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第80話:潜入ルートの確保
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「時間です」
セレスティアの、静かで張り詰めた声が、野営地に響いた。
月が中天に差し掛かり、周囲の木々の影が、最も濃くなる時間。作戦開始の刻限だった。
俺たちは、無言で立ち上がり、それぞれの装備の最終確認を行う。その場の空気は、これから死地へ赴く者たち特有の、研ぎ澄まされた静寂に満ちていた。
「梟からの、最終報告が入りました」
セレスティアは、一枚の羊皮紙を広げた。そこには、彼女の使い魔たちが命がけで偵察した、「忘却の砦」の、より詳細な内部構造が、鳥瞰図のように描き込まれている。
「これが、私たちが確保しうる、最も正確な地図です。これ以上の情報は、内部に侵入しなければ得られません」
その地図は、驚くほど精密だった。
見張りの交代時間、巡回ルートの僅かな死角、そして、罠が仕掛けられている可能性が高い場所。セレス
ティアの情報収集能力は、やはり並大抵のものではなかった。
「潜入ルートは、予定通り、北側の古代水道橋から。ここから中央塔の最下層までは、比較的、警備が手薄です」
セレスティアは、地図上を指でなぞりながら説明を続けた。
「ですが、問題は、その先です。中央塔の内部は、構造がさらに複雑化しており、梟たちも深部まで侵入できませんでした。分かっているのは、各階層に、四天王の誰かが待ち受けているということだけ」
「つまり、ここから先は、俺たちの腕次第、ということか」
俺の言葉に、セレスティアは、こくりと頷いた。
その表情には、これだけの情報しか確保できなかったことへの、プロとしての悔しさが滲んでいる。
「いや、十分すぎる」
俺は、そんな彼女の心中を察して、短く言った。
「これだけの情報があれば、道筋は見える。お前の仕事は、完璧だ」
俺の、素直な賞賛の言葉。
それに、セレスティアは一瞬、驚いたように目を見開いた。そして、すぐにいつもの無表情に戻ったが、その耳が、僅かに赤く染まっているのを、俺は見逃さなかった。
俺は、その詳細な地図を、数秒間、黙って見つめた。
そして、その全ての情報を、写真のように、脳裏に焼き付けた。
もう、地図は必要ない。
俺の頭の中に、完璧な立体モデルが構築された。
「よし」
俺は、立ち上がった。
「時間だ。行くぞ」
俺とセレスティアは、陽動部隊であるガレスたちとは別のルートを取り、音もなく、砦の北側へと向かった。
鬱蒼とした森を抜け、切り立った崖の下を進む。
やがて、俺たちの目の前に、天に向かって伸びる、巨大な石の橋が現れた。
古代の水道橋だ。
かつては、山頂から砦へと水を運んでいたのだろう。だが、今はその役目を終え、風雨に晒されて、所々が崩れ落ちている。その高さは、地上から百メートルはあろうか。一歩足を踏み外せば、即死は免れない。
「…本当に、ここを登るのですか」
セレスティアが、見上げながら、僅かに声を震わせた。
「ああ。ここが、奴らが最も油断している場所だ」
俺は、躊躇なく、水道橋の橋脚に手をかけた。
長い年月で風化した石には、無数の小さな凹凸がある。俺は、それを指先で探り当て、完璧な足場としながら、まるで重力を無視するかのように、垂直の壁を登り始めた。
その動きは、ロッククライミングというより、壁に吸い付くヤモリのようだった。
セレスティアも、俺に遅れることなく、後を追ってくる。
彼女もまた、組織で鍛え抜かれた、潜入のプロだ。その身のこなしは、俺に勝るとも劣らない。
俺たちの姿は、下方を巡回している見張りたちの、視界のちょうど死角に入っていた。
彼らは、自分たちの頭上、百メートルの高さを、二つの黒い影が、音もなく登っていることなど、夢にも思わないだろう。
やがて、俺たちは、水道橋の上部にたどり着いた。
そこから、砦の城壁までは、一本の細い橋が架かっている。
幅は、わずか三十センチ。
下は、奈落の底だ。
俺たちは、息を殺し、その細い橋を渡り始めた。
一歩、また一歩。
バランスを崩せば、全てが終わる。
だが、俺たちの足取りに、迷いはなかった。
ついに、砦の城壁に、たどり着いた。
城壁には、水道橋が接続されていた名残で、小さな水路の入り口が、ぽっかりと口を開けている。
その入り口は、鉄格子で固く閉ざされていた。
セレスティアが、懐から特殊なワイヤーを取り出し、鍵をこじ開けようとする。
だが、俺は、それを手で制した。
「…罠だ」
俺の、鋭い囁き。
「この鉄格子には、触れた者の魔力を感知し、警報を鳴らす、古代の魔法がかけられている」
「…では、どうやって」
「力ずくだ」
俺は、鉄格子の、錆びついて脆くなっている一点を見つけると、そこに、ナイフの先端を差し込んだ。
そして、腰を落とし、体全体の力を、その一点に集中させる。
筋肉が、きしむ音を立てる。
ミシリ、と、鉄が歪む、か細い音がした。
俺は、さらに力を込める。
バキン!
