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第77話 明かされる真実、あるいは失う未来
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満天の星が、俺たち二人を静かに見下ろしている。
雪城冬花のそのあまりにも真剣な瞳を前に、俺はごくりと息を呑んだ。
彼女がこれから語るであろう真実。
それがどれほど重いものであっても、受け止めよう。俺はそう覚悟を決めていた。
彼女は一度深く息を吸い込んだ。
そして、まるで遠い昔の物語を語り聞かせるかのように、静かに、そしてゆっくりと口を開いた。
「私が、あなたを失う未来を変えるために来ました」
その最初の一言。
それは夏祭りの夜に、彼女が涙ながらに口にした言葉と同じだった。
だが、その響きは全く違うものに聞こえた。
そこにはもう感情的な揺らぎはない。
ただ、揺るぎない事実としての重みだけがあった。
「あなたを、失う……。やっぱり、俺、死ぬのか?」
俺はもう一度同じ問いを投げかけた。
彼女はやはり静かに首を横に振った。
「いいえ。あなたは死にはしません。ですが……」
彼女は一度言葉を切り、そして俺の目を真っ直ぐに見つめた。
その瞳の奥に、深い、深い悲しみの色が揺らめいている。
「あなたは、私を愛さなくなります」
そのあまりにも衝撃的な言葉。
俺は一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
愛さなくなる? 俺が? この、どうしようもなく愛おしい彼女を?
あり得ない。絶対にあり得ない。
俺が言葉を失っていると、彼女は淡々と続けた。
「未来の私たちは幸せでした。誰が見ても羨むような、理想の夫婦だったと思います。私にとっても、人生で最も輝いていたかけがえのない時間でした」
「でも、その幸せは永遠ではなかった」
彼女の声がわずかに震える。
「結婚して三年目の冬。あなたは、ある事故に遭います。それは命に別状はない些細な事故でした。ですが、その事故があなたの脳の一部を損傷させてしまった」
「……脳を?」
「はい。あなたは事故の後遺症で、ある種の感情を失ってしまったんです」
彼女はそう言って、ぎゅっと自分の浴衣の胸元を握りしめた。
「あなたは笑わなくなりました。怒らなくなりました。泣なくなりました。そして……」
「私を、愛さなくなりました」
その言葉はまるで鋭い氷の刃のように、俺の胸に突き刺さった。
想像もできない。
俺が彼女を愛さなくなる未来。
そんなものが本当に存在するのだろうか。
「あなたは私のことを覚えてはいました。私たちが夫婦であることも理解していました。ですが、あなたの瞳から私に向ける、あの温かくて優しい光は完全に消え失せてしまった」
「あなたはただ、私を同居人として認識しているだけ。そこに愛はもう一欠片も残っていませんでした」
彼女の瞳から一筋の涙がぽろりとこぼれ落ちた。
「それが私には耐えられなかった」
「あなたが死んでしまうことよりも、ずっと、ずっと辛かった。あなたが生きているのに、私のすぐそばにいるのに、あなたの心はもうどこにもない。その空っぽの人形のようなあなたと二人で生きていく。その終わりのない地獄が……」
彼女はもう言葉を続けることができなかった。
ただ声を殺して嗚咽を漏らすだけ。
俺は何も言えなかった。
どんな慰めの言葉も、この彼女が味わった絶望の深さの前では、あまりにもちっぽけで無力に思えた。
彼女は俺を二度失ったのだ。
一度は事故によって、その心を。
