外れスキル【修復】で追放された私、氷の公爵様に「君こそが運命だ」と溺愛されてます~その力、壊れた聖剣も呪われた心も癒せるチートでした~

夏見ナイ

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第72話:建国記念パーティーの招待状

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王都に戻ってからの数日間、公爵邸は静かな、しかし張り詰めた緊張感に包まれていた。
アシュレイ様は、昼夜を問わず書斎に籠り、セバスチャンさんや騎士団長のギルバート様と、今後の対策について協議を重ねていた。アイゼンベルク公爵家の持つ全ての諜報網を駆使し、王宮内の反乱分子と、その背後にいるであろう敵国の影を、慎重に、そして徹底的に探っているようだった。
私は、そんな彼の邪魔にならないよう、ただ静かに、彼の帰りを待つことしかできなかった。
『癒やしの時間』だけは、どんなに多忙でも、彼は決して欠かさなかった。サンルームで、疲労の色を隠せない彼の手を握り、私の持つ力の全てを注ぎ込む。それが、今の私にできる、唯一の戦いだった。
「……君に触れていると、心が安らぐ」
彼は、目を閉じたまま、そう呟いた。
「どんな難題も、君さえいれば、乗り越えられる気がする」
その言葉を聞けるだけで、私は満たされた。私は、彼の力の源なのだ。その事実が、私の心を、強く支えてくれていた。

そんなある日、公爵邸に、王宮からの正式な使者が訪れた。
使者がもたらしたのは、一枚の、豪奢な招待状だった。厚手の羊皮紙に、金文字で記されたそれは、国王陛下と王妃殿下の連名で、発せられたものだった。
それは、一ヶ月後に開催される、王国の建国記念を祝う、最も格式高い夜会への招待状だった。
そして、その宛名には、アシュレイ・フォン・アイゼンベルク公爵の名と共に、私の名前――リナリア・エルフィールドの名が、はっきりと記されていた。
それは、私が『国の宝』として、そして王家の庇護下にある特別な存在として、公式に社交界にデビューすることを意味していた。
「……やはり、来たか」
招待状を受け取ったアシュレイ様は、苦々しげに、しかしどこか納得したように、そう呟いた。
「アシュレイ様……?」
「これは、国王陛下からの、私達へのメッセージだ」
彼は、書斎の椅子に深く腰掛け、私に向き直った。
「陛下は、私達を支持してくださっている。そして、君という『聖女』の存在を、国の内外に、改めて、そして大々的に知らしめようとなさっているのだ。反乱分子の動きを牽制し、国の結束を高めるための、政治的なパフォーマンスでもある」
「パフォーマンス……」
「そうだ。このパーティーには、我が国の全ての有力貴族だけでなく、諸外国からの賓客も多数招かれる。その席で、君が、私のエスコートで華々しく登場する。それは、アイゼンベルク公爵家と王家が、聖女を中心に固く結びついているということを、何よりも雄弁に示すことになるだろう」
その意味を理解した瞬間、私の背筋を、冷たい汗が伝った。
私が、そんな大役を……?
ただでさえ、人々の視線を集めるのは苦手なのに。国の、そして世界の注目が集まる、そんな華やかな舞台に、私が立たなければならない。
そのプレッシャーに、私の心は押し潰されそうになった。
「……私に、務まるでしょうか」
私の声は、不安で震えていた。
そんな私の様子を見て、アシュレイ様は、席を立った。そして、私の前に跪くと、私の両手を、その大きな手で優しく包み込んだ。
「リナリア」
彼の声は、どこまでも優しく、そして力強かった。
「君は、もう一人ではないだろう?」
彼は、私の瞳を、まっすぐに見つめた。
「君が、王宮の中庭で、たった一人で奇跡を起こした時のことを、思い出せ。あの時、君は、誰よりも強く、そして気高く輝いていた。……君は、もう、誰かに怯えるだけの少女ではない」
「……アシュレイ様」
「それに、私が常に隣にいる。君が不安な時は、私がその手を取ろう。君が言葉に詰まった時は、私が代わりに語ろう。君を傷つけようとする者がいれば、私がその前に立ちはだかろう。……君は、ただ、私の隣で、堂々と微笑んでいてくれればいい」
その言葉は、まるで愛の誓いのように、私の心に深く、深く染み渡った。
そうだ。私は、一人ではない。
この人が、隣にいてくれる。
それだけで、どんな困難にも、立ち向かえる気がした。
私の心の中にあった不安の霧が、彼の温かい光によって、すうっと晴れていくのを感じた。
「……はい」
私は、涙がこぼれないように、ぐっと唇を噛みしめた。そして、彼に向かって、力強く、頷いた。
「私、やります。……あなた様の、隣で」
その返事を聞いて、彼は、心から安堵したように、その整った貌を綻ばせた。
「それでこそ、私のリナリアだ」
彼はそう言うと、私の手の甲に、誓いの口づけを、そっと落とした。
その温かい感触が、私の心に、最後の覚悟を決めさせてくれた。

アシュレイ様は立ち上がると、まるでこれから始まる祭りの準備をするかのように、その瞳をきらきらと輝かせた。
「さて、と。そうと決まれば、準備を始めなければな」
彼の纏う空気が、一気に華やいだものへと変わる。
「君を、この国の、いや、この大陸の誰よりも美しい女性に仕立て上げなければならない。デザイナー、宝石商、最高の者たちを、今すぐここに集めさせよう」
「え、ええっ!?」
「ドレスは、どんな色がいい? 純白も良かったが、君の瞳の色に合わせた、澄んだ青もいいな。いや、私の瞳の色と同じ、深い紫というのも……」
「あ、あの、アシュレイ様……」
「髪型はどうする? アップにするか、それとも流すか。どちらにしても、君なら似合うだろうが、悩ましいな。ティアラは、もちろん、母の形見のものを。あれ以上に、君に相応しいものはない」
彼は、私の戸惑いなどお構いなしに、一人で楽しそうに、計画を練り始めた。その姿は、まるで大切な人形の衣装を選ぶ、無邪気な子供のようでもあった。
そのあまりの熱意に、私は気圧されながらも、おかしくて、そして嬉しくて、思わず小さく吹き出してしまった。
「ふふっ」
私のその笑い声に、彼ははっと我に返ったように、少しだけ照れたように、咳払いをした。
「……と、とにかく、だ。この夜会は、我々にとって、反撃の狼煙となる、重要な戦いだ。準備は、万全を期す」
彼はそう言って、私に向き直った。その瞳には、私を最高の舞台へと導くという、プロデューサーのような、熱意と自信が満ち溢れていた。
建国記念パーティー。
それは、私にとって、本格的な社交界デビューの舞台。
そして、アシュレイ様にとっては、私という名の『切り札』を、世界に披露するための、華麗なる戦いの始まり。
私たちの、新たな挑戦が、今、始まろうとしていた。
その先に、どんな陰謀が待ち受けていようとも、私たちはもう、何も恐れはしない。
二人の絆こそが、私たちの、最強の武器なのだから。
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