「お前の戦い方は地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん、その正体は大陸を震撼させた伝説の暗殺者。

夏見ナイ

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第61話:王女、来訪

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白馬が引く、一台の簡素な馬車。
それがカーム村の入り口に静かに止まった時、村の時間は、まるで魔法にでもかかったかのようにぴたりと止まった。
畑仕事をしていた農夫はクワを握ったまま固まり、井戸端で談笑していた女たちは口を開けたまま動きを止め、走り回っていた子供たちでさえ、まるで石になったかのようにその場に立ち尽くした。

全ての視線は、馬車の扉から現れた、一人の少女に釘付けになっていた。

陽光を浴びて輝く白金色の髪。どこまでも澄んだ青い瞳。
その可憐な容姿もさることながら、彼女が放つ雰囲気は、この村に存在するあらゆるものと、あまりにも異質だった。
それは、生まれながらにして人の上に立つ者だけが持つ、絶対的な気品と、侵しがたいほどの威厳。
彼女がそこに立つだけで、のどかな村の風景が、まるで壮大な絵画の一場面であるかのように、その意味合いを変えてしまった。

村人たちは、息をすることさえ忘れていた。
ただ、目の前に降臨した、人間とは違う、何か神聖な存在を前に、呆然とするしかなかった。

その異様な沈黙を破ったのは、警備詰所から飛び出してきたガレスだった。
元騎士である彼は、他の村人たちが見惚れていたものとは違う一点に、気づいてしまったのだ。
馬車を護衛する、数名の男たち。その胸当てに刻まれた紋章。

「…アステリア王国、王家の紋章…!」

ガレスの顔から、さっと血の気が引いた。
彼は、反射的にその場に膝をつき、騎士の最敬礼の姿勢を取った。そのあまりに唐突な行動に、村人たちはさらに混乱する。

俺は、丘の上にある自宅の縁側から、その一部始終を眺めていた。
俺の目もまた、あの紋章をはっきりと捉えていた。
そして、ガレスと同じように、いや、それ以上に深い絶望を感じていた。

(…終わった)

俺の口から、乾いた声が漏れた。
(俺の平穏なスローライフ、完全終了のお知らせだ)

チンピラが来た。賞金稼ぎが来た。騎士団が来た。暗殺者ギルドが来た。
その全てを、俺はどうにか乗り切ってきた。
だが、今度ばかりは、相手が悪すぎる。
国家そのものが、俺という存在に、気づいてしまったのだ。

もはや、逃げる場所はない。
大陸のどこへ行こうと、王家の探索網からは逃れられないだろう。
俺は、静かに天を仰いだ。空は、皮肉なほどに青く澄み渡っていた。

村では、ガレスの行動を見て、事態の重大さを察した村長オルデンが、慌てて少女の元へと駆け寄っていた。
「も、もしや…あなた様は…」

少女――王女エリアーナは、腰をかがめるオルデンに、穏やかな笑みを向けた。
その笑み一つで、周囲の緊張した空気が、ふわりと和らぐ。
「お騒がせして、申し訳ありません。わたくしは、エリアーナと申します。少し、この村の方にお話を伺いたく、参りました」
彼女の声は、鈴の音のように涼やかで、聞く者の心を自然と落ち着かせる響きを持っていた。

王女と名乗ることもなく、ただ一人の旅人として振る舞う。その謙虚な態度に、オルデンはますます恐縮した。
「エリアーナ様、と。して、どのようなご用件で…」
「この村に、アランという方がいらっしゃると聞きました。その方に、お会いすることはできますでしょうか」

エリアーナは、単刀直入に、しかし礼儀正しく、その目的を告げた。
その名が出た瞬間、周囲の村人たちの間に、ざわめきが走った。

「アラン様を…?」
「やはり…! アラン様の偉大さが、ついに王宮にまで届いたんだ!」
「もしかして、このお方は、アラン様をお城にお迎えするために…!」

村人たちの勘違いは、もはや国家レベルにまで飛躍していた。
彼らの目には、エリアーナが、辺境に隠れ住む賢者を訪ねてきた、物語の中の敬虔な王女のように映っているらしかった。

その騒ぎは、俺の家で「修行」に励んでいたリリアと、「監視」を続けていたセレスティアの耳にも、当然届いていた。
「師匠! 大変です! なんか、ものすごく高貴な感じの人が、師匠に会いに来ましたよ!」
リリアが、目を輝かせて報告してくる。
セレスティアは、何も言わなかった。だが、その紫の瞳は、丘の下に立つエリアーナの姿を、鋭い分析の光と共に捉えていた。その表情には、予期せぬ大物の登場に対する、明確な警戒心が浮かんでいる。

俺は、大きく、そして諦めに満ちたため息をついた。
もはや、居留守を使うことも、人違いだと言い張ることも、不可能だろう。
相手は、一国の王女だ。彼女を無下に扱えば、それは反逆と見なされ、この村ごと焼き払われかねない。

(どうする…)

俺の脳が、高速で回転を始める。
選択肢は、三つ。
一つ、今すぐ全ての荷物をまとめて、この村から逃げ出す。だが、それはこの村を見捨てることになり、俺の良心がそれを許さない。
二つ、徹底的にただの農夫を演じきり、王女の勘違いだと思わせる。だが、これまでの所業を考えると、今更無理があるだろう。
三つ、腹を括って、王女と対峙する。

答えは、一つしかなかった。
俺は、観念して、縁側にどっかりと腰を下ろした。そして、イーニッドさんからもらった、冷たいハーブティーを、ぐいっと一気に飲み干した。
これから始まるであろう、人生で最も面倒な交渉に備えて、喉を潤しておく必要があった。

丘の下では、オルデン村長が、エリアーナ一行を案内して、こちらへ向かって歩き始めていた。
その一歩一歩が、まるで俺の平穏な生活への、カウントダウンのように感じられた。

王女、来訪。
それは、俺の個人的な物語が、否応なく、国家という巨大な物語に組み込まれていく、始まりの合図だった。
俺は、近づいてくる足音を聞きながら、ただ、これから始まるであろう胃痛の悪化を、静かに覚悟するしかなかった。
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