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第95話:心の海へ
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リナリアの魂が具現化した黄金の聖剣は、アシュレイの心を縛る黒水晶の柱に深々と突き刺さった。
キィン、という澄んだ音と共に、柱の表面に蜘蛛の巣のような亀裂が一気に広がっていく。
『――何奴!』
『――我らの領域を侵す者は!』
柱の内部から呪いの怨念が怒りの声を上げた。柱に絡みついていた氷の枷と漆黒の茨が、まるで生きているかのように蠢き、私を威嚇するようにその敵意を向けてくる。
しかし、私はもう怯まなかった。
「退きなさい!」
私は聖剣をさらに深く柱へとねじ込んだ。
「この人はあなたたちのおもちゃじゃない! 私の大切な人よ!」
私の怒りに呼応するように、黄金の聖剣はさらに強い輝きを放つ。
その神々しいまでの光に、呪いの怨念は苦悶の声を上げた。
『ぐ……ああ……! この光は……!』
『憎い……憎い……! 全てを凍らせてくれる……! 全てを腐らせてくれる……!』
呪いの最後の抵抗だった。
氷の枷は絶対零度の冷気を放ち、この精神世界そのものを永遠の氷河へと変えようとする。
漆黒の茨はおぞましい瘴気を放ち、私の魂を内側から汚染し腐敗させようと、その触手を伸ばしてきた。
それは絶望と憎悪の純粋な結晶。
普通の人間であれば、その悪意に触れただけで魂ごと砕け散ってしまっていただろう。
けれど。
私の心はもはや、それらの闇に揺らぐことはなかった。
なぜなら、私の心の中には彼がくれた温かい思い出の光が満ち溢れていたからだ。
初めて会った雨の日。私を「運命だ」と言って抱き上げてくれた彼の腕の温もり。
初めてもらった美しいドレス。それを着た私を「綺麗だ」と心から褒めてくれた彼の優しい声。
二人で手を繋いだ『癒やしの時間』。私の力で彼の苦痛が和らいでいくのを感じた、あの時の確かな喜び。
領地の祭りで一緒に踊ったあの夜。花火を見上げる私の横顔を、熱い瞳で見つめていた彼の想い。
そして。
私を守るためにその身を盾にした、彼の最後の笑顔。
「――愛している、リナリア」
その言葉が私の心の中で力強く響き渡る。
「……私もです」
私の唇から、声にならない愛の告白が漏れた。
「私もあなたを愛しています。アシュレイ様」
その想いが。
私の魂の剣を、最後の、そして究極の輝きへと導いた。
それはもはや、ただの黄金の光ではなかった。
赤、青、緑、紫。
虹色のあらゆる色彩を含んだ、純粋な『愛』そのものの光。
「――だから」
私は聖剣を固く握りしめた。
「あなたを絶対に失わない!」
私の魂の最後の絶叫と共に。
虹色の光は完全に爆発した。
その光は黒水晶の柱を内側から完全に粉砕し、氷の枷を跡形もなく溶かし去り、漆黒の茨を塵芥へと昇華させた。
呪いの怨念は断末魔の悲鳴さえも上げることなく、その絶対的な愛の光の前にはなすすべもなく完全に消滅した。
後に残されたのは、どこまでも広がる温かい光の世界と。
そして、全ての呪縛から解放され、静かに宙に浮かぶアシュレイ様の魂の姿だけだった。
私は光の粒子となって消えゆく聖剣をそっと手放すと、彼の元へと駆け寄った。
「アシュレイ様!」
私がその身体を抱きしめると、固く閉ざされていた彼の瞼がゆっくりと持ち上がった。
そして、その紫の瞳が私を捉えた。
その瞳にはもう虚ろな闇はなかった。
そこにあったのは、長い長い悪夢からようやく目覚めたかのような深い深い安堵と、そして私に対するどうしようもないほどの愛おしさの色だった。
「……リナリア」
彼の唇が私の名前を確かに紡いだ。
「……夢を見ていたようだ。とても長くて冷たい夢を」
「もう大丈夫です。もう悪夢は終わりです」
私の目から安堵の涙が溢れ出した。
「……君が救ってくれたのか。また君に救われてしまったな」
彼はどこまでも優しくそう言って微笑んだ。
そして、その手をゆっくりと持ち上げると、私の頬をそっと撫でた。
「……ありがとう。私の光」
その言葉と共に彼の身体は、そしてこの精神世界そのものが温かい光に包まれ、ゆっくりと白く染まっていく。
現実の世界へ還る時が来たのだ。
私は彼の温かい手に自分の手を重ねた。
そして二人で一緒に、その光の中へと溶けていった。
