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第37話:増える滞在者
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黄昏の蛇が俺の警告を「宣戦布告」だと勘違いしているなど、俺は知る由もなかった。
斥候を追い払ってから数日。村の周辺からあの不快な気配は綺麗さっぱり消え失せていた。俺のささやかな警告が功を奏したらしい。
(これでしばらくは静かになるだろう)
俺はそう結論付け、久しぶりに心からの安堵を覚えていた。
だが、俺の平穏を脅かすものは村の外にいる脅威だけではなかった。
村の中に居座る「滞在者」たち。彼らの存在もまた俺の胃痛の大きな原因だった。
まず、セレスティア。
彼女は斥候との一件以来、俺を組織に連れ戻そうという言動はぱったりと止めた。その代わり、まるで俺の秘書か護衛であるかのように常に俺の数メートル後ろに付き従うようになった。
「先輩。そのクワの角度では腰に負担がかかります。私が組織で開発した疲労軽減体術をお教えしましょうか?」
「いらん。それより、お前はいつまでここにいるつもりだ」
「さあ? 脅威が完全に去ったと確認できるまでは、でしょうか」
彼女はそう言って涼しい顔で俺の畑の雑草を抜き始める。その手つきは相変わらず無駄がなく効率的だ。
次に、リリア。
彼女はセレスティアの存在を一方的にライバル視していた。
「師匠の一番弟子は私です! 新参者が師匠の隣を陣取るなど百年早い!」
「私は弟子ではない。それに、あなたのその非効率な動きを見ていると訂正せずにはいられないだけ」
「な、なんですってー!」
俺の家の前では日常的にこんな言い争いが繰り広げられるようになった。二人の間に挟まれた俺は、ただ黙って空を眺めることしかできない。
そして、最も厄介なのが王国の調査隊だった。
隊長のマーカスは例の模擬戦以来、すっかり牙を抜かれてしまった。彼は王都には戻らず、「追加調査が必要」という名目で部下と共に村の宿屋に駐留し続けていたのだ。
彼は毎日決まった時間に俺の元へやってくる。そして、丘の下からまるで神殿に参拝でもするかのように深々と頭を下げていく。
それだけならまだいい。問題は彼が時折持ってくる厄介な「手土産」だった。
「アラン殿! 本日もご健勝のこと、お慶び申し上げます! つきましては王都で流行しているこのパズル、アラン殿の知恵をもってすれば一瞬で解けてしまうのではないかと…!」
「…帰れ」
「アラン殿! 騎士団で開発された最新の携帯食料です! 栄養価は完璧ですが、いかんせん味が…。アラン殿の薬草学の知識で何か改良の余地は…!」
「…置いていけ。そして帰れ」
彼の態度は尊敬を通り越して、もはや崇拝の域に達していた。
俺が何を言っても、「さすがアラン殿! その言葉の裏には深遠な真理が隠されているに違いない!」と勝手に感動して帰っていく。もう何を言っても無駄だった。
結果として、小さなカーム村はいつの間にか奇妙な権力者たちが集まる場所になりつつあった。
伝説の暗殺者(と勘違いされている俺)。
その一番弟子(と思い込んでいるリリア)。
王都の裏社会を牛耳る情報ギルドのリーダー(セレスティア)。
王国騎士団の若きエリート(マーカス)。
そして、彼らを遠巻きに、しかし畏敬の念で見守る元騎士のガレスと純朴な村人たち。
人口二百人程度のこの村の権力密度は異常なほど高まっていた。
「…なんだか、この村も賑やかになったのう」
イーニッドさんが縁側でお茶を飲みながら、のんきにそう言った。
「そうだな」
俺は力なく答えることしかできなかった。
俺の家の周りだけが、まるで世界の縮図のようになってしまっている。
俺はただ静かに畑を耕したいだけなのに。
なぜ、こんなことになってしまったのか。
セレスティアの情報網。
マーカスの王国への報告ルート。
リリアの無邪気な武勇伝。
これらが複雑に絡み合い、俺という存在を俺の知らない場所でとてつもなく巨大なものへと祭り上げている。その事実を、俺は薄々感じ始めていた。
「師匠! あの騎士様がまた何か持ってきましたよ!」
リリアの元気な声が響く。
見ると、マーカスが部下数人を引き連れ大きな木箱を運ばせていた。
「アラン殿! これは我が騎士団が誇る最新式の鍛錬用ゴーレムです! しかし、どうにも動きが画一的でして…! アラン殿の戦術眼でその行動パターンに『揺らぎ』を与えてはいただけないでしょうか!」
「……」
俺は言葉もなく天を仰いだ。
俺の胃はもはや限界だった。
平穏なスローライフは一体どこにあるのだろうか。
俺の苦悩とは裏腹に、カーム村は様々な勢力の思惑が交錯する、大陸で最も注目されるべき「静かなる中心地」へとその姿を変えつつあった。
