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第四十一話 薬草園の秘密
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ロラン教授が「黄昏の蛇」の協力者であると確信した俺は、すぐには動かなかった。섣불리彼を告発すれば、組織の本体に気づかれ、トカゲの尻尾切りのように切り捨てられるだけだ。それでは意味がない。俺の目的は、この蛇の毒牙を一本一本抜き、最終的にはその頭を叩き潰すことにある。
そのためには、まず敵の計画の全貌を把握する必要があった。あの不気味な植物は何なのか。そして、それを使って何を企んでいるのか。
俺はセラに外部調査を命じると同時に、俺自身も学園内で静かに動き始めた。
俺の次の行動は、意外なものだったかもしれない。俺は、薬草学の授業に、これまでにないほど「熱心に」参加し始めたのだ。
「ふむ、アレン・ヴァルハイト君。珍しいな、君が質問とは」
授業後、俺が研究室を訪れると、ロラン教授はいつもの穏やかな笑みを浮かべて、少し驚いたように言った。
俺は、悪役の仮面の下で、純粋な知的好奇心を持つ生徒の顔を作り上げた。
「ええ、教授。古代の植物学に、少し興味が湧きまして。特に、現代では失われたとされる、特殊な効能を持つ薬草について調べているのです」
俺の言葉に、教授の目の奥が、かすかに光ったのを俺は見逃さなかった。
「ほう、古代の植物学とな。それはまた、随分とマニアックな分野に興味を持ったものだね。よろしい。私に分かる範囲でなら、喜んで力を貸そう」
その日から、俺は放課後になると、足繁くロラン教授の研究室に通うようになった。俺は歴史書の知識を巧みに使い、いかにも「知識だけは豊富な出来損ない」が興味を持ちそうな、難解で衒学的な質問を彼にぶつけた。
教授は、俺のその「才能の無駄遣い」を面白がっているようだった。彼は俺を、実技はからっきしだが、座学の才能だけは認めざるを得ない、扱いにくい生徒の一人として認識し始めた。
そして、俺との会話の中で、彼は時折、無意識に、あるいは俺を試すかのように、禁断の知識の断片を漏らすようになった。
「……古代の錬金術師たちの中にはね、アレン君。植物と魔物の魔石を融合させ、全く新しい生命体を作り出そうとした者たちがいたそうだよ。もちろん、倫理に反する、禁忌の研究だがね」
「植物と魔石、ですか。興味深いですね。それは、どのような効果を?」
「さあね。文献が失われているから、詳しいことは分からんよ。だが、噂では、完成した植物は、周囲の魔力を吸い尽くし、破滅的な毒の瘴気を振りまく『魔香花(デーモンズ・リリー)』と呼ばれるものになったとか、ならなかったとか……」
魔香花。その名を聞いた瞬間、俺の中で全てのピースが繋がった。
歴史書の、本当に片隅。古代魔法文明の崩壊を記した一節に、その名があった。
『――禁忌の錬金術が生み出した魔香花。その花粉は、広範囲の人間の理性を奪い、凶暴化させる効果を持つ。古代都市の一つが、たった一輪の魔香花によって、一夜にして狂乱と殺戮の地獄へと変貌したという記録も残されている』
これだ。
「黄昏の蛇」の目的は、この魔香花を王都で、あるいはこの学園で開花させ、大規模な混乱を引き起こすこと。そして、その混乱に乗じて、カイウス王子や彼に近い者たちを暗殺、あるいは失脚させることだろう。
俺は、背筋に冷たい汗が流れるのを感じながらも、表情には純粋な学究的好奇心だけを浮かべ続けた。
「素晴らしい! まさに、失われた知識の探求ですね、教授!」
俺の無邪気な(ように見える)反応に、ロラン教授は満足げに頷いた。彼は、俺がまさか自分の計画の核心に迫っているとは、夢にも思っていないだろう。
一方、外部で調査を進めていたセラもまた、重要な情報を掴んでいた。
「報告します、アレン様」
その夜、セラは俺の部屋で、数枚の羊皮紙を広げた。
「ロラン教授の過去を洗いました。彼は若い頃、帝国の公式見解とは異なる、過激な古代文明の研究に没頭し、学会から異端者として追放された過去があります。その際に、彼の研究を支援していたのが、ある匿名のパトロンでした」
