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第78話 運命の修正力、あるいは世界の法則
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星空の下、俺たちは重い真実を共有した。
俺が彼女への愛を失ってしまう未来。その原因となる一つの『事故』。
彼女は、そのあまりにも悲しい運命にたった一人で抗うために、この時代に来た。
俺は彼女が背負ってきたものの、その途方もない重さに改めて胸が締め付けられるのを感じていた。
同時に、燃えるような静かな怒りが心の奥底から湧き上がってくるのを感じていた。
そんな未来、絶対に認めない。
俺たちの幸せを、そんな理不尽な運命に奪わせてなるものか。
「……冬花」
俺は彼女の名前を呼んだ。
「その『事故』って、一体何なんだ? いつ、どこで、何が起きるのか分かってるのか?」
今、俺が知るべきは具体的な情報だった。敵の正体が分からなければ戦いようがない。
俺の真剣な問いに、彼女はこくりと静かに頷いた。
「はい。詳細な日時、場所、状況、全て私の記憶にあります」
「だったら……!」
俺が身を乗り出すと、彼女は静かに俺の言葉を制した。
「ですが、問題はそう単純ではないんです」
彼女の表情が再び険しいものに変わる。
「ただその事故を避ければいいというわけではない。私たちにはもっと厄介な敵がいます」
「敵……?」
俺は眉をひそめた。事故を起こす、誰か特定の犯人のようなものがいるのだろうか。
だが、彼女の口から語られたのは俺の想像を遥かに超える概念だった。
「『運命の修正力』とでも呼ぶべき存在です」
「運命の修正力……?」
聞き慣れない言葉に、俺はオウム返しに尋ねる。
「はい」
彼女はまるで大学の講義でもするかのように、冷静に、そして論理的に説明を始めた。
「この世界、この時間軸は、本来流れるべき歴史のルートを維持しようとする強い力を持っています。一種の自浄作用のようなものと考えてください」
「私が過去であるこの時代に干渉し、あなたが事故に遭うという『確定した未来』を変えようとすればするほど、その修正力は強く働きます」
「……どういうことだ?」
「例えば」
彼女は一つの仮説を口にした。
「事故が起きるはずの交差点をあなたが通らなかったとします。それで安心、ではないんです。運命はあなたを本来の結末へと導くために、別の場所で別の形であなたに災いをもたらそうとする」
「階段から足を踏み外すかもしれない。工事現場の鉄骨が落ちてくるかもしれない。それはもはや偶然ではない。まるで運命そのものがあなたを狙っているかのように、次々と不運があなたを襲うんです」
そのあまりにもSF映画のような話。
だが、彼女の真剣な瞳はそれが紛れもないこの世界の法則なのだと物語っていた。
俺はぞくりと背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「……なんだよ、それ。まるで俺たちが世界の敵みたいじゃないか」
俺がそう言うと、彼女は悲しげに微笑んだ。
「ある意味では、そうなのかもしれません。私たちは確定した未来に抗おうとしている異分子なのですから」
俺はハッとして、今までの出来事を思い返した。
文化祭の準備中に俺がペンキの缶を蹴飛ばしてしまった、あの些細なミス。
体育の授業で俺がボールを受け損ねて手首を捻挫してしまった、あの不運。
あれらは本当にただの偶然だったのだろうか。
もしかしたら、それらも全て俺と彼女の絆を引き裂こうとする、この恐るべき『運見の修正力』の仕業だったのでは……。
考えれば考えるほど、俺はその見えない敵の巨大さに身がすくむ思いだった。
「……じゃあ、どうすればいいんだよ。逃げても無駄だっていうなら」
俺の声は少しだけ震えていた。
すると彼女は、俺の手をぎゅっと力強く握りしめた。
その温かい感触に、俺は少しだけ我に返る。
