「お前の戦い方は地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん、その正体は大陸を震撼させた伝説の暗殺者。

夏見ナイ

文字の大きさ
59 / 97

第59話:王女の旅立ち

しおりを挟む
「エリアーナ。何を申すか。そなたが出る幕ではない」
国王オルティウス三世の声には、娘を案じる父親としての響きがあった。
だが、王女エリアーナは、一歩も引かなかった。彼女は会議室の中央へと進み出ると、居並ぶ重臣たちを前に、臆することなく深々と一礼した。

「父上、そして皆様。わたくしが、この役目に最もふさわしいと愚考いたします」
その声は、若さに似合わず、落ち着きと、そして絶対的な自信に満ちていた。

「馬鹿なことを!」
将軍が、思わず声を荒らげた。
「王女殿下ともあろうお方が、自ら危険な虎の穴へ赴くなど、あってはならぬことです! 万が一のことがあれば、どうするのですか!」

「危険、ですか?」
エリアーナは、将軍のほうを向くと、静かに、しかし鋭く問い返した。
「わたくしには、そうは思えません。むしろ、武力に優れた騎士の方々を派遣する方が、よほど危険かと存じます」

彼女は、デュラン総長へと視線を移した。
「デュラン総長。マーカス卿の報告によれば、アランという人物は、自らに対して向けられる『力』には、徹底して『力』で応じる傾向がある、と記されていました。しかし同時に、子供や老人といった、非力な者に対しては、不器用ながらも優しさを見せるとも」
「…はっ。その通りでございます」

エリアー-ナは、再び重臣たちを見回した。
「ならば、答えは明白です。私のような、戦う力を持たない、非力な娘が、誠意をもって対話に臨む。それこそが、彼の警戒心を解き、交渉のテーブルに着かせる、唯一の方法ではないでしょうか」

その言葉には、誰も反論できなかった。
彼女の分析は、あまりにも的確で、論理的だったからだ。
この若き王女が、ただ美しいだけの人形ではなく、父王譲りの、あるいはそれ以上の、鋭い知性と洞察力を持っていることを、その場にいた誰もが思い知らされた。

オルティウス三世は、娘の顔をじっと見つめていた。
その瞳には、親としての心配と、一国の王としての期待が、複雑に交錯していた。
彼は知っていた。この娘は、一度決めたことは、決して曲げない、強い意志を持っていることを。

「…護衛はどうする」
やがて、国王は、重々しく口を開いた。
それは、娘の旅立ちを、認めたことを意味していた。
「最小限に。大げさな騎士団は、彼の警戒を招くだけです。わたくしと、侍女、そして、信頼できる近衛騎士を数名だけ、お許しください」

エリアーナの決意は、固かった。
彼女が、なぜこれほどまでに、この危険な任務に固執するのか。
その理由は、ただ一つ。
好奇心。
吟遊詩人が歌う『農夫アラン』の物語と、マーカスが報告した『“神の影”』の脅威。そのあまりにもかけ離れた二つの顔を持つ男が、一体どんな人物なのか。この国の未来を担う者として、自分の目で、確かめずにはいられなかったのだ。

そして、彼女の胸の奥には、もう一つの、誰にも言えない思いがあった。
(もし、本当に、吟遊詩人の歌にあるような、民を愛し、平穏を愛する賢者がいるのなら…)
その思いは、まだ、淡い期待に過ぎなかった。

数日後。
王都の裏門から、一台の質素な馬車が、夜陰に紛れて静かに出発した。
王女の旅立ちであることを、誰にも悟らせないための、極秘の旅立ちだった。
馬車を護衛するのは、エリアーナが自ら選んだ、五名の近衛騎士だけ。彼らは、王女への忠誠心と、卓越した武勇を兼ね備えた、王国最強の盾だった。

馬車の中で、エリアーナは窓の外に広がる、闇に沈む王都の街並みを見つめていた。
侍女が、心配そうに声をかける。
「王女様…本当に、よろしいのですか?」
「ええ。大丈夫よ、リナ」
エリアーナは、優しく微笑んだ。
「少し、遠くの村に住む、変わった農夫さんに、会いに行くだけなのだから」

その声には、不安の色は一切なかった。
ただ、未知なるものへの、知的な好奇心と、これから始まる旅への、静かな高揚感だけが満ちていた。

王女エリアーナの旅立ち。
それは、カーム村という小さな舞台に、最後の、そして最大の役者が登場したことを意味していた。
俺の、つまり、ただの農夫アランの平穏な日常は、もはや、国家レベルの政治劇に、完全に巻き込まれてしまっていたのだ。

その頃、俺は、そんなことなど露知らず、自宅の屋根の上で、難しい顔をして空を眺めていた。
「うーむ。どうも、この雨樋の角度が悪いらしい。雨水が、うまく流れていかんな…」