「そのパトロンの金の流れは?」
「追跡しましたが、非常に巧妙に偽装されており、途中で見失いました。ですが、その金の流れの中に、舞踏会でアレン様が情報を得た、あの『用途不明の助成金』と酷似した手口が、いくつか見受けられました」
宰相。
俺の脳裏に、あの温厚そうな老人の顔が浮かぶ。もし、ロラン教授の背後にいるのが宰相だとすれば、話は一気に国家転覆レベルの陰謀へと飛躍する。
「もう一つ。ロラン教授は、数ヶ月前から、王都の闇ギルド『黒曜石の牙』と、頻繁に接触しています。取引されているのは、高レベルダンジョンでしか採取できない、希少な魔物の素材です」
魔香花を育てるための、材料。全てが、俺の仮説を裏付けていた。
全ての情報を整理し終えた俺は、ついに決断した。
証拠は、揃った。
ロラン教授が、学園の薬草園で、禁断の植物「魔香花」を栽培している。その目的は、王都に未曾有の混乱をもたらすこと。そして、その背後には、闇ギルドと、おそらくは帝国中枢の誰かが関わっている。
だが、問題は、これをどうやって公にするかだ。
俺が「ヴァルハイトのアレン」として告発しても、誰も信じないだろう。忌み嫌われる悪徳貴族の息子の妄言として、握りつぶされるのが関の山だ。ロラン教授は、長年学園に貢献してきた、人望の厚い人物。信用度の差は、歴然としていた。
俺は、この証拠を、俺ではない「誰か」に発見させなければならない。
それも、帝国中の誰もが、その言葉を信じざるを得ないような、絶対的な正義の象徴に。
俺の脳裏に、あの金色の髪の王子の姿が浮かんだ。
「……カイウス・フォン・グランツ」
俺は、静かにその名を呟いた。
俺が影で集めた証拠を、彼という光に託す。そして、彼の手で、この闇を裁かせる。
それこそが、俺の正体を隠し、かつ、最も確実に「黄昏の蛇」の計画を阻止できる、唯一の方法だった。
俺は、新たな計画の立案に取り掛かった。それは、偶然を装ってカイウスを薬草園に誘導し、彼自身の目で、あの禁断の植物を発見させるという、緻密で大胆な脚本だった。
悪役は、舞台裏でヒーローの登場を演出し始める。
物語は、俺の筋書き通りに、新たな局面へと動き出そうとしていた。
そのためには、まず敵の計画の全貌を把握する必要があった。あの不気味な植物は何なのか。そして、それを使って何を企んでいるのか。
俺はセラに外部調査を命じると同時に、俺自身も学園内で静かに動き始めた。
俺の次の行動は、意外なものだったかもしれない。俺は、薬草学の授業に、これまでにないほど「熱心に」参加し始めたのだ。
「ふむ、アレン・ヴァルハイト君。珍しいな、君が質問とは」
授業後、俺が研究室を訪れると、ロラン教授はいつもの穏やかな笑みを浮かべて、少し驚いたように言った。
俺は、悪役の仮面の下で、純粋な知的好奇心を持つ生徒の顔を作り上げた。
「ええ、教授。古代の植物学に、少し興味が湧きまして。特に、現代では失われたとされる、特殊な効能を持つ薬草について調べているのです」
俺の言葉に、教授の目の奥が、かすかに光ったのを俺は見逃さなかった。
「ほう、古代の植物学とな。それはまた、随分とマニアックな分野に興味を持ったものだね。よろしい。私に分かる範囲でなら、喜んで力を貸そう」
その日から、俺は放課後になると、足繁くロラン教授の研究室に通うようになった。俺は歴史書の知識を巧みに使い、いかにも「知識だけは豊富な出来損ない」が興味を持ちそうな、難解で衒学的な質問を彼にぶつけた。
教授は、俺のその「才能の無駄遣い」を面白がっているようだった。彼は俺を、実技はからっきしだが、座学の才能だけは認めざるを得ない、扱いにくい生徒の一人として認識し始めた。
そして、俺との会話の中で、彼は時折、無意識に、あるいは俺を試すかのように、禁断の知識の断片を漏らすようになった。
「……古代の錬金術師たちの中にはね、アレン君。植物と魔物の魔石を融合させ、全く新しい生命体を作り出そうとした者たちがいたそうだよ。もちろん、倫理に反する、禁忌の研究だがね」
「植物と魔石、ですか。興味深いですね。それは、どのような効果を?」
「さあね。文献が失われているから、詳しいことは分からんよ。だが、噂では、完成した植物は、周囲の魔力を吸い尽くし、破滅的な毒の瘴気を振りまく『魔香花(デーモンズ・リリー)』と呼ばれるものになったとか、ならなかったとか……」
魔香花。その名を聞いた瞬間、俺の中で全てのピースが繋がった。
歴史書の、本当に片隅。古代魔法文明の崩壊を記した一節に、その名があった。
『――禁忌の錬金術が生み出した魔香花。その花粉は、広範囲の人間の理性を奪い、凶暴化させる効果を持つ。古代都市の一つが、たった一輪の魔香花によって、一夜にして狂乱と殺戮の地獄へと変貌したという記録も残されている』
これだ。
「黄昏の蛇」の目的は、この魔香花を王都で、あるいはこの学園で開花させ、大規模な混乱を引き起こすこと。そして、その混乱に乗じて、カイウス王子や彼に近い者たちを暗殺、あるいは失脚させることだろう。
俺は、背筋に冷たい汗が流れるのを感じながらも、表情には純粋な学究的好奇心だけを浮かべ続けた。
「素晴らしい! まさに、失われた知識の探求ですね、教授!」
俺の無邪気な(ように見える)反応に、ロラン教授は満足げに頷いた。彼は、俺がまさか自分の計画の核心に迫っているとは、夢にも思っていないだろう。
一方、外部で調査を進めていたセラもまた、重要な情報を掴んでいた。
「報告します、アレン様」
その夜、セラは俺の部屋で、数枚の羊皮紙を広げた。
「ロラン教授の過去を洗いました。彼は若い頃、帝国の公式見解とは異なる、過激な古代文明の研究に没頭し、学会から異端者として追放された過去があります。その際に、彼の研究を支援していたのが、ある匿名のパトロンでした」
「そのパトロンの金の流れは?」
「追跡しましたが、非常に巧妙に偽装されており、途中で見失いました。ですが、その金の流れの中に、舞踏会でアレン様が情報を得た、あの『用途不明の助成金』と酷似した手口が、いくつか見受けられました」
宰相。
俺の脳裏に、あの温厚そうな老人の顔が浮かぶ。もし、ロラン教授の背後にいるのが宰相だとすれば、話は一気に国家転覆レベルの陰謀へと飛躍する。
「もう一つ。ロラン教授は、数ヶ月前から、王都の闇ギルド『黒曜石の牙』と、頻繁に接触しています。取引されているのは、高レベルダンジョンでしか採取できない、希少な魔物の素材です」
魔香花を育てるための、材料。全てが、俺の仮説を裏付けていた。
全ての情報を整理し終えた俺は、ついに決断した。
証拠は、揃った。
ロラン教授が、学園の薬草園で、禁断の植物「魔香花」を栽培している。その目的は、王都に未曾有の混乱をもたらすこと。そして、その背後には、闇ギルドと、おそらくは帝国中枢の誰かが関わっている。
だが、問題は、これをどうやって公にするかだ。
俺が「ヴァルハイトのアレン」として告発しても、誰も信じないだろう。忌み嫌われる悪徳貴族の息子の妄言として、握りつぶされるのが関の山だ。ロラン教授は、長年学園に貢献してきた、人望の厚い人物。信用度の差は、歴然としていた。
俺は、この証拠を、俺ではない「誰か」に発見させなければならない。
それも、帝国中の誰もが、その言葉を信じざるを得ないような、絶対的な正義の象徴に。
俺の脳裏に、あの金色の髪の王子の姿が浮かんだ。
「……カイウス・フォン・グランツ」
俺は、静かにその名を呟いた。
俺が影で集めた証拠を、彼という光に託す。そして、彼の手で、この闇を裁かせる。
それこそが、俺の正体を隠し、かつ、最も確実に「黄昏の蛇」の計画を阻止できる、唯一の方法だった。
俺は、新たな計画の立案に取り掛かった。それは、偶然を装ってカイウスを薬草園に誘導し、彼自身の目で、あの禁断の植物を発見させるという、緻密で大胆な脚本だった。
悪役は、舞台裏でヒーローの登場を演出し始める。
物語は、俺の筋書き通りに、新たな局面へと動き出そうとしていた。
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