88 / 100
第八十八話 父の覚悟
しおりを挟む
魔人へと変貌を遂げた宰相ゲルハルト。その姿は、もはやかつての温厚な老政治家の面影を微塵も残していなかった。全身から放たれる圧倒的なプレッシャーは先ほどまでとは比較にならないほど濃密で、ただそこにいるだけで空間が歪むかのようだ。
「グオオオ……殺ス……! 全テ……殺ス!」
魔人の口から漏れるのはもはや言葉ではない、ただの破壊衝動の羅列。その濁った赤い両目が、憎悪の対象である俺たちヴァルハイトの一族を捉えた。
次の瞬間、魔人の姿が掻き消えた。
「なっ……!?」
俺が反応するよりも早く、凄まじい衝撃が俺の体を襲った。俺はまるで巨人に殴り飛ばされたかのように壁まで吹き飛ばされ、激しく叩きつけられた。
「ぐっ……は……!」
口から血の塊がこぼれる。全身の骨が軋み、視界が明滅した。一撃。たった一撃で、俺は戦闘不能寸前にまで追い込まれた。
「アレン!」
兄たちの悲痛な叫びが聞こえる。
魔人は倒れた俺に追撃を加えようと、その巨大な鉤爪を振り上げた。
だが、その一撃が俺に届くことはなかった。
「――貴様の相手は、この俺だ!」
父ジークフリートが、俺と魔人の間に壁となって立ちはだかっていた。その手にはヴァルハイト家に代々伝わる、黒いオーラを放つ魔剣が握られている。
「父上!」
「退がっていろ、アレン。こいつは……俺がケリをつける」
父の背中は満身創痍のはずなのに、山のように大きく、そして頼もしく見えた。その瞳には、ヴァルハイト家の当主として、そして一人の父として息子たちを守り抜くという、揺るぎない覚悟の炎が燃えていた。
魔人は新たな獲物を見つけたかのように、その濁った目を父に向けた。
「ジークフリート……! 貴様ダケハ……コノ手デ、八ツ裂キニ……!」
二人の宿敵が、ついに直接対峙する。
戦いの火蓋は、魔人の突進によって切られた。人ならざる速度で迫り来る巨体に、父は一歩も引かなかった。
キィィィィンッ!
魔人の鉤爪と父の魔剣が激突し、甲高い金属音と激しい火花が散った。
拮抗。
魔人化した宰相の人外のパワーと、父ジークフリートの長年の修練によって培われた極致の剣技が、互角に渡り合っていた。
「おおおおおっ!」
父は雄叫びを上げ、魔剣に闇の魔力をさらに注ぎ込む。剣から放たれる黒いオーラが魔人の邪悪な瘴気とぶつかり合い、玉座の間を激しく震わせた。
ゲオルグとベルトルトが父を援護しようと動き出す。だが、父はそれを鋭い一喝で制した。
「手を出すな! これは俺と奴との一騎討ちだ!」
その言葉は、ただの意地やプライドではなかった。彼は分かっていたのだ。魔人が放つ余波はあまりにも危険すぎる。息子たちをこれ以上この戦いに巻き込ませたくない。その不器用な親心だった。
俺は壁に寄りかかりながらセラに肩を支えられ、二人の死闘をただ見つめることしかできなかった。
戦いは、熾烈を極めた。
魔人はその再生能力を武器に、傷を負うことも厭わず嵐のような攻撃を繰り返す。対する父は、歴戦の経験でその攻撃を冷静に見切り、的確なカウンターを叩き込んでいく。
一進一退。互角の戦い。
だが、俺には分かっていた。このままではいずれ父が押し負ける、と。
父の魔力と体力は有限だ。これまでの戦闘で、すでに限界近くまで消耗している。対する魔人は、破壊された魔城の残骸から未だに邪悪なエネルギーを吸収し続けている。その力は尽きることがない。
案の定、徐々に父の動きに乱れが生じ始めた。剣で受け流しきれなかった一撃が、その肩を深く抉る。
「ぐっ……!」
父の膝が、わずかに揺らぐ。
魔人はその好機を見逃さなかった。
「終ワリダ、ジークフリートォォォッ!」
魔人は勝利を確信した咆哮を上げ、その全パワーを込めた渾身の一撃を、父のがら空きになった胴体へと叩き込もうとした。
誰もが父の敗北を、そして死を覚悟した。
だが、俺だけは諦めていなかった。
(……間に合え……!)
