お前のような地味な女は不要だと婚約破棄されたので、持て余していた聖女の力で隣国のクールな皇子様を救ったら、ベタ惚れされました

夏見ナイ

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第4話:運命の夜会

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王家主催の夜会の日が、無情にもやってきた。それは王国中の貴族が一堂に会する、年に一度の盛大な催しだ。リリアーナにとっては、公開処刑場へ向かう日と何ら変わりない。

「リリアーナ。お前も当然、参加するのですよ」
朝食の席で、父親が決定事項として告げた。その声には、拒否を許さないという強い意志が込められている。
「グレイフィールド家の人間として、王子の婚約者として。義務を果たしなさい」
「……はい。お父様」
リリアーナはそう答えるしかなかった。行きたくないなどという我儘が、この家で通るはずもない。

その日の屋敷は、朝から浮き足立っていた。誰もが妹のマリアンヌのために忙しなく動き回っている。専属の侍女たちが最新のデザインのドレスを運び込み、有名な髪結いが呼ばれ、宝石商が持ってきたきらびやかな装飾品がテーブルに並べられる。

「まあ、なんて素敵な髪飾り。このドレスにぴったりですわ」
マリアンヌの弾んだ声が廊下まで響いてくる。リリアーナは自室の扉を固く閉ざし、その喧騒から耳を塞いだ。

彼女の準備を手伝う者など誰もいない。衣装箪笥の奥から、数年前に一度だけ着たきりの、濃紺のドレスを引っ張り出した。流行遅れのデザインで、装飾もない。夜会の光の中では、夜の闇に溶けて消えてしまいそうなほど地味な一着。それが、今の彼女には何より好都合だった。

鏡もない部屋で、手探りで髪をまとめ、古びた眼鏡をかける。これで準備は終わりだ。扉を開けると、ちょうど支度を終えたマリアンヌと鉢合わせた。

若草色の絹のドレスは、彼女の金髪と白い肌を完璧に引き立てている。首元には大粒のダイヤモンドが輝き、顔にはプロの化粧師が施した完璧な化粧。まるで春の妖精のようにきらきらしく、美しい。
マリアンヌはリリアーナの姿を一瞥し、鼻で笑った。
「まあ、お姉様。まるでこれからお葬式にでも行くような格好ですわね」
「……」
「いいこと? 決してわたくしのそばには寄らないでくださいませ。あなたのその陰気な空気が移ってしまいますから」
その言葉は、母親そっくりだった。リリアーナは何も言わず、ただ妹の前から消えるように階段を下りた。

王城へ向かう馬車は、二台用意されていた。一台は両親とマリアンヌが乗る豪華なもの。そしてもう一台は、リリアーナが一人で乗るための、古く小さなものだった。家族と同じ空気を吸うことすら許されない。それがリリアーナの立場だった。

王城は、無数のシャンデリアと燭台の光に照らされ、まるで昼間のように明るかった。天井の高いホールには、着飾った貴族たちが集い、楽しげな会話と笑い声、そして楽団が奏でる優雅なワルツの音色で満ちている。

リリアーナは会場に足を踏み入れた瞬間、その圧倒的な光と熱気に気圧されそうになった。誰も彼もが自信に満ち溢れ、輝いて見える。自分だけが、この場に相応しくない、色のない異物のように感じられた。

彼女は誰に挨拶することもなく、吸い寄せられるように壁際へ向かった。巨大な大理石の柱の影。そこが彼女の定位置だった。ここからなら、会場全体を見渡せる。そして、誰からも注目されることなく、ただの背景の一部になることができる。

「まあ、あの方……グレイフィールド家のご令嬢よね?」
「ええ、あの灰色の幽霊令嬢よ。よくもまあ、あのような姿で夜会に来られたものだわ」
「セドリック殿下がお可哀想に。あんなのが婚約者だなんて」

ひそひそと交わされる会話が、嫌でも耳に入ってくる。嘲笑と憐憫の視線が、針のように肌を刺す。リリアーナは俯き、ただひたすら時間が過ぎるのを待った。床に広がるドレスの裾を、意味もなく見つめ続ける。

どれくらいそうしていただろうか。不意に、会場のざわめきが一段と大きくなった。楽団の演奏が一瞬止まり、人々の視線が一斉にホールの入り口へと注がれる。

そこに立っていたのは、セドリック王子だった。純白の軍服に身を包んだ彼は、物語の王子様そのものだ。そして、その腕にエスコートされていたのは、淡いピンクのドレスをまとった可憐な少女。イザベラ・ロセッティだった。

二人が会場に足を踏み入れた瞬間、まるで彼らだけにスポットライトが当たったかのように、周囲がぱっと明るくなった気がした。セドリックは満面の笑みを浮かべ、イザベラは少しはにかみながら、しかし嬉しそうに彼を見上げている。誰もが、その光景にうっとりと見惚れていた。彼らこそが、この夜会の主役だった。

リリアーナは柱の影から、その光景を遠く見ていた。胸の奥が、ちくりと痛んだ。それは嫉妬ではなかった。羨望でもない。ただ、あまりにも美しい完成された絵画を見せつけられたような、絶対的な断絶感。自分があの場所に立つことは、決してない。自分は、あの光の世界の住人ではない。

そう悟った瞬間、不思議と心は凪いでいった。これでいいのだ。あれが、彼の望む未来。自分の役目は、もうすぐ終わる。

人々は次々と二人の元へ集まり、賞賛の言葉をかけている。セドリックは得意げにそれに応じ、イザベラは天使のような微笑みを振りまいていた。まるで、本当の婚約者のように。いや、そこにいる誰もが、彼女こそが真の婚約者だと信じて疑っていないようだった。

リリアーナはそっと息を吐き、この場から静かに立ち去ろうと考えた。自分の存在は、この祝福された夜の汚点にしかならない。

踵を返そうとした、その時だった。
群衆の中心にいたセドリックの目が、不意にこちらを向いた。リリアーナは凍りついた。柱の影に隠れたはずなのに、どうして。
彼の青い瞳が、真っ直ぐにリリアーナの姿を捉える。その表情が、すっと冷たくなった。

セドリックは隣にいるイザベラに、何かを優しく囁いた。イザベラはこくりと頷き、彼を見つめる。そして、二人は人々の輪を抜け、ゆっくりとこちらに向かって歩き始めた。

会場のざわめきが、遠のいていく。リリアーナの耳には、自分の心臓がどくん、どくんと冷たく鳴り響く音だけが聞こえていた。

逃げ場はない。
運命の足音が、すぐそこまで迫っていた。
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