隣の席のクールな銀髪美少女、俺にだけデレるどころか未来の嫁だと宣言してきた

夏見ナイ

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第76話 星空の下で、あるいは真実への序章

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旅館の夜は、男子高校生らしい、実にくだらない馬鹿騒ぎと共に更けていった。
プレミアムロールケーキを巡る攻防戦の後も、俺たちは枕投げをしたり、テレビゲームに興じたり、そして他愛もない恋バナに花を咲かせたりした。
やがて消灯時間となり、部屋の明かりが落とされる。
だが、興奮状態の俺たちが素直に眠りにつくはずもなかった。
暗闇の中、ひそひそと囁き声が交わされる。
「なあ、女子部屋、ちょっと覗きに行かねえ?」
そんなあまりにも古典的で、あまりにも愚かな提案が誰からともなく上がった。
俺は昼間の疲れもあり、そんな無謀な冒険に参加する気にはなれなかった。
「俺は、パス。お前らだけで行ってこいよ」
俺がそう言って布団に深く潜り込むと、陽平たちが「根性なしめー」とからかいながら、そっと部屋を抜け出していった。
静かになった部屋で、俺は一人目を閉じる。
だが、眠気はなかなか訪れてくれなかった。
頭の中に、今日の出来事が次々と蘇ってくる。
新幹線の中で食べた、お揃いのクッキー。
彼女の完璧すぎるナビゲート。
そして、縁結びの神社で見たあの真剣な祈る横顔。
その全てが、俺の心を温かく、そして甘く満たしていく。

その時だった。
枕元に置いていたスマホが、静かに一度だけぶるりと震えた。
俺は他のメンバーを起こさないように、そっと布団の中でスマホの画面を確認する。
メッセージの送り主は、やはり彼女だった。
その内容は、あまりにも短く、そしてあまりにもミステリアスだった。

『中庭で、待っています』

中庭?
こんな真夜中に?
俺は一瞬戸惑った。陽平たちの悪戯かとも思った。
だが、そのメッセージの下に添えられていた、小さな月のスタンプ。
それは、俺と彼女の間で最近おやすみの挨拶として使われるようになった特別なスタンプだった。
彼女だ。間違いない。
俺は、心臓がドクンと大きく鳴るのを感じた。
何か特別な話があるのかもしれない。
俺は音を立てないようにゆっくりと布団から抜け出した。
そして、眠っている(フリをしているかもしれない)ルームメイトたちに気づかれないよう、忍者みたいに静かに部屋を抜け出した。

深夜の旅館は、シンと静まり返っていた。
廊下には非常灯のぼんやりとした明かりが灯っているだけ。
自分の足音だけがやけに大きく響く。
俺は、まるで何か禁じられた秘密の逢瀬に向かうような、そんな背徳的な高揚感を覚えていた。
中庭へと続くガラス戸を開ける。
ひやりとした夜の空気が、俺の火照った頬を撫でていった。
そこは、昼間見た時とは全く違う幻想的な空間だった。
手入れの行き届いた松の木。
静かに水を湛える小さな池。
そして、その池のほとりに彼女は一人で立っていた。

雪城冬花。
彼女は浴衣を着ていた。
旅館で用意された、落ち着いた紫色の浴衣。
その姿は夏祭りの時の華やかな浴衣とはまた違う、しっとりとした大人の色香を漂わせている。
夜風に、彼女の長い銀色の髪がさらりと揺れた。
月明かりに照らされたその横顔は、まるでこの世のものとは思えないほど美しく、そして儚げだった。
俺は声をかけることも忘れ、ただその光景に見惚れていた。

俺の気配に気づいたのか、彼女はゆっくりとこちらを振り返った。
そして、ふわりと優しく微笑む。
「……来てくれたんですね」
その声は、夜の静寂に溶けてしまいそうなほど静かだった。
「……当たり前だろ」
俺は彼女の隣まで歩み寄った。
「こんな時間に、どうしたんだよ。何かあったのか?」
俺が尋ねると、彼女は何も言わずにただ夜空を指さした。
俺もつられるように空を見上げる。
そこには、俺が今まで見たこともないような満天の星空が広がっていた。
都会の明かりに邪魔されない古都の夜空。
まるで、ダイヤモンドの粉を漆黒のベルベットの上にぶちまけたかのような圧倒的な星の数。
天の川が白い帯となって空を横切っているのがはっきりと見えた。

「……すごいな」
俺は思わず息を呑んだ。
「はい」
彼女も静かに頷く。
「未来では、もうこれほどの星空は見られなくなっていましたから」
彼女の声には、どこか郷愁に似た響きがあった。
俺たちはしばらくの間、言葉もなくただ黙ってその永遠のような星空を見上げていた。
やがて、彼女がぽつりと呟いた。
「……少しずつ、お話ししようと思います」
「え?」
俺が聞き返す。
「私がなぜここに来たのか。そして、私たちが本当に戦わなければならないもののこと」
彼女は星空から俺へと視線を移した。
その深い碧色の瞳には、今まで見たこともないような強い、強い覚悟の色が宿っていた。
「未来の話はあまりしたくありませんでした。今のあなたとの時間を大切にしたかったから」
「でも、もう逃げてはいられません。あなたにも知ってもらわなければならないから」
彼女の言葉は静かだったが、その一言一言にずしりとした重みがあった。
俺はゴクリと喉を鳴らした。
ついにこの時が来たのだ。
彼女がずっと一人で抱え込んできた秘密。
そのパンドラの箱が今、開かれようとしている。
俺は何も言わずに、ただ彼女の次の言葉を待った。
どんな真実が明かされようとも、受け止める覚悟はもうできていたから。

星空の下、二人きり。
静かで、美しく、そして少しだけ張り詰めた空気の中。
俺たちの運命の物語が、本当の意味で始まろうとしていた。
これは、ただの甘い恋物語ではない。
俺と彼女が二人で運命に抗うための戦いの物語。
その序章が今、静かに幕を開けたのだ。
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