そして、その中心で俺はただ、頭を抱えることしかできないのだった。
斥候を追い払ってから数日。村の周辺からあの不快な気配は綺麗さっぱり消え失せていた。俺のささやかな警告が功を奏したらしい。
(これでしばらくは静かになるだろう)
俺はそう結論付け、久しぶりに心からの安堵を覚えていた。
だが、俺の平穏を脅かすものは村の外にいる脅威だけではなかった。
村の中に居座る「滞在者」たち。彼らの存在もまた俺の胃痛の大きな原因だった。
まず、セレスティア。
彼女は斥候との一件以来、俺を組織に連れ戻そうという言動はぱったりと止めた。その代わり、まるで俺の秘書か護衛であるかのように常に俺の数メートル後ろに付き従うようになった。
「先輩。そのクワの角度では腰に負担がかかります。私が組織で開発した疲労軽減体術をお教えしましょうか?」
「いらん。それより、お前はいつまでここにいるつもりだ」
「さあ? 脅威が完全に去ったと確認できるまでは、でしょうか」
彼女はそう言って涼しい顔で俺の畑の雑草を抜き始める。その手つきは相変わらず無駄がなく効率的だ。
次に、リリア。
彼女はセレスティアの存在を一方的にライバル視していた。
「師匠の一番弟子は私です! 新参者が師匠の隣を陣取るなど百年早い!」
「私は弟子ではない。それに、あなたのその非効率な動きを見ていると訂正せずにはいられないだけ」
「な、なんですってー!」
俺の家の前では日常的にこんな言い争いが繰り広げられるようになった。二人の間に挟まれた俺は、ただ黙って空を眺めることしかできない。
そして、最も厄介なのが王国の調査隊だった。
隊長のマーカスは例の模擬戦以来、すっかり牙を抜かれてしまった。彼は王都には戻らず、「追加調査が必要」という名目で部下と共に村の宿屋に駐留し続けていたのだ。
彼は毎日決まった時間に俺の元へやってくる。そして、丘の下からまるで神殿に参拝でもするかのように深々と頭を下げていく。
それだけならまだいい。問題は彼が時折持ってくる厄介な「手土産」だった。
「アラン殿! 本日もご健勝のこと、お慶び申し上げます! つきましては王都で流行しているこのパズル、アラン殿の知恵をもってすれば一瞬で解けてしまうのではないかと…!」
「…帰れ」
「アラン殿! 騎士団で開発された最新の携帯食料です! 栄養価は完璧ですが、いかんせん味が…。アラン殿の薬草学の知識で何か改良の余地は…!」
「…置いていけ。そして帰れ」
彼の態度は尊敬を通り越して、もはや崇拝の域に達していた。
俺が何を言っても、「さすがアラン殿! その言葉の裏には深遠な真理が隠されているに違いない!」と勝手に感動して帰っていく。もう何を言っても無駄だった。
結果として、小さなカーム村はいつの間にか奇妙な権力者たちが集まる場所になりつつあった。
伝説の暗殺者(と勘違いされている俺)。
その一番弟子(と思い込んでいるリリア)。
王都の裏社会を牛耳る情報ギルドのリーダー(セレスティア)。
王国騎士団の若きエリート(マーカス)。
そして、彼らを遠巻きに、しかし畏敬の念で見守る元騎士のガレスと純朴な村人たち。
人口二百人程度のこの村の権力密度は異常なほど高まっていた。
「…なんだか、この村も賑やかになったのう」
イーニッドさんが縁側でお茶を飲みながら、のんきにそう言った。
「そうだな」
俺は力なく答えることしかできなかった。
俺の家の周りだけが、まるで世界の縮図のようになってしまっている。
俺はただ静かに畑を耕したいだけなのに。
なぜ、こんなことになってしまったのか。
セレスティアの情報網。
マーカスの王国への報告ルート。
リリアの無邪気な武勇伝。
これらが複雑に絡み合い、俺という存在を俺の知らない場所でとてつもなく巨大なものへと祭り上げている。その事実を、俺は薄々感じ始めていた。
「師匠! あの騎士様がまた何か持ってきましたよ!」
リリアの元気な声が響く。
見ると、マーカスが部下数人を引き連れ大きな木箱を運ばせていた。
「アラン殿! これは我が騎士団が誇る最新式の鍛錬用ゴーレムです! しかし、どうにも動きが画一的でして…! アラン殿の戦術眼でその行動パターンに『揺らぎ』を与えてはいただけないでしょうか!」
「……」
俺は言葉もなく天を仰いだ。
俺の胃はもはや限界だった。
平穏なスローライフは一体どこにあるのだろうか。
俺の苦悩とは裏腹に、カーム村は様々な勢力の思惑が交錯する、大陸で最も注目されるべき「静かなる中心地」へとその姿を変えつつあった。
そして、その中心で俺はただ、頭を抱えることしかできないのだった。
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