俺は最後の力を振り絞り、自分の影にありったけの魔力を注ぎ込んだ。
俺がやろうとしているのは、禁書に記されていた影魔法の究極の奥義。それは俺自身の命さえも削りかねない、危険な賭けだった。
だが、もうそれしか残されていなかった。
俺の心臓が大きく脈打つ。
父を守りたい。
兄たちを、セラを、そしてあの聖女さえも。
俺が手に入れた、この世界でのささやかな絆を。
その強い願いが、俺の魔力を限界の先へと押し上げた。
「――領域展開」
俺は静かに、しかしはっきりとその言葉を紡いだ。
「『影ノ領域(シャドウ・テリトリー)』」
次の瞬間。
玉座の間から光が消えた。
いや、光が消えたのではない。
俺の足元から広がった絶対的な闇が、光も音も空間そのものさえも、全てを飲み込んでいったのだ。
玉座の間は、もはや玉座の間ではなかった。
そこは、どこまでも続く漆黒の闇の世界。
そして、その世界の唯一の法則、唯一の神。
それは、この俺、アレン・フォン・ヴァルハイトだった。
「グオオオ……殺ス……! 全テ……殺ス!」
魔人の口から漏れるのはもはや言葉ではない、ただの破壊衝動の羅列。その濁った赤い両目が、憎悪の対象である俺たちヴァルハイトの一族を捉えた。
次の瞬間、魔人の姿が掻き消えた。
「なっ……!?」
俺が反応するよりも早く、凄まじい衝撃が俺の体を襲った。俺はまるで巨人に殴り飛ばされたかのように壁まで吹き飛ばされ、激しく叩きつけられた。
「ぐっ……は……!」
口から血の塊がこぼれる。全身の骨が軋み、視界が明滅した。一撃。たった一撃で、俺は戦闘不能寸前にまで追い込まれた。
「アレン!」
兄たちの悲痛な叫びが聞こえる。
魔人は倒れた俺に追撃を加えようと、その巨大な鉤爪を振り上げた。
だが、その一撃が俺に届くことはなかった。
「――貴様の相手は、この俺だ!」
父ジークフリートが、俺と魔人の間に壁となって立ちはだかっていた。その手にはヴァルハイト家に代々伝わる、黒いオーラを放つ魔剣が握られている。
「父上!」
「退がっていろ、アレン。こいつは……俺がケリをつける」
父の背中は満身創痍のはずなのに、山のように大きく、そして頼もしく見えた。その瞳には、ヴァルハイト家の当主として、そして一人の父として息子たちを守り抜くという、揺るぎない覚悟の炎が燃えていた。
魔人は新たな獲物を見つけたかのように、その濁った目を父に向けた。
「ジークフリート……! 貴様ダケハ……コノ手デ、八ツ裂キニ……!」
二人の宿敵が、ついに直接対峙する。
戦いの火蓋は、魔人の突進によって切られた。人ならざる速度で迫り来る巨体に、父は一歩も引かなかった。
キィィィィンッ!
魔人の鉤爪と父の魔剣が激突し、甲高い金属音と激しい火花が散った。
拮抗。
魔人化した宰相の人外のパワーと、父ジークフリートの長年の修練によって培われた極致の剣技が、互角に渡り合っていた。
「おおおおおっ!」
父は雄叫びを上げ、魔剣に闇の魔力をさらに注ぎ込む。剣から放たれる黒いオーラが魔人の邪悪な瘴気とぶつかり合い、玉座の間を激しく震わせた。
ゲオルグとベルトルトが父を援護しようと動き出す。だが、父はそれを鋭い一喝で制した。
「手を出すな! これは俺と奴との一騎討ちだ!」
その言葉は、ただの意地やプライドではなかった。彼は分かっていたのだ。魔人が放つ余波はあまりにも危険すぎる。息子たちをこれ以上この戦いに巻き込ませたくない。その不器用な親心だった。
俺は壁に寄りかかりながらセラに肩を支えられ、二人の死闘をただ見つめることしかできなかった。
戦いは、熾烈を極めた。
魔人はその再生能力を武器に、傷を負うことも厭わず嵐のような攻撃を繰り返す。対する父は、歴戦の経験でその攻撃を冷静に見切り、的確なカウンターを叩き込んでいく。
一進一退。互角の戦い。
だが、俺には分かっていた。このままではいずれ父が押し負ける、と。
父の魔力と体力は有限だ。これまでの戦闘で、すでに限界近くまで消耗している。対する魔人は、破壊された魔城の残骸から未だに邪悪なエネルギーを吸収し続けている。その力は尽きることがない。
案の定、徐々に父の動きに乱れが生じ始めた。剣で受け流しきれなかった一撃が、その肩を深く抉る。
「ぐっ……!」
父の膝が、わずかに揺らぐ。
魔人はその好機を見逃さなかった。
「終ワリダ、ジークフリートォォォッ!」
魔人は勝利を確信した咆哮を上げ、その全パワーを込めた渾身の一撃を、父のがら空きになった胴体へと叩き込もうとした。
誰もが父の敗北を、そして死を覚悟した。
だが、俺だけは諦めていなかった。
(……間に合え……!)