俺の頭の中を占めているのは、王国の未来でも、伝説の暗殺者の宿命でもない。
ただ、家の雨漏りをどうすれば直せるか、という、極めて現実的で、そして平和な悩みだけだった。

王女の馬車が、土埃を上げて、辺境の地を目指す。
その車輪の音は、俺の運命の歯車が、また一つ、大きく軋みながら回転を始めた音だったのかもしれない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「餌代の無駄」と追放されたテイマー、家族(ペット)が装備に祝福を与えていた。辺境で美少女化する家族とスローライフ

天音ねる(旧:えんとっぷ)
ファンタジー
【祝:男性HOT18位】Sランクパーティ『紅蓮の剣』で、戦闘力のない「生産系テイマー」として雑用をこなす心優しい青年、レイン。 彼の育てる愛らしい魔物たちが、実はパーティの装備に【神の祝福】を与え、その強さの根源となっていることに誰も気づかず、仲間からは「餌代ばかりかかる寄生虫」と蔑まれていた。 「お前はもういらない」 ついに理不尽な追放宣告を受けるレイン。 だが、彼と魔物たちがパーティを去った瞬間、最強だったはずの勇者の聖剣はただの鉄クズに成り果てた。祝福を失った彼らは、格下のモンスターに惨敗を喫する。 ――彼らはまだ、自分たちが捨てたものが、どれほど偉大な宝だったのかを知らない。 一方、レインは愛する魔物たち(スライム、ゴブリン、コカトリス、マンドラゴラ)との穏やかな生活を求め、人里離れた辺境の地で新たな暮らしを始める。 生活のためにギルドへ持ち込んだ素材は、実は大陸の歴史を塗り替えるほどの「神話級」のアイテムばかりだった!? 彼の元にはエルフやドワーフが集い、静かな湖畔の廃屋は、いつしか世界が注目する「聖域」へと姿を変えていく。 そして、レインはまだ知らない。 夜な夜な、彼が寝静まった後、愛らしい魔物たちが【美少女】の姿となり、 「れーんは、きょーも優しかったの! だからぽるん、いーっぱいきらきらジェル、あげたんだよー!」 「わ、私、今日もちゃんと硬い石、置けました…! レイン様、これがあれば、きっともう危ない目に遭いませんよね…?」 と、彼を巡って秘密のお茶会を繰り広げていることを。 そして、彼が築く穏やかな理想郷が、やがて大国の巨大な陰謀に巻き込まれていく運命にあることを――。 理不尽に全てを奪われた心優しいテイマーが、健気な“家族”と共に、やがて世界を動かす主となる。 王道追放ざまぁ × 成り上がりスローライフ × 人外ハーモニー! HOT男性49位(2025年9月3日0時47分) →37位(2025年9月3日5時59分)→18位(2025年9月5日10時16分)

ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします

ランド犬
ファンタジー
 異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは ――〈ホームセンター〉 壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。 気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。 拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?

スキル【土いじり】でパーティを追放された俺、開墾した畑からダンジョンが生えてきた。

夏見ナイ
ファンタジー
「役立たず」の烙印を押され、パーティを追放されたアルフォンス。彼のスキルは戦闘に不向きな【土いじり】。失意の彼は都会を離れ、辺境の地で静かに農業を営むことを決意する。 しかし、彼が畑を耕すと、そこから不思議なダンジョンが生えてきた! ダンジョン内では、高級ポーションになる薬草や伝説の金属『オリハルコン』が野菜のように収穫できる。地味だと思われた【土いじり】は、実はこの『農園ダンジョン』を育てる唯一無二のチートスキルだったのだ。 噂を聞きつけ集まる仲間たち。エルフの美少女、ドワーフの天才鍛冶師……。気づけば彼の農園は豊かな村へ、そして難攻不落の要塞国家へと発展していく。 一方、彼を追放したパーティは没落の一途を辿り……。 これは、追放された男が最強の生産職として仲間と共に理想郷を築き上げる、農業スローライフ&建国ファンタジー!

