75 / 97
第76話 星空の下で、あるいは真実への序章
しおりを挟む
旅館の夜は、男子高校生らしい、実にくだらない馬鹿騒ぎと共に更けていった。
プレミアムロールケーキを巡る攻防戦の後も、俺たちは枕投げをしたり、テレビゲームに興じたり、そして他愛もない恋バナに花を咲かせたりした。
やがて消灯時間となり、部屋の明かりが落とされる。
だが、興奮状態の俺たちが素直に眠りにつくはずもなかった。
暗闇の中、ひそひそと囁き声が交わされる。
「なあ、女子部屋、ちょっと覗きに行かねえ?」
そんなあまりにも古典的で、あまりにも愚かな提案が誰からともなく上がった。
俺は昼間の疲れもあり、そんな無謀な冒険に参加する気にはなれなかった。
「俺は、パス。お前らだけで行ってこいよ」
俺がそう言って布団に深く潜り込むと、陽平たちが「根性なしめー」とからかいながら、そっと部屋を抜け出していった。
静かになった部屋で、俺は一人目を閉じる。
だが、眠気はなかなか訪れてくれなかった。
頭の中に、今日の出来事が次々と蘇ってくる。
新幹線の中で食べた、お揃いのクッキー。
彼女の完璧すぎるナビゲート。
そして、縁結びの神社で見たあの真剣な祈る横顔。
その全てが、俺の心を温かく、そして甘く満たしていく。
その時だった。
枕元に置いていたスマホが、静かに一度だけぶるりと震えた。
俺は他のメンバーを起こさないように、そっと布団の中でスマホの画面を確認する。
メッセージの送り主は、やはり彼女だった。
その内容は、あまりにも短く、そしてあまりにもミステリアスだった。
『中庭で、待っています』
中庭?
こんな真夜中に?
俺は一瞬戸惑った。陽平たちの悪戯かとも思った。
だが、そのメッセージの下に添えられていた、小さな月のスタンプ。
それは、俺と彼女の間で最近おやすみの挨拶として使われるようになった特別なスタンプだった。
彼女だ。間違いない。
俺は、心臓がドクンと大きく鳴るのを感じた。
何か特別な話があるのかもしれない。
俺は音を立てないようにゆっくりと布団から抜け出した。
そして、眠っている(フリをしているかもしれない)ルームメイトたちに気づかれないよう、忍者みたいに静かに部屋を抜け出した。
深夜の旅館は、シンと静まり返っていた。
廊下には非常灯のぼんやりとした明かりが灯っているだけ。
自分の足音だけがやけに大きく響く。
俺は、まるで何か禁じられた秘密の逢瀬に向かうような、そんな背徳的な高揚感を覚えていた。
中庭へと続くガラス戸を開ける。
ひやりとした夜の空気が、俺の火照った頬を撫でていった。
そこは、昼間見た時とは全く違う幻想的な空間だった。
手入れの行き届いた松の木。
静かに水を湛える小さな池。
そして、その池のほとりに彼女は一人で立っていた。
雪城冬花。
彼女は浴衣を着ていた。
旅館で用意された、落ち着いた紫色の浴衣。
その姿は夏祭りの時の華やかな浴衣とはまた違う、しっとりとした大人の色香を漂わせている。
夜風に、彼女の長い銀色の髪がさらりと揺れた。
月明かりに照らされたその横顔は、まるでこの世のものとは思えないほど美しく、そして儚げだった。
俺は声をかけることも忘れ、ただその光景に見惚れていた。
俺の気配に気づいたのか、彼女はゆっくりとこちらを振り返った。
そして、ふわりと優しく微笑む。
「……来てくれたんですね」
その声は、夜の静寂に溶けてしまいそうなほど静かだった。
「……当たり前だろ」
俺は彼女の隣まで歩み寄った。
