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第77話:成長したヒロイン
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赤い葡萄酒が純白のドレスに飛び散り、醜い染みを作る。
周囲からは、驚きと、そしてかすかな同情の囁きが聞こえてくる。完璧に美しかった聖女の姿が、一瞬にして台無しになった。誰もが、そう思った。
姉のイザベラは、心の中で、勝利の凱歌を上げていた。さあ、泣きなさい。怒りなさい。そして、その醜い本性を、皆の前に晒すがいい、と。
しかし、私は、泣きもしなければ、怒りもしなかった。
私はただ、静かに、自分のドレスに広がっていく赤い染みを、どこか冷静な目で見つめていた。そして、ゆっくりと顔を上げると、勝ち誇った笑みを浮かべているイザベラに向かって、ふわりと、花の蕾がほころぶように、美しく微笑んでみせたのだ。
「まあ、お姉様」
その声は、鈴を転がすように、どこまでも穏やかで、そして優雅だった。
「お怪我はございませんでしたか? 大変でございましたわね」
私の、その予想外すぎる反応に、イザベラは、きょとんとした顔で固まった。周囲の貴族たちも、一体何が起こっているのか分からず、ただ困惑した表情で私たちを見守っている。
私は、イザベラの手から滑り落ちそうになっている空のグラスを、そっと受け取ってあげると、近くにいた給仕に、優雅な仕草で手渡した。
そして、イザベラに向き直り、心配そうに、その手を取った。
「それにしても、まあ……お姉様の手は、こんなにも冷たくて、震えていらっしゃる。よほど、お疲れが溜まっていらっしゃるのね。無理もありませんわ。謹慎が解けたばかりで、このような華やかな場所にお出になるのは、さぞかしお心が休まらなかったことでしょう」
その言葉は、一見すると、姉の体調を気遣う、優しい妹の言葉だった。
しかし、その場にいた、耳の早い貴族たちは、その言葉の裏に隠された、鋭い棘の意味を、即座に理解した。
『謹慎明け』という事実を、わざわざ口に出すことで、イザベラが罪人であったことを、改めて皆に思い出させる。そして、手が震えていることを指摘することで、彼女の動揺と、その行為が故意であった可能性を、暗に示唆しているのだ。
イザベラの顔から、さっと血の気が引いた。彼女は、慌てて私から手を引き離そうとする。
しかし、私は、その手を離さなかった。むしろ、さらに強く、そして慈愛に満ちた笑みを浮かべて、彼女の手を握りしめた。
「大丈夫ですわ、お姉様」
私は、聖女としての、神々しいまでのオーラを放ちながら、告げた。
「この程度の染み、わたくしにとっては、何の問題もございませんの」
その言葉と共に、私は、空いている方の手を、自分のドレスの汚れた部分に、そっと、触れさせた。
そして、心の中で、静かに、しかし強く、念じる。
スキル【修復】。
この染みを、汚れを、あるべき姿に――『無』へと還しなさい。
次の瞬間。
私の手が触れた部分から、淡い、しかし確かな黄金色の光が、ふわりと溢れ出した。
その光は、まるで汚れを吸い取るかのように、赤い染みの上を、優しく撫でていく。
そして、光が収まった時。
そこにいた全ての者たちが、息をのんだ。
先ほどまで、そこに確かに存在していたはずの、醜い葡萄酒の染みが、跡形もなく、完全に、消え失せていたのだ。
純白のドレスは、まるで何もなかったかのように、その完璧な輝きを取り戻している。
「……な」
「染みが、消えた……?」
「まさか……! 目の前で、奇跡が……!」
貴族たちの間から、信じられないという、驚愕の声が上がる。
イザベラは、目の前で起こった光景が、全く理解できないというように、顔面を蒼白にさせ、ただわなわなと震えていた。
私は、そんな彼女に向かって、とどめの一言を、放った。
「ご覧なさいませ、お姉様」
私の声は、どこまでも甘く、しかし、絶対的な勝利者の響きを持っていた。
「わたくしのこの力は、不浄なものでも、穢れたものでもございません。ただ、万物を、そのあるべき、最も美しい姿へと還すだけの、清らかな力。……それは、あなた様のその、嫉妬に汚れた心には、決してご理解いただけないことかもしれませんけれど」
その言葉は、イザ-ベラの心を、的確に、そして深く、抉った。
彼女は、ついに、その場に立っていることさえできなくなり、侍女に支えられながら、屈辱に顔を歪ませ、逃げるようにその場を去っていった。
後に残されたのは、奇跡を目の当たりにして呆然とする貴族たちと、そして、絶対的な静寂だけだった。
私は、もう昔の私ではない。
虐げられ、ただ涙を流すだけだった、か弱いヒロインではない。
愛する人に守られ、自らの力を信じる心を得た、成長したヒロイン。
その事実を、私は、この夜会に集った全ての者たちの前で、完璧に、そして華麗に、証明してみせたのだ。
私の隣で、その一部始終を、誇らしげな笑みを浮かべて見守っていたアシュレイ様が、私の耳元で、囁いた。
「……見事だった、リナリア。君は、最高の戦士だ」
その心からの賛辞に、私の胸は、誇らしさと、そして、彼に認められたという喜びで、熱く、熱く、満たされていくのだった。
