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第89-92話:真の狙い
しおりを挟む塔の最上階、玉座の間。
俺とシルフィは、邪神の心臓を背に佇むセレスティアと対峙していた。彼女の悲痛な過去の記憶が俺たちの精神を駆け巡った後、そこには張り詰めた、しかしどこか物悲しい沈黙が流れていた。彼女もまた、この世界の犠牲者。同情はする。だが、だからといって彼女の行いが許されるわけではない。
「……それでも、俺はこの世界を信じたい。お前が絶望した、その先の可能性を」
俺がガイアズ・エッジを構え直すと、セレスティアもまた悲しみを振り払うかのように、闇の義手と左手に禍々しいオーラを練り上げ始めた。
「ええ。そうなるのでしょうね」
大地を愛し未来を信じる者と、世界に絶望し終焉を願う者。
二つの決して相容れない正義が、今、激突しようとしていた。
だが、その戦いが始まることはなかった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
突如として塔全体が、これまでとは比較にならないほど激しく揺れ始めたのだ。床に、壁に、天井に巨大な亀裂が走り、塔そのものが悲鳴を上げているかのようだった。
「!?」
俺とセレスティアが同時に驚愕の表情を浮かべる。
部屋の中央で脈打っていた『邪神の心臓』が、突如としてその鼓動を止めたのだ。そして、その表面がまるで石化するように、急速に灰色へと変色していく。
「な……なぜです!? 儀式はまだ完成していないはず……!」
セレスティアが狼狽の声を上げる。
その瞬間、俺の脳裏にこれまでの戦いで感じてきた数々の違和感が、一つの線となって繋がった。
あまりにも手薄すぎる本拠地の守り。
まるで俺たちに倒されるのを待っているかのように、各階層で一人ずつ待ち構えていた幹部たち。
そして、あまりにも都合よく俺たちの精神に流れ込んできた、セレスティアの同情を誘う過去の記憶。
すべては、俺たちの足をこの塔に引きつけ、時間を稼ぐための壮大な芝居だったとしたら?
「……罠だ!」
俺は叫んだ。「ここは本拠地じゃない! 俺たちは、陽動に釣られたんだ!」
「まさか……」
セレスティアの顔から血の気が引いていく。彼女もまたその可能性に思い至ったようだった。
彼女は震える手で、祭壇の隅に隠されていた別の通信用の水晶玉を起動させた。
そこに映し出されたのは、彼らの真の指導者であり教祖である、フードを目深に被った謎の人物の姿だった。
『――見事であったぞ、セレスティア』
教祖は静かな、しかし嘲笑の色を滲ませた声で言った。『お前の悲劇的な過去は、あの大地の王の足を止めるのに十分すぎるほど役立った。お前の最後の役目は見事に果たされたな』
「……あなた様は、わたくしを……我々七司祭を、最初から捨て駒として……!?」
『そうだ』
教祖はあっさりと肯定した。『邪神様の完全なる復活のためには、お前たち七つの強大な魂を贄として捧げる必要があった。この塔の崩壊と共に、お前たちはその身をもって最後の供物となるのだ。光栄に思うがいい』
「……っ!」
セレスティアは絶句した。
信じていた主に裏切られた。彼女のすべてを捧げた信仰は、ただ利用されていただけだったのだ。彼女の瞳に、再びあの日のような、純粋な、そして深い絶望の色が浮かんだ。
その時、通信水晶の向こう側で教祖の背後の景色が変わった。
そこに映し出されていたのは、見慣れた穏やかな緑の大地。
そして、その中央にそびえ立つ一本の銀色の巨木。
「――アルカディア!」
俺は絶叫した。
奴らの本当の狙いは、最初から一つだったのだ。
俺たちアルカディアの最高戦力をこの偽りの本拠地におびき寄せ、幹部もろとも葬り去る。その間に、手薄になったアルカディアで真の儀式を完成させる。それこそが、邪教団の真の計画だった。
『さらばだ、大地の王よ』
教祖は冷たく言い放った。『お前の愛する国が我が神の降臨の地となるその瞬間を、その絶海の孤島から指をくわえて見ているがいい』
通信が一方的に切られた。
ゴオオオオオオオオオオオッ!
塔が完全に崩壊を始める。
天井が崩れ落ち、床が抜け落ちていく。
俺とシルフィ、そして絶望に立ち尽くすセレスティア。
俺たちは崩れ落ちる偽りの祭壇の中で、ただ遠い故郷の空を想うことしかできなかった。
俺たちの最大の勝利は、同時に最大の敗北の始まりだったのだ。
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