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第八十九話 限界を超えて
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俺が『影ノ領域(シャドウ・テリトリー)』を展開した瞬間、玉座の間は絶対的な闇と静寂に包まれた。それは物理的な闇ではない。俺の魔力によって構築された、現実世界から切り離された異界。この領域内では、俺の意思が世界の法則となる。
「……何だ、ここは……!?」
魔人と化した宰相が、初めて狼狽の声を上げた。彼の濁った赤い瞳が、ありえないものを見るように周囲の無限の闇を見回している。彼の力の源であった魔城との繋がりが、完全に断ち切られたのだ。
父も兄たちも、そしてカイウスたちも、この超常現象に息を呑んでいた。彼らの目に映るのはただ漆黒の闇だけ。だが、その中で唯一、俺の姿だけがまるで闇そのものが人の形をとったかのように静かに浮かび上がっていた。
俺の体からは黒いオーラが立ち上り、銀色の髪は闇に溶けるように揺らめいている。その両目はもはや人間のそれではない、闇よりも深い虚無の色をしていた。
(……これが、影魔法の真髄……)
俺の意識は、この領域内の全ての「影」と繋がっていた。父の影、兄の影、敵の影、瓦礫の影。その全てが俺の手足の延長となっていた。全能感にも似た凄まじい力が、俺の体を満たしていく。
だが、その代償はあまりにも大きかった。
俺の生命力が魔力へと変換され、凄まじい速度で削り取られていくのが分かった。この領域を維持できるのは、おそらくほんの数分。それを過ぎれば、俺の存在そのものがこの闇に飲み込まれて消滅するだろう。
短期決戦。
俺は思考を切り捨て、行動に移した。
「――まずは、貴様からだ」
俺の視線が、魔人へと注がれる。
次の瞬間、魔人の足元の影から無数の黒い触手が突き出し、その巨体に絡みついた。
「グッ……!? 離せ!」
魔人はその怪力で触手を引きちぎろうとする。だが、触手はちぎれるそばから次々と再生し、その拘束を強めていく。この領域内では、俺の影は無限なのだ。
「アレン……!」
父が俺の名を呼んだ。その声には驚愕と、そして息子が禁断の力に手を出したことへの深い憂いが込められていた。
俺は父に視線を移した。
「父上。兄上たちも。……後は俺に任せてください」
俺の声は、もはや俺自身のものとは思えないほど冷たく、そしてどこか非人間的な響きを持っていた。
俺は右手をゆっくりと上げた。すると領域内の闇が、俺の意思に応えるように蠢き、無数の武器の形を成し始めた。剣、槍、斧、弓矢。その全てが影で作られた黒い凶器。
「――百鬼夜行」
俺が呟くと、数千、数万という影の武器が、一斉に魔人へと襲いかかった。
それはもはや戦闘ではなかった。一方的な、暴力の嵐。
魔人は悲鳴を上げながら、その身を襲う無数の刃に切り刻まれていく。再生能力が破壊の速度に全く追いついていない。
その光景はあまりにもおぞましく、そして神々しくさえあった。
カイウスもリリアーナも、ただ呆然とその光景を見つめることしかできなかった。彼らが信じてきた「魔法」という概念が、根底から覆されるような異次元の戦い。
(……これで、終わりだ)
俺は魔人が完全に塵と化すまで攻撃を続けようとした。
だが、その時。
俺の心臓が大きく、軋むように痛んだ。
「ぐ……っ!」
視界が一瞬だけ真っ白に染まる。全身から力が抜けていく。
生命力の使いすぎだ。この領域の維持が、俺の魂そのものを削り始めている。
俺の魔力がわずかに揺らいだ。その瞬間を魔人は見逃さなかった。
「……見ツケタゾ……! 貴様ノ弱点……!」
ボロボロになりながらも、魔人は最後の力を振り絞り俺を睨みつけた。
「……ソノ力ハ……貴様自身ヲモ……蝕ム……!」
魔人は俺への直接攻撃を諦めた。代わりに彼は、この領域内にいる俺以外の「光」へと狙いを定めた。
リリアーナ・フォン・シルフィード。
魔人は拘束を無理やり引きちぎると、一直線に聖女の元へと突進した。
「しまっ……!」
俺は咄嗟に影の壁で彼女を守ろうとする。だが魔力の消耗が激しく、壁の生成が間に合わない。
リリアーナは迫り来る巨大な悪魔を前に、恐怖に身を竦ませるだけだった。
誰もが聖女の死を覚悟した。
その絶望的な瞬間。
父ジークフリートが、ゲオルグが、ベルトルトが、そしてセラが。
俺の家族が、リリアーナを守るための最後の壁となって魔人の前に立ちはだかった。
「行かせるか!」
父の魔剣が魔人の腕を弾く。
「俺の弟の戦いを、邪魔させるな!」
ゲオルグの戦斧が魔人の足を砕く。
「――塵芥が」
ベルトルトの魔法が魔人の視界を奪う。
そして、セラの短剣が魔人の背中の急所を深く抉った。
彼らは俺が領域を展開している間に、傷ついた体を必死に立て直し、この一瞬のために全ての力を温存していたのだ。
彼らの命を懸けた連携。
それは魔人の突進をわずか数秒、食い止めた。
だが、その数秒が俺にとって全てだった。
「……ありがとう」
俺は家族に向かって静かに呟いた。
そして、全ての生命力、全ての魂を最後の一撃に注ぎ込んだ。
俺の背後に、巨大な闇そのものを凝縮したかのような一体の「影の巨人」が、その姿を現した。
それは俺の怒り、悲しみ、そして守りたいという願い、その全てが形となった俺自身の化身。
影の巨人は、その巨大な腕をゆっくりと振り上げた。
そして俺の最後の命令と共に、その拳を魔人へと振り下ろした。
「――消えろ」
「……何だ、ここは……!?」
魔人と化した宰相が、初めて狼狽の声を上げた。彼の濁った赤い瞳が、ありえないものを見るように周囲の無限の闇を見回している。彼の力の源であった魔城との繋がりが、完全に断ち切られたのだ。
父も兄たちも、そしてカイウスたちも、この超常現象に息を呑んでいた。彼らの目に映るのはただ漆黒の闇だけ。だが、その中で唯一、俺の姿だけがまるで闇そのものが人の形をとったかのように静かに浮かび上がっていた。
俺の体からは黒いオーラが立ち上り、銀色の髪は闇に溶けるように揺らめいている。その両目はもはや人間のそれではない、闇よりも深い虚無の色をしていた。
(……これが、影魔法の真髄……)
俺の意識は、この領域内の全ての「影」と繋がっていた。父の影、兄の影、敵の影、瓦礫の影。その全てが俺の手足の延長となっていた。全能感にも似た凄まじい力が、俺の体を満たしていく。
だが、その代償はあまりにも大きかった。
俺の生命力が魔力へと変換され、凄まじい速度で削り取られていくのが分かった。この領域を維持できるのは、おそらくほんの数分。それを過ぎれば、俺の存在そのものがこの闇に飲み込まれて消滅するだろう。
短期決戦。
俺は思考を切り捨て、行動に移した。
「――まずは、貴様からだ」
俺の視線が、魔人へと注がれる。
次の瞬間、魔人の足元の影から無数の黒い触手が突き出し、その巨体に絡みついた。
「グッ……!? 離せ!」
魔人はその怪力で触手を引きちぎろうとする。だが、触手はちぎれるそばから次々と再生し、その拘束を強めていく。この領域内では、俺の影は無限なのだ。
「アレン……!」
父が俺の名を呼んだ。その声には驚愕と、そして息子が禁断の力に手を出したことへの深い憂いが込められていた。
俺は父に視線を移した。
「父上。兄上たちも。……後は俺に任せてください」
俺の声は、もはや俺自身のものとは思えないほど冷たく、そしてどこか非人間的な響きを持っていた。
俺は右手をゆっくりと上げた。すると領域内の闇が、俺の意思に応えるように蠢き、無数の武器の形を成し始めた。剣、槍、斧、弓矢。その全てが影で作られた黒い凶器。
「――百鬼夜行」
俺が呟くと、数千、数万という影の武器が、一斉に魔人へと襲いかかった。
それはもはや戦闘ではなかった。一方的な、暴力の嵐。
魔人は悲鳴を上げながら、その身を襲う無数の刃に切り刻まれていく。再生能力が破壊の速度に全く追いついていない。
その光景はあまりにもおぞましく、そして神々しくさえあった。
カイウスもリリアーナも、ただ呆然とその光景を見つめることしかできなかった。彼らが信じてきた「魔法」という概念が、根底から覆されるような異次元の戦い。
(……これで、終わりだ)
俺は魔人が完全に塵と化すまで攻撃を続けようとした。
だが、その時。
俺の心臓が大きく、軋むように痛んだ。
「ぐ……っ!」
視界が一瞬だけ真っ白に染まる。全身から力が抜けていく。
生命力の使いすぎだ。この領域の維持が、俺の魂そのものを削り始めている。
俺の魔力がわずかに揺らいだ。その瞬間を魔人は見逃さなかった。
「……見ツケタゾ……! 貴様ノ弱点……!」
ボロボロになりながらも、魔人は最後の力を振り絞り俺を睨みつけた。
「……ソノ力ハ……貴様自身ヲモ……蝕ム……!」
魔人は俺への直接攻撃を諦めた。代わりに彼は、この領域内にいる俺以外の「光」へと狙いを定めた。
リリアーナ・フォン・シルフィード。
魔人は拘束を無理やり引きちぎると、一直線に聖女の元へと突進した。
「しまっ……!」
俺は咄嗟に影の壁で彼女を守ろうとする。だが魔力の消耗が激しく、壁の生成が間に合わない。
リリアーナは迫り来る巨大な悪魔を前に、恐怖に身を竦ませるだけだった。
誰もが聖女の死を覚悟した。
その絶望的な瞬間。
父ジークフリートが、ゲオルグが、ベルトルトが、そしてセラが。
俺の家族が、リリアーナを守るための最後の壁となって魔人の前に立ちはだかった。
「行かせるか!」
父の魔剣が魔人の腕を弾く。
「俺の弟の戦いを、邪魔させるな!」
ゲオルグの戦斧が魔人の足を砕く。
「――塵芥が」
ベルトルトの魔法が魔人の視界を奪う。
そして、セラの短剣が魔人の背中の急所を深く抉った。
彼らは俺が領域を展開している間に、傷ついた体を必死に立て直し、この一瞬のために全ての力を温存していたのだ。
彼らの命を懸けた連携。
それは魔人の突進をわずか数秒、食い止めた。
だが、その数秒が俺にとって全てだった。
「……ありがとう」
俺は家族に向かって静かに呟いた。
そして、全ての生命力、全ての魂を最後の一撃に注ぎ込んだ。
俺の背後に、巨大な闇そのものを凝縮したかのような一体の「影の巨人」が、その姿を現した。
それは俺の怒り、悲しみ、そして守りたいという願い、その全てが形となった俺自身の化身。
影の巨人は、その巨大な腕をゆっくりと振り上げた。
そして俺の最後の命令と共に、その拳を魔人へと振り下ろした。
「――消えろ」
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