イザベラの卑劣な嫌がらせは、結果的に、私をさらに輝かせるための、最高の演出となったのだった。
周囲からは、驚きと、そしてかすかな同情の囁きが聞こえてくる。完璧に美しかった聖女の姿が、一瞬にして台無しになった。誰もが、そう思った。
姉のイザベラは、心の中で、勝利の凱歌を上げていた。さあ、泣きなさい。怒りなさい。そして、その醜い本性を、皆の前に晒すがいい、と。
しかし、私は、泣きもしなければ、怒りもしなかった。
私はただ、静かに、自分のドレスに広がっていく赤い染みを、どこか冷静な目で見つめていた。そして、ゆっくりと顔を上げると、勝ち誇った笑みを浮かべているイザベラに向かって、ふわりと、花の蕾がほころぶように、美しく微笑んでみせたのだ。
「まあ、お姉様」
その声は、鈴を転がすように、どこまでも穏やかで、そして優雅だった。
「お怪我はございませんでしたか? 大変でございましたわね」
私の、その予想外すぎる反応に、イザベラは、きょとんとした顔で固まった。周囲の貴族たちも、一体何が起こっているのか分からず、ただ困惑した表情で私たちを見守っている。
私は、イザベラの手から滑り落ちそうになっている空のグラスを、そっと受け取ってあげると、近くにいた給仕に、優雅な仕草で手渡した。
そして、イザベラに向き直り、心配そうに、その手を取った。
「それにしても、まあ……お姉様の手は、こんなにも冷たくて、震えていらっしゃる。よほど、お疲れが溜まっていらっしゃるのね。無理もありませんわ。謹慎が解けたばかりで、このような華やかな場所にお出になるのは、さぞかしお心が休まらなかったことでしょう」
その言葉は、一見すると、姉の体調を気遣う、優しい妹の言葉だった。
しかし、その場にいた、耳の早い貴族たちは、その言葉の裏に隠された、鋭い棘の意味を、即座に理解した。
『謹慎明け』という事実を、わざわざ口に出すことで、イザベラが罪人であったことを、改めて皆に思い出させる。そして、手が震えていることを指摘することで、彼女の動揺と、その行為が故意であった可能性を、暗に示唆しているのだ。
イザベラの顔から、さっと血の気が引いた。彼女は、慌てて私から手を引き離そうとする。
しかし、私は、その手を離さなかった。むしろ、さらに強く、そして慈愛に満ちた笑みを浮かべて、彼女の手を握りしめた。
「大丈夫ですわ、お姉様」
私は、聖女としての、神々しいまでのオーラを放ちながら、告げた。
「この程度の染み、わたくしにとっては、何の問題もございませんの」
その言葉と共に、私は、空いている方の手を、自分のドレスの汚れた部分に、そっと、触れさせた。
そして、心の中で、静かに、しかし強く、念じる。
スキル【修復】。
この染みを、汚れを、あるべき姿に――『無』へと還しなさい。
次の瞬間。
私の手が触れた部分から、淡い、しかし確かな黄金色の光が、ふわりと溢れ出した。
その光は、まるで汚れを吸い取るかのように、赤い染みの上を、優しく撫でていく。
そして、光が収まった時。
そこにいた全ての者たちが、息をのんだ。
先ほどまで、そこに確かに存在していたはずの、醜い葡萄酒の染みが、跡形もなく、完全に、消え失せていたのだ。
純白のドレスは、まるで何もなかったかのように、その完璧な輝きを取り戻している。
「……な」
「染みが、消えた……?」
「まさか……! 目の前で、奇跡が……!」
貴族たちの間から、信じられないという、驚愕の声が上がる。
イザベラは、目の前で起こった光景が、全く理解できないというように、顔面を蒼白にさせ、ただわなわなと震えていた。
私は、そんな彼女に向かって、とどめの一言を、放った。
「ご覧なさいませ、お姉様」
私の声は、どこまでも甘く、しかし、絶対的な勝利者の響きを持っていた。
「わたくしのこの力は、不浄なものでも、穢れたものでもございません。ただ、万物を、そのあるべき、最も美しい姿へと還すだけの、清らかな力。……それは、あなた様のその、嫉妬に汚れた心には、決してご理解いただけないことかもしれませんけれど」
その言葉は、イザ-ベラの心を、的確に、そして深く、抉った。
彼女は、ついに、その場に立っていることさえできなくなり、侍女に支えられながら、屈辱に顔を歪ませ、逃げるようにその場を去っていった。
後に残されたのは、奇跡を目の当たりにして呆然とする貴族たちと、そして、絶対的な静寂だけだった。
私は、もう昔の私ではない。
虐げられ、ただ涙を流すだけだった、か弱いヒロインではない。
愛する人に守られ、自らの力を信じる心を得た、成長したヒロイン。
その事実を、私は、この夜会に集った全ての者たちの前で、完璧に、そして華麗に、証明してみせたのだ。
私の隣で、その一部始終を、誇らしげな笑みを浮かべて見守っていたアシュレイ様が、私の耳元で、囁いた。
「……見事だった、リナリア。君は、最高の戦士だ」
その心からの賛辞に、私の胸は、誇らしさと、そして、彼に認められたという喜びで、熱く、熱く、満たされていくのだった。
イザベラの卑劣な嫌がらせは、結果的に、私をさらに輝かせるための、最高の演出となったのだった。
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