食は、どこか夢見心地な時間だった。
いつもと同じテーブル、同じ料理のはずなのに、全てが少しだけ特別に感じられた。カイザーは相変わらず口数が少なかったが、その視線はいつも以上に私に注がれていて、そのたびに私の心臓は小さく跳ねた。
食事が終わり、彼が私を部屋まで送ってくれる。それは、いつもの習慣になっていた。
扉の前で、彼が「おやすみ」と言って立ち去ろうとする。
その大きな背中に向かって、私は、気づけば声をかけていた。
「あの、カイザー様!」
彼は、驚いたように足を止めて振り返る。
「もう少しだけ……お話できませんか」
それは、自分でも驚くほど、自然に出た言葉だった。以前の私なら、彼の時間を奪うなどとんでもない、とすぐに口をつぐんでしまっただろう。
でも、今は違った。
彼のことを、もっと知りたい。
その思いが、私の臆病さに打ち勝ったのだ。
カイザーは、私の唐突な申し出に少しだけ目を見開いたが、すぐに静かに頷いた。
「……分かった」
私たちは、どちらからともなく、いつものテラスへと向かった。
夜のテラスは、昼間とは全く違う顔を見せていた。頭上には、手が届きそうなほど近くに、満天の星が広がっている。地上では決して見ることのできない、圧倒的な数の星々。眼下の雲海は、月光を浴びて銀色に輝き、幻想的な光景を作り出していた。
「綺麗……」
思わず、ため息が漏れる。
「地上の夜とは、比べ物にならんな」
カイザーは、テラスの欄干に寄りかかりながら、静かに言った。
私たちはしばらく、言葉もなく夜空を眺めていた。ひんやりとした夜気が、ドレスの薄い生地を通して肌に心地よい。
沈黙を破ったのは、私の方だった。
「カイザー様は……ずっと、ここに?」
「ああ。物心ついた時から、この城が俺の住処だ」
「お一人で、ですか」
「そうだ」
彼の答えは、いつも通り簡潔だった。けれど、その短い言葉の中に、数千年という想像もつかないほどの孤独が滲んでいるように感じられた。
私は、ずっと気になっていたことを尋ねてみることにした。
「あの……竜族、というのは、カイザー様お一人なのですか? ご家族とか……その、仲間とかは」
その質問に、彼は少しだけ間を置いた。そして、夜空を見上げたまま、ぽつりぽつりと語り始めた。
「竜族は、とうの昔に絶滅しかけている」
その声には、感情がなかった。まるで、歴史書の一節を読み上げるかのように。
「かつては、この世界を支配するほどの力を持っていた。だが、我々は数を増やすことを好まない。永すぎる生は、新たな生を求める気力さえ削いでいく。気がつけば、同族の姿を見ることは、数百年に一度あるかないかになった」
絶滅。その言葉の重みに、私は息を呑んだ。
「俺にも、親はいた。だが、竜の親子関係は、人間のお前たちが思うようなものとは違う。雛が飛べるようになれば、親は子を突き放し、子は親を振り返らない。それが、我々の流儀だ」
彼は、まるで他人事のように語る。けれど、その横顔は、夜の闇のせいか、いつもより少しだけ寂しげに見えた。
「俺が最後に同族と会ったのは……もう、千年以上も前のことだ」
千年以上。
それは、リンドバーグ王国が建国されるよりも、遥か昔のことだ。
その永い永い時間、彼はたった一人で、この天空の城で生きてきた。
人間の歴史がいくつも生まれ、そして消えていくのを、この場所から、ただ一人で見下ろしながら。
胸が、きゅうっと締め付けられるような痛みを覚えた。
「……寂しく、ないのですか」
思わず、そんな言葉が口をついて出ていた。なんて、愚かな質問だろう。彼の孤独の深さなど、短い人生しか知らない私に、分かるはずもないのに。
カイザーは、私の問いに、ふっと息を漏らした。それは、自嘲のようにも聞こえた。
「寂しい、という感情が、どういうものか。俺にはもう、よく分からん」
彼は、初めて私の方へと向き直った。その黒曜石の瞳が、月光を反射して、静かに輝いている。
「だが……」
彼は、言葉を続ける。
「お前がここへ来てから、この城の空気が変わったのは、事実だ」
「え……?」
「静かすぎるほどの静寂が、当たり前だった。だが今は、お前の立てる小さな物音や、穏やかな寝息、そして、時折聞こえる楽しそうな笑い声が、この城を満たしている」
彼の視線が、私の頬を撫でるように動く。
「……悪くない、と、思う」
その、不器用で、精一杯の言葉。
私の心臓が、また、大きく音を立てた。
彼が感じていた、数千年の孤独。その深淵に、私が投げ込んだ小さな石が、波紋を広げている。
私の存在が、彼の世界を、ほんの少しだけ、変えることができた。
その事実が、たまらなく嬉しかった。
「……私も、です」
私は、彼の目を真っ直ぐに見つめ返して、言った。
「私も、ここに来てから、初めて……生きている、という実感があります。カイザー様が、私に居場所をくださったから」
私の言葉に、彼は少しだけ驚いたように目を見開いた。そして、何かを言おうとして、口を開きかけたが、結局何も言わずに、再び夜空へと視線を戻してしまった。
けれど、彼の纏う空気が、先ほどよりもずっと柔らかくなったのを、私は感じていた。
私たちは、またしばらく、言葉もなく星を眺めていた。
けれど、もうそこに孤独の匂いはなかった。
永い時を生きてきた竜と、短い時しか知らない人間の少女。
二つの孤独な魂が、この星降る夜のテラスで、静かに寄り添い、互いの温もりを確かめ合っていた。
嵐が来る前の、最後の、穏やかな夜だった。
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