破滅の運命を覆すため、悪役貴族は影で最強を目指す 〜歴史書では断罪される俺だが、未来知識と禁忌の魔法で成り上がってみせる〜

夏見ナイ

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第四十八話 模擬トーナメント

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筆記試験で俺が叩き出した前代未聞の結果は、学園中に衝撃と混乱を巻き起こした。俺に向けられる視線は、以前の単純な侮蔑や憐れみとは少し違う、畏怖と不気味さが入り混じった複雑なものへと変わっていた。誰もが、俺という存在を測りかねていた。
そして、そんな奇妙な雰囲気の中、実技試験の幕が上がった。
実技試験は、学園の巨大な闘技場で行われる、トーナメント形式の模擬戦闘だ。観客席は全校生徒で埋め尽くされ、その熱気は本物の剣闘大会さながらだった。
組み合わせの抽選が行われ、トーナメント表が掲示される。俺は、その表を眺めながら、計画通りに進んでいることを確認した。俺のブロックには、特に目立った強敵はいない。最低限の力で勝ち進めば、準決勝でカイウスと当たることになるだろう。それこそが、俺が望む最高の舞台だった。

トーナメント一回戦。俺の対戦相手は、気弱そうな下級貴族の少年だった。彼は、俺の悪評と筆記試験の結果に怯えきっており、試合開始の合図が鳴っても、震えて動くことさえできない。
観客席からは、失笑が漏れる。
「相手が可哀想だな。ヴァルハイトの睨みだけで勝負がつきそうだ」
俺は、そんな相手に情けをかけるつもりはなかった。だが、圧倒的な力でねじ伏せることもしない。
俺はゆっくりと歩み寄り、少年の耳元で、一言だけ囁いた。
「……お前の家の財政状況、かなり厳しいそうだな。東の領地での事業に失敗したとか」
「なっ……! なぜ、それを……!」
少年は、顔を真っ青にして俺を見上げた。俺が口にしたのは、セラが事前に調査した、彼の家の最高機密だった。
俺は、悪魔のように微笑んだ。
「この試合、俺に負けてくれれば、ヴァルハイト家から、お前の家にささやかな『援助』をしてやってもいい。だが、もし俺に逆らえば……どうなるか、分かるな?」
それは、脅迫であり、甘い誘惑でもあった。少年はしばらく葛藤した後、青ざめた顔で小さく頷いた。
数秒後、彼は自ら武器を捨て、震える声で叫んだ。
「ま、参りました! 降参します!」
あっけない幕切れに、観客席は騒然となった。
「なんだと!? 戦わずに降参!?」
「ヴァルハイトの奴、一体何をしたんだ!」
俺は、審判の勝ち名乗りを聞きながら、誰にも聞こえない声で呟いた。
(力で勝つだけが、戦いではない)
情報と心理戦。それもまた、俺が磨いてきた牙の一つだった。

二回戦、三回戦も、俺は同じような手口で勝ち進んでいった。
ある時は、対戦相手が密かに想いを寄せる令嬢の名を出し、「彼女は、泥臭い戦い方をする男は嫌いだそうだ」と囁く。プライドの高いその騎士見習いは、美しい剣技にこだわった結果、俺の地味な反撃にあっさりと敗れた。
またある時は、対戦相手の魔法使いが苦手とする、珍しい魔法生物の幻影を、影魔法で一瞬だけ見せる。幼少期のトラウマを刺激された彼は、詠唱を乱し、自滅した。
俺の戦い方は、あまりにも卑劣で、そして地味だった。派手な魔法も、華麗な剣技も一切使わない。相手の弱みを突き、精神的に揺さぶり、最低限の労力で勝利をもぎ取る。
観客席の反応は、当然ながら最悪だった。
「なんだ、あの戦い方は! 汚いぞ!」
「見ていてつまらん! 貴族の誇りはないのか!」
「筆記試験は満点でも、実力はこの程度か。がっかりだ」
俺への野次と罵声が、闘技場に響き渡る。だが、その全てが、俺の狙い通りだった。
俺は、勝ち進めば勝ち進むほど、「実力はないが、悪知恵だけは働く嫌な奴」という評価を、不動のものとしていった。
カイウスは、貴賓席から俺の戦いを、終始苦々しい表情で見つめていた。彼の信じる正々堂々とした騎士道とは、あまりにもかけ離れた俺の戦い方が、彼には許せなかったのだ。
リリアーナもまた、悲しげに眉をひそめていた。彼女は、俺の戦い方の中に、相手の心の最も脆い部分を的確に見抜く、冷徹な観察眼があることに気づいていた。そして、その力がなぜ、このような卑劣な形でしか使われないのか、理解に苦しんでいた。

