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第七十六話 王都封鎖
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王都の城門前では、ヴァルハイト家の軍勢と帝国近衛騎士団による、壮絶な、しかし計算され尽くした「死闘」が繰り広げられていた。
ゲオルグの振るう剛剣が騎士団の盾を弾き飛ばし、ベルトルトの魔法が城壁を揺るがす。だが、その攻撃は決して致命傷には至らない。カイウスの炎の剣もまた、ヴァルハイトの兵士たちを威嚇し、後退させるだけで、その命を奪うことはなかった。
彼らの目的はただ一つ。この派手な戦いで、王都中の、そして王宮内部の全ての視線をこの城門前の一点に釘付けにすること。
その陽動が功を奏し、王宮の警備は歴史上最も手薄な状態となっていた。
父ジークフリート率いる精鋭部隊は、その隙を突き、計画通り王宮の裏手にある秘密の通路から音もなく内部への侵入を果たしていた。彼らの目標は玉座の間。皇帝と、そして父が真の敵と見定める人物の身柄を確保すること。
そして、その頃。
俺は王都の地下水道網の中を、疾風のように駆け抜けていた。
始祖の祭壇で枢機卿アウグストゥスの正体を暴いた俺は、彼とその配下との激しい戦闘を繰り広げた。だが、俺の真の目的は彼らをそこで殲滅することではなかった。
(……まだだ。まだ全ての蛇が姿を現したわけじゃない)
俺はアウグストゥスの攻撃をいなしながら意図的に隙を作り、彼らに「光の鍵」を持って逃走する時間を与えたのだ。彼らは俺がヴァルハイト家の人間であり、彼らの計画を阻止しに来たのだと信じ込んでいる。まさかその背後で、彼らの行動そのものがより大きな罠へと誘導されているとは夢にも思っていないだろう。
俺の影分身の一体が、逃走するアウグストゥスたちの影にマーキングとして密着している。彼らの向かう先は手に取るように分かっていた。
俺は地下水道から王都の特定の地点へと続く秘密の階段を駆け上がった。そこは俺がセラに命じてあらかじめ準備させておいた場所。
地上に出ると、そこは王都の主要な交差点の一つ、四つの大通りが交わる広場だった。普段ならば多くの人々で賑わうこの場所も、クーデター騒ぎで人影はまばらだ。
広場の四方には、セラが率いる、俺がロヴェルトの地で密かに育て上げた少数の精鋭部隊が、物陰に潜んで息を殺していた。彼らは俺に絶対の忠誠を誓う、俺だけの兵士たちだ。
「アレン様」
セラが俺の元へ駆け寄ってくる。
「準備は整いました」
「ああ」と俺は頷いた。「始めるぞ」
俺は天に向かって一本の矢を放った。それは音を発する特殊な鏑矢(かぶらや)。作戦開始の合図だった。
その矢の音に応えるように、王都の四方八方から次々と狼煙が上がった。
それは父が率いる精鋭部隊、そして兄たちが率いる本隊の一部、さらには俺が金で雇った傭兵たちが、王都の主要な拠点を同時に制圧したことを示す合図だった。
城壁の全ての門、主要な橋、そして王宮へと続く全ての大通り。その全てが瞬く間にヴァルハイトの旗の下に落ちた。
王都は完全に封鎖された。
それは外部からの援軍を遮断し、この都そのものを巨大な一つの戦場、一つの舞台へと変貌させるための完璧な布石だった。
王都に残された者たちはもはや逃げ場のない、籠の中の鳥。
クーデターの噂に浮き足立っていた貴族たちも、街の異変に気づきパニックに陥り始めていた。
「な、何だ!? 街が完全に包囲されているぞ!」
「ヴァルハイトは本気でこの都を乗っ取る気だ!」
彼らはまだ知らない。これが本当の戦いの、ほんの序章に過ぎないことを。
「さて、と」
俺は静まり返った広場の中央に立ち、王宮の方角を見据えた。
「全ての役者が舞台に上がった。あとは主役の登場を待つだけだ」
俺の脳内には影分身を通して、逃走するアウ-グストゥスたちの動きが鮮明に映し出されていた。
彼らは始祖の祭壇から脱出し、地下通路を通って一つの場所を目指していた。
それは王宮の中でも最も警備が手薄で、そして最も「聖域」とされている場所。
王宮付属の大聖堂。
そこが奴らの真の合流地点。そして、おそらくは「始祖の遺産」への扉を開くための儀式の場所なのだ。
父の率いる部隊は玉座の間を目指して陽動を続けている。
カイウスとリリアーナは王宮内部で、この未曾有の事態にどう対応すべきか混乱しているだろう。
全ての駒が、俺の望む通りに動いている。
「セラ」
俺は隣に立つ少女に最後の命令を下した。
「お前は部隊を率いてこの広場を守れ。何人たりともここから先へは通すな。特に、宰相府から動く者がいれば容赦はするな」
「……アレン様は?」
「俺は主役に会いに行く」
俺は再びクロウの仮面を装着した。
「この茶番劇の幕を下ろしにな」
俺はセラに背を向け、王宮へと続く大通りを一人歩き始めた。