「こんな時間に、どうしたんだよ。何かあったのか?」
俺が尋ねると、彼女は何も言わずにただ夜空を指さした。
俺もつられるように空を見上げる。
そこには、俺が今まで見たこともないような満天の星空が広がっていた。
都会の明かりに邪魔されない古都の夜空。
まるで、ダイヤモンドの粉を漆黒のベルベットの上にぶちまけたかのような圧倒的な星の数。
天の川が白い帯となって空を横切っているのがはっきりと見えた。
「……すごいな」
俺は思わず息を呑んだ。
「はい」
彼女も静かに頷く。
「未来では、もうこれほどの星空は見られなくなっていましたから」
彼女の声には、どこか郷愁に似た響きがあった。
俺たちはしばらくの間、言葉もなくただ黙ってその永遠のような星空を見上げていた。
やがて、彼女がぽつりと呟いた。
「……少しずつ、お話ししようと思います」
「え?」
俺が聞き返す。
「私がなぜここに来たのか。そして、私たちが本当に戦わなければならないもののこと」
彼女は星空から俺へと視線を移した。
その深い碧色の瞳には、今まで見たこともないような強い、強い覚悟の色が宿っていた。
「未来の話はあまりしたくありませんでした。今のあなたとの時間を大切にしたかったから」
「でも、もう逃げてはいられません。あなたにも知ってもらわなければならないから」
彼女の言葉は静かだったが、その一言一言にずしりとした重みがあった。
俺はゴクリと喉を鳴らした。
ついにこの時が来たのだ。
彼女がずっと一人で抱え込んできた秘密。
そのパンドラの箱が今、開かれようとしている。
俺は何も言わずに、ただ彼女の次の言葉を待った。
どんな真実が明かされようとも、受け止める覚悟はもうできていたから。
星空の下、二人きり。
静かで、美しく、そして少しだけ張り詰めた空気の中。
俺たちの運命の物語が、本当の意味で始まろうとしていた。
これは、ただの甘い恋物語ではない。
俺と彼女が二人で運命に抗うための戦いの物語。
その序章が今、静かに幕を開けたのだ。
プレミアムロールケーキを巡る攻防戦の後も、俺たちは枕投げをしたり、テレビゲームに興じたり、そして他愛もない恋バナに花を咲かせたりした。
やがて消灯時間となり、部屋の明かりが落とされる。
だが、興奮状態の俺たちが素直に眠りにつくはずもなかった。
暗闇の中、ひそひそと囁き声が交わされる。
「なあ、女子部屋、ちょっと覗きに行かねえ?」
そんなあまりにも古典的で、あまりにも愚かな提案が誰からともなく上がった。
俺は昼間の疲れもあり、そんな無謀な冒険に参加する気にはなれなかった。
「俺は、パス。お前らだけで行ってこいよ」
俺がそう言って布団に深く潜り込むと、陽平たちが「根性なしめー」とからかいながら、そっと部屋を抜け出していった。
静かになった部屋で、俺は一人目を閉じる。
だが、眠気はなかなか訪れてくれなかった。
頭の中に、今日の出来事が次々と蘇ってくる。
新幹線の中で食べた、お揃いのクッキー。
彼女の完璧すぎるナビゲート。
そして、縁結びの神社で見たあの真剣な祈る横顔。
その全てが、俺の心を温かく、そして甘く満たしていく。
その時だった。
枕元に置いていたスマホが、静かに一度だけぶるりと震えた。
俺は他のメンバーを起こさないように、そっと布団の中でスマホの画面を確認する。
メッセージの送り主は、やはり彼女だった。
その内容は、あまりにも短く、そしてあまりにもミステリアスだった。
『中庭で、待っています』
中庭?
こんな真夜中に?
