隣の席のクールな銀髪美少女、俺にだけデレるどころか未来の嫁だと宣言してきた

夏見ナイ

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第1話 新学期の隣人、あるいは完璧すぎる氷の女王

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春特有の浮かれた空気が、どうにも苦手だった。
桜が舞い、誰もが新しい出会いに胸をときめかせる季節。俺、相沢優斗(あいざわゆうと)にとっては、ただクラス替えという名の人間関係リセットイベントに胃を痛めるだけの期間でしかない。
ごく平凡な容姿。ごく平凡な成績。ごく平凡な運動神経。良く言えば平均的、悪く言えば没個性。そんな俺が、この自己紹介とグループ形成の狂乱期間を平穏に乗り切るには、なるべく目立たず、嵐が過ぎ去るのを待つしかないのだ。

「よお優斗! 今年もよろしくな!」
背後から肩を景気よく叩かれ、俺はよろめいた。振り返るまでもない。このやかましくて人懐っこい声は、親友の赤坂陽平(あかさかようへい)だ。
「陽平か。よろしく。しかし、また同じクラスとはな。腐れ縁にも程がある」
「なんだよ、嬉しいくせに。お前みたいなコミュ障は俺がいなきゃ最初のグループ分けで詰むだろ」
「失礼な。去年は自力で乗り切った」
「俺がお前の班に入れてやったんだろうが」
軽口を叩き合いながら、教室の隅に貼り出された名簿を確認する。見慣れた名前と、いくつか見慣れない名前。高校二年生という、中途半端で不安定な一年が始まろうとしていた。

ホームルーム開始のチャイムが鳴り、担任の田中先生、通称タナチューが気の抜けた顔で入ってくる。
「はい、じゃあ席替えするぞー。くじだから文句言うなよー」
教室内が期待と悲鳴で騒がしくなる中、タナチューはポツリと付け加えた。
「あ、その前に転校生だ。入れー」
その一言で、教室の喧騒が嘘のように静まり返る。転校生。この時期に? 誰もが息を殺して、教室の入り口を見つめた。

ドアが静かに開く。そこに立っていたのは、現実感を失わせるほどに美しい少女だった。
絹糸のように滑らかな銀色の髪が、窓から差し込む春の光を吸い込んで淡く輝いている。日本人離れした白い肌は、まるで上質な陶器のよう。長い睫毛に縁取られた瞳は、凍てついた湖面を思わせる深い碧色をしていた。
制服を寸分の隙もなく着こなし、その立ち姿はまるで絵画の中から抜け出してきたかのようだ。教室の誰もが、その非現実的なまでの美貌に言葉を失っていた。男子は魅了され、女子は圧倒されている。空気が張り詰め、誰かの喉が鳴る音だけがやけに大きく響いた。

彼女は静かに教壇の前に立つと、感情の温度が全く感じられない、平坦な声で告げた。
「雪城冬花(ゆきしろふゆか)です。よろしくお願いします」
それだけ。趣味も、前の学校の話も、何もない。ただ事実だけを告げるその声は、彼女の見た目と同じくらい冷たく、そして美しかった。
教室を満たしていたのは、もはや感嘆ではない。畏怖に近い感情だった。近寄りがたい、というレベルを遥かに超越している。まるで高嶺の花というより、北極の氷山。触れたら指先から凍りついてしまいそうな、絶対的な隔絶感が彼女の全身から発散されていた。

「えー、じゃあ雪城もくじ引いてくれ」
タナチューの声で、俺たちは魔法から覚めたように我に返った。くじ引きの箱が回ってくる。頼むから目立たない席を。窓際の後ろの方とか。そんな俺の祈りが通じたのか、引いた番号は窓際の後ろから二番目という絶好のポジションだった。心の中でガッツポーズする。
生徒たちが次々と新しい席へ移動していく。陽平は俺から少し離れた、教室の中央あたりに収まった。残念そうな顔でこちらに手を振っている。

そして、最後にくじを引いた雪城冬花が、俺の隣の席になった。
時間が止まった。
嘘だろ。何かの間違いだ。全校生徒の視線が、槍のように俺の背中に突き刺さるのを感じる。羨望、嫉妬、好奇心、憐憫。ありとあらゆる感情の濁流が、俺という一点に集中していた。寿命が五十年は縮んだ気がする。

彼女は何も言わず、音もなく椅子を引いて席に着いた。俺との距離、わずか数十センチ。シャンプーだろうか、ふわりと冷たくて甘い、石鹸のような清潔な香りが鼻を掠める。心臓がうるさい。呼吸の仕方も忘れそうだ。
何か、何か言わなければ。クラスメイトとして、隣人として。
「あ、あの……」
声が裏返った。最悪だ。
「相沢です。よろしく……」
蚊の鳴くような声で挨拶すると、彼女はこちらに顔を向けた。その碧眼が真正面から俺を捉え、心臓が跳ね上がる。人形のように整った顔に、表情はない。
「……よろしく」
唇からこぼれたのは、吐息のように小さな声だった。それだけ言うと、彼女はすぐに前を向いてしまった。
終わった。俺の高校二年生は、早くも終わった。

最初の授業は数学だった。俺の頭には公式の一つも入ってこない。ただ、隣の存在が気になって仕方なかった。
横目で盗み見る。雪城さんは、背筋をピンと伸ばして教師の話を聞いている。その姿勢は少しの乱れもない。教師が黒板に書く数式を、彼女は迷いのない滑らかなペン運びでノートに写していく。その姿すら、芸術品のように洗練されていた。
次の国語の授業。教科書を立てる指先は白く長く、まるでピアニストのようだ。時折、窓の外に視線を移す。その憂いを帯びた横顔は、何か壮大な物語のワンシーンを切り取ったかのようだった。
休み時間になっても、彼女は誰とも話さない。文庫本を取り出して静かにページをめくるだけ。その周囲には見えない壁が存在していて、何人かの男子が意を決して話しかけようとしては、その絶対的なオーラに気圧されてすごすごと引き返していく。
いつしか、クラスの誰もが彼女をこう呼ぶようになっていた。
『氷の女王』と。

一日が終わる頃には、俺はすっかり疲弊しきっていた。結局、朝の挨拶以外、彼女と一言も言葉を交わすことはなかった。いや、交わせなかった。
放課後のチャイムが鳴り、生徒たちが騒がしく帰り支度を始める。俺も鞄に教科書を詰め込んでいると、ふと視線を感じた。
見ると、雪城さんがじっとこちらを見ていた。碧色の瞳は、やはり何の感情も映していない。
「な、何か……?」
思わず尋ねてしまったが、彼女はすぐに目を逸らし、小さく首を横に振った。そして、静かに立ち上がり、誰に挨拶するでもなく教室を出て行った。
残された俺は、しばらくその場で動けなかった。

何だったんだ、今の視線は。
俺と彼女の間には、天と地ほどの差がある。住む世界が違いすぎる。それは今日一日で痛いほど理解した。
彼女は、完璧すぎる。容姿も、頭脳も、その纏う雰囲気も。俺のような凡人が、気安く話しかけていい相手じゃない。
この息が詰まるような隣人関係が、これから一年も続くのか。考えただけで、重いため息が漏れた。
俺と彼女の世界は、決して交わることのない平行線だ。ただ偶然、隣り合ってしまっただけ。
そう、この時の俺は本気で信じていた。この完璧で氷のような美少女が、俺の平凡な日常を根底からひっくり返す存在になるなんて、想像すらしていなかったのだ。
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