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第十四話 穢れの源泉
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証明してみせろ。
氷のように冷たいシルフィの言葉は、しかし俺の心を逆撫でするものではなかった。彼女の声には、悲痛な響きが混じっていたからだ。彼女はこの森を、たった一人で守ろうとしている。その必死さが伝わってきた。
「証明、か。具体的にどうすればいい?」
俺がそう問い返すと、シルフィは少し意外そうな顔をした。すぐに追い返されるか、あるいは力ずくで来ると思っていたのだろう。
彼女はしばらく黙考した後、泉から少し離れた場所を指さした。
「……あそこを見ろ」
彼女が指した先は、森の一部が黒く変色し、植物が枯れ上がっている一角だった。周囲の生命力に満ちた光景とは対照的に、そこだけが死の世界のように淀んでいる。
「これは『穢れ』。魔物が放つ瘴気が土地を汚染したものだ。私の精霊魔法で浄化を試みているが、浄化するそばから、またどこからか湧き出てくる。まるで底なしの沼だ」
その言葉には、深い疲労と諦めが滲んでいた。
「もしお前が、本当にこの森を荒らすつもりがないというのなら、この穢れの根を断ってみせろ。そうすれば、お前の言葉を信じてやってもいい」
それは、ほとんど無理難題に等しい要求だった。彼女自身が長年手を焼いている問題を、今日初めて来た俺が解決できるはずがない。そう高を括っているのだろう。
だが、俺には【神の眼】がある。
「分かった。やってみよう」
俺の即答に、シルフィは再び驚きの色を見せた。俺は彼女の反応を気にせず、黒く汚染された土地へと足を踏み入れた。足元の土は力を失い、乾いてひび割れている。
俺は右目に意識を集中させ、広範囲スキャンを発動した。
【神の眼】が、この土地の構造を、魔力の流れを、そして穢れの正体を暴き出していく。
視界に、無数の情報が流れ込んでくる。
シルフィが言うように、地表には魔物の瘴気が残留している。だが、それはあくまで結果に過ぎない。本当の原因は、もっと深い場所にあった。
「……なるほどな」
俺は汚染の中心に立ち、呟いた。
「シルフィ、あんたのやり方は間違っている。これの原因は、地表の魔物じゃない」
「何だと? 知ったような口を……」
「この穢れは、地下から湧き出している。それも、ただの瘴気じゃない。歪んだ魔力が、この土地の生命力を直接吸い上げているんだ。地面に塗り薬を塗っても、体内の病気は治らないだろう? それと同じだ」
俺の言葉に、シルフィは息を呑んだ。彼女も、うすうすとは気づいていたのかもしれない。地表をいくら浄化しても解決しない根本的な違和感の正体を、俺がいとも簡単に見抜いたことに衝撃を受けている。
「……お前には、それが見えるというのか」
「ああ。そして、その源泉の場所も分かる。地下十メートル。ここに、歪んだ魔力を溜め込む『悪性の魔晶』を生成する、特殊な魔物が巣食っている」
俺は地面の一点を、ダガーの切っ先で示した。
シルフィは俺が示した場所と、俺の顔を交互に見つめていた。その翡翠色の瞳には、疑念と、そしてわずかな期待の色が揺らめいていた。
「……もし、お前の言うことが偽りであったなら」
「その時は、あんたの矢を甘んじて受けよう」
俺がそう言い切ると、彼女は静かに頷いた。
「分かった。お前に賭けてみよう。どうすればいい?」
「力を貸してほしい。俺が地面に穴を開ける。あんたは、俺たちが地下に降りるための道を精霊魔法で作ってくれ」
シルフィは驚いたようだったが、すぐに頷いた。
俺は【神の眼】で地盤の最も脆い部分を見つけ出し、そこにありったけの魔力を込めてダガーを突き立てた。習得した地属性の初級魔法『アースピラー』を応用し、地面を穿つ。
轟音と共に地面が陥没し、暗い縦穴が現れた。
すかさず、シルフィが詠唱を始める。
「古き木の根よ、我らが道を示せ」
彼女の呼びかけに応え、穴の周囲の木の根が生き物のように蠢き、らせん状の階段を形成していった。
「すごいな」
「感心している暇はない。行くぞ」
シルフィは俺を促し、自ら先に木の根の階段を下りていく。俺とフェンも、その後に続いた。
地下は、湿った土とカビの匂いで満ちていた。
そして、奥へ進むほどに、肌を刺すような邪悪な気配が濃くなっていく。
やがて俺たちは、洞窟の最奥にある広大な空間にたどり着いた。
そこに、それはいた。
巨大な芋虫のような体に、無数の触手を生やした醜悪な魔物。その体の中心部には、黒く脈動する巨大な水晶体が埋め込まれている。あれが『悪性の魔晶』だ。周囲の土地から吸い上げた生命力が、あの水晶に集められ、穢れた魔力へと変換されている。