「だから、です」
彼女の瞳に再び強い、強い光が宿った。
「だからただ逃げるだけではダメなんです。私たちの絆の力で、運命そのものをねじ伏せるしかない」
「絆の力……」
「はい。二人の想いがこの世界の法則を覆すほどに強く、強固になった時、初めて私たちは新しい未来を掴むことができる。運命が介入する隙もないほどに完璧な絆を築き上げるんです」
彼女はそう言い切った。
その言葉に、俺はようやく全てのパズルのピースがはまったような気がした。
彼女が今までしてきたこと。
手作りのお弁当も、二人きりの勉強会も、夏祭りのデートも、文化祭での共同作業も。
その全てが、ただの未来の再現なんかじゃなかった。
全てがこの『運命の修正力』に打ち勝つための、俺たちの絆を育むための、彼女なりの必死の戦いだったのだ。
「……そっか」
俺は大きく息を吐いた。
そして握られた彼女の手に、さらに力を込める。
恐怖はまだある。
だが、それ以上に彼女と共に戦えるという喜びが勝っていた。
「……わかった。やろうぜ、冬花」
俺は笑った。
吹っ切れた、心からの笑顔で。
「運命だろうが世界の法則だろうが関係ねえ。俺たちの絆でそんなもん、ぶっ飛ばしてやろうぜ」
俺のそのあまりにも無謀で、あまりにも頼もしい宣言。
それを聞いた彼女の瞳から、また一筋の涙がこぼれ落ちた。
だが、それはもう悲しみの涙ではなかった。
ただひたすらに愛おしくて、そして心強いパートナーを得られたことへの、喜びの涙だった。
「……はい!」
彼女は涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、それでも最高に力強く微笑んだ。
夜空の星がまるで俺たち二人を祝福するかのように、ひときわ強く輝いた気がした。
重い、重い真実。
そして、あまりにも巨大な敵。
だが、俺たちの心は不思議なくらい軽かった。
なぜなら、もう一人じゃないから。
二人でならきっと、どんな運命だって乗り越えられる。
俺たちはそんな揺るぎない確信を胸に、夜が明け始めた古都の空を静かに見上げていた。
俺が彼女への愛を失ってしまう未来。その原因となる一つの『事故』。
彼女は、そのあまりにも悲しい運命にたった一人で抗うために、この時代に来た。
俺は彼女が背負ってきたものの、その途方もない重さに改めて胸が締め付けられるのを感じていた。
同時に、燃えるような静かな怒りが心の奥底から湧き上がってくるのを感じていた。
そんな未来、絶対に認めない。
俺たちの幸せを、そんな理不尽な運命に奪わせてなるものか。
「……冬花」
俺は彼女の名前を呼んだ。
「その『事故』って、一体何なんだ? いつ、どこで、何が起きるのか分かってるのか?」
今、俺が知るべきは具体的な情報だった。敵の正体が分からなければ戦いようがない。
俺の真剣な問いに、彼女はこくりと静かに頷いた。
「はい。詳細な日時、場所、状況、全て私の記憶にあります」
「だったら……!」
俺が身を乗り出すと、彼女は静かに俺の言葉を制した。
「ですが、問題はそう単純ではないんです」
彼女の表情が再び険しいものに変わる。
「ただその事故を避ければいいというわけではない。私たちにはもっと厄介な敵がいます」
「敵……?」
俺は眉をひそめた。事故を起こす、誰か特定の犯人のようなものがいるのだろうか。
だが、彼女の口から語られたのは俺の想像を遥かに超える概念だった。
「『運命の修正力』とでも呼ぶべき存在です」
「運命の修正力……?」
聞き慣れない言葉に、俺はオウム返しに尋ねる。
「はい」
彼女はまるで大学の講義でもするかのように、冷静に、そして論理的に説明を始めた。
「この世界、この時間軸は、本来流れるべき歴史のルートを維持しようとする強い力を持っています。一種の自浄作用のようなものと考えてください」
「私が過去であるこの時代に干渉し、あなたが事故に遭うという『確定した未来』を変えようとすればするほど、その修正力は強く働きます」