そして、その結果として、その愛を。
それは死よりも残酷な別れだったのかもしれない。
「……だから」
しばらくして、彼女は涙を拭い顔を上げた。
その瞳には再び強い、強い意志の光が宿っていた。
「だから私は来たんです。その全ての原因となった『事故』そのものを、なかったことにするために」
「事故さえ起きなければ。あなたは心を失うことも、私を愛さなくなることもない。私たちはずっと幸せなまま一緒にいられる。そう信じて」
彼女のそのあまりにも切実で、悲痛な願い。
俺はようやく全てを理解した。
彼女がなぜ未来の再現に、あれほどまでにこだわっていたのか。
なぜ俺の些細な怪我に、あれほどまでに取り乱したのか。
その全てがこの「俺を失う未来」を回避するためだったのだ。
彼女はたった一人で、そんな途方もない運命と戦い続けてきたのだ。
俺は自分の無力さが情けなかった。
そして、そんな彼女に何も知らずにわがままを言ったり、傷つけたりしてきた自分が許せなかった。
「……ごめん」
俺の口からか細い声が漏れた。
「俺、何も知らずに……。お前がそんな辛い思いをしてたなんて……」
俺がそう言って頭を下げると、彼女は静かに首を横に振った。
「いいえ。あなたが謝ることではありません」
彼女はそう言って、俺の頬にそっとその冷たい手を添えた。
「それに、もう一人じゃありませんから」
彼女はそう言ってふわりと微笑んだ。
その笑顔は涙に濡れていたけれど、今までで一番力強く、そして美しかった。
「あなたがいる。今のあなたが私の隣にいてくれる。それだけで私はもう何も怖くありません」
その絶対的な信頼の言葉。
俺はもう迷わなかった。
俺も彼女と同じ覚悟を決めなければならない。
「……ああ」
俺は彼女の手に自分の手を重ねた。
「俺もいる。お前と一緒に戦う」
俺たちは見つめ合った。
その瞳には同じ決意の光が宿っている。
「絶対にそんな未来にはさせない。俺は、絶対にお前を愛さなくなんてならない」
俺は力強く誓った。
それは彼女への、そして俺自身への揺るぎない誓いだった。
俺たちの本当の戦いが今、始まる。
満天の星空の下で、俺たちは二人で一つの運命共同体となった。
これからどんな困難が待ち受けていようとも。
俺たちはもう決して離れたりしない。
その固い、固い絆だけが俺たちを照らす、唯一の希望の光だった。
雪城冬花のそのあまりにも真剣な瞳を前に、俺はごくりと息を呑んだ。
彼女がこれから語るであろう真実。
それがどれほど重いものであっても、受け止めよう。俺はそう覚悟を決めていた。
彼女は一度深く息を吸い込んだ。
そして、まるで遠い昔の物語を語り聞かせるかのように、静かに、そしてゆっくりと口を開いた。
「私が、あなたを失う未来を変えるために来ました」
その最初の一言。
それは夏祭りの夜に、彼女が涙ながらに口にした言葉と同じだった。
だが、その響きは全く違うものに聞こえた。
そこにはもう感情的な揺らぎはない。
ただ、揺るぎない事実としての重みだけがあった。
「あなたを、失う……。やっぱり、俺、死ぬのか?」
俺はもう一度同じ問いを投げかけた。
彼女はやはり静かに首を横に振った。
「いいえ。あなたは死にはしません。ですが……」
彼女は一度言葉を切り、そして俺の目を真っ直ぐに見つめた。
その瞳の奥に、深い、深い悲しみの色が揺らめいている。
「あなたは、私を愛さなくなります」
そのあまりにも衝撃的な言葉。
俺は一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
愛さなくなる? 俺が? この、どうしようもなく愛おしい彼女を?
