スキル【土いじり】でパーティを追放された俺、開墾した畑からダンジョンが生えてきた。

夏見ナイ

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第69話:帝国軍、侵攻開始

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「竜の牙」が歴史の闇に消え、ガイウスが犯した罪が邪教団の仕業であったという衝撃的な事実が、ボルガンを通じて各国の王侯貴族やギルド上層部に密かにもたらされた。
だが、その情報はあまりにも荒唐無稽であり、また邪教団という組織の実態が掴めないことから表沙汰になることはなかった。ただ水面下で、いくつかの国の諜報機関が「黄昏の蛇」というコードネームを追い始めるという、小さな波紋を生んだに過ぎなかった。

世界がその小さな変化に気づかぬまま時が流れる中、俺たちのアルカディアは邪教団との来るべき決戦に備え、静かに、しかし着実にその力を蓄えていた。
村は、もはや村と呼ぶのが躊躇われるほどの規模と機能を持つ小さな城塞都市へと変貌を遂げている。
俺の【神の農園】スキルによって整備された街並みは美しく衛生的で、家々には上下水道が完備されている。リズベットの工房は一大工業地帯となり、そこで生み出される高品質な製品が村の経済を潤し、シルフィの医療院は大陸中から難病の患者が訪れるほどの先進的な医療拠点となっていた。

俺たちの生活は、脅威に備える緊張感を持ちながらも、かつてないほどの豊かさと平穏に満ちていた。
このままセレスティアが再び現れるその日まで、俺たちは力を蓄え続ける。そう思っていた。
だが、俺たちの前に立ちはだかったのは、世界の理の外にいる邪神の使徒ではなく、人間の持つどこまでも愚かで底なしの『欲望』だった。

その日、アルカディアに一台の馬車が半狂乱とも言えるほどの速度で駆け込んできた。
掲げられた旗は俺たちの盟友、シルバークレイン商会のもの。
馬車から転がり落ちるようにして現れたのは、会頭であるセバスチャンその人だった。彼の顔は長旅の疲れと極度の緊張で青ざめている。

「アルフォンス様! 一大事でございます!」
彼は息も絶え絶えに俺の執務室へと駆け込んできた。
「落ち着いてください、セバスチャン殿。何があったのですか」
俺が水を差し出すと、彼はそれを一気に飲み干し、震える声で語り始めた。

「グライフ帝国が……帝国が、動きました!」
その言葉に、俺と、同席していたシルフィ、リズベットの顔に緊張が走る。
「先日、貴村から撤退したクラウス将軍は、皇帝陛下にありのままを報告したそうです。『アルカディアは人知を超えた力を持つ、敵に回すべきではない存在である』と。彼は貴村との平和的な国交を具申したとのこと」
セバスチャンの話は、俺がクラウスという男に抱いた印象を裏付けるものだった。彼は理性的で、名誉を知る軍人だった。

「ですが」とセバスチャンは続けた。その声には絶望の色が滲んでいる。
「皇帝は、その進言を敗軍の将の言い訳と一蹴。それどころか、アルカディアが持つオリハルコンを始めとする無限の資源に完全に取り憑かれてしまったのです。皇帝はクラウス将軍を更迭、辺境の監視任務へと左遷し、代わりに帝国で最も冷酷で、最も残忍とされる将軍を新たな総司令官に任命しました」

「……その名は?」
「ヴァルケンハイン。『鋼鉄の虐殺者』の異名を持つ男です」
その名を聞いたシルフィが小さく息を呑んだ。エルフの国にもその男の悪名は届いているのだろう。
「ヴァルケンハインは、かつて帝国に反旗を翻した南方の小国を女子供に至るまで皆殺しにし、その地を塩で埋め尽くして地図から完全に消し去ったと言われる、血も涙もない男。彼にとって戦争とは、外交や交渉ではなく、ただの『殲滅』なのです」

最悪の人選だった。
クラウスのような理性の通じる相手ではない。
「そしてヴァルケンハインは、皇帝の全権委任を受け、帝国が動かせる最大規模の軍勢を率いてすでに出陣しております。その数、実に一万……!」