俺は一瞬戸惑った。陽平たちの悪戯かとも思った。
だが、そのメッセージの下に添えられていた、小さな月のスタンプ。
それは、俺と彼女の間で最近おやすみの挨拶として使われるようになった特別なスタンプだった。
彼女だ。間違いない。
俺は、心臓がドクンと大きく鳴るのを感じた。
何か特別な話があるのかもしれない。
俺は音を立てないようにゆっくりと布団から抜け出した。
そして、眠っている(フリをしているかもしれない)ルームメイトたちに気づかれないよう、忍者みたいに静かに部屋を抜け出した。
深夜の旅館は、シンと静まり返っていた。
廊下には非常灯のぼんやりとした明かりが灯っているだけ。
自分の足音だけがやけに大きく響く。
俺は、まるで何か禁じられた秘密の逢瀬に向かうような、そんな背徳的な高揚感を覚えていた。
中庭へと続くガラス戸を開ける。
ひやりとした夜の空気が、俺の火照った頬を撫でていった。
そこは、昼間見た時とは全く違う幻想的な空間だった。
手入れの行き届いた松の木。
静かに水を湛える小さな池。
そして、その池のほとりに彼女は一人で立っていた。
雪城冬花。
彼女は浴衣を着ていた。
旅館で用意された、落ち着いた紫色の浴衣。
その姿は夏祭りの時の華やかな浴衣とはまた違う、しっとりとした大人の色香を漂わせている。
夜風に、彼女の長い銀色の髪がさらりと揺れた。
月明かりに照らされたその横顔は、まるでこの世のものとは思えないほど美しく、そして儚げだった。
俺は声をかけることも忘れ、ただその光景に見惚れていた。
俺の気配に気づいたのか、彼女はゆっくりとこちらを振り返った。
そして、ふわりと優しく微笑む。
「……来てくれたんですね」
その声は、夜の静寂に溶けてしまいそうなほど静かだった。
「……当たり前だろ」
俺は彼女の隣まで歩み寄った。
「こんな時間に、どうしたんだよ。何かあったのか?」
俺が尋ねると、彼女は何も言わずにただ夜空を指さした。
俺もつられるように空を見上げる。
そこには、俺が今まで見たこともないような満天の星空が広がっていた。
都会の明かりに邪魔されない古都の夜空。
まるで、ダイヤモンドの粉を漆黒のベルベットの上にぶちまけたかのような圧倒的な星の数。
天の川が白い帯となって空を横切っているのがはっきりと見えた。
「……すごいな」
俺は思わず息を呑んだ。
「はい」
彼女も静かに頷く。
「未来では、もうこれほどの星空は見られなくなっていましたから」
彼女の声には、どこか郷愁に似た響きがあった。
俺たちはしばらくの間、言葉もなくただ黙ってその永遠のような星空を見上げていた。
やがて、彼女がぽつりと呟いた。
「……少しずつ、お話ししようと思います」
「え?」
俺が聞き返す。
「私がなぜここに来たのか。そして、私たちが本当に戦わなければならないもののこと」
彼女は星空から俺へと視線を移した。
その深い碧色の瞳には、今まで見たこともないような強い、強い覚悟の色が宿っていた。
「未来の話はあまりしたくありませんでした。今のあなたとの時間を大切にしたかったから」
「でも、もう逃げてはいられません。あなたにも知ってもらわなければならないから」
彼女の言葉は静かだったが、その一言一言にずしりとした重みがあった。
俺はゴクリと喉を鳴らした。
ついにこの時が来たのだ。
彼女がずっと一人で抱え込んできた秘密。
そのパンドラの箱が今、開かれようとしている。
俺は何も言わずに、ただ彼女の次の言葉を待った。
どんな真実が明かされようとも、受け止める覚悟はもうできていたから。
星空の下、二人きり。
静かで、美しく、そして少しだけ張り詰めた空気の中。
俺たちの運命の物語が、本当の意味で始まろうとしていた。
これは、ただの甘い恋物語ではない。
俺と彼女が二人で運命に抗うための戦いの物語。
その序章が今、静かに幕を開けたのだ。
0
あなたにおすすめの小説
小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!
竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」
俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。
彼女の名前は下野ルカ。
幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。
俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。
だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている!
堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!
