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第28話:エリートの驕り
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王都を出発してから十日。マーカス率いる調査隊は、ようやくカーム村へと続く最後の峠道に差し掛かっていた。旅の疲れと、変わり映えのしない田舎の風景に、隊員たちの間にはわずかな倦怠感が漂い始めている。
「隊長、本当にこの先にあるんですかね。地図の上では、もう行き止まりみたいなもんですが」
部下の一人が、うんざりしたように呟いた。
「地図を信じろ。それに、ここまで来ればもう一息だ」
マーカスは冷静に答えたが、彼の内心も部下と大差なかった。街道は舗装もされていない悪路に変わり、すれ違う人間もほとんどいない。文明から完全に見捨てられたような土地だ。こんな場所に、伝説の暗-殺者が潜んでいるとは、どうしても思えなかった。
やがて、視界が開け、眼下に小さな村の全景が広がった。
谷間に寄り添うように建つ家々。立ち上る炊事の煙。のどかな田園風景。それが、カーム村の第一印象だった。
「…平和そのもの、だな」
マーカスは、思わず呟いた。
報告書に書かれていたような、国家を揺るがす脅威が潜んでいるとは、到底信じられない光景だった。
調査隊は馬を降り、旅人を装って村へと足を踏み入れた。
村人たちは、見慣れない一行の姿に一瞬警戒の色を見せたが、マーカスが貴族らしい洗練された笑みを向けると、すぐに警戒を解いて会釈を返してきた。素朴で、人の良さそうな村人たちだ。
「まずは、報告者である元騎士ガレスに接触する。彼の家は…村の警備詰所を兼ねているはずだ」
マーカスは部下に指示を出すと、村の中心部へと向かった。
詰所はすぐに見つかった。
中から出てきたのは、年の頃四十過ぎの、厳格そうな顔つきの男だった。その立ち姿には隙がなく、元騎士であることは一目で知れた。
「失礼、旅の者だが、少し道を尋ねたい」
マーカスが声をかけると、ガレスは訝しげな目で一行を値踏みした。
「あんたたち、ただの旅人じゃねえな。その身のこなし…騎士団の者か?」
「…話が早くて助かる。私はマーカス。王宮の命により、ある調査で参った」
マーカスが懐から騎士団の紋章が入った証を見せると、ガレスの顔に緊張が走った。
「やはり…! お待ちしておりました。さあ、こちらへ」
ガレスは一行を詰所の奥へと通すと、固く扉を閉めた。
「して、調査とは…やはり、アラン殿の件ですかな?」
ガレスの問いに、マーカスは鷹揚に頷いた。
「そうだ。君からの報告書は読ませてもらった。正直に言おう。我々は、その内容を少々、疑っている」
「…無理もないでしょう。私自身、この目で見るまでは信じられませんでしたからな」
ガレスは苦々しい表情で答えた。
「そのアランという男は、今どこに?」
「おそらく、丘の上の自宅で畑仕事をしているかと。いつも通りであれば」
「ほう。本当に農夫を気取っているのか」
マーカスの口元に、侮りの色が混じった笑みが浮かんだ。
「よし。では、早速その男とやらを拝見しに行こう。ガレス、案内を頼む」
「はっ、しかし、あまり近づくのは危険です! あの方は、我々の認識を遥かに超えた…」
「分かっている。遠くから様子を見るだけだ」
ガレスの忠告を軽くあしらい、マーカスは詰所を出た。
一行はガレスの案内の元、村はずれの丘へと向かった。木の陰に身を隠し、マーカスは魔法で強化された視力で、丘の上の家を観察する。
そこに、その男はいた。
着古した麻の服を着て、額に汗してクワを振るっている。年の頃は四十過ぎ。少し猫背で、どこにでもいる平凡な中年男にしか見えない。
(これが、“神の影”…? 冗談だろう)
マーカスの口から、思わず失笑が漏れた。
報告書に書かれていた超人的な能力の数々が、目の前の男の姿と全く結びつかない。ガレスは、このただのおっさんの何を見て、あのような誇大な報告書を書き上げたというのか。
「…ガレス。君は、本当にこの男が伝説の暗殺者だと信じているのか?」
マーカスの声には、あからさまな侮蔑の色が滲んでいた。
「信じるも何も、あれが事実なのです!」
ガレスは必死に反論するが、マーカスの耳には、辺境暮らしで判断力が鈍った元騎士の妄言にしか聞こえなかった。
(結論は出たな)
マーカスは、内心でそう断定した。