一万。
その数字が持つ重みが執務室の空気を圧し潰すかのように、重くのしかかる。
それはもはや戦争というよりも、一方的な蹂躙のためだけの軍勢だった。
「彼らの目的は、交渉などではありません。アルカディアの完全な殲滅。そして、その富の完全な収奪。先遣隊は、おそらくあと数日でこの地に到達するでしょう」
セバスチャンはすべての情報を伝え終えると、力なく椅子に崩れ落ちた。「……申し訳ありません。我が商会の諜報網を駆使しても、これがお伝えできる精一杯でした……」

執務室は重い沈黙に包まれた。
一万の帝国最強の軍勢。率いるは情け容赦のない虐殺者。
それは邪教団とはまた違う、純粋な物理的暴力としてはこの世界で考えうる最大級の脅威だった。

その沈黙を破ったのは、リズベットの乾いた笑い声だった。
「……へっ、へっへっへ。一万だあ? 虐殺者だあ? 面白え。面白えじゃねえか」
彼女は立ち上がるとウォーハンマーを肩に担ぎ、その瞳を獣のようにギラつかせた。「相手にとって不足はねえ。やってやろうじゃねえか、お頭。アタシたちの国の本当の建国戦争をよ!」

「ええ」シルフィも静かに、しかし固い決意を込めて立ち上がった。「逃げる場所などどこにもありません。ならば、迎え撃つまでです。このアルカディアの民として、そしてあなたの仲間として」

二人の揺るぎない覚悟。
俺はそんな頼もしい仲間たちの顔を見渡し、静かに頷いた。
そうだ。恐れることなど、何もなかった。
俺たちがこの一年足らずで築き上げてきたものは、決して見かけ倒しの理想郷などではない。

俺は執務室の窓から、平和な村の光景を見下ろした。
子供たちの笑い声が聞こえる。
パンの焼ける香ばしい匂いがする。
この愛すべき日常。
それを鉄のブーツで踏みにじらせてたまるか。

俺は領主として、そしてこの国の王として、最後の決断を下した。
「――セバスチャン殿。貴重な情報を感謝する。あなたはすぐに安全な場所へ」
「アルフォンス様……!」
「これはもう商人が関わっていい戦いではない。俺たちの、国の戦争だ」

俺はセバスチャンを下がらせると、村全体に警鐘を鳴らすよう命じた。
そして、広場に集まった全ての民の前で宣言した。
「アルカディアの民よ! 聞け! 我らが故郷に鉄の嵐が迫っている! グライフ帝国が一万の軍勢で、我々のすべてを奪い、踏みにじろうとしている!」
「だが、我々は屈しない! 我々は奴隷となるためにこの理想郷を築いたのではない! 自由を、平和を、そして我らが誇りを守るために戦うのだ!」

俺はガイアズ・エッジを天に掲げた。
その黄金の刃が太陽の光を反射して、神々しく輝く。
「これよりアルカディアは、国家防衛の最終段階に移行する! 全ての民は我が指示に従い、持ち場につけ! 女子供は地下シェルターへ!」
「義勇軍は壁の上へ! 工房は兵器の最終調整を! 医療班は負傷者に備えよ!」

俺の号令が村中に響き渡る。
人々は一瞬の動揺の後、誰一人としてうろたえることなく自分の持ち場へと走り出した。
彼らの顔には恐怖ではなく、自分たちの国を自分たちの手で守り抜くという、誇り高い決意が燃えていた。

村が、一つの巨大な戦闘機械のように機能し始める。
その光景を見届けた俺は、一人聖銀樹の下へと向かった。
そして、その幹に手を触れ、スキル【神の農園】の全ての権能を解放した。

「――目覚めよ、我が神国アルカディア! 真の姿を現す時だ!」

俺の叫びに大地が応えた。
アルカディアの国土全体が地響きと共に、その姿を変貌させ始めた。
それはもはや、ただの要塞化ではない。
国そのものが一つの巨大な、自律思考型の迎撃要塞へと変形していく。
アルカディアという名の不沈艦。
その最後の起動シーケンスが、今始まったのだ。

その日の夕暮れ。
帝国の先遣隊がついにアルカディアの領土の境界線に到達した。
彼らが見たのは、穏やかな農村などではなかった。
大地から天を突くようにそびえ立つ巨大な城壁。その上には無数の防衛兵器が静かに、そして無慈悲に侵入者を待ち構えている。
そして、その城壁全体がまるで生き物のように淡い光を放ち、脈動している。

アルカディアは、その神々しいまでの威容をもって、世界最強の軍勢を静かに待ち受けていた。
戦いの火蓋は、今、切って落とされようとしていた。
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