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第四十二話 証拠の捏造
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カイウスに「偶然」の形で真実を発見させる。その計画を実行に移すにあたり、俺は細心の注意を払って準備を進めた。必要なのは、完璧な舞台設定と、彼をそこへ導くための、巧妙な誘導だ。
まず、俺はセラに一つの命令を下した。
「セラ。闇ギルド『黒曜石の牙』から、ロラン教授に渡されたであろう取引の『証拠』を一つ、手に入れてこい。帳簿の一部、受け渡しのメモ、何でもいい。ただし、奴らに気づかれるなよ」
「御心のままに」
セラは、その困難な任務にも、表情一つ変えずに頷き、闇へと消えた。彼女ならば、やってくれるだろう。
次に、俺は自分自身で、もう一つの「証拠」を捏造する必要があった。それは、カイウスの正義感を刺激し、彼に行動を起こさせるための、決定的な起爆剤となるものだ。
俺は数日かけて、図書館の古文書から様々な古代語の文字を書き写し、特殊なインクと古びた羊皮紙を使って、一枚の文書を偽造した。
それは、いかにもロラン教授が記したかのような筆跡で書かれた、魔香花の研究日誌の断片だった。
『――魔香花の成長は順調。開花まで、あとひと月といったところか。古の記述通りならば、その花粉は、王都全域を覆い、人々を狂乱の渦に叩き込むだろう。さすれば、我らが悲願たる『帝国の浄化』も、成し遂げられる』
『――王子カイウス。彼の存在は、我らが計画における最大の障害。だが、この花の前では、彼の正義など無力に等しい』
この文書には、魔香花の危険性と、カイウスへの明確な敵意が記されている。これを見れば、カイウスが黙っているはずがない。
数日後、セラが任務を終えて戻ってきた。その手には、一枚の汚れた羊皮紙が握られている。
「アレン様。闇ギルドのアジトに潜入し、奴らの金庫からこれを」
それは、闇ギルドが発行した、取引の受領書だった。『希少魔物素材一式』という品名と、莫大な金額。そして、受け取り人の欄には、ロラン教授のサインと思われる、崩した署名が記されていた。完璧な物証だ。
全てのピースが揃った。あとは、カイウスをどうやって舞台へと導くかだ。
俺は、カイウス派閥の生徒たちの行動パターンを、影分身を使って徹底的に分析した。その中に、格好の「駒」がいた。以前、俺に絡んできたルシウス・フォン・エーベルハルト。彼は、例の一件以来すっかり意気消沈していたが、カイウスへの忠誠心だけは変わっていない。そして何より、彼は名誉欲が強く、手柄を立てることに飢えていた。
計画の実行は、三日後の夜と定めた。
三日後の夜。学園のほとんどの生徒が寮でくつろぐ、静かな時間。
ルシウスは、カイウスに命じられた書類整理を終え、一人で寮へと戻る道を歩いていた。その日の彼は、些細なミスでカイウスに叱責され、ひどく落ち込んでいた。
(俺は、カイウス様のお役に立てていない……何か、何か手柄を立てなければ)
そんな彼の前に、ひらり、と一枚の羊皮紙が、まるで木の葉が舞うように落ちてきた。
「……?」
ルシウスは、訝しげにそれを拾い上げた。それは、古びており、何かの研究日誌のようだった。そして、そこに書かれた内容を読んだ瞬間、彼の顔色が変わった。
魔香花、帝国の浄化、王子カイウスへの敵意。
「こ、これは……一体……!」
ルシウスは、震える手で羊皮紙を握りしめた。その時、近くの茂みから、慌てたような物音が聞こえた。見ると、一人の人物が、何かを落としたことに今気づいたかのように、懐を探りながら慌てて走り去っていく。
その後ろ姿は、月明かりに照らされ、一瞬だけはっきりと見えた。穏やかな白髪の、薬草学のロラン教授、その人だった。
もちろん、その全てが、俺が仕組んだ芝居だ。
羊皮紙を彼の目の前に落としたのも、ロラン教授の後ろ姿を演じてみせたのも、全ては俺の影分身がやったことだった。
ルシウスは、自分がとんでもない陰謀の証拠を「偶然」手に入れてしまったのだと、完全に信じ込んだ。
彼は、一目散にカイウスの元へと駆け出した。
「カイウス様! 大変です! これを!」
寮の談話室にいたカイウスは、血相を変えて飛び込んできたルシウスに驚きながらも、その羊皮紙を受け取った。そして、そこに書かれた内容を読むうちに、彼の蒼い瞳が、みるみるうちに険しいものへと変わっていく。
「……ロラン教授が、これを?」
「はい! 間違いありません! 教授が慌てて走り去るのを、この目で見ました!」
