「お前の戦い方は地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん、その正体は大陸を震撼させた伝説の暗殺者。

夏見ナイ

文字の大きさ
4 / 97

第4話:穏やかな生活の準備

しおりを挟む
カーム村で迎える初めての朝は、鳥のさえずりと共にやってきた。
薄汚れた窓ガラスを通して差し込む柔らかな朝日が、俺の顔を照らす。硬い床の上で毛布一枚にくるまって眠ったというのに、体の怠さは不思議と感じなかった。むしろ、ここ数年で最も心地よい目覚めだったかもしれない。

俺はゆっくりと起き上がり、自分の「家」の中を見渡した。
昨日は高揚感で気づかなかったが、改めて見るとひどい有様だ。床には分厚い埃が積もり、壁には蜘蛛の巣がいくつも張られている。部屋の隅に置かれたテーブルは脚が一本折れ、椅子は座面が抜け落ちていた。何年も人が住んでいなかったのだ。当然の状態と言える。

やるべきことは山積みだ。
普通ならうんざりするところだろう。だが俺の口元には、自然と笑みが浮かんでいた。
掃除、修理、そして畑仕事。これから始まる全ては、誰かの命令ではない。生きるため、そして殺すためでもない。ただ、俺自身が穏やかに暮らすための、俺だけの仕事だ。そう思うと、胸の奥から静かな活力が湧き上がってくるのを感じた。

まずは掃除からだ。
俺は袖をまくり、村長から借りたバケツを持って家を出た。村の生活用水は共同の井戸から汲むのが基本だが、オルデン村長は「家の裏手を少し下ったところにある小川の水が一番綺麗だ」と教えてくれていた。

小川のせせらぎに耳を澄ませながら、森の中の小道を進む。長年の経験が、空気の湿度や風向きから最適なルートを導き出す。獣道のように細く、草に覆われた道だったが、俺の足取りに迷いはなかった。やがて、苔むした岩の間を流れる清流にたどり着く。水は水晶のように透き通り、川底の小石の一つ一つまでくっきりと見えた。

水を汲んで家に戻ると、早速掃除に取り掛かった。まずは箒で大まかな埃を掃き出す。俺の動きには一切の無駄がない。体幹を軸に、腰の回転だけで箒を操る。最小限の動きで、最大の範囲を掃き清めていく。体に染みついた、気配を殺して移動するための体捌きが、こんなところで役立つとは思わなかった。

次に雑巾掛けだ。
一見綺麗に見える床板も、俺の目には汚れの濃淡が模様のように見えていた。光の反射角度、木目の僅かな凹凸。そういった微細な情報が、埃の溜まりやすい場所を正確に示している。俺はそこを狙い、的確に力を込めて拭き上げていく。梁の上や棚の裏側といった死角も、まるで最初からそこにあると知っていたかのように、迷いなく綺麗にしていった。

半日も経たないうちに、家の中は見違えるように輝きを取り戻した。埃っぽかった空気は澄み渡り、窓から差し込む光が磨き上げられた床板に反射して、部屋全体を明るく照らしている。

一息つく間もなく、俺は壊れた家具の修理に取り掛かった。
まずは脚の折れたテーブルだ。俺はテーブルをひっくり返し、その構造を数秒間観察した。どこに力がかかり、どの角度で木材を組み合わせれば最も強度が増すか。それは、罠の構造を解体し、無力化する思考と全く同じだった。

森で手頃な太さの枝を拾ってくると、鞘から抜き放った黒いナイフで削り始めた。シャッ、シャッ、と乾いた音がリズミカルに響く。俺の手の中で、ただの枝がみるみるうちに精巧なテーブルの脚へと姿を変えていく。寸法は測っていない。だが俺の目は、既存の三本の脚と寸分の狂いもない形状を完璧に捉えていた。

古い釘穴に新しい脚をはめ込むと、まるで元からそこにあったかのようにぴったりと収まった。楔を打ち込み、完全に固定する。テーブルを起こして体重をかけてみたが、びくともしなかった。

次に椅子の修理だ。こちらは座面が抜け落ちている。
俺は村の共有倉庫から丈夫そうな蔓を数本もらってくると、それを編み込み始めた。指先が、まるで意思を持っているかのように複雑な模様を織りなしていく。これも昔取った杵柄というやつだ。かつては敵を捕らえるための罠を編んだこの技術が、今では自分の尻を支える座面を作るために使われている。皮肉なものだ。