あり得ない。絶対にあり得ない。
俺が言葉を失っていると、彼女は淡々と続けた。
「未来の私たちは幸せでした。誰が見ても羨むような、理想の夫婦だったと思います。私にとっても、人生で最も輝いていたかけがえのない時間でした」
「でも、その幸せは永遠ではなかった」
彼女の声がわずかに震える。
「結婚して三年目の冬。あなたは、ある事故に遭います。それは命に別状はない些細な事故でした。ですが、その事故があなたの脳の一部を損傷させてしまった」
「……脳を?」
「はい。あなたは事故の後遺症で、ある種の感情を失ってしまったんです」
彼女はそう言って、ぎゅっと自分の浴衣の胸元を握りしめた。
「あなたは笑わなくなりました。怒らなくなりました。泣なくなりました。そして……」
「私を、愛さなくなりました」
その言葉はまるで鋭い氷の刃のように、俺の胸に突き刺さった。
想像もできない。
俺が彼女を愛さなくなる未来。
そんなものが本当に存在するのだろうか。
「あなたは私のことを覚えてはいました。私たちが夫婦であることも理解していました。ですが、あなたの瞳から私に向ける、あの温かくて優しい光は完全に消え失せてしまった」
「あなたはただ、私を同居人として認識しているだけ。そこに愛はもう一欠片も残っていませんでした」
彼女の瞳から一筋の涙がぽろりとこぼれ落ちた。
「それが私には耐えられなかった」
「あなたが死んでしまうことよりも、ずっと、ずっと辛かった。あなたが生きているのに、私のすぐそばにいるのに、あなたの心はもうどこにもない。その空っぽの人形のようなあなたと二人で生きていく。その終わりのない地獄が……」
彼女はもう言葉を続けることができなかった。
ただ声を殺して嗚咽を漏らすだけ。
俺は何も言えなかった。
どんな慰めの言葉も、この彼女が味わった絶望の深さの前では、あまりにもちっぽけで無力に思えた。
彼女は俺を二度失ったのだ。
一度は事故によって、その心を。
そして、その結果として、その愛を。
それは死よりも残酷な別れだったのかもしれない。
「……だから」
しばらくして、彼女は涙を拭い顔を上げた。
その瞳には再び強い、強い意志の光が宿っていた。
「だから私は来たんです。その全ての原因となった『事故』そのものを、なかったことにするために」
「事故さえ起きなければ。あなたは心を失うことも、私を愛さなくなることもない。私たちはずっと幸せなまま一緒にいられる。そう信じて」
彼女のそのあまりにも切実で、悲痛な願い。
俺はようやく全てを理解した。
彼女がなぜ未来の再現に、あれほどまでにこだわっていたのか。
なぜ俺の些細な怪我に、あれほどまでに取り乱したのか。
その全てがこの「俺を失う未来」を回避するためだったのだ。
彼女はたった一人で、そんな途方もない運命と戦い続けてきたのだ。
俺は自分の無力さが情けなかった。
そして、そんな彼女に何も知らずにわがままを言ったり、傷つけたりしてきた自分が許せなかった。
「……ごめん」
俺の口からか細い声が漏れた。
「俺、何も知らずに……。お前がそんな辛い思いをしてたなんて……」
俺がそう言って頭を下げると、彼女は静かに首を横に振った。
「いいえ。あなたが謝ることではありません」
彼女はそう言って、俺の頬にそっとその冷たい手を添えた。
「それに、もう一人じゃありませんから」
彼女はそう言ってふわりと微笑んだ。
その笑顔は涙に濡れていたけれど、今までで一番力強く、そして美しかった。
「あなたがいる。今のあなたが私の隣にいてくれる。それだけで私はもう何も怖くありません」
その絶対的な信頼の言葉。
俺はもう迷わなかった。
俺も彼女と同じ覚悟を決めなければならない。
「……ああ」
俺は彼女の手に自分の手を重ねた。
「俺もいる。お前と一緒に戦う」
俺たちは見つめ合った。
その瞳には同じ決意の光が宿っている。
「絶対にそんな未来にはさせない。俺は、絶対にお前を愛さなくなんてならない」
俺は力強く誓った。
それは彼女への、そして俺自身への揺るぎない誓いだった。
俺たちの本当の戦いが今、始まる。
満天の星空の下で、俺たちは二人で一つの運命共同体となった。
これからどんな困難が待ち受けていようとも。
俺たちはもう決して離れたりしない。
その固い、固い絆だけが俺たちを照らす、唯一の希望の光だった。
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