俺は最後の力を振り絞り、自分の影にありったけの魔力を注ぎ込んだ。
俺がやろうとしているのは、禁書に記されていた影魔法の究極の奥義。それは俺自身の命さえも削りかねない、危険な賭けだった。
だが、もうそれしか残されていなかった。
俺の心臓が大きく脈打つ。
父を守りたい。
兄たちを、セラを、そしてあの聖女さえも。
俺が手に入れた、この世界でのささやかな絆を。
その強い願いが、俺の魔力を限界の先へと押し上げた。
「――領域展開」
俺は静かに、しかしはっきりとその言葉を紡いだ。
「『影ノ領域(シャドウ・テリトリー)』」
次の瞬間。
玉座の間から光が消えた。
いや、光が消えたのではない。
俺の足元から広がった絶対的な闇が、光も音も空間そのものさえも、全てを飲み込んでいったのだ。
玉座の間は、もはや玉座の間ではなかった。
そこは、どこまでも続く漆黒の闇の世界。
そして、その世界の唯一の法則、唯一の神。
それは、この俺、アレン・フォン・ヴァルハイトだった。
11
あなたにおすすめの小説
ザコ魔法使いの僕がダンジョンで1人ぼっち!魔獣に襲われても石化した僕は無敵状態!経験値が溜まり続けて気づいた時には最強魔導士に!?
さかいおさむ
ファンタジー
戦士は【スキル】と呼ばれる能力を持っている。
僕はスキルレベル1のザコ魔法使いだ。
そんな僕がある日、ダンジョン攻略に向かう戦士団に入ることに……
パーティに置いていかれ僕は1人ダンジョンに取り残される。
全身ケガだらけでもう助からないだろう……
諦めたその時、手に入れた宝を装備すると無敵の石化状態に!?
頑張って攻撃してくる魔獣には申し訳ないがダメージは皆無。経験値だけが溜まっていく。
気づけば全魔法がレベル100!?
そろそろ反撃開始してもいいですか?
内気な最強魔法使いの僕が美女たちと冒険しながら人助け!
学生学園長の悪役貴族に転生したので破滅フラグ回避がてらに好き勝手に学校を魔改造にしまくったら生徒たちから好かれまくった
竜頭蛇
ファンタジー
俺はある日、何の予兆もなくゲームの悪役貴族──マウント・ボンボンに転生した。
やがて主人公に成敗されて死ぬ破滅エンドになることを思い出した俺は破滅を避けるために自分の学園長兼学生という立場をフル活用することを決意する。
それからやりたい放題しつつ、主人公のヘイトを避けているといつ間にかヒロインと学生たちからの好感度が上がり、グレートティーチャーと化していた。
うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~
志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」
この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。
父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。
ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。
今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。
その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。
さんざん馬鹿にされてきた最弱精霊使いですが、剣一本で魔物を倒し続けたらパートナーが最強の『大精霊』に進化したので逆襲を始めます。
ヒツキノドカ
ファンタジー
誰もがパートナーの精霊を持つウィスティリア王国。
そこでは精霊によって人生が決まり、また身分の高いものほど強い精霊を宿すといわれている。
しかし第二王子シグは最弱の精霊を宿して生まれたために王家を追放されてしまう。
身分を剥奪されたシグは冒険者になり、剣一本で魔物を倒して生計を立てるようになる。しかしそこでも精霊の弱さから見下された。ひどい時は他の冒険者に襲われこともあった。
そんな生活がしばらく続いたある日――今までの苦労が報われ精霊が進化。
姿は美しい白髪の少女に。
伝説の大精霊となり、『天候にまつわる全属性使用可』という規格外の能力を得たクゥは、「今まで育ててくれた恩返しがしたい!」と懐きまくってくる。
最強の相棒を手に入れたシグは、今まで自分を見下してきた人間たちを見返すことを決意するのだった。
ーーーーーー
ーーー
閲覧、お気に入り登録、感想等いつもありがとうございます。とても励みになります!