カイウスは、すぐには信じられないというように、何度もその文書を読み返した。だが、そこに記された陰謀は、あまりにも具体的で、生々しい。そして、ダンジョンでの一件以来、彼が抱いていた帝国の闇に対する漠然とした不安と、奇妙に合致していた。
「……ルシウス。よくやった。これは、大手柄だ」
カイウスの言葉に、ルシウスの顔がぱあっと輝いた。
「今夜、僕の信頼できる仲間だけを集め、薬草園の温室を確かめに行く。君も来るんだ」
「は、はいっ!」
その夜、カイウスはルシウスを含む、五人の屈強な騎士志望の生徒だけを連れ、深夜の薬草園へと向かった。
俺は、自室のベッドの上で、影分身の視界を通して、その様子を完璧に把握していた。舞台は整った。あとは、主役の登場を待つだけだ。
カイウスたちは、音を殺して薬草園に侵入し、施錠された温室の前にたどり着いた。
「鍵は、僕がこじ開ける」
カイウスが、手にした剣の柄で、器用に錠前を破壊する。そして、ゆっくりと扉を開けた。
温室の中に足を踏み入れた彼らは、その異様な光景に息を呑んだ。
一番奥の一角。そこだけが、他とは明らかに違う、邪悪な瘴気に満ちている。そして、その中心に佇む、どす黒い紫色の葉を持つ、不気味な植物。
「……これか。魔香花……」
カイウスが、憎悪に満ちた声で呟いた。
その時、カイウスの仲間の一人が、植物の根元に落ちている一枚の羊皮紙を見つけた。
「カイウス様、こちらにも何か!」
彼が拾い上げたのは、セラが闇ギルドから盗み出してきた、あの取引の受領書だった。
ロラン教授の署名、希少な魔物素材、そして『黒曜石の牙』の名。
「……間違いない」
カイウスは、全ての物証を手に、静かに、しかし激しい怒りを込めて言った。
「ロラン教授は、裏切り者だ」
彼は、仲間に魔香花の厳重な監視を命じると、すぐにその場を後にした。向かう先は、学園長の執務室だ。
この国の王子として、この許されざる陰謀を、白日の下に晒すために。
俺は、ベッドの上でゆっくりと目を開けた。
影分身のリンクを解き、静かな自室の闇へと意識を戻す。
(……うまくいった)
俺の脚本通りに、物語は進んだ。俺は一切表に出ることなく、カイウスという正義の剣を使って、蛇の計画を打ち砕くことに成功したのだ。
翌朝、学園は未曾有の大騒動に包まれることになるだろう。
だが、それはもう、俺の知ったことではない。
悪役は、次の舞台の準備を始めるだけだ。俺は、この事件の顛末を、図書館の片隅で、退屈そうに眺めているだけでいい。
そう、思っていた。
その数時間後、俺の元に、全く予想していなかった来訪者が現れるまでは。
まず、俺はセラに一つの命令を下した。
「セラ。闇ギルド『黒曜石の牙』から、ロラン教授に渡されたであろう取引の『証拠』を一つ、手に入れてこい。帳簿の一部、受け渡しのメモ、何でもいい。ただし、奴らに気づかれるなよ」
「御心のままに」
セラは、その困難な任務にも、表情一つ変えずに頷き、闇へと消えた。彼女ならば、やってくれるだろう。
次に、俺は自分自身で、もう一つの「証拠」を捏造する必要があった。それは、カイウスの正義感を刺激し、彼に行動を起こさせるための、決定的な起爆剤となるものだ。
俺は数日かけて、図書館の古文書から様々な古代語の文字を書き写し、特殊なインクと古びた羊皮紙を使って、一枚の文書を偽造した。
それは、いかにもロラン教授が記したかのような筆跡で書かれた、魔香花の研究日誌の断片だった。
『――魔香花の成長は順調。開花まで、あとひと月といったところか。古の記述通りならば、その花粉は、王都全域を覆い、人々を狂乱の渦に叩き込むだろう。さすれば、我らが悲願たる『帝国の浄化』も、成し遂げられる』
『――王子カイウス。彼の存在は、我らが計画における最大の障害。だが、この花の前では、彼の正義など無力に等しい』
この文書には、魔香花の危険性と、カイウスへの明確な敵意が記されている。これを見れば、カイウスが黙っているはずがない。
数日後、セラが任務を終えて戻ってきた。その手には、一枚の汚れた羊皮紙が握られている。
「アレン様。闇ギルドのアジトに潜入し、奴らの金庫からこれを」
それは、闇ギルドが発行した、取引の受領書だった。『希少魔物素材一式』という品名と、莫大な金額。そして、受け取り人の欄には、ロラン教授のサインと思われる、崩した署名が記されていた。完璧な物証だ。
全てのピースが揃った。あとは、カイウスをどうやって舞台へと導くかだ。
俺は、カイウス派閥の生徒たちの行動パターンを、影分身を使って徹底的に分析した。その中に、格好の「駒」がいた。以前、俺に絡んできたルシウス・フォン・エーベルハルト。彼は、例の一件以来すっかり意気消沈していたが、カイウスへの忠誠心だけは変わっていない。そして何より、彼は名誉欲が強く、手柄を立てることに飢えていた。
計画の実行は、三日後の夜と定めた。
三日後の夜。学園のほとんどの生徒が寮でくつろぐ、静かな時間。
ルシウスは、カイウスに命じられた書類整理を終え、一人で寮へと戻る道を歩いていた。その日の彼は、些細なミスでカイウスに叱責され、ひどく落ち込んでいた。
(俺は、カイウス様のお役に立てていない……何か、何か手柄を立てなければ)
そんな彼の前に、ひらり、と一枚の羊皮紙が、まるで木の葉が舞うように落ちてきた。
「……?」
ルシウスは、訝しげにそれを拾い上げた。それは、古びており、何かの研究日誌のようだった。そして、そこに書かれた内容を読んだ瞬間、彼の顔色が変わった。
魔香花、帝国の浄化、王子カイウスへの敵意。
「こ、これは……一体……!」
ルシウスは、震える手で羊皮紙を握りしめた。その時、近くの茂みから、慌てたような物音が聞こえた。見ると、一人の人物が、何かを落としたことに今気づいたかのように、懐を探りながら慌てて走り去っていく。
その後ろ姿は、月明かりに照らされ、一瞬だけはっきりと見えた。穏やかな白髪の、薬草学のロラン教授、その人だった。
もちろん、その全てが、俺が仕組んだ芝居だ。
羊皮紙を彼の目の前に落としたのも、ロラン教授の後ろ姿を演じてみせたのも、全ては俺の影分身がやったことだった。
ルシウスは、自分がとんでもない陰謀の証拠を「偶然」手に入れてしまったのだと、完全に信じ込んだ。
彼は、一目散にカイウスの元へと駆け出した。
「カイウス様! 大変です! これを!」
寮の談話室にいたカイウスは、血相を変えて飛び込んできたルシウスに驚きながらも、その羊皮紙を受け取った。そして、そこに書かれた内容を読むうちに、彼の蒼い瞳が、みるみるうちに険しいものへと変わっていく。
「……ロラン教授が、これを?」
「はい! 間違いありません! 教授が慌てて走り去るのを、この目で見ました!」
カイウスは、すぐには信じられないというように、何度もその文書を読み返した。だが、そこに記された陰謀は、あまりにも具体的で、生々しい。そして、ダンジョンでの一件以来、彼が抱いていた帝国の闇に対する漠然とした不安と、奇妙に合致していた。
「……ルシウス。よくやった。これは、大手柄だ」
カイウスの言葉に、ルシウスの顔がぱあっと輝いた。
「今夜、僕の信頼できる仲間だけを集め、薬草園の温室を確かめに行く。君も来るんだ」
「は、はいっ!」
その夜、カイウスはルシウスを含む、五人の屈強な騎士志望の生徒だけを連れ、深夜の薬草園へと向かった。
俺は、自室のベッドの上で、影分身の視界を通して、その様子を完璧に把握していた。舞台は整った。あとは、主役の登場を待つだけだ。
カイウスたちは、音を殺して薬草園に侵入し、施錠された温室の前にたどり着いた。
「鍵は、僕がこじ開ける」
カイウスが、手にした剣の柄で、器用に錠前を破壊する。そして、ゆっくりと扉を開けた。
温室の中に足を踏み入れた彼らは、その異様な光景に息を呑んだ。
一番奥の一角。そこだけが、他とは明らかに違う、邪悪な瘴気に満ちている。そして、その中心に佇む、どす黒い紫色の葉を持つ、不気味な植物。
「……これか。魔香花……」
カイウスが、憎悪に満ちた声で呟いた。
その時、カイウスの仲間の一人が、植物の根元に落ちている一枚の羊皮紙を見つけた。
「カイウス様、こちらにも何か!」
彼が拾い上げたのは、セラが闇ギルドから盗み出してきた、あの取引の受領書だった。
ロラン教授の署名、希少な魔物素材、そして『黒曜石の牙』の名。
「……間違いない」
カイウスは、全ての物証を手に、静かに、しかし激しい怒りを込めて言った。
「ロラン教授は、裏切り者だ」
彼は、仲間に魔香花の厳重な監視を命じると、すぐにその場を後にした。向かう先は、学園長の執務室だ。
この国の王子として、この許されざる陰謀を、白日の下に晒すために。
俺は、ベッドの上でゆっくりと目を開けた。
影分身のリンクを解き、静かな自室の闇へと意識を戻す。
(……うまくいった)
俺の脚本通りに、物語は進んだ。俺は一切表に出ることなく、カイウスという正義の剣を使って、蛇の計画を打ち砕くことに成功したのだ。
翌朝、学園は未曾有の大騒動に包まれることになるだろう。
だが、それはもう、俺の知ったことではない。
悪役は、次の舞台の準備を始めるだけだ。俺は、この事件の顛末を、図書館の片隅で、退屈そうに眺めているだけでいい。
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