お荷物認定を受けてSSS級PTを追放されました。でも実は俺がいたからSSS級になれていたようです。

幌須 慶治
ファンタジー
S級冒険者PT『疾風の英雄』 電光石火の攻撃で凶悪なモンスターを次々討伐して瞬く間に最上級ランクまで上がった冒険者の夢を体現するPTである。 龍狩りの一閃ゲラートを筆頭に極炎のバーバラ、岩盤砕きガイル、地竜射抜くローラの4人の圧倒的な火力を以って凶悪モンスターを次々と打ち倒していく姿は冒険者どころか庶民の憧れを一身に集めていた。 そんな中で俺、ロイドはただの盾持ち兼荷物運びとして見られている。 盾持ちなのだからと他の4人が動く前に現地で相手の注意を引き、模擬戦の時は2対1での攻撃を受ける。 当然地味な役割なのだから居ても居なくても気にも留められずに居ないものとして扱われる。 今日もそうして地竜を討伐して、俺は1人後処理をしてからギルドに戻る。 ようやく帰り着いた頃には日も沈み酒場で祝杯を挙げる仲間たちに報酬を私に近づいた時にそれは起こる。 ニヤついた目をしたゲラートが言い放つ 「ロイド、お前役にたたなすぎるからクビな!」 全員の目と口が弧を描いたのが見えた。 一応毎日更新目指して、15話位で終わる予定です。 作品紹介に出てる人物、主人公以外重要じゃないのはご愛嬌() 15話で終わる気がしないので終わるまで延長します、脱線多くてごめんなさい 2020/7/26

実家の裏庭がダンジョンだったので、口裂け女や八尺様に全自動で稼がせて俺は寝て暮らす〜元社畜のダンジョン経営〜

チャビューヘ
ファンタジー
過労死寸前でブラック企業を辞めた俺が手に入れたのは、祖父の古民家と「ダンジョン経営システム」だった。 しかもバグで、召喚できるのは「口裂け女」「八尺様」「ターボババア」など日本の怪異だけ。 ……最高じゃないか。物理無効で24時間稼働。これぞ究極の不労所得。 元SEの知識でシステムの穴を突き、怪異たちに全自動でダンジョンを回させる。 ゴブリンは資源。スライムは美容液の原料。災害は全て収益に変換する。 「カイトさん、私……きれい?」 「ああ。効率的で、機能美すらある」 「……褒めてる?」 「褒めてる」 口裂け女は俺の言葉で即落ちした。チョロい。だがそれでいい。 ホワイト待遇で怪異を雇い、俺は縁側で茶をすする。 働いたら負け。それが元社畜の結論だ。 これは、壊れた男と健気な怪異たちが送る、ダンジョン経営スローライフの物語。

なんとなく歩いてたらダンジョンらしき場所に居た俺の話

TB
ファンタジー
岩崎理(いわさきおさむ)40歳バツ2派遣社員。とっても巻き込まれ体質な主人公のチーレムストーリーです。

S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました

白崎なまず
ファンタジー
この世界の人間の多くは生まれてきたときにスキルを持っている。スキルの力は強大で、強力なスキルを持つ者が貧弱なスキルしか持たない者を支配する。 そんな世界に生まれた主人公アレスは大昔の英雄が所持していたとされるSランク『剣聖』を持っていたことが明らかになり一気に成り上がっていく。 王族になり、裕福な暮らしをし、将来は王女との結婚も約束され盤石な人生を歩むアレス。 しかし物事がうまくいっている時こそ人生の落とし穴には気付けないものだ。 突如現れた謎の老人に剣聖のスキルを奪われてしまったアレス。 スキルのおかげで手に入れた立場は当然スキルがなければ維持することが出来ない。 王族から下民へと落ちたアレスはこの世に絶望し、生きる気力を失いかけてしまう。 そんなアレスに手を差し伸べたのはとある教会のシスターだった。 Sランクスキルを失い、この世はスキルが全てじゃないと知ったアレス。 スキルがない自分でも前向きに生きていこうと冒険者の道へ進むことになったアレスだったのだが―― なんと、そんなアレスの元に剣聖のスキルが舞い戻ってきたのだ。 スキルを奪われたと王族から追放されたアレスが剣聖のスキルが戻ったことを隠しながら冒険者になるために学園に通う。 スキルの優劣がものを言う世界でのアレスと仲間たちの学園ファンタジー物語。 この作品は小説家になろうに投稿されている作品の重複投稿になります

《レベル∞》の万物創造スキルで追放された俺、辺境を開拓してたら気づけば神々の箱庭になっていた

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティーの雑用係だったカイは、魔王討伐後「無能」の烙印を押され追放される。全てを失い、死を覚悟して流れ着いた「忘れられた辺境」。そこで彼のハズレスキルは真の姿《万物創造》へと覚醒した。 無から有を生み、世界の理すら書き換える神の如き力。カイはまず、生きるために快適な家を、豊かな畑を、そして清らかな川を創造する。荒れ果てた土地は、みるみるうちに楽園へと姿を変えていった。 やがて、彼の元には行き場を失った獣人の少女やエルフの賢者、ドワーフの鍛冶師など、心優しき仲間たちが集い始める。これは、追放された一人の青年が、大切な仲間たちと共に理想郷を築き、やがてその地が「神々の箱庭」と呼ばれるまでの物語。

処理中です...