【名前】ソイルワーム・マリス
【種族】魔蟲
【ランク】C+
【状態】生命力吸収中
【弱点】火属性、振動
【スキル】
・汚染粘液
・地中潜航
【攻略情報】
・本体の防御力は高いが、体内に埋め込まれた『悪性の魔晶』が絶対的な弱点。魔晶を破壊すれば、本体も崩壊する。
「あれが穢れの根源だ。あの水晶を破壊する」
俺が簡潔に作戦を告げると、シルフィは無言で弓を構えた。
俺たちの存在に気づいたソイルワームが、甲高い咆哮を上げて触手を振り回す。
「フェン、攪乱しろ!」
『ガウ!』
フェンが神速で駆け出し、ソイルワームの巨体の周りを駆け巡る。その素早い動きに、敵の注意が引きつけられた。
その隙に、シルフィが矢を放つ。
「風の精霊よ、我が矢を導け!」
放たれた矢は、風の力をまとって一直線に飛翔し、ソイルワームの硬い外殻に突き刺さった。だが、致命傷には至らない。
「くっ、硬い……!」
「水晶を狙え!」
ソイルワームが、口から汚染された粘液を吐き出してきた。俺はシルフィを庇うように前に出て、氷結魔法で氷の壁を作り出し、それを防ぐ。
「今だ、シルフィ!」
俺が作った一瞬の隙を、彼女は見逃さなかった。
「受けろ!」
彼女が放った次の一矢は、寸分の狂いもなく、黒い水晶体――悪性の魔晶に突き刺さった。
ピシリ、と魔晶に亀裂が入る。
「ギシャアアアアア!」
ソイルワームが、これまでとは比較にならない苦悶の絶叫を上げた。
だが、まだだ。とどめを刺す。
俺は最後の魔力を振り絞り、鋼鉄のダガーに炎の魔法をまとわせた。
「これで、終わりだ!」
フェンがソイルワームの足元に噛みつき、その動きを完全に止める。俺はその背中に飛び乗り、亀裂の入った魔晶めがけて、炎をまとったダガーを全力で突き立てた。
灼熱の刃が、脆くなった水晶を貫く。
パリン、と澄んだ破壊音が響き渡った。
悪性の魔晶が砕け散った瞬間、ソイルワームの巨体は急速に萎んでいき、やがて塵となって消え去った。
洞窟内に、静寂が戻る。
俺は荒い息をつきながら、隣に立つシルフィを見た。彼女もまた、息を切らせながら、呆然と魔物が消えた場所を見つめていた。
俺の言葉は、偽りではなかった。
そして俺たちは、二人と一匹の力で、彼女が長年苦しめられてきた穢れの根源を断ち切ったのだ。
シルフィはゆっくりと俺に顔を向けた。その翡翠色の瞳に浮かんでいたのは、もはや警戒や疑念ではなかった。
氷のように冷たいシルフィの言葉は、しかし俺の心を逆撫でするものではなかった。彼女の声には、悲痛な響きが混じっていたからだ。彼女はこの森を、たった一人で守ろうとしている。その必死さが伝わってきた。
「証明、か。具体的にどうすればいい?」
俺がそう問い返すと、シルフィは少し意外そうな顔をした。すぐに追い返されるか、あるいは力ずくで来ると思っていたのだろう。
彼女はしばらく黙考した後、泉から少し離れた場所を指さした。
「……あそこを見ろ」
彼女が指した先は、森の一部が黒く変色し、植物が枯れ上がっている一角だった。周囲の生命力に満ちた光景とは対照的に、そこだけが死の世界のように淀んでいる。
「これは『穢れ』。魔物が放つ瘴気が土地を汚染したものだ。私の精霊魔法で浄化を試みているが、浄化するそばから、またどこからか湧き出てくる。まるで底なしの沼だ」
その言葉には、深い疲労と諦めが滲んでいた。
「もしお前が、本当にこの森を荒らすつもりがないというのなら、この穢れの根を断ってみせろ。そうすれば、お前の言葉を信じてやってもいい」
それは、ほとんど無理難題に等しい要求だった。彼女自身が長年手を焼いている問題を、今日初めて来た俺が解決できるはずがない。そう高を括っているのだろう。
だが、俺には【神の眼】がある。
「分かった。やってみよう」
俺の即答に、シルフィは再び驚きの色を見せた。俺は彼女の反応を気にせず、黒く汚染された土地へと足を踏み入れた。足元の土は力を失い、乾いてひび割れている。
俺は右目に意識を集中させ、広範囲スキャンを発動した。
【神の眼】が、この土地の構造を、魔力の流れを、そして穢れの正体を暴き出していく。
視界に、無数の情報が流れ込んでくる。
シルフィが言うように、地表には魔物の瘴気が残留している。だが、それはあくまで結果に過ぎない。本当の原因は、もっと深い場所にあった。
「……なるほどな」
俺は汚染の中心に立ち、呟いた。
「シルフィ、あんたのやり方は間違っている。これの原因は、地表の魔物じゃない」
「何だと? 知ったような口を……」
