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第5話:突然の断罪
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モーゼが海を割るように、人波が左右に分かれて道を開けた。その道を、セドリック王子とイザベラ・ロセッティがまっすぐに進んでくる。彼らの目的地が自分であると悟ったリリアーナは、逃げることも動くこともできず、ただその場に縫い付けられたように立ち尽くしていた。
今までひそひそと囁かれていた声がぴたりと止む。音楽さえも、いつの間にか止まっていた。ホールに集まった全ての貴族たちの視線が、今や一点に集中している。柱の影に隠れていたはずのリリアーナは、望まぬ形で舞台の真ん中に引きずり出されていた。好奇、憐憫、嘲笑。様々な感情を孕んだ視線が、無数の矢となって彼女に突き刺さる。
リリアーナの目の前で、二人は足を止めた。
セドリックの顔には、冷酷なまでの決意が浮かんでいた。その瞳は、もはやリリアーナを人間として見ていない。ただ、排除すべき障害物として捉えているだけだ。
隣のイザベラは、セドリックの腕にしがみつくように寄り添っている。長い睫毛を伏せ、怯えた小鹿のような表情を浮かべていた。しかし、その僅かに上がった口角に浮かぶ微かな満足の色を、間近にいたリリアーナだけは見逃さなかった。
「リリアーナ・グレイフィールド」
セドリックの声は、静かだった。だが、静かだからこそ、ホール全体によく響き渡った。誰もが一言も聞き漏らすまいと、息を殺している。
「ちょうどよかった。ここで会えるとは思っていたがな。貴様には、そしてここにいる皆の前で、はっきりとさせておかなければならないことがある」
彼はゆっくりと、芝居がかった口調で言った。この状況を、この断罪の瞬間を、心の底から楽しんでいるのが見て取れた。
リリアーナは何も答えられない。喉が干上がり、唇が震える。ただ、これから告げられるであろう言葉を待つことしかできなかった。
「セドリック様……」
イザベラがか細い声で、王子の名を呼んだ。その声は震え、聞く者の同情を誘う。
「わたくし……わたくしのために、このような……。リリアーナ様には、申し訳ないことを……」
涙ぐむ彼女の姿に、周囲からは「なんてお優しい方だ」「イザベラ様は何も悪くない」という同情の声が上がり始める。完璧な演出だった。イザベラは被害者であり、セドリックは彼女を守るために立ち上がった正義の騎士。そしてリリアーナは、二人を苦しめる悪役。その構図は、あっという間に完成した。
セドリックはイザベラの肩を優しく抱き、庇うようにしながら、再びリリアーナに鋭い視線を向けた。
「聞け、リリアーナ。お前という婚約者の存在が、どれほど私を苦しめてきたことか。その地味で陰気な姿、常に俯き、何一つまともに話すこともできぬ無能さ。王家に嫁ぐ者として、あまりにも不適格だ」
一つ一つの言葉が、鞭となってリリアーナの心を打つ。周囲の貴族たちが、同意するように頷いているのが見えた。誰も彼女の味方ではない。誰も、彼女の事情など知ろうともしない。
「それに引き換え、イザベラは違う。彼女の持つ癒やしの力は、この国に光をもたらす。彼女の優しさは、人々の心を救う。私の隣に立つべきは、このような輝かしい女性なのだ。お前のような、灰色の影ではない」
セドリックは高らかに言い放った。それはイザベラへの賛辞であると同時に、リリアーナへの最終通告だった。
リリアーナは、ただ黙って彼の言葉を受け止めていた。もう痛みは感じなかった。心が麻痺してしまったのかもしれない。あるいは、心のどこかでずっと分かっていたことだったからかもしれない。この日が、いつか必ず来ると。
彼は満足げに周囲を見回し、そして、宣告の時が来たとばかりに息を吸い込んだ。
全ての音が消え、世界から色が失われていく。
