破滅の運命を覆すため、悪役貴族は影で最強を目指す 〜歴史書では断罪される俺だが、未来知識と禁忌の魔法で成り上がってみせる〜

夏見ナイ

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第七十七話 王城への進軍

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封鎖された王都は、不気味な静寂に包まれていた。遠く城門の方角から聞こえてくる剣戟の音だけが、この都が今、戦下にあることを示している。
俺はクロウの仮面の下で息を潜めながら、王宮へと続く大通りを屋根から屋根へと音もなく駆け抜けていた。眼下には武装したヴァルハイトの兵士たちが主要な交差点にバリケードを築き、警戒網を敷いている。全ては計画通りだった。
この壮大な偽りのクーデターは、複数の舞台で同時に進行していた。

第一の舞台は、王都城門前。
「押し返せ! ヴァルハイトの犬どもを、一歩たりとも通すな!」
カイウス王子は自ら最前線に立ち、炎の剣を振って兵士たちを鼓舞していた。その顔には国を守るという強い決意と、日に日に増していく帝国の闇への苦悩が浮かんでいる。彼の隣ではリリアナが聖なる光を放ち、負傷した兵士たちを癒やしていた。彼女もまた戦う聖女として、その覚悟を決めていた。
彼らにとってこれは正義と悪の戦い。その裏で自分たちが巨大な芝居の主役を演じさせられているとは、夢にも思っていない。
ゲオルグ兄上とベルトルト兄上は、そんな彼らと刃を交えながら、決して越えてはならない一線を巧みに維持していた。彼らの目的は勝利ではない。時間稼ぎと敵の目を引きつけることだ。

第二の舞台は、王宮内部。
「止まれ! ここから先は、皇帝陛下の御前なるぞ!」
「黙れ! 我らは君側の奸を討つために来た!」
父ジークフリート率いる精鋭部隊は、王宮の廊下で最後の抵抗を試みる近衛騎士たちと激しい戦闘を繰り広げていた。だが、これもまた計算された攻防だった。父の真の目的は玉座の間ではない。彼もまたこの戦闘で時間を稼ぎ、全ての黒幕が姿を現すのを静かに待っているのだ。

そして第三の、そして最も重要な舞台。
それは王宮の地下深くに存在する「始祖の祭壇」と、そこから繋がる秘密の通路だった。
俺の影分身は、光の鍵を手にして逃走する枢機卿アウグストゥスの一団を寸分違わず追跡していた。彼らは俺に追われているとは気づかず、急ぎ足で合流地点である王宮大聖堂を目指している。

俺、クロウとしての役割は、これらの全ての舞台を繋ぎ、物語を正しい結末へと導くこと。
俺は王宮の広大な庭園に音もなく降り立った。ここからはセラが率いる部隊の支援はない。俺と俺の影だけが頼りだ。
俺の目的地は、父や兄たちとは違う。玉座の間でも城門でもない。
アウグストゥスが向かうであろう王宮大聖堂。
そして、その先にあるであろう真の決戦の場だ。
俺は庭園の木々の影を渡り、警備の騎士たちの目を潜り抜けながら大聖堂へと続く裏道を進んだ。
父の計画では、俺は始祖の祭壇で蛇を待ち伏せるはずだった。だが、俺はあえて彼らを逃がした。なぜなら蛇の首魁はアウグストゥス一人ではないと俺は読んでいたからだ。彼らは必ずどこかで合流する。その場所こそが奴らの真の巣穴。そこを叩かなければこの戦いは終わらない。

俺が、大聖堂の裏手にある小さな礼拝堂の屋根にたどり着いた時だった。
俺の影分身から新たな情報がもたらされた。
アウグストゥスの一団が、ついに合流を果たしたのだ。
合流場所は、大聖堂の地下にある古いカタコンベ(地下墓地)。そして、そこに彼らを待っていた人物の姿を俺の影の目ははっきりと捉えていた。
その人物を見た瞬間、俺の全身に怒りとも絶望ともつかない激しい戦慄が走った。
(……やはり、お前だったのか)
父が最も警戒し、そして俺自身もまた最悪の可能性として予測していた人物。
帝国の宰相、ゲルハルト・フォン・アトウッド。
常に皇帝の側に控え、温厚な笑みを浮かべ、誰からも信頼される老政治家。カイウスでさえ彼を師と仰いでいた。
その彼が今、アウグストゥスと固い握手を交わし、その顔に帝国の全てを嘲笑うかのような冷酷な笑みを浮かべていたのだ。
「ご苦労だったな、枢機卿。これで、『鍵』は二つとも我らの手に揃った」
宰相の声は、俺が知るあの穏やかな声とは似ても似つかない、底冷えのするような響きを持っていた。
彼の後ろには、ヴォルグ亡き後の「黒曜石の牙」を率いる新たな幹部たちの姿もあった。
ここが蛇の巣の中心。
「ジークフリートめ、まんまと我らの罠にかかったわ。奴が玉座の間で皇帝と茶番を演じている間に、我々は『遺産』を手に入れ、この国の真の王となるのだ」
宰相はアウグストゥスから光の鍵を受け取ると、懐からもう一つの鍵を取り出した。黒く禍々しい気を放つ、『闇の鍵』。
(……まさか!)
父が、ヴァルハイト家が命懸けで守ってきたはずの闇の鍵が、なぜ宰相の手に?
答えは一つしかない。
父の最も信頼する側近の中に裏切り者がいたのだ。クーデター計画の全てが筒抜けだった。父の壮大な芝居は、その幕が上がる前から敵に見抜かれていた。
父は罠を仕掛けたつもりで、より巨大な罠の真ん中へと自ら足を踏み入れてしまったのだ。
「……まずい」
俺は仮面の下で唇を噛み締めた。
状況は俺の、そして父の想定を最悪の形で超えようとしている。
俺は屋根の上から飛び降りた。
もはや悠長に事を運んでいる時間はない。
父に、兄たちに、そしてカイウスにこの危機を伝えなければ。
だが、その前に俺がやるべきことがある。
俺は大聖idãoの地下へと続く隠された入り口へと全速力で向かった。
これから始まるのはもはや芝居ではない。
帝国の存亡を懸けた真の死闘だ。
そして、その戦いの鍵を握るのはもはや父でもカイウスでもない。
この俺、ただ一人なのだと俺は自覚していた。
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