「この穢れは、地下から湧き出している。それも、ただの瘴気じゃない。歪んだ魔力が、この土地の生命力を直接吸い上げているんだ。地面に塗り薬を塗っても、体内の病気は治らないだろう? それと同じだ」
俺の言葉に、シルフィは息を呑んだ。彼女も、うすうすとは気づいていたのかもしれない。地表をいくら浄化しても解決しない根本的な違和感の正体を、俺がいとも簡単に見抜いたことに衝撃を受けている。
「……お前には、それが見えるというのか」
「ああ。そして、その源泉の場所も分かる。地下十メートル。ここに、歪んだ魔力を溜め込む『悪性の魔晶』を生成する、特殊な魔物が巣食っている」
俺は地面の一点を、ダガーの切っ先で示した。
シルフィは俺が示した場所と、俺の顔を交互に見つめていた。その翡翠色の瞳には、疑念と、そしてわずかな期待の色が揺らめいていた。
「……もし、お前の言うことが偽りであったなら」
「その時は、あんたの矢を甘んじて受けよう」
俺がそう言い切ると、彼女は静かに頷いた。
「分かった。お前に賭けてみよう。どうすればいい?」
「力を貸してほしい。俺が地面に穴を開ける。あんたは、俺たちが地下に降りるための道を精霊魔法で作ってくれ」
シルフィは驚いたようだったが、すぐに頷いた。
俺は【神の眼】で地盤の最も脆い部分を見つけ出し、そこにありったけの魔力を込めてダガーを突き立てた。習得した地属性の初級魔法『アースピラー』を応用し、地面を穿つ。
轟音と共に地面が陥没し、暗い縦穴が現れた。
すかさず、シルフィが詠唱を始める。
「古き木の根よ、我らが道を示せ」
彼女の呼びかけに応え、穴の周囲の木の根が生き物のように蠢き、らせん状の階段を形成していった。
「すごいな」
「感心している暇はない。行くぞ」
シルフィは俺を促し、自ら先に木の根の階段を下りていく。俺とフェンも、その後に続いた。
地下は、湿った土とカビの匂いで満ちていた。
そして、奥へ進むほどに、肌を刺すような邪悪な気配が濃くなっていく。
やがて俺たちは、洞窟の最奥にある広大な空間にたどり着いた。
そこに、それはいた。
巨大な芋虫のような体に、無数の触手を生やした醜悪な魔物。その体の中心部には、黒く脈動する巨大な水晶体が埋め込まれている。あれが『悪性の魔晶』だ。周囲の土地から吸い上げた生命力が、あの水晶に集められ、穢れた魔力へと変換されている。
【名前】ソイルワーム・マリス
【種族】魔蟲
【ランク】C+
【状態】生命力吸収中
【弱点】火属性、振動
【スキル】
・汚染粘液
・地中潜航
【攻略情報】
・本体の防御力は高いが、体内に埋め込まれた『悪性の魔晶』が絶対的な弱点。魔晶を破壊すれば、本体も崩壊する。
「あれが穢れの根源だ。あの水晶を破壊する」
俺が簡潔に作戦を告げると、シルフィは無言で弓を構えた。
俺たちの存在に気づいたソイルワームが、甲高い咆哮を上げて触手を振り回す。
「フェン、攪乱しろ!」
『ガウ!』
フェンが神速で駆け出し、ソイルワームの巨体の周りを駆け巡る。その素早い動きに、敵の注意が引きつけられた。
その隙に、シルフィが矢を放つ。
「風の精霊よ、我が矢を導け!」
放たれた矢は、風の力をまとって一直線に飛翔し、ソイルワームの硬い外殻に突き刺さった。だが、致命傷には至らない。
「くっ、硬い……!」
「水晶を狙え!」
ソイルワームが、口から汚染された粘液を吐き出してきた。俺はシルフィを庇うように前に出て、氷結魔法で氷の壁を作り出し、それを防ぐ。
「今だ、シルフィ!」
俺が作った一瞬の隙を、彼女は見逃さなかった。
「受けろ!」
彼女が放った次の一矢は、寸分の狂いもなく、黒い水晶体――悪性の魔晶に突き刺さった。
ピシリ、と魔晶に亀裂が入る。
「ギシャアアアアア!」
ソイルワームが、これまでとは比較にならない苦悶の絶叫を上げた。
だが、まだだ。とどめを刺す。
俺は最後の魔力を振り絞り、鋼鉄のダガーに炎の魔法をまとわせた。
「これで、終わりだ!」
フェンがソイルワームの足元に噛みつき、その動きを完全に止める。俺はその背中に飛び乗り、亀裂の入った魔晶めがけて、炎をまとったダガーを全力で突き立てた。
灼熱の刃が、脆くなった水晶を貫く。
パリン、と澄んだ破壊音が響き渡った。
悪性の魔晶が砕け散った瞬間、ソイルワームの巨体は急速に萎んでいき、やがて塵となって消え去った。
洞窟内に、静寂が戻る。
俺は荒い息をつきながら、隣に立つシルフィを見た。彼女もまた、息を切らせながら、呆然と魔物が消えた場所を見つめていた。
俺の言葉は、偽りではなかった。
そして俺たちは、二人と一匹の力で、彼女が長年苦しめられてきた穢れの根源を断ち切ったのだ。
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