心の海への長く険しい旅は終わった。
その先にある新しい世界の夜明けへと、向かうために。
キィン、という澄んだ音と共に、柱の表面に蜘蛛の巣のような亀裂が一気に広がっていく。
『――何奴!』
『――我らの領域を侵す者は!』
柱の内部から呪いの怨念が怒りの声を上げた。柱に絡みついていた氷の枷と漆黒の茨が、まるで生きているかのように蠢き、私を威嚇するようにその敵意を向けてくる。
しかし、私はもう怯まなかった。
「退きなさい!」
私は聖剣をさらに深く柱へとねじ込んだ。
「この人はあなたたちのおもちゃじゃない! 私の大切な人よ!」
私の怒りに呼応するように、黄金の聖剣はさらに強い輝きを放つ。
その神々しいまでの光に、呪いの怨念は苦悶の声を上げた。
『ぐ……ああ……! この光は……!』
『憎い……憎い……! 全てを凍らせてくれる……! 全てを腐らせてくれる……!』
呪いの最後の抵抗だった。
氷の枷は絶対零度の冷気を放ち、この精神世界そのものを永遠の氷河へと変えようとする。
漆黒の茨はおぞましい瘴気を放ち、私の魂を内側から汚染し腐敗させようと、その触手を伸ばしてきた。
それは絶望と憎悪の純粋な結晶。
普通の人間であれば、その悪意に触れただけで魂ごと砕け散ってしまっていただろう。
けれど。
私の心はもはや、それらの闇に揺らぐことはなかった。
なぜなら、私の心の中には彼がくれた温かい思い出の光が満ち溢れていたからだ。
初めて会った雨の日。私を「運命だ」と言って抱き上げてくれた彼の腕の温もり。
初めてもらった美しいドレス。それを着た私を「綺麗だ」と心から褒めてくれた彼の優しい声。
二人で手を繋いだ『癒やしの時間』。私の力で彼の苦痛が和らいでいくのを感じた、あの時の確かな喜び。
領地の祭りで一緒に踊ったあの夜。花火を見上げる私の横顔を、熱い瞳で見つめていた彼の想い。
そして。
私を守るためにその身を盾にした、彼の最後の笑顔。
「――愛している、リナリア」
その言葉が私の心の中で力強く響き渡る。
「……私もです」
私の唇から、声にならない愛の告白が漏れた。
「私もあなたを愛しています。アシュレイ様」
その想いが。
私の魂の剣を、最後の、そして究極の輝きへと導いた。
それはもはや、ただの黄金の光ではなかった。
赤、青、緑、紫。
虹色のあらゆる色彩を含んだ、純粋な『愛』そのものの光。
「――だから」
私は聖剣を固く握りしめた。
「あなたを絶対に失わない!」
私の魂の最後の絶叫と共に。
虹色の光は完全に爆発した。
その光は黒水晶の柱を内側から完全に粉砕し、氷の枷を跡形もなく溶かし去り、漆黒の茨を塵芥へと昇華させた。
呪いの怨念は断末魔の悲鳴さえも上げることなく、その絶対的な愛の光の前にはなすすべもなく完全に消滅した。
後に残されたのは、どこまでも広がる温かい光の世界と。
そして、全ての呪縛から解放され、静かに宙に浮かぶアシュレイ様の魂の姿だけだった。
私は光の粒子となって消えゆく聖剣をそっと手放すと、彼の元へと駆け寄った。
「アシュレイ様!」
私がその身体を抱きしめると、固く閉ざされていた彼の瞼がゆっくりと持ち上がった。
そして、その紫の瞳が私を捉えた。
その瞳にはもう虚ろな闇はなかった。
そこにあったのは、長い長い悪夢からようやく目覚めたかのような深い深い安堵と、そして私に対するどうしようもないほどの愛おしさの色だった。
「……リナリア」
彼の唇が私の名前を確かに紡いだ。
「……夢を見ていたようだ。とても長くて冷たい夢を」
「もう大丈夫です。もう悪夢は終わりです」
私の目から安堵の涙が溢れ出した。
「……君が救ってくれたのか。また君に救われてしまったな」
彼はどこまでも優しくそう言って微笑んだ。
そして、その手をゆっくりと持ち上げると、私の頬をそっと撫でた。
「……ありがとう。私の光」
その言葉と共に彼の身体は、そしてこの精神世界そのものが温かい光に包まれ、ゆっくりと白く染まっていく。
現実の世界へ還る時が来たのだ。
私は彼の温かい手に自分の手を重ねた。
そして二人で一緒に、その光の中へと溶けていった。
心の海への長く険しい旅は終わった。
その先にある新しい世界の夜明けへと、向かうために。
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