(ガレスの報告は、完全な誇張だ。おそらく、このアランという男が少しばかり腕の立つ元傭兵か何かで、閉鎖的な村で起きた小さな事件を解決したのだろう。それが、村人たちの間で尾ひれがつき、ガレスもそれを真に受けてしまった。田舎ではよくある話だ)
調査は、これで終わりだ。
王都に戻り、「脅威は認められず。ガレスの報告は誇張されたものと判断」と報告すれば、それで任務は完了する。
「ご苦労だった、ガレス。もういい。我々は宿を取って、明日には王都へ戻る」
マーカスがそう言って踵を返そうとした時だった。
「お待ちください!」
ガレスが、必死の形相でマーカスの腕を掴んだ。
「マーカス殿! あなたには、まだアラン殿の本当の恐ろしさが分かっていない! どうか、私の話を…!」
「しつこいぞ」
マーカスは、ガレスの手を冷たく振り払った。
「君の報告が、我々をどれだけ無駄足させたか分かっているのか。これ以上、我々の時間を奪うな」
その時、丘の上でアランの畑を手伝っていたリリアが、こちらの様子に気づいて駆け下りてきた。
「ガレスさん! 何かあったんですか? その人たちは…」
「リリア殿か。いや、何でもない。この方々は、王都からのお客様だ」
マーカスは、リリアの姿を値踏みするように見た。
赤い髪の、快活そうな少女。腰には長剣を帯びている。
(こいつが、報告にあった弟子か。ゴブリンの群れを単独で殲滅したという…それも、どうせ大げさな話だろう)
マーカスの頭に、一つの考えが浮かんだ。
このまま帰るだけでは、面白くない。
ガレスと、この村人たちに、自分たちの思い込みがどれほど滑稽なものか、思い知らせてやるのも一興か。
マーカスは、リリアに向かって、貴族らしい優雅な笑みを向けた。
「君が、アラン殿の弟子だというリリア嬢か。噂は聞いている。ゴブリンを一人で退治したとか。大した腕前だそうだね」
「い、いえ、そんな…! 全部、師匠のおかげですから!」
リリアは、はにかみながら答えた。
「ほう。では、その師匠の教えとやらがどれほどのものか、この私がお手合わせ願おうか?」
「え…?」
マーカスの突然の提案に、リリアとガレスが息を呑んだ。
「なに、ただの模擬戦だ。君の実力を、この目で見てみたい。…そして、君の師匠が、本物か偽物かもね」
その言葉には、隠しきれない驕りと、挑発の色が込められていた。
エリート騎士マーカスは、まだ知らない。
この軽い気持ちで申し込んだ模擬戦が、彼の騎士としてのプライドを、根底から粉々に打ち砕くことになるということを。
「隊長、本当にこの先にあるんですかね。地図の上では、もう行き止まりみたいなもんですが」
部下の一人が、うんざりしたように呟いた。
「地図を信じろ。それに、ここまで来ればもう一息だ」
マーカスは冷静に答えたが、彼の内心も部下と大差なかった。街道は舗装もされていない悪路に変わり、すれ違う人間もほとんどいない。文明から完全に見捨てられたような土地だ。こんな場所に、伝説の暗-殺者が潜んでいるとは、どうしても思えなかった。
やがて、視界が開け、眼下に小さな村の全景が広がった。
谷間に寄り添うように建つ家々。立ち上る炊事の煙。のどかな田園風景。それが、カーム村の第一印象だった。
「…平和そのもの、だな」
マーカスは、思わず呟いた。
報告書に書かれていたような、国家を揺るがす脅威が潜んでいるとは、到底信じられない光景だった。
調査隊は馬を降り、旅人を装って村へと足を踏み入れた。
村人たちは、見慣れない一行の姿に一瞬警戒の色を見せたが、マーカスが貴族らしい洗練された笑みを向けると、すぐに警戒を解いて会釈を返してきた。素朴で、人の良さそうな村人たちだ。
「まずは、報告者である元騎士ガレスに接触する。彼の家は…村の警備詰所を兼ねているはずだ」
マーカスは部下に指示を出すと、村の中心部へと向かった。
詰所はすぐに見つかった。
中から出てきたのは、年の頃四十過ぎの、厳格そうな顔つきの男だった。その立ち姿には隙がなく、元騎士であることは一目で知れた。
「失礼、旅の者だが、少し道を尋ねたい」
マーカスが声をかけると、ガレスは訝しげな目で一行を値踏みした。
「あんたたち、ただの旅人じゃねえな。その身のこなし…騎士団の者か?」
「…話が早くて助かる。私はマーカス。王宮の命により、ある調査で参った」
マーカスが懐から騎士団の紋章が入った証を見せると、ガレスの顔に緊張が走った。
「やはり…! お待ちしておりました。さあ、こちらへ」
