「お前の戦い方は地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん、その正体は大陸を震撼させた伝説の暗殺者。

夏見ナイ

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第60話:次なる嵐の予兆

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王女エリアーナが王都を旅立ってから、数日が過ぎた。
カーム村には、黄昏の蛇との戦いで負った傷跡がまだ生々しく残ってはいたが、村人たちの力強い営みによって、着実に復興への道を歩んでいた。壊れた家屋は修繕され、畑には再び緑が戻り、子供たちの笑い声が、以前にも増して明るく響き渡るようになった。

俺の日常もまた、ようやく「平穏」と呼べる状態に近づきつつあった。
戦いの後始末は、ほとんどガレスとマーカスが引き受けてくれた。捕虜となったボルガと黄昏の蛇の残党たちは、マーカスの部下によって厳重に王都へと護送されていった。彼らがどんな裁きを受けるのか、俺に興味はなかった。ただ、二度とこの村に関わらないでくれれば、それでいい。

マーカスもまた、役目を終えたとして、部下と共に王都へ帰還した。
彼は去り際に、俺の前に深々と頭を下げ、こう言った。
「アラン殿。私は、王都であなたが見せてくださった『本当の強さ』を、そしてこの村の『温かさ』を、決して忘れはしないでしょう。いずれまた、必ず」
その目には、エリート騎士の驕りはなく、一人の人間としての、純粋な敬意が宿っていた。まあ、面倒なのが一人いなくなって、せいせいしたというのが俺の正直な感想だったが。

滞在者が減ったことで、俺の家の周りも、少しだけ静かになった。
いや、一人だけ、全く変わらない存在がいたが。
「師匠! 今日も修行、よろしくお願いします!」
リリアは、怪我が完治するやいなや、以前にも増して熱心に俺の元へ通ってきた。彼女の中で、俺はもはや神に等しい存在として、確固たる地位を築いてしまったらしい。

セレスティアも、まだ村に留まっていた。
彼女は「黄昏の蛇の残党が、完全に掃討されたか確認する」という名目で滞在を続けているが、その本当の目的は、俺の監視と、そして、彼女自身の心の迷いの答えを探すためなのだろう。
だが、彼女も以前のように俺を組織に連れ戻そうとはせず、ただ静かに、俺の日常に寄り添うように存在していた。

(まあ、これでいい)

俺は、縁側でハーブティーをすすりながら、穏やかな午後の日差しに目を細めた。
多少の騒がしさはある。
だが、血の匂いはしない。殺気もない。
畑は実り、空は青く、隣人たちは優しい。
これこそが、俺が望んだスローライフだ。

その、あまりに平和な時間が、俺の感覚を、少しだけ鈍らせていたのかもしれない。
俺は気づいていなかった。
俺の周囲で、静かに、しかし確実に、新たな嵐の種が撒かれ、芽吹き始めていたことに。

その予兆は、いくつかの些細な変化として現れた。
一つは、村を訪れる、見慣れない旅人の増加だった。
以前は、行商人のマルコ以外、ほとんど外部の人間が来ることはなかったこの村に、ここ数日、日に数人は、屈強な体つきをした傭兵風の男や、ローブで顔を隠した魔術師のような者たちが、姿を見せるようになったのだ。
彼らは、村を観光するでもなく、ただ、丘の上にある俺の家を、遠巻きに、しかし探るような目で眺めては、去っていく。

もう一つは、セレスティアが受け取る情報の変化だ。
彼女は、時折、彼女の使い魔である梟から、小さな巻物を受け取っていた。以前は、それに目を通す彼女の表情は常に無表情だった。
だが、最近の彼女は、巻物を読むたびに、僅かに眉をひそめ、険しい表情を浮かべることが多くなっていた。

そして、極めつけは、ガレスの様子だった。
彼は、王国から定期的に送られてくる伝令の手紙を受け取るたびに、何か思いつめたような顔で、俺の家と村の入り口を、交互に何度も見比べるようになった。

何かが、動いている。
俺の知らない場所で。俺のあずかり知らぬところで。
俺という存在を核にして、巨大な何かが、この小さな村に近づきつつある。
俺の、長年培ってきた暗殺者としての勘が、そう告げていた。

(…また、面倒事か)

俺は、深くため息をついた。
せっかく取り戻した平穏だ。今度は、絶対に誰にも邪魔はさせない。
たとえ、その相手が、王国であろうと、あるいは、それ以上の何かであろうと。

俺は、立ち上がると、家の物置へと向かった。
そして、地下の隠し倉庫へと続く、あの床板に、そっと手をかけた。

黄昏の蛇との戦いの後、俺は、黒い装束とナイフを、再びこの場所に封印したはずだった。
もう、二度と使うことはない、と。

だが、俺の勘が、警告している。
嵐は、必ず来る。
そして、その嵐は、今までとは比べ物にならないほど、大きく、そして強力なものになるだろう、と。

俺は、床板を、開けなかった。
まだ、その時ではない。
だが、いつでも開けられるように、その準備だけはしておく必要があった。

俺が、静かな覚悟を固めていた、その時。
村の入り口の方から、馬車の車輪が軋む音が、微かに聞こえてきた。
それは、行商人のマルコのものではない。もっと、上品で、軽やかな音だった。

俺は、丘の上から、その馬車を見下ろした。
質素だが、作りは良い。それを引く馬も、辺境では見かけない、見事な純白の馬だ。
そして、その馬車を護衛するように、数名の屈強な騎士たちが、周囲を固めている。

あの紋章は…。
俺の目が、騎士たちの胸当てに刻まれた紋章を捉え、僅かに細められた。
アステリア王国、王家の紋章。

馬車は、村の入り口で、ゆっくりと止まった。
そして、その扉が、静かに開かれた。

最初に現れたのは、侍女の手。
そして、その手に導かれるように、一台の馬車から、まるで太陽の光が人の形を取ったかのような、一人の少女が、静かに降り立った。

その瞬間、カーム村の、のどかな空気が、一変した。
誰もが、その少女から放たれる、圧倒的なまでの気品と、神々しいほどの美しさに、息を呑み、動きを止めた。

次なる嵐。
それは、軍隊でも、暗殺者ギルドでもなかった。
たった一人の、美しい王女の姿をして、今、静かに、しかし確実に、このカーム村へと、上陸したのだった。
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