ドラゴンに攫われた聖女ですが、このドラゴン、めちゃくちゃ過保護でイケメンです

夏見ナイ

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第三十八話 二人の連携

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私の震える決意。
それを目の当たりにして、異端審問官は初めて感情らしきものを見せた。
フードの奥で、その唇の端がわずかに吊り上がったように見えた。それは嘲笑だった。
「……面白い」
平坦な声が静かな厨房に響く。
「聖女自ら異端に与するとは。ならば、もはや躊躇う必要もない」
彼女はそう言うと、捻じれた短剣を再び私に向かって構え直した。その動きには一切の無駄がない。洗練された暗殺者の動き。
「アリア、よせ! お前に勝ち目はない!」
背後から、カイザーの悲痛な声が飛んでくる。
「逃げるんだ! 俺のことは構うな!」
彼の言葉が、私の心を逆に奮い立たせた。
構わないわけがない。
あなたを置いて逃げるくらいなら、私はここで死んだ方がましだ。
「―――光よ!」
私は叫んだ。
両手に集めた聖なる光を、異端審問官に向かって解き放つ。それはまだ光の矢と呼ぶにはあまりにも頼りない、ただの光の塊だった。
異端審問官はそれを鼻で笑うかのように、ひらりと身をかわした。光は彼女がいた場所の壁にぶつかり、虚しく霧散する。
速い。
私が次の攻撃を準備するよりも早く、彼女は影が滑るように私の懐へと潜り込んでいた。
「……遅い」
耳元で、冷たい声が囁かれる。
捻じれた短剣が私の脇腹を深く抉ろうと、閃いた。
「―――っ!」
私は咄嗟に体を捻った。
激痛。
短剣は肉を深くは抉らなかった。けれど、その刃先は私の服を切り裂き、脇腹の皮膚を浅くだが、確かに切り裂いていた。
じわり、と。
ドレスに赤い血が滲む。
「アリアッ!」
カイザーの絶叫。
私は痛みによろめきながらも、必死で彼女から距離を取った。脇腹が焼けるように熱い。
これが、本物の殺意。
訓練とは全く違う。一瞬の油断が死に直結する、真剣勝負。
異端審問官は追撃してこなかった。
彼女は自分の短剣についた私の血を、ゆっくりと眺めている。
「……ほう。聖女の血は呪いを浄化するか。厄介な」
彼女の短剣はただの刃物ではない。その刃には触れた者の生命力を奪い、腐らせる強力な呪いが込められていたのだ。
だが、私の聖なる血は、その呪いを瞬時に浄化してしまったらしい。
脇腹の傷も、聖力によってすでに塞がり始めていた。
「だが、関係ない」
異端審問官は再び私に向かって歩み寄ってくる。
「お前の聖力が尽きるのが先か。私の刃がお前の心臓を貫くのが先か。ただ、それだけの話だ」
絶望的な戦力差。
私は彼女の攻撃をあと何度、避けられるだろうか。
焦りが私の心を支配しようとする。
その時だった。
背後から、カイザーの静かだが力強い声が聞こえた。
「……アリア。時間を稼げ」
「え……?」
「五秒だ。いや……三秒でいい。奴の動きを三秒だけ止めてみせろ」
その声には先ほどまでの焦りは、もうなかった。
代わりに宿っていたのは、絶対的な王者の揺るぎない自信。
彼は諦めてなどいなかった。この絶望的な状況を覆すための何かを見出したのだ。
三秒。
私にできるだろうか。
いや、やるしかない。
私はナイフを握りしめたままだった左手を前に突き出した。
「―――聖なる盾!」
私の前に半透明の金色の光の壁が出現する。それはまだ不完全で、すぐにでも砕けてしまいそうなくらい頼りない盾だった。
異端審問官は私の行動をまたしても嘲笑った。
「そんな子供騙しの壁で、私の動きが止められると?」
彼女は盾などないかのように、真っ直ぐに突進してきた。
そして、その捻じれた短剣を光の盾へと突き立てる。
パリンッ!
ガラスが砕けるような甲高い音。
盾は一撃で粉々に砕け散った。
やはり、ダメか。
そう私が絶望しかけた、その瞬間。
「―――今だ!」
カイザーの鋭い声が響いた。
砕け散った盾の無数の光の破片。
それが異端審問官の視界をほんの一瞬だけ、眩ませたのだ。
彼女の動きがコンマ数秒、止まる。
その刹那の隙。
私にとっては、それが全てだった。
私は最後の力を振り絞り、右手に光の矢を形成した。
狙うのは彼女自身ではない。
彼女が床に投げ捨てた、あの不気味な竜縛りの呪具。
「光よっ!」
私の手から白銀の矢が放たれた。
それは一直線に床を這う骨の鎖へと吸い込まれるように、突き刺さった。
ジュウウウウッ!
聖なる光と邪悪な呪いが激しく反発し合う。
呪具から黒い煙が噴き出し、骨が甲高い悲鳴を上げて砕け散った。
その瞬間。
カイザーを縛り付けていた漆黒の鎖の幻影が、霧のように掻き消えた。
「―――なっ!?」
異端審問官が初めて心からの驚愕の声を上げた。
だが、もう遅い。
解放された竜王。
その神の如き力が、今、解き放たれる。
厨房の空気が一瞬にして凍りついた。
形勢は完全に逆転したのだ。
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