Sランクパーティーを追放された鑑定士の俺、実は『神の眼』を持ってました〜最神神獣と最強になったので、今さら戻ってこいと言われてももう遅い〜

夏見ナイ

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第十九話 逆さまの回廊

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星渡りの橋を渡り終えた俺たちが足を踏み入れたのは、奇妙な法則に支配された回廊だった。
そこでは、重力という概念がまるで子供のいたずらのように歪んでいた。まっすぐ進んでいるはずが、気づけば壁を歩いている。頭上に見えていた通路が、次の瞬間には足元になっている。上下左右の感覚が麻痺し、三半規管が悲鳴を上げた。

「くっ……なんだ、ここは。目が回る……」
シルフィは額を押さえ、ふらつきながら壁に手をついた。彼女ほどの平衡感覚を持つエルフでさえ、この異常な空間にはすぐには順応できないようだ。
『カイン、なんだかフワフワします』
フェンもまた、戸惑ったように足元を確かめながら歩いている。

「気をつけろ。これは、空間そのものにかけられた強力な魔法だ」
俺は【神の眼】を使い、この空間の法則性を読み解こうと試みた。視界には、複雑に絡み合った重力のベクトルが、無数の矢印となって表示されている。まるで、難解な数式を見ているようだ。

その時、回廊の奥から、数個の黒い球体がふわりと浮かび上がってきた。それは何の音も立てず、予測不能な軌道で空中を漂っている。
そして次の瞬間、その球体の一つから、不可視の何かが撃ち出された。俺のすぐ横の壁に当たったそれは、周囲の空間をぐにゃりと歪ませる。重力弾だ。

「敵かっ!」
シルフィが即座に弓を構える。だが、彼女が放った矢は、目標の手前で奇妙な軌道を描いて逸れてしまった。敵が放つ微弱な重力場が、矢の軌道を捻じ曲げたのだ。

【名前】グラビティ・スフィア
【種族】魔法生物
【ランク】C
【状態】浮遊、索敵
【弱点】物理的な核(コア)への直接打撃
【スキル】
・重力操作 Lv.3
・浮遊
【攻略情報】
・周囲に微弱な重力場を発生させ、飛来物を逸らす。
・重力場は一定のリズムで強弱を繰り返している。重力が最も弱まる一瞬を狙えば、攻撃が通じる。

厄介な敵だ。こちらの攻撃は届かず、向こうの攻撃は確実にこちらを捉えようとする。
フェンが俺の指示を待たず、壁を蹴って一体のスフィアに飛びかかった。だが、敵に近づくにつれて動きが鈍り、まるで粘性の高い水中を進むかのように速度が殺されてしまう。
『カイン、体が重いです!』

「フェン、戻れ! 闇雲に近づくな!」
俺はフェンを呼び戻し、思考を巡らせる。攻略の鍵は、重力場が弱まる一瞬。だが、そのタイミングは肉眼では捉えられない。俺の【神の眼】だけが、その周期を正確に読み取ることができた。

「シルフィ、俺の合図で撃て。お前の腕なら、重力の影響を計算に入れた予測射撃ができるはずだ」
「予測射撃……? だが、タイミングが」
「タイミングは俺が教える。俺を信じろ」

俺の真剣な眼差しに、シルフィはこくりと頷いた。彼女は深く息を吸い、弓を引き絞る。その意識は、目の前の敵と、俺の声だけに集中されていた。

「……三、二、一……今だ!」
俺が叫んだ瞬間、シルフィの指から矢が放たれる。
矢は、先ほどとは全く違う軌道を描いた。わずかに左へ、そして上へ。重力に引かれることを見越して、あえて的を外して撃ったのだ。
そして、重力場が最も弱まった一瞬、捻じ曲げられた矢の軌道は吸い込まれるように修正され、グラビティ・スフィアの中心を正確に貫いた。

パキン、と軽い音を立てて、黒い球体が砕け散る。
「……やった!」
シルフィが歓喜の声を上げた。
「この調子でいくぞ! フェン、お前もだ。俺の合図で突っ込め!」

戦いの主導権は、完全に俺たちが握った。
「シルフィ、次、右から二番目! ……撃て!」
「フェン、左! ……行け!」

俺の指示が飛ぶ。シルフィの矢が空を舞い、フェンが壁を疾走する。
まるで、複雑なオーケストラを指揮する指揮者のように、俺は二人の動きと敵の弱点を完璧にシンクロさせていった。
数分後、最後のグラビティ・スフィアが砕け散り、回廊に静寂が戻った。同時に、俺たちを苦しめていた異常な重力場も、霧が晴れるように消え失せた。

「はぁ……。お前といると、常識というものが分からなくなるな」
シルフィは、呆れたような、それでいて感心したような声で言った。
彼女は懐から【星詠みの魔導書】を取り出し、パラパラとページをめくり始めた。
「今の敵……グラビティ・スフィア。この魔導書にも記載があった。そして、その対処法も……」

彼女が指し示したページには、先ほど俺が指示したことと、ほぼ同じ内容が古代エルフの文字で記されていた。
「この魔導書、ただの魔法の教科書じゃないみたいだな」
「うむ。どうやら、この神殿の構造や、ここに巣食う魔物の特性についても記されているようだ。まるで、この神殿の攻略本だな」

シルフィの言葉は、俺の推測を裏付けるものだった。この魔導書は、この神殿を攻略するために、意図的に残されたものなのかもしれない。

俺たちは重力異常の回廊を抜け、さらに奥へと進んだ。
やがて、目の前に巨大な円形の空間が広がった。
そこは、古代の闘技場を思わせる場所だった。観客席らしきものが何段にもわたって壁際に並び、中央には広大な闘技場が設けられている。
そして、その闘技場の中央。
一体の巨大な鎧騎士が、大剣を地面に突き立て、微動だにせず佇んでいた。その鎧は黒く、禍々しいオーラを放っている。

「力の試練……。おそらく、あれが番人だろう」
シルフィが、緊張を帯びた声で呟いた。
闘技場は不気味なほど静まり返っている。だが、俺たちの侵入を感知したのか、鎧の騎士の兜の奥で、二つの赤い光がゆっくりと灯った。
それはまるで、永い時の眠りから目覚める主を待ち続けていた忠実な僕が、ついにその役目を果たす時が来たことを悟ったかのようだった。
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