封鎖された王都。静まり返った街路。その中心へと向かう、たった一つの黒い影。
それは、これから始まる真の決戦へと向かう断罪人の行進のようでもあった。
帝国の運命を懸けた偽りのクーデターは今、その真の顔を現し、最終局面へと突入しようとしていた。
ゲオルグの振るう剛剣が騎士団の盾を弾き飛ばし、ベルトルトの魔法が城壁を揺るがす。だが、その攻撃は決して致命傷には至らない。カイウスの炎の剣もまた、ヴァルハイトの兵士たちを威嚇し、後退させるだけで、その命を奪うことはなかった。
彼らの目的はただ一つ。この派手な戦いで、王都中の、そして王宮内部の全ての視線をこの城門前の一点に釘付けにすること。
その陽動が功を奏し、王宮の警備は歴史上最も手薄な状態となっていた。
父ジークフリート率いる精鋭部隊は、その隙を突き、計画通り王宮の裏手にある秘密の通路から音もなく内部への侵入を果たしていた。彼らの目標は玉座の間。皇帝と、そして父が真の敵と見定める人物の身柄を確保すること。
そして、その頃。
俺は王都の地下水道網の中を、疾風のように駆け抜けていた。
始祖の祭壇で枢機卿アウグストゥスの正体を暴いた俺は、彼とその配下との激しい戦闘を繰り広げた。だが、俺の真の目的は彼らをそこで殲滅することではなかった。
(……まだだ。まだ全ての蛇が姿を現したわけじゃない)
俺はアウグストゥスの攻撃をいなしながら意図的に隙を作り、彼らに「光の鍵」を持って逃走する時間を与えたのだ。彼らは俺がヴァルハイト家の人間であり、彼らの計画を阻止しに来たのだと信じ込んでいる。まさかその背後で、彼らの行動そのものがより大きな罠へと誘導されているとは夢にも思っていないだろう。
俺の影分身の一体が、逃走するアウグストゥスたちの影にマーキングとして密着している。彼らの向かう先は手に取るように分かっていた。
俺は地下水道から王都の特定の地点へと続く秘密の階段を駆け上がった。そこは俺がセラに命じてあらかじめ準備させておいた場所。
地上に出ると、そこは王都の主要な交差点の一つ、四つの大通りが交わる広場だった。普段ならば多くの人々で賑わうこの場所も、クーデター騒ぎで人影はまばらだ。
広場の四方には、セラが率いる、俺がロヴェルトの地で密かに育て上げた少数の精鋭部隊が、物陰に潜んで息を殺していた。彼らは俺に絶対の忠誠を誓う、俺だけの兵士たちだ。
「アレン様」
セラが俺の元へ駆け寄ってくる。
「準備は整いました」
「ああ」と俺は頷いた。「始めるぞ」
俺は天に向かって一本の矢を放った。それは音を発する特殊な鏑矢(かぶらや)。作戦開始の合図だった。
その矢の音に応えるように、王都の四方八方から次々と狼煙が上がった。
それは父が率いる精鋭部隊、そして兄たちが率いる本隊の一部、さらには俺が金で雇った傭兵たちが、王都の主要な拠点を同時に制圧したことを示す合図だった。
城壁の全ての門、主要な橋、そして王宮へと続く全ての大通り。その全てが瞬く間にヴァルハイトの旗の下に落ちた。
王都は完全に封鎖された。
それは外部からの援軍を遮断し、この都そのものを巨大な一つの戦場、一つの舞台へと変貌させるための完璧な布石だった。
王都に残された者たちはもはや逃げ場のない、籠の中の鳥。
クーデターの噂に浮き足立っていた貴族たちも、街の異変に気づきパニックに陥り始めていた。
「な、何だ!? 街が完全に包囲されているぞ!」
「ヴァルハイトは本気でこの都を乗っ取る気だ!」
彼らはまだ知らない。これが本当の戦いの、ほんの序章に過ぎないことを。
「さて、と」
俺は静まり返った広場の中央に立ち、王宮の方角を見据えた。
「全ての役者が舞台に上がった。あとは主役の登場を待つだけだ」
俺の脳内には影分身を通して、逃走するアウ-グストゥスたちの動きが鮮明に映し出されていた。
彼らは始祖の祭壇から脱出し、地下通路を通って一つの場所を目指していた。
それは王宮の中でも最も警備が手薄で、そして最も「聖域」とされている場所。
王宮付属の大聖堂。
そこが奴らの真の合流地点。そして、おそらくは「始祖の遺産」への扉を開くための儀式の場所なのだ。
父の率いる部隊は玉座の間を目指して陽動を続けている。
カイウスとリリアーナは王宮内部で、この未曾有の事態にどう対応すべきか混乱しているだろう。
全ての駒が、俺の望む通りに動いている。
「セラ」
俺は隣に立つ少女に最後の命令を下した。
「お前は部隊を率いてこの広場を守れ。何人たりともここから先へは通すな。特に、宰相府から動く者がいれば容赦はするな」
「……アレン様は?」
「俺は主役に会いに行く」
俺は再びクロウの仮面を装着した。
「この茶番劇の幕を下ろしにな」
俺はセラに背を向け、王宮へと続く大通りを一人歩き始めた。
封鎖された王都。静まり返った街路。その中心へと向かう、たった一つの黒い影。
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