甲高い音と共に、鉄格子は、根元から、ねじ切れるように破壊された。
警報は、鳴らなかった。
魔法が感知するのは、魔力だけ。俺の、純粋な物理的な力は、その対象外だったのだ。
俺とセレスティアは、顔を見合わせ、静かに頷いた。
そして、音もなく、砦の内部へと、その第一歩を、踏み入れた。
潜入ルートは、確保された。
作戦の成否は、ここから先の、俺たちの働きにかかっている。
俺は、深く、静かに息を吸った。
砦の内部から漂ってくる、淀んだ空気が、俺の肺を満たす。
それは、これから始まる、死闘の匂いだった。
セレスティアの、静かで張り詰めた声が、野営地に響いた。
月が中天に差し掛かり、周囲の木々の影が、最も濃くなる時間。作戦開始の刻限だった。
俺たちは、無言で立ち上がり、それぞれの装備の最終確認を行う。その場の空気は、これから死地へ赴く者たち特有の、研ぎ澄まされた静寂に満ちていた。
「梟からの、最終報告が入りました」
セレスティアは、一枚の羊皮紙を広げた。そこには、彼女の使い魔たちが命がけで偵察した、「忘却の砦」の、より詳細な内部構造が、鳥瞰図のように描き込まれている。
「これが、私たちが確保しうる、最も正確な地図です。これ以上の情報は、内部に侵入しなければ得られません」
その地図は、驚くほど精密だった。
見張りの交代時間、巡回ルートの僅かな死角、そして、罠が仕掛けられている可能性が高い場所。セレス
ティアの情報収集能力は、やはり並大抵のものではなかった。
「潜入ルートは、予定通り、北側の古代水道橋から。ここから中央塔の最下層までは、比較的、警備が手薄です」
セレスティアは、地図上を指でなぞりながら説明を続けた。
「ですが、問題は、その先です。中央塔の内部は、構造がさらに複雑化しており、梟たちも深部まで侵入できませんでした。分かっているのは、各階層に、四天王の誰かが待ち受けているということだけ」
「つまり、ここから先は、俺たちの腕次第、ということか」
俺の言葉に、セレスティアは、こくりと頷いた。
その表情には、これだけの情報しか確保できなかったことへの、プロとしての悔しさが滲んでいる。
「いや、十分すぎる」
俺は、そんな彼女の心中を察して、短く言った。
「これだけの情報があれば、道筋は見える。お前の仕事は、完璧だ」
俺の、素直な賞賛の言葉。
それに、セレスティアは一瞬、驚いたように目を見開いた。そして、すぐにいつもの無表情に戻ったが、その耳が、僅かに赤く染まっているのを、俺は見逃さなかった。
俺は、その詳細な地図を、数秒間、黙って見つめた。
そして、その全ての情報を、写真のように、脳裏に焼き付けた。
もう、地図は必要ない。
俺の頭の中に、完璧な立体モデルが構築された。
「よし」
俺は、立ち上がった。
「時間だ。行くぞ」
俺とセレスティアは、陽動部隊であるガレスたちとは別のルートを取り、音もなく、砦の北側へと向かった。
鬱蒼とした森を抜け、切り立った崖の下を進む。
やがて、俺たちの目の前に、天に向かって伸びる、巨大な石の橋が現れた。
古代の水道橋だ。
かつては、山頂から砦へと水を運んでいたのだろう。だが、今はその役目を終え、風雨に晒されて、所々が崩れ落ちている。その高さは、地上から百メートルはあろうか。一歩足を踏み外せば、即死は免れない。
「…本当に、ここを登るのですか」
セレスティアが、見上げながら、僅かに声を震わせた。
「ああ。ここが、奴らが最も油断している場所だ」
俺は、躊躇なく、水道橋の橋脚に手をかけた。
長い年月で風化した石には、無数の小さな凹凸がある。俺は、それを指先で探り当て、完璧な足場としながら、まるで重力を無視するかのように、垂直の壁を登り始めた。
その動きは、ロッククライミングというより、壁に吸い付くヤモリのようだった。
セレスティアも、俺に遅れることなく、後を追ってくる。
彼女もまた、組織で鍛え抜かれた、潜入のプロだ。その身のこなしは、俺に勝るとも劣らない。
俺たちの姿は、下方を巡回している見張りたちの、視界のちょうど死角に入っていた。
彼らは、自分たちの頭上、百メートルの高さを、二つの黒い影が、音もなく登っていることなど、夢にも思わないだろう。
やがて、俺たちは、水道橋の上部にたどり着いた。
そこから、砦の城壁までは、一本の細い橋が架かっている。
幅は、わずか三十センチ。
下は、奈落の底だ。
俺たちは、息を殺し、その細い橋を渡り始めた。
一歩、また一歩。
バランスを崩せば、全てが終わる。
だが、俺たちの足取りに、迷いはなかった。
ついに、砦の城壁に、たどり着いた。
城壁には、水道橋が接続されていた名残で、小さな水路の入り口が、ぽっかりと口を開けている。
その入り口は、鉄格子で固く閉ざされていた。
セレスティアが、懐から特殊なワイヤーを取り出し、鍵をこじ開けようとする。
だが、俺は、それを手で制した。
「…罠だ」
俺の、鋭い囁き。
「この鉄格子には、触れた者の魔力を感知し、警報を鳴らす、古代の魔法がかけられている」
「…では、どうやって」
「力ずくだ」
俺は、鉄格子の、錆びついて脆くなっている一点を見つけると、そこに、ナイフの先端を差し込んだ。
そして、腰を落とし、体全体の力を、その一点に集中させる。
筋肉が、きしむ音を立てる。
ミシリ、と、鉄が歪む、か細い音がした。
俺は、さらに力を込める。
バキン!
甲高い音と共に、鉄格子は、根元から、ねじ切れるように破壊された。
警報は、鳴らなかった。
魔法が感知するのは、魔力だけ。俺の、純粋な物理的な力は、その対象外だったのだ。
俺とセレスティアは、顔を見合わせ、静かに頷いた。
そして、音もなく、砦の内部へと、その第一歩を、踏み入れた。
潜入ルートは、確保された。
作戦の成否は、ここから先の、俺たちの働きにかかっている。
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