そして、ついに準々決勝。
俺の対戦相手は、これまでの相手とは少し毛色が違った。大柄な体躯を持つ、傭兵上がりの特待生。その目には、貴族に対する侮りも、俺の悪評への恐怖もない。ただ、強者と戦えることへの喜びだけが、獣のようにぎらついていた。
「お前がヴァルハハイトのアレンか。面白い戦い方をするじゃねえか。気に入ったぜ」
彼は、巨大な戦斧を肩に担ぎ、不敵に笑った。
「小細工はいい。正面から、力でかかってきな」
心理戦が通用しない相手。俺は初めて、少しだけ本気を出す必要性を感じた。
試合開始の合図と共に、彼は雄叫びを上げて突進してきた。戦斧が、風を唸らせて俺の頭上へと振り下ろされる。一撃でも食らえば、即死は免れないだろう。
俺は、ひらりと身をかわす。だが、彼の攻撃は止まらない。二撃目、三撃目と、嵐のような連撃が俺を襲う。闘技場の石畳が、その度に砕け散った。
観客席が、初めて熱狂に湧いた。
「いけーっ! そのまま叩き潰せ!」
「ヴァルハハイトの化けの皮を剥がしてやれ!」
俺は、ただひたすらに回避に専念した。セラとの地獄のような訓練で培われた体捌き。それは、彼の豪快だが大振りな攻撃を、紙一重で見切るには十分だった。
俺は、まるで彼の攻撃を誘うかのように、闘技場を大きく使って逃げ回る。その姿は、屈強な戦士に追い詰められる、哀れな小動物にしか見えなかっただろう。
「どうした! 逃げてばかりか!」
対戦相手が、苛立ちの声を上げる。彼の呼吸が、少しずつ荒くなっているのを、俺は見逃さなかった。
(……そろそろだな)
俺は、逃げながら、彼の足元に広がる影に、意識を集中させた。そして、彼が次の一撃を放つために大きく踏み込んだ、その瞬間。
俺は、彼の足元の影を、ほんのわずかに「隆起」させた。
それは、高さにして一センチにも満たない、ごくわずかな段差。だが、高速で動く人間にとっては、致命的な罠となり得る。
「なっ!?」
彼は、何もないはずの場所でバランスを崩し、前のめりによろめいた。
その一瞬の、無防備な背中。
俺は、その隙を見逃さなかった。回避の体勢から一転、最短距離で彼の懐に踏み込む。そして、手にしていた木剣の柄で、彼の首筋にある急所を、正確に、そして無慈悲に打ち込んだ。
「ぐっ……!」
彼は、白目を剥いて、巨体をゆっくりと前に倒れ込ませた。意識を失い、ピクリとも動かない。
闘技場が、再び水を打ったように静まり返る。
誰もが、何が起こったのか理解できなかった。嵐のような猛攻を仕掛けていた傭兵上がりの特待生が、たった一撃で、地味な一撃で、沈黙したのだから。
審判が、恐る恐る近づき、倒れた生徒の無事を確認すると、震える声で高らかに宣言した。
「……しょ、勝者、アレン・フォン・ヴァルハハイト!」
その瞬間、観客席から湧き上がったのは、賞賛ではなかった。困惑と、そして、得体の知れないものを見るかのような、かすかな恐怖だった。
俺は、意識のない対戦相手に一瞥もくれず、静かに闘技場を後にした。
その背中に、ただ一人、カイウスだけが、鋭い警戒の視線を突き刺していた。
彼は、見ていたのだ。俺が最後に放った、あまりにも洗練された、無駄のない一撃を。あれは、ただのまぐれではない。千回、万回と繰り返された、修練の果てにのみ到達できる、極致の動きであることを。
アレン・ヴァルハハイト。
その底知れない闇の深さを、カイウスは改めて思い知らされていた。
そして、次はいよいよ、自分とその闇が直接対決する番なのだと、静かに闘志を燃やしていた。
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