「……どういうことだ?」
「例えば」
彼女は一つの仮説を口にした。
「事故が起きるはずの交差点をあなたが通らなかったとします。それで安心、ではないんです。運命はあなたを本来の結末へと導くために、別の場所で別の形であなたに災いをもたらそうとする」
「階段から足を踏み外すかもしれない。工事現場の鉄骨が落ちてくるかもしれない。それはもはや偶然ではない。まるで運命そのものがあなたを狙っているかのように、次々と不運があなたを襲うんです」
そのあまりにもSF映画のような話。
だが、彼女の真剣な瞳はそれが紛れもないこの世界の法則なのだと物語っていた。
俺はぞくりと背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「……なんだよ、それ。まるで俺たちが世界の敵みたいじゃないか」
俺がそう言うと、彼女は悲しげに微笑んだ。
「ある意味では、そうなのかもしれません。私たちは確定した未来に抗おうとしている異分子なのですから」
俺はハッとして、今までの出来事を思い返した。
文化祭の準備中に俺がペンキの缶を蹴飛ばしてしまった、あの些細なミス。
体育の授業で俺がボールを受け損ねて手首を捻挫してしまった、あの不運。
あれらは本当にただの偶然だったのだろうか。
もしかしたら、それらも全て俺と彼女の絆を引き裂こうとする、この恐るべき『運見の修正力』の仕業だったのでは……。
考えれば考えるほど、俺はその見えない敵の巨大さに身がすくむ思いだった。
「……じゃあ、どうすればいいんだよ。逃げても無駄だっていうなら」
俺の声は少しだけ震えていた。
すると彼女は、俺の手をぎゅっと力強く握りしめた。
その温かい感触に、俺は少しだけ我に返る。
「だから、です」
彼女の瞳に再び強い、強い光が宿った。
「だからただ逃げるだけではダメなんです。私たちの絆の力で、運命そのものをねじ伏せるしかない」
「絆の力……」
「はい。二人の想いがこの世界の法則を覆すほどに強く、強固になった時、初めて私たちは新しい未来を掴むことができる。運命が介入する隙もないほどに完璧な絆を築き上げるんです」
彼女はそう言い切った。
その言葉に、俺はようやく全てのパズルのピースがはまったような気がした。
彼女が今までしてきたこと。
手作りのお弁当も、二人きりの勉強会も、夏祭りのデートも、文化祭での共同作業も。
その全てが、ただの未来の再現なんかじゃなかった。
全てがこの『運命の修正力』に打ち勝つための、俺たちの絆を育むための、彼女なりの必死の戦いだったのだ。
「……そっか」
俺は大きく息を吐いた。
そして握られた彼女の手に、さらに力を込める。
恐怖はまだある。
だが、それ以上に彼女と共に戦えるという喜びが勝っていた。
「……わかった。やろうぜ、冬花」
俺は笑った。
吹っ切れた、心からの笑顔で。
「運命だろうが世界の法則だろうが関係ねえ。俺たちの絆でそんなもん、ぶっ飛ばしてやろうぜ」
俺のそのあまりにも無謀で、あまりにも頼もしい宣言。
それを聞いた彼女の瞳から、また一筋の涙がこぼれ落ちた。
だが、それはもう悲しみの涙ではなかった。
ただひたすらに愛おしくて、そして心強いパートナーを得られたことへの、喜びの涙だった。
「……はい!」
彼女は涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、それでも最高に力強く微笑んだ。
夜空の星がまるで俺たち二人を祝福するかのように、ひときわ強く輝いた気がした。
重い、重い真実。
そして、あまりにも巨大な敵。
だが、俺たちの心は不思議なくらい軽かった。
なぜなら、もう一人じゃないから。
二人でならきっと、どんな運命だって乗り越えられる。
俺たちはそんな揺るぎない確信を胸に、夜が明け始めた古都の空を静かに見上げていた。
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