※2020.6.8お陰様でHOTランキングに載ることができました。ご愛読感謝!
素材ガチャで【合成マスター】スキルを獲得したので、世界最強の探索者を目指します。
名無し
ファンタジー
学園『ホライズン』でいじめられっ子の生徒、G級探索者の白石優也。いつものように不良たちに虐げられていたが、勇気を出してやり返すことに成功する。その勢いで、近隣に出没したモンスター討伐に立候補した優也。その選択が彼の運命を大きく変えていくことになるのであった。
悪役貴族に転生したから破滅しないように努力するけど上手くいかない!~努力が足りない?なら足りるまで努力する~
蜂谷
ファンタジー
社畜の俺は気が付いたら知らない男の子になっていた。
情報をまとめるとどうやら子供の頃に見たアニメ、ロイヤルヒーローの序盤で出てきた悪役、レオス・ヴィダールの幼少期に転生してしまったようだ。
アニメ自体は子供の頃だったのでよく覚えていないが、なぜかこいつのことはよく覚えている。
物語の序盤で悪魔を召喚させ、学園をめちゃくちゃにする。
それを主人公たちが倒し、レオスは学園を追放される。
その後領地で幽閉に近い謹慎を受けていたのだが、悪魔教に目を付けられ攫われる。
そしてその体を魔改造されて終盤のボスとして主人公に立ちふさがる。
それもヒロインの聖魔法によって倒され、彼の人生の幕は閉じる。
これが、悪役転生ってことか。
特に描写はなかったけど、こいつも怠惰で堕落した生活を送っていたに違いない。
あの肥満体だ、運動もろくにしていないだろう。
これは努力すれば眠れる才能が開花し、死亡フラグを回避できるのでは?
そう考えた俺は執事のカモールに頼み込み訓練を開始する。
偏った考えで領地を無駄に統治してる親を説得し、健全で善人な人生を歩もう。
一つ一つ努力していけば、きっと開かれる未来は輝いているに違いない。
そう思っていたんだけど、俺、弱くない?
希少属性である闇魔法に目覚めたのはよかったけど、攻撃力に乏しい。
剣術もそこそこ程度、全然達人のようにうまくならない。
おまけに俺はなにもしてないのに悪魔が召喚がされている!?
俺の前途多難な転生人生が始まったのだった。
※カクヨム、なろうでも掲載しています。
【薬師向けスキルで世界最強!】追放された闘神の息子は、戦闘能力マイナスのゴミスキル《植物王》を究極進化させて史上最強の英雄に成り上がる!
こはるんるん
ファンタジー
「アッシュ、お前には完全に失望した。もう俺の跡目を継ぐ資格は無い。追放だ!」
主人公アッシュは、世界最強の冒険者ギルド【神喰らう蛇】のギルドマスターの息子として活躍していた。しかし、筋力のステータスが80%も低下する外れスキル【植物王(ドルイドキング)】に覚醒したことから、理不尽にも父親から追放を宣言される。
しかし、アッシュは襲われていたエルフの王女を助けたことから、史上最強の武器【世界樹の剣】を手に入れる。この剣は天界にある世界樹から作られた武器であり、『植物を支配する神スキル』【植物王】を持つアッシュにしか使いこなすことができなかった。
「エルフの王女コレットは、掟により、こ、これよりアッシュ様のつ、つつつ、妻として、お仕えさせていただきます。どうかエルフ王となり、王家にアッシュ様の血を取り入れる栄誉をお与えください!」
さらにエルフの王女から結婚して欲しい、エルフ王になって欲しいと追いかけまわされ、エルフ王国の内乱を治めることになる。さらには神獣フェンリルから忠誠を誓われる。
そんな彼の前には、父親やかつての仲間が敵として立ちはだかる。(だが【神喰らう蛇】はやがてアッシュに敗れて、あえなく没落する)
かくして、後に闘神と呼ばれることになる少年の戦いが幕を開けた……!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる