破滅の運命を覆すため、悪役貴族は影で最強を目指す 〜歴史書では断罪される俺だが、未来知識と禁忌の魔法で成り上がってみせる〜

夏見ナイ

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第四十話 学園内の協力者

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影分身の習得は、俺の戦い方を根底から変えた。
俺の日常は、表と裏、二つの顔を持つことになった。
表の顔は、アレン・フォン・ヴァルハイト。相変わらず授業では無気力を装い、実技では稚拙な失敗を繰り返す。カイウスの密偵、レオナールが放った監視の目が光る図書館では、わざとらしく難解な本を枕に居眠りをしてみせる。彼の報告書には、きっとこう記されているだろう。『対象に特異な動向なし。依然として無気力な学園生活を送る』と。
だが、その裏側。俺の本体が眠っている間、俺の意識は影分身となって、学園の闇を自由に飛び回っていた。
レオナールの部下たちが俺の部屋を見張る屋根裏。そのさらに上の尖塔の影から、俺は彼らの監視を「監視」していた。彼らが交わす報告、交代の時間、警戒の薄れる瞬間。その全てが、俺の手の内にある。情報戦において、主導権は完全に俺が握っていた。

カイウスの監視網を無力化した俺は、本格的に「黄昏の蛇」の調査へと乗り出した。
ダンジョンでの一件。あれほど大規模な事件を、学園外部の人間だけで計画し、実行するのは不可能に近い。必ず内部に協力者がいる。それも、学園の警備体制や実習のスケジュールを正確に把握できる、ある程度の地位にいる人間だ。
俺はセラが集めた情報と、俺自身の記憶を照らし合わせ、容疑者のリストを作成した。
ダンジョン実習の計画立案に関わった教師。警備を担当していた騎士団のOB。そして、事件の前後で不審な金の動きがあったとされる、数名の貴族生徒。リストアップされた容疑者は、十数名に上った。
「セラ。この者たちの、過去の経歴と現在の人間関係を、金の流れを中心に徹底的に洗え」
「承知いたしました」
セラが外部からの調査を進める間、俺は内部、学園の中での監視を開始する。
その夜、俺は自室のベッドに横たわり、意識を集中させた。俺の体の影から、五体の影分身が音もなく分離し、闇に溶けるように壁をすり抜けていく。五つの視界が、同時に俺の脳内に流れ込んでくる。最初は激しいめまいと情報過多に悩まされたが、数日間の訓練で、複数の情報を同時に処理する術も身につけていた。
一体は、魔法史の教師の研究室へ。彼は頑固な保守派だが、王家に対して批判的な論文を密かに執筆しているという噂があった。
一体は、実技担当の体育会系教師の私室へ。彼は賭け事が好きで、多額の借金を抱えているという情報があった。金で寝返る可能性は十分にある。
残りの三体は、有力な貴族生徒たちの寮の部屋へ。彼らの嫉妬や野心が、「黄昏の蛇」に付け入る隙を与えることは、想像に難くない。
24時間体制の、完璧な監視網。俺の影の目は、眠らない。

数日間、地道な監視が続いた。だが、決定的な証拠はなかなか掴めなかった。教師たちは不平を漏らし、生徒たちは愚痴をこぼす。だが、それはどこにでもある日常の風景で、「黄昏の蛇」に直接繋がるようなものではなかった。
(……ターゲットを絞り間違えたか?)
俺の心に、わずかな焦りが生まれ始めた、その時だった。
意外な場所を監視していた分身から、興味深い情報がもたらされた。それは、当初の容疑者リストには載っていなかった、全くノーマークの人物だった。
薬草学を担当する、ロラン教授。
彼は、いつも穏やかな笑みを浮かべ、生徒たちからの評判も良い、初老の教師だ。その物腰は柔らかく、過激な思想とは最も無縁に見える。
だが、彼には奇妙な習慣があった。
彼は、三日に一度、必ず深夜に研究室を抜け出し、学園の奥にある広大な薬草園へと、一人で向かうのだ。そこは夜間の立ち入りが禁止されている場所だった。
その日も、ロラン教授はランタンの灯りを頼りに、薬草園の奥へと進んでいった。俺の影分身は、彼の足元の影に潜み、その行動を追跡する。
教授は、薬草園の中でも特に厳重に管理されている、施錠された温室の中へと入っていった。そこは、毒草や希少な薬草が栽培されている、特別な区画だ。
分身は、ガラスの壁をすり抜けて温室の中へ侵入した。
温室の中は、様々な植物の匂いが混じり合い、むっとするような空気が漂っている。その一番奥。他のどの植物とも隔離された一角に、それはあった。
高さは一メートルほど。黒に近い、どす黒い紫色の葉を持ち、その茎には鋭い棘が無数についている。そして、その先端には、まだ固い蕾のようなものが一つ。植物全体から、微弱だが、ダンジョンで感じたあの邪悪な瘴気とよく似た気配が放たれていた。
「……もう少しだ」
ロラン教授は、その不気味な植物の前に屈み込むと、まるで愛しい我が子に語りかけるかのように、優しく呟いた。
「お前が完全に花開く時……この腐りきった帝国に、真の『浄化』がもたらされるのだ。我らが『蛇』の悲願が、成就する……」
蛇。
その一言で、全てが繋がった。
この男だ。この男が、「黄昏の蛇」の協力者。そして、この不気味な植物が、奴らの次なる計画の鍵。
教授は、懐から小さな小瓶を取り出し、中の液体を植物の根元に数滴垂らした。途端に、植物は苦しげに身を震わせ、瘴気の濃度がわずかに増した。
(あれは……魔物の体液を濃縮したものか?)
ダンジョンで採取した魔物の素材を使い、この禁断の植物を育てている。そして、それが完成した時、王都で、あるいはこの学園で、次なるテロを引き起こすつもりなのだ。
ロラン教授は、満足げに植物の成長を見届けると、何事もなかったかのように温室を後にし、研究室へと戻っていった。

俺は、ベッドの上でゆっくりと目を開けた。影分身から送られてきた、鮮明な情報。俺の心臓は、静かに、しかし激しく鼓動していた。
ついに、尻尾を掴んだ。
だが、まだだ。これだけでは、奴を告発するには証拠が弱すぎる。深夜に怪しい植物を育てている、というだけでは、ただの変わった趣味で押し通されてしまうだろう。
俺に必要なのは、この植物が何であるか、そして、それを使って何をしようとしているのか、決定的な物証だ。
俺は、ベッドの脇に控えていたセラに、静かに命令を下した。
「セラ。薬草学のロラン教授。この男の全てを調べろ。彼の過去、金の流れ、交友関係。特に、古代の錬金術や禁断の植物に関する研究に、関わっていなかったかどうかを」
「……承知いたしました。蛇の巣穴は、見つかりましたか」
「ああ。だが、まだ蛇は眠っている」
俺は、窓の外に広がる学園のシルエットを見つめた。あの穏やかな薬草園の地下で、帝都を揺るがす災厄が、静かに育っている。
「眠っている蛇は、無理に叩き起こす必要はない。完全に牙を抜き、二度と動けなくしてから、その首を刎ねてやる」
俺の新たな戦いが、始まった。それは、温厚な教授の仮面を被った蛇との、静かで、緻密な情報戦だった。
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