ガレスは一行を詰所の奥へと通すと、固く扉を閉めた。
「して、調査とは…やはり、アラン殿の件ですかな?」
ガレスの問いに、マーカスは鷹揚に頷いた。
「そうだ。君からの報告書は読ませてもらった。正直に言おう。我々は、その内容を少々、疑っている」
「…無理もないでしょう。私自身、この目で見るまでは信じられませんでしたからな」
ガレスは苦々しい表情で答えた。
「そのアランという男は、今どこに?」
「おそらく、丘の上の自宅で畑仕事をしているかと。いつも通りであれば」
「ほう。本当に農夫を気取っているのか」
マーカスの口元に、侮りの色が混じった笑みが浮かんだ。
「よし。では、早速その男とやらを拝見しに行こう。ガレス、案内を頼む」
「はっ、しかし、あまり近づくのは危険です! あの方は、我々の認識を遥かに超えた…」
「分かっている。遠くから様子を見るだけだ」
ガレスの忠告を軽くあしらい、マーカスは詰所を出た。
一行はガレスの案内の元、村はずれの丘へと向かった。木の陰に身を隠し、マーカスは魔法で強化された視力で、丘の上の家を観察する。
そこに、その男はいた。
着古した麻の服を着て、額に汗してクワを振るっている。年の頃は四十過ぎ。少し猫背で、どこにでもいる平凡な中年男にしか見えない。
(これが、“神の影”…? 冗談だろう)
マーカスの口から、思わず失笑が漏れた。
報告書に書かれていた超人的な能力の数々が、目の前の男の姿と全く結びつかない。ガレスは、このただのおっさんの何を見て、あのような誇大な報告書を書き上げたというのか。
「…ガレス。君は、本当にこの男が伝説の暗殺者だと信じているのか?」
マーカスの声には、あからさまな侮蔑の色が滲んでいた。
「信じるも何も、あれが事実なのです!」
ガレスは必死に反論するが、マーカスの耳には、辺境暮らしで判断力が鈍った元騎士の妄言にしか聞こえなかった。
(結論は出たな)
マーカスは、内心でそう断定した。
(ガレスの報告は、完全な誇張だ。おそらく、このアランという男が少しばかり腕の立つ元傭兵か何かで、閉鎖的な村で起きた小さな事件を解決したのだろう。それが、村人たちの間で尾ひれがつき、ガレスもそれを真に受けてしまった。田舎ではよくある話だ)
調査は、これで終わりだ。
王都に戻り、「脅威は認められず。ガレスの報告は誇張されたものと判断」と報告すれば、それで任務は完了する。
「ご苦労だった、ガレス。もういい。我々は宿を取って、明日には王都へ戻る」
マーカスがそう言って踵を返そうとした時だった。
「お待ちください!」
ガレスが、必死の形相でマーカスの腕を掴んだ。
「マーカス殿! あなたには、まだアラン殿の本当の恐ろしさが分かっていない! どうか、私の話を…!」
「しつこいぞ」
マーカスは、ガレスの手を冷たく振り払った。
「君の報告が、我々をどれだけ無駄足させたか分かっているのか。これ以上、我々の時間を奪うな」
その時、丘の上でアランの畑を手伝っていたリリアが、こちらの様子に気づいて駆け下りてきた。
「ガレスさん! 何かあったんですか? その人たちは…」
「リリア殿か。いや、何でもない。この方々は、王都からのお客様だ」
マーカスは、リリアの姿を値踏みするように見た。
赤い髪の、快活そうな少女。腰には長剣を帯びている。
(こいつが、報告にあった弟子か。ゴブリンの群れを単独で殲滅したという…それも、どうせ大げさな話だろう)
マーカスの頭に、一つの考えが浮かんだ。
このまま帰るだけでは、面白くない。
ガレスと、この村人たちに、自分たちの思い込みがどれほど滑稽なものか、思い知らせてやるのも一興か。
マーカスは、リリアに向かって、貴族らしい優雅な笑みを向けた。
「君が、アラン殿の弟子だというリリア嬢か。噂は聞いている。ゴブリンを一人で退治したとか。大した腕前だそうだね」
「い、いえ、そんな…! 全部、師匠のおかげですから!」
リリアは、はにかみながら答えた。
「ほう。では、その師匠の教えとやらがどれほどのものか、この私がお手合わせ願おうか?」
「え…?」
マーカスの突然の提案に、リリアとガレスが息を呑んだ。
「なに、ただの模擬戦だ。君の実力を、この目で見てみたい。…そして、君の師匠が、本物か偽物かもね」
その言葉には、隠しきれない驕りと、挑発の色が込められていた。
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