リリアーナの視界には、冷たい笑みを浮かべる王子と、その腕の中で勝利を確信する令嬢の姿だけが、焼き付いていた。
「よって、私は――」
セドリックの声が、運命の口火を切った。
今までひそひそと囁かれていた声がぴたりと止む。音楽さえも、いつの間にか止まっていた。ホールに集まった全ての貴族たちの視線が、今や一点に集中している。柱の影に隠れていたはずのリリアーナは、望まぬ形で舞台の真ん中に引きずり出されていた。好奇、憐憫、嘲笑。様々な感情を孕んだ視線が、無数の矢となって彼女に突き刺さる。
リリアーナの目の前で、二人は足を止めた。
セドリックの顔には、冷酷なまでの決意が浮かんでいた。その瞳は、もはやリリアーナを人間として見ていない。ただ、排除すべき障害物として捉えているだけだ。
隣のイザベラは、セドリックの腕にしがみつくように寄り添っている。長い睫毛を伏せ、怯えた小鹿のような表情を浮かべていた。しかし、その僅かに上がった口角に浮かぶ微かな満足の色を、間近にいたリリアーナだけは見逃さなかった。
「リリアーナ・グレイフィールド」
セドリックの声は、静かだった。だが、静かだからこそ、ホール全体によく響き渡った。誰もが一言も聞き漏らすまいと、息を殺している。
「ちょうどよかった。ここで会えるとは思っていたがな。貴様には、そしてここにいる皆の前で、はっきりとさせておかなければならないことがある」
彼はゆっくりと、芝居がかった口調で言った。この状況を、この断罪の瞬間を、心の底から楽しんでいるのが見て取れた。
リリアーナは何も答えられない。喉が干上がり、唇が震える。ただ、これから告げられるであろう言葉を待つことしかできなかった。
「セドリック様……」
イザベラがか細い声で、王子の名を呼んだ。その声は震え、聞く者の同情を誘う。
「わたくし……わたくしのために、このような……。リリアーナ様には、申し訳ないことを……」
涙ぐむ彼女の姿に、周囲からは「なんてお優しい方だ」「イザベラ様は何も悪くない」という同情の声が上がり始める。完璧な演出だった。イザベラは被害者であり、セドリックは彼女を守るために立ち上がった正義の騎士。そしてリリアーナは、二人を苦しめる悪役。その構図は、あっという間に完成した。
セドリックはイザベラの肩を優しく抱き、庇うようにしながら、再びリリアーナに鋭い視線を向けた。
「聞け、リリアーナ。お前という婚約者の存在が、どれほど私を苦しめてきたことか。その地味で陰気な姿、常に俯き、何一つまともに話すこともできぬ無能さ。王家に嫁ぐ者として、あまりにも不適格だ」
一つ一つの言葉が、鞭となってリリアーナの心を打つ。周囲の貴族たちが、同意するように頷いているのが見えた。誰も彼女の味方ではない。誰も、彼女の事情など知ろうともしない。
「それに引き換え、イザベラは違う。彼女の持つ癒やしの力は、この国に光をもたらす。彼女の優しさは、人々の心を救う。私の隣に立つべきは、このような輝かしい女性なのだ。お前のような、灰色の影ではない」
セドリックは高らかに言い放った。それはイザベラへの賛辞であると同時に、リリアーナへの最終通告だった。
リリアーナは、ただ黙って彼の言葉を受け止めていた。もう痛みは感じなかった。心が麻痺してしまったのかもしれない。あるいは、心のどこかでずっと分かっていたことだったからかもしれない。この日が、いつか必ず来ると。
彼は満足げに周囲を見回し、そして、宣告の時が来たとばかりに息を吸い込んだ。
全ての音が消え、世界から色が失われていく。
リリアーナの視界には、冷たい笑みを浮かべる王子と、その腕の中で勝利を確信する令嬢の姿だけが、焼き付いていた。
「よって、私は――」
セドリックの声が、運命の口火を切った。
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