編み上げた座面を椅子の枠にきつく張り、固定する。試しに座ってみると、蔓が適度なしなりを生み出し、驚くほど快適な座り心地だった。

夕暮れが近づき、空が茜色に染まり始める。
家の中の作業は、あらかた片付いた。だが、俺は休もうとは思わなかった。むしろ、心地よい疲労感が次の作業への意欲を掻き立てる。俺は家の裏手にある、雑草だらけの土地へと向かった。俺の畑になる場所だ。

クワを手に取り、固い地面に突き立てる。
ザクリ、と小気味よい音がした。俺は腰を落とし、安定した姿勢でクワを振るい始めた。一振り一振りに体重を乗せ、テコの原理を最大限に利用する。これもまた、剣を振るう動きの応用だった。ただ闇雲に力を込めるのではない。力の流れを読み、最小の労力で最大の効果を得る。

土を掘り起こしながら、俺は地面を注意深く観察した。生えている雑草の種類、土の色、湿り気、そして鼻をつく僅かな匂い。それらの情報から、この土地の性質を分析する。酸性が強い土壌だ。水はけは悪くない。おそらく、根菜類や豆科の植物を育てるのに向いているだろう。潜伏先の環境を瞬時に把握し、最適なサバイバル計画を立てる。その能力が、農作業の計画立案に直結していた。

ただ雑草を抜くこともしない。根が深く張り、土を柔らかくしてくれる草はあえて残す。ミミズが多い場所は、土が豊かである証拠だ。そこを中心に耕していく。自然の摂理に逆らわず、その力を利用する。それもまた、暗殺者が自然に溶け込み、環境を味方につけるための鉄則だった。

陽が完全に沈み、一番星が空に瞬く頃。俺はようやく作業を終えた。
畑と呼ぶにはまだ程遠いが、それでも一角の土地は黒々とした土の顔を覗かせ、いつでも種を受け入れる準備が整っていた。

額の汗を手の甲で拭う。体は鉛のように重かったが、その疲労は不思議と不快ではなかった。むしろ、一日を全力で生き抜いた証しとして、心地よくさえあった。

家に戻り、修理した椅子に腰を下ろす。
小川で汲んできた水を瓢箪から杯に注ぎ、ゆっくりと喉に流し込んだ。
冷たい水が、渇いた体に染み渡っていく。

――美味い。

心の底から、そう思った。
今まで飲んできたどんな高級な葡萄酒よりも、このただの水が美味しく感じられた。
それは、今日一日流した汗の味であり、自分の力で生活を築き上げているという充実感の味だった。

綺麗になった部屋。使えるようになった家具。そして、これから実りをもたらすであろう畑。
全てが、俺自身の手で作り出したものだ。
この確かな手応え。この静かな喜び。俺は四十年間生きてきて、初めてこの感情を知った。

夜空には、満天の星が広がっていた。王都の空とは比べ物にならないほど、一つ一つの星が力強く輝いている。まるで、俺の新たな門出を祝福してくれているかのようだった。

俺はこの星空の下で、生きていく。
誰を殺すでもなく、誰から追われるでもなく。
ただ、一人の人間として。

その決意を胸に刻み、俺は静かに目を閉じた。
穏やかな夜が、俺を優しく包み込んでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ただのFランク探索者さん、うっかりSランク魔物をぶっとばす 規格外ダンジョンに住んでいるので、無自覚に最強でした

むらくも航
ファンタジー
旧題:ただのFランク探索者さん、うっかりSランク魔物をぶっとばして大バズりしてしまう~今まで住んでいた自宅は、最強種が住む規格外ダンジョンでした~ Fランク探索者の『彦根ホシ』は、幼馴染のダンジョン配信に助っ人として参加する。 配信は順調に進むが、二人はトラップによって誰も討伐したことのないSランク魔物がいる階層へ飛ばされてしまう。 誰もが生還を諦めたその時、Fランク探索者のはずのホシが立ち上がり、撮れ高を気にしながら余裕でSランク魔物をボコボコにしてしまう。 そんなホシは、ぼそっと一言。 「うちのペット達の方が手応えあるかな」 それからホシが配信を始めると、彼の自宅に映る最強の魔物たち・超希少アイテムに世間はひっくり返り、バズりにバズっていく──。

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  お気に入り・感想、宜しくお願いします。

お荷物認定を受けてSSS級PTを追放されました。でも実は俺がいたからSSS級になれていたようです。

幌須 慶治
ファンタジー
S級冒険者PT『疾風の英雄』 電光石火の攻撃で凶悪なモンスターを次々討伐して瞬く間に最上級ランクまで上がった冒険者の夢を体現するPTである。 龍狩りの一閃ゲラートを筆頭に極炎のバーバラ、岩盤砕きガイル、地竜射抜くローラの4人の圧倒的な火力を以って凶悪モンスターを次々と打ち倒していく姿は冒険者どころか庶民の憧れを一身に集めていた。 そんな中で俺、ロイドはただの盾持ち兼荷物運びとして見られている。 盾持ちなのだからと他の4人が動く前に現地で相手の注意を引き、模擬戦の時は2対1での攻撃を受ける。 当然地味な役割なのだから居ても居なくても気にも留められずに居ないものとして扱われる。 今日もそうして地竜を討伐して、俺は1人後処理をしてからギルドに戻る。 ようやく帰り着いた頃には日も沈み酒場で祝杯を挙げる仲間たちに報酬を私に近づいた時にそれは起こる。 ニヤついた目をしたゲラートが言い放つ 「ロイド、お前役にたたなすぎるからクビな!」 全員の目と口が弧を描いたのが見えた。 一応毎日更新目指して、15話位で終わる予定です。 作品紹介に出てる人物、主人公以外重要じゃないのはご愛嬌() 15話で終わる気がしないので終わるまで延長します、脱線多くてごめんなさい 2020/7/26

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜

あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」 貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。 しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった! 失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する! 辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。 これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!

収納魔法を極めた魔術師ですが、勇者パーティを追放されました。ところで俺の追放理由って “どれ” ですか?

木塚麻弥
ファンタジー
収納魔法を活かして勇者パーティーの荷物持ちをしていたケイトはある日、パーティーを追放されてしまった。 追放される理由はよく分からなかった。 彼はパーティーを追放されても文句の言えない理由を無数に抱えていたからだ。 結局どれが本当の追放理由なのかはよく分からなかったが、勇者から追放すると強く言われたのでケイトはそれに従う。 しかし彼は、追放されてもなお仲間たちのことが好きだった。 たった四人で強大な魔王軍に立ち向かおうとするかつての仲間たち。 ケイトは彼らを失いたくなかった。 勇者たちとまた一緒に食事がしたかった。 しばらくひとりで悩んでいたケイトは気づいてしまう。 「追放されたってことは、俺の行動を制限する奴もいないってことだよな?」 これは収納魔法しか使えない魔術師が、仲間のために陰で奮闘する物語。

ありふれた話 ~追放された錬金術師は、神スキル【物質創造】で辺境に楽園を築きます。今さら戻ってこいと言われても以下略

ゆきむらちひろ
ファンタジー
「追放」「ざまぁ」「実は最強」「生産チート」「スローライフ」「可愛いヒロイン」などなど、どこかで見たことがあるような設定を山盛りにして、ゆきむら的に書き殴っていく異世界ファンタジー。 ■あらすじ 勇者パーティーで雑用兼ポーション生成係を務めていた錬金術師・アルト。 彼は勇者から「お前のスキルはもう限界だ。足手まといだ」と無一文で追放されてしまう。 失意のまま辺境の寂れた村に流れ着いたアルトだったが、 そこで自身のスキル【アイテム・クリエーション】が、 実はただのアイテム作成ではなく、 物質の構造を自在に組み替える神の御業【物質創造】であることに気づく。 それ以降、彼はその力で不毛の土地を肥沃な農地に変え、 枯れた川に清流を呼び戻し、 村人たちのために快適な家や温泉まで作り出していく。 さらに呪いに苦しむエルフの美少女を救い、 お人好しな商人、訳ありな獣人、腕利きのドワーフなどを取り入れ、 アルトは辺境を活気あふれる理想郷にしようと奮闘する。 一方、アルトを追放した勇者パーティーは、なぜかその活躍に陰りが見えてきて……。  ―・―・―・―・―・―・―・― タイトルを全部書くなら、 『追放された錬金術師は、神スキル【物質創造】で辺境に楽園を築きます ~今さら戻ってこいと泣きつかれても、もう遅い。周りには僕を信じてくれる仲間がいるので~』という感じ。ありそう。 ※「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」に同内容のものを投稿しています。 ※この作品以外にもいろいろと小説を投稿しています。よろしければそちらもご覧ください。

処理中です...