「お前の戦い方は地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん、その正体は大陸を震撼させた伝説の暗殺者。

夏見ナイ

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第43話:疑心暗鬼の連鎖

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鉱山内部は、目に見えない恐怖に支配され始めていた。
仲間が次々と音もなく消えていく。その噂は、坑道内に張り巡らされた連絡網を通じて瞬く間にアジト全体へと広がっていった。

「おい、聞いたか? 西側の第三坑道で見張りが二人、消えたらしい」
「こっちもだ。南の資材置き場に行ったきり、戻ってこねえ奴がいる」
「神隠しだ…! この鉱山には何かヤバいものがいるんだ!」

構成員たちの間に動揺と疑心暗鬼が伝染していく。
彼らはもはや外部からの侵入者ではなく、内部に潜む正体不明の「何か」を恐れていた。互いに疑いの目を向け合い、一人で行動することを極端に避けるようになった。二人組、三人組で固まって行動するが、それでも恐怖は消えない。むしろ、仲間といることで次に消えるのは誰かという新たな恐怖が生まれていた。

俺は、その混乱を天井の梁の上や岩の裂け目といった死角から冷静に観察していた。
パニックは伝染する。
そして統率を失った集団ほど脆いものはない。
俺は奴らの精神が崩壊する、その臨界点を静かに待っていた。

アジトの中心部。ひときわ大きな空洞を利用して作られた酒場では、幹部のボルガが苛立たしげにテーブルを拳で叩いていた。
「腑抜けどもが! たかが仲間が数人消えたくらいで、何を騒いでおるか!」
彼の怒声が響くが、集まった部下たちの顔から恐怖の色は消えない。

「し、しかしボルガ様! これは普通じゃありません! まるで幽霊にでも攫われたみたいに、何の痕跡もないんです!」
一人の男が震える声で訴える。
「幽霊だと? 馬鹿馬鹿しい! 貴様ら、それでも暗殺者ギルドの一員か!」
ボルガは怒鳴りつけるが、彼自身もこの不可解な状況に内心では焦りを覚えていた。

斥候たちが持ち帰った“神の影”の報告。
最初は一笑に付したが、この異常事態はその報告が真実であった可能性を示唆していた。
(まさか、本当に奴が…? このアジトに既に潜入しているというのか…?)

ボルガの脳裏に十年前の悪夢が蘇る。
鉄壁の守りを誇った組織の本拠地が、たった一人の侵入者によって内側から崩壊させられていったあの日の記憶。歴史は繰り返されるというのか。

「…ボルガ様。もしかしたら、裏切り者がいるのかもしれません」
ボルガの側近の一人が声を潜めて進言した。
「内部の人間が手引きをしているのでは…?」

その言葉は、疑心暗鬼に満ちた空気に新たな火種を投じた。
ボルガは鋭い目で周囲の部下たちを睨みつけた。
「…裏切り者、だと?」

そうだ。その可能性はある。
正体不明の亡霊に怯えるより、身近な裏切り者を炙り出す方がよほど現実的だ。
ボルガの疑念は、最も手近な標的に向けられた。

「…そういえば、斥候部隊の生き残り、ザギの姿が見えん。奴はどこへ行った」
「はっ。確か、自室で休んでいるはずですが…」
「奴をここに連れてこい! 奴は敵と直接接触した唯一の男だ。何か知っているに違いない!」

ボルガの命令で数人の男たちがザギの部屋へと向かった。
俺は、その様子を天井近くの岩棚から見下ろしていた。
(面白い。勝手に内輪揉めを始めてくれるか)
俺の計画は第二段階へと移行した。

俺は岩棚から音もなく飛び降りると、彼らとは別のルートを使い、ザギの部屋へと先回りした。
ザギの部屋は坑道の行き止まりにある粗末な個室だった。彼はベッドの上で膝を抱えてガタガタと震えている。あの夜の恐怖が、彼の精神を完全に蝕んでいた。

俺は部屋の隅の暗がりに身を隠した。
やがてボルガの部下たちが乱暴にドアを開けて部屋になだれ込んでくる。
「ザギ! ボルガ様がお呼びだ! 来い!」
「ひっ…! や、やめてくれ…!」
ザギは彼らを俺と勘違いしたのか、悲鳴を上げてベッドの隅で縮こまった。

男たちはそんなザギの様子に苛立ち、力ずくで彼をベッドから引きずり下ろそうとした。
その、瞬間。

俺は動いた。
部屋の照明であるランプの火を、小さな風を起こして吹き消した。
一瞬にして部屋は完全な暗闇に包まれる。

「な、なんだ!?」
「停電か!?」
男たちの動揺した声が響く。

その暗闇と混乱の中、俺は亡霊のように動いた。
ザギを引きずり出そうとしていた男の一人の背後を取り、音もなくその意識を刈り取る。
そして、ザギの耳元で囁いた。
「――叫べ」

「う…うわああああああああ!」
俺の暗示にかかったザギは、恐怖の絶叫を上げた。

「ザギ!?」
「どうした!?」
残された男たちが暗闇の中で混乱する。
俺は、その混乱を利用し、もう一人の男の足元に資材置き場から拝借してきたロープを投げた。男はそれに足を取られ、派手な音を立てて転倒する。

「ぐわっ!」
「何が起きてるんだ!?」

暗闇の中で仲間が次々と何者かに襲われていく。
残された最後の男は、完全にパニックに陥った。
「ば、化け物…! 化け物がこの部屋にいるんだ!」
彼はそう叫ぶと、這うようにして部屋から逃げ出した。

俺は気絶した男と腰を抜かして震えるザギを暗闇に残し、音もなくその場を離れた。
廊下には再びランプの明かりが灯される。

ボルガたちの元へ逃げ帰った男は、支離滅裂に叫んだ。
「だ、駄目です! ザギの部屋に…奴がいました! 暗闇の中から、仲間たちが…!」

その報告を聞いたボルガの顔が怒りと屈辱に歪む。
「…ザギの部屋に、だと? 奴はやはりザギと繋がっていたのか…!」

ボルガの勘違いはもはや修正不可能なレベルにまで達していた。
彼はザギが“神の影”と内通し、仲間たちを罠に嵌めたのだと完全に思い込んでしまったのだ。

「あの裏切り者め…! 全員、武器を取れ! ザギの部屋へ突入する! 奴を捕らえ、裏切り者として処刑してやる!」

ボルガの号令一下、武装した構成員たちが殺気立ってザギの部屋へと殺到していく。
もはや彼らの敵は見えない亡霊ではない。
裏切り者だと断定された、かつての仲間だった。

俺は、その様子を遠い坑道の闇の中から静かに見つめていた。
俺が撒いた小さな疑心暗鬼の種。
それは彼ら自身の恐怖と不信感を養分にして、見事に育ち上がった。

これから始まるのは醜い同士討ちだ。
俺は指一本触れる必要はない。
彼らは自分たちで勝手に自滅していくのだから。
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