この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている
夏見ナイ
恋愛
平凡な俺、相葉祐樹が手にしたのは、ありえないはずの超名門男子校『獅子王院学園』からの合格通知。期待を胸に入学した先は、王子様みたいなイケメンだらけの夢の空間だった!
……はずが、ある夜、同室のクールな完璧王子・橘玲が女の子であるという、学園最大の秘密を知ってしまう。
なんとこの学園、俺以外、全員が“訳アリ”の男装女子だったのだ!
秘密の「共犯者」となった俺は、慣れない男装に悩む彼女たちの唯一の相談相手に。
「祐樹の前でだけは、女の子でいられる……」
クールなイケメンたちの、俺だけに見せる甘々な素顔と猛アプローチにドキドキが止まらない!
秘密だらけで糖度120%の学園ラブコメ、開幕!
クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。
桜庭かなめ
恋愛
高校2年生の白石洋平のクラスには、藤原千弦という女子生徒がいる。千弦は美人でスタイルが良く、凛々しく落ち着いた雰囲気もあるため「王子様」と言われて人気が高い。千弦とは教室で挨拶したり、バイト先で接客したりする程度の関わりだった。
とある日の放課後。バイトから帰る洋平は、駅前で男2人にナンパされている千弦を見つける。普段は落ち着いている千弦が脚を震わせていることに気付き、洋平は千弦をナンパから助けた。そのときに洋平に見せた笑顔は普段みんなに見せる美しいものではなく、とても可愛らしいものだった。
ナンパから助けたことをきっかけに、洋平は千弦との関わりが増えていく。
お礼にと放課後にアイスを食べたり、昼休みに一緒にお昼ご飯を食べたり、お互いの家に遊びに行ったり。クラスメイトの王子様系女子との温かくて甘い青春ラブコメディ!
※特別編2が完結しました!(2025.9.15)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、いいね、感想などお待ちしております。
女子ばっかりの中で孤軍奮闘のユウトくん
菊宮える
恋愛
高校生ユウトが始めたバイト、そこは女子ばかりの一見ハーレム?な店だったが、その中身は男子の思い描くモノとはぜ~んぜん違っていた?? その違いは読んで頂ければ、だんだん判ってきちゃうかもですよ~(*^-^*)
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
俺のモテない学園生活を妹と変えていく!? ―妹との二人三脚で俺はリア充になる!―
小春かぜね
恋愛
俺ではフツメンだと感じているが、スクールカースト底辺の生活を過ごしている。
俺の学園は恋愛行為に厳しい縛りは無いので、陽キャラたちは楽しい学園生活を過ごしているが、俺には女性の親友すらいない……
異性との関係を強く望む学園(高校生)生活。
俺は彼女を作る為に、学年の女子生徒たちに好意の声掛けをするが、全く相手にされない上、余りにも声掛けをし過ぎたので、俺は要注意人物扱いされてしまう。
当然、幼なじみなんて俺には居ない……
俺の身近な女性と言えば妹(虹心)はいるが、その妹からも俺は毛嫌いされている!
妹が俺を毛嫌いし始めたのは、有る日突然からで有ったが、俺にはその理由がとある出来事まで分からなかった……
俺にだけツンツンする学園一の美少女が、最近ちょっとデレてきた件。
甘酢ニノ
恋愛
彼女いない歴=年齢の高校生・相沢蓮。
平凡な日々を送る彼の前に立ちはだかるのは──
学園一の美少女・黒瀬葵。
なぜか彼女は、俺にだけやたらとツンツンしてくる。
冷たくて、意地っ張りで、でも時々見せるその“素”が、どうしようもなく気になる。
最初はただの勘違いだったはずの関係。
けれど、小さな出来事の積み重ねが、少しずつ2人の距離を変えていく。
ツンデレな彼女と、不器用な俺がすれ違いながら少しずつ近づく、
焦れったくて甘酸っぱい、青春ラブコメディ。
彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。
遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。
彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。
……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。
でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!?
もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー!
ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。)
略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる