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第61話:邪教団の宣戦布告
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セレスティアが自らの魂を贄にして消え去った後、アルカディア村の中央広場には異様な静寂と禍々しい魔力の残滓だけが残されていた。
空に開いたという空間の亀裂はすでに跡形もなく消えている。だが、あの冒涜的な気配は俺たちの脳裏に深く、そして不吉に焼き付いていた。
「……終わったのか?」
建物の陰から姿を現したリズベットが、警戒を解かずに呟いた。
「いいえ。終わってなどいません」
シルフィが黒く焼け焦げた聖銀樹の葉を拾い上げながら、静かに、しかしはっきりとした口調で言った。「むしろ始まってしまったのです。私たちの本当の戦いが」
彼女の言う通りだった。
セレスティアの最後の行動は単なる逃亡ではなかった。
あれは儀式だった。自らの敗北と魂を供物として、邪神復活の計画を次の段階へと進めるための。
そして俺たちアルカディア村に対する、明確で取り消し不能な『宣戦布告』だった。
俺はガイア・ガーディアンたちに広場の後片付けを命じながら、仲間たちと共に領主の館へと戻った。
執務室のテーブルを囲んでも、誰一人として勝利の余韻に浸る者はいなかった。俺たちの表情は皆、硬い。
「邪教団『黄昏の蛇』か。ずいぶんと物騒な連中が現れたもんだな」
リズベットが腕を組みながら唸る。「聖女様がそのトップの一人たあ、笑えねえ冗談だぜ」
「彼女の目的はこの村を『祭壇』にして邪神を復活させること。そのためにこの村に満ちる生命力と、私たちの魂を『贄』として求めている」
俺が状況を整理すると、シルフィが重い口を開いた。
「エルフの最も古い伝承に一つだけ記述があります。世界の理が乱れ星々の巡りが凶兆を示す時、『黄昏の蛇』は現れる、と。彼らは世界の終わりを告げる使者であり、その先触れとして最も輝かしい生命の地を堕とし、神々の眠る門を開く、と」
「……つまりこのアルカディア村が、その『最も輝かしい生命の地』に選ばれちまったってわけかい」
リズベットが忌々しげに吐き捨てる。
皮肉な話だった。俺たちが平和で豊かな理想郷を築き上げようとすればするほど、その輝きが世界の闇を呼び寄せてしまうのだ。
「このことは外部に知らせるべきだろうか」
俺は仲間たちに問いかけた。「アウグスト騎士団長やセバスチャン殿に伝えれば、国や商会が何らかの助けになってくれるかもしれない」
だがシルフィは静かに首を横に振った。
「おそらく無駄でしょう。邪教団の存在などほとんどの人間にとっては、おとぎ話でしかありません。確たる証拠もなく騒ぎ立てれば無用な混乱を招くだけです。最悪の場合、アルフォンス様が人心を惑わす危険人物と見なされてしまう可能性さえあります」
リズベットも同意だった。
「ああ。それに騎士団だか何だか知らねえが、あいつらがセレスティアの空間転移や魔人たちの力にどこまで対抗できる? 下手に巻き込んで無駄な犠牲を増やすだけかもしれねえぜ」
二人の意見は的を射ていた。
これはもはや通常の軍隊や国家権力が対処できるレベルの問題ではない。
神話や伝説の領域の戦いだ。
そしてその戦いに対抗できるだけの規格外の力を持っているのは、今のところこのアルカディア村だけなのだ。
「……そうか。そうだな」
俺は覚悟を決めた。「なら俺たちだけでやるしかない。この戦いは俺たちがこの村でケリをつける」
領主として俺は一瞬迷った。
この村の人々を、世界の命運を賭けたこんな途方もない戦いに巻き込んで良いのだろうか、と。
彼らはただ平穏な暮らしを求めてここへ来ただけなのだ。
だがもう選択の余地はなかった。
邪教団はこの村そのものを狙っている。逃げる場所などどこにもない。
戦うか、それともすべてを奪われ贄となるか。道は二つに一つだ。
翌朝。
俺はシェルターから出てきた村人たちを再び中央広場に集めた。
広場には昨夜の激戦の爪痕が生々しく残っている。村人たちの顔には不安と恐怖の色が浮かんでいた。
俺はその全ての視線を一身に受け止めながら、演台に立った。
嘘はつかなかった。
俺は昨夜何が起こったのか、ありのままに話した。
セレスティアの正体、邪教団『黄昏の蛇』の存在、そして彼らがこの村を狙う恐るべき目的。
俺たちの村が世界の終わりを目論む巨大な悪の標的となっていることを、誠実に、そして包み隠さずに語った。
広場は水を打ったように静まり返った。
恐怖に息を呑む者、絶望に顔を青ざめさせる者。
俺はそんな彼らに向かって深く、深く頭を下げた。
「……申し訳ない」
俺の声は震えていた。「俺がこの村をこれほどまでに豊かにしてしまったせいで、皆をとんでもない危機に巻き込んでしまった。領主として失格だ」
「だが」と俺は顔を上げた。
「俺は諦めるつもりはない。この村を、ここにいる誰一人として奴らの好きにはさせない。俺は戦う。この命に代えても俺たちの家を、俺たちの日常を守り抜いてみせる」
俺は村人たち一人一人の目を見ながら続けた。
「……これは俺が背負うべき戦いだ。皆に強制はしない。もしこの村を離れたい者がいるなら、今すぐ俺が安全な場所まで送り届けることを約束する。だが、もし……もし俺と共にこの村で戦う覚悟を決めてくれる者がいるのなら、どうか力を貸してほしい」
俺の魂からの訴えだった。
静寂が広場を支配する。
誰もが固唾を飲んで互いの顔を見合わせている。
その重い沈黙を破ったのは村の長老、オーギュストだった。
彼はゆっくりと前に進み出ると俺の前に立ち、静かに、しかし力強い声で言った。
「アルフォンス様。顔をお上げください」
「我々がこの村を離れるものですか。ここが我々の故郷なのですぞ」
彼の言葉を皮切りに次々と声が上がり始めた。
「そうだ! 俺たちも戦うぜ、領主様!」
「代官様から俺たちを救ってくれたのはあんたじゃねえか!」
「この村は俺たちの希望だ! 邪神なんぞに渡してたまるか!」
元兵士が、農民が、職人が、母親が、老人たちが。
村の誰もが恐怖を乗り越え、戦う意志をその瞳に宿していた。
彼らは俺と共に戦うことを選んでくれたのだ。
俺の目から熱いものがこみ上げてきた。
俺は一人ではなかった。
俺の後ろにはこんなにも多くの心強い仲間たちがいる。
「……ありがとう。皆」
俺は声を振り絞って礼を言った。
「ありがとう……!」
うおおおおおっ!
広場は団結を誓う力強い雄叫びに包まれた。
邪教団の宣戦布告はアルカディア村の人々の心を恐怖で砕くどころか、むしろこれまで以上に固い一つの岩へと変えたのだ。
俺たちの平穏なスローライフはもう戻らないのかもしれない。
だが俺たちは絶望などしていなかった。
この仲間たちと共に新たな日常を、そして本当の平和をこの手で創り上げていく。
そのための新しい戦いが今、始まったのだ。
俺は仲間たちの力強い顔を見渡し、アルカディアの領主として、そしてこの世界を守る者として静かに、しかし燃えるような闘志を心に宿した。
空に開いたという空間の亀裂はすでに跡形もなく消えている。だが、あの冒涜的な気配は俺たちの脳裏に深く、そして不吉に焼き付いていた。
「……終わったのか?」
建物の陰から姿を現したリズベットが、警戒を解かずに呟いた。
「いいえ。終わってなどいません」
シルフィが黒く焼け焦げた聖銀樹の葉を拾い上げながら、静かに、しかしはっきりとした口調で言った。「むしろ始まってしまったのです。私たちの本当の戦いが」
彼女の言う通りだった。
セレスティアの最後の行動は単なる逃亡ではなかった。
あれは儀式だった。自らの敗北と魂を供物として、邪神復活の計画を次の段階へと進めるための。
そして俺たちアルカディア村に対する、明確で取り消し不能な『宣戦布告』だった。
俺はガイア・ガーディアンたちに広場の後片付けを命じながら、仲間たちと共に領主の館へと戻った。
執務室のテーブルを囲んでも、誰一人として勝利の余韻に浸る者はいなかった。俺たちの表情は皆、硬い。
「邪教団『黄昏の蛇』か。ずいぶんと物騒な連中が現れたもんだな」
リズベットが腕を組みながら唸る。「聖女様がそのトップの一人たあ、笑えねえ冗談だぜ」
「彼女の目的はこの村を『祭壇』にして邪神を復活させること。そのためにこの村に満ちる生命力と、私たちの魂を『贄』として求めている」
俺が状況を整理すると、シルフィが重い口を開いた。
「エルフの最も古い伝承に一つだけ記述があります。世界の理が乱れ星々の巡りが凶兆を示す時、『黄昏の蛇』は現れる、と。彼らは世界の終わりを告げる使者であり、その先触れとして最も輝かしい生命の地を堕とし、神々の眠る門を開く、と」
「……つまりこのアルカディア村が、その『最も輝かしい生命の地』に選ばれちまったってわけかい」
リズベットが忌々しげに吐き捨てる。
皮肉な話だった。俺たちが平和で豊かな理想郷を築き上げようとすればするほど、その輝きが世界の闇を呼び寄せてしまうのだ。
「このことは外部に知らせるべきだろうか」
俺は仲間たちに問いかけた。「アウグスト騎士団長やセバスチャン殿に伝えれば、国や商会が何らかの助けになってくれるかもしれない」
だがシルフィは静かに首を横に振った。
「おそらく無駄でしょう。邪教団の存在などほとんどの人間にとっては、おとぎ話でしかありません。確たる証拠もなく騒ぎ立てれば無用な混乱を招くだけです。最悪の場合、アルフォンス様が人心を惑わす危険人物と見なされてしまう可能性さえあります」
リズベットも同意だった。
「ああ。それに騎士団だか何だか知らねえが、あいつらがセレスティアの空間転移や魔人たちの力にどこまで対抗できる? 下手に巻き込んで無駄な犠牲を増やすだけかもしれねえぜ」
二人の意見は的を射ていた。
これはもはや通常の軍隊や国家権力が対処できるレベルの問題ではない。
神話や伝説の領域の戦いだ。
そしてその戦いに対抗できるだけの規格外の力を持っているのは、今のところこのアルカディア村だけなのだ。
「……そうか。そうだな」
俺は覚悟を決めた。「なら俺たちだけでやるしかない。この戦いは俺たちがこの村でケリをつける」
領主として俺は一瞬迷った。
この村の人々を、世界の命運を賭けたこんな途方もない戦いに巻き込んで良いのだろうか、と。
彼らはただ平穏な暮らしを求めてここへ来ただけなのだ。
だがもう選択の余地はなかった。
邪教団はこの村そのものを狙っている。逃げる場所などどこにもない。
戦うか、それともすべてを奪われ贄となるか。道は二つに一つだ。
翌朝。
俺はシェルターから出てきた村人たちを再び中央広場に集めた。
広場には昨夜の激戦の爪痕が生々しく残っている。村人たちの顔には不安と恐怖の色が浮かんでいた。
俺はその全ての視線を一身に受け止めながら、演台に立った。
嘘はつかなかった。
俺は昨夜何が起こったのか、ありのままに話した。
セレスティアの正体、邪教団『黄昏の蛇』の存在、そして彼らがこの村を狙う恐るべき目的。
俺たちの村が世界の終わりを目論む巨大な悪の標的となっていることを、誠実に、そして包み隠さずに語った。
広場は水を打ったように静まり返った。
恐怖に息を呑む者、絶望に顔を青ざめさせる者。
俺はそんな彼らに向かって深く、深く頭を下げた。
「……申し訳ない」
俺の声は震えていた。「俺がこの村をこれほどまでに豊かにしてしまったせいで、皆をとんでもない危機に巻き込んでしまった。領主として失格だ」
「だが」と俺は顔を上げた。
「俺は諦めるつもりはない。この村を、ここにいる誰一人として奴らの好きにはさせない。俺は戦う。この命に代えても俺たちの家を、俺たちの日常を守り抜いてみせる」
俺は村人たち一人一人の目を見ながら続けた。
「……これは俺が背負うべき戦いだ。皆に強制はしない。もしこの村を離れたい者がいるなら、今すぐ俺が安全な場所まで送り届けることを約束する。だが、もし……もし俺と共にこの村で戦う覚悟を決めてくれる者がいるのなら、どうか力を貸してほしい」
俺の魂からの訴えだった。
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その重い沈黙を破ったのは村の長老、オーギュストだった。
彼はゆっくりと前に進み出ると俺の前に立ち、静かに、しかし力強い声で言った。
「アルフォンス様。顔をお上げください」
「我々がこの村を離れるものですか。ここが我々の故郷なのですぞ」
彼の言葉を皮切りに次々と声が上がり始めた。
「そうだ! 俺たちも戦うぜ、領主様!」
「代官様から俺たちを救ってくれたのはあんたじゃねえか!」
「この村は俺たちの希望だ! 邪神なんぞに渡してたまるか!」
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俺は一人ではなかった。
俺の後ろにはこんなにも多くの心強い仲間たちがいる。
「……ありがとう。皆」
俺は声を振り絞って礼を言った。
「ありがとう……!」
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俺たちの平穏なスローライフはもう戻らないのかもしれない。
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