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第1話 お荷物のヒーラー
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剣風が空を裂く音。灼熱の魔力が大気を焦がす匂い。そして、巨獣が断末魔と共に大地へ倒れ伏す轟音。それらが過ぎ去った後には、しばしの静寂だけが残された。
「ちっ、雑魚が。手間取らせやがって」
血振りした大剣を無造作に肩へ担ぎ、ガリウスが悪態をついた。彼の名はガリウス・フォン・グランフォード。大陸にその名を轟かせるSランクパーティ【熾天の剣】のリーダーであり、若くして天才と謳われる剣士だ。その足元には、小山のような巨体を横たえたオーガ・ロードの亡骸が転がっている。額には大剣が深々と突き刺さり、絶命しているのは誰の目にも明らかだった。
「ガリウス様、お見事です!今の切り上げ、神技でしたわ!」
ローブを纏った魔法使いのティナが、甘ったるい声で駆け寄る。彼女の放った最上級火炎魔法《インフェルノ》が、オーガ・ロードの頑強な皮膚を焼き爛れさせていた。
「まあな。俺にかかればこんなものだ」
ガリウスはティナの賞賛に満足げに頷く。その傍らで、影から現れた盗賊のジェイクが死体から手際よく魔石を抉り出していた。
「へへっ、こいつは高く売れそうだぜ。さすがはガリウスさんだ」
「当然だ」
三人が戦果を誇る中、その輪から少し離れた場所に、一人の青年がぽつんと立っていた。アレン。平凡な革鎧に、腰には小さなポーチだけを下げた青年。彼こそが【熾天の剣】に所属する唯一のヒーラーだった。しかし、彼の顔に激戦を終えた高揚感はない。ただ、俯きがちに仲間たちのやり取りを眺めているだけだ。
戦闘中、アレンにできたことは何もない。せいぜい、ガリウスが敵の攻撃を掠めて作った切り傷に、遠くから《ヒール》を飛ばすだけ。それすらも「気休めにもならん」と一蹴されるのが常だった。攻撃魔法も、身体強化のような補助魔法も、彼には使えない。使えるのは、基礎的な回復魔法である《ヒール》と、簡単な解毒魔法《デトックス》のみ。
Sランクパーティのヒーラーとしては、あまりにも非力。それがアレン自身にも分かっていた。
「おいアレン!いつまで突っ立ってる!さっさと荷物をまとめろ!日が暮れる前に野営の準備をするんだぞ!」
ガリウスの怒声が飛ぶ。アレンはびくりと肩を震わせ、慌てて駆け出した。
「は、はい!ただいま!」
彼はオーガ・ロードの亡骸には目もくれず、戦闘前に運び込んだ大量の荷物の元へ走る。そこには四人分のテントや食料、調理器具、その他雑多な備品が山と積まれていた。本来、これらは魔法の鞄《アイテムボックス》に収納するのが一般的だ。しかし【熾天の剣】では、その役割をアレンが担っていた。彼の非力さへの当てつけのように、パーティの荷物のほとんどを彼に背負わせるのが、いつからの慣習になっていた。
「ぐっ……!」
巨大なバックパックを背負い、アレンは呻き声を漏らす。成人男性が二人で運ぶような重量だ。骨が軋み、全身の筋肉が悲鳴を上げる。それでも彼は歯を食いしばって歩き出した。ここで弱音を吐けば、さらに酷い罵倒が待っているだけだからだ。
アレンが汗だくで野営地を探し、テントを設営している間、他のメンバーは焚き火を囲んで談笑していた。彼らが動くのは、アレンが全ての準備を終えた後だ。
「おいアレン、水汲みはどうした!」
「薪が足りねえぞ、のろま!」
「ああ、腹が減ったな。今日の飯はなんだ?」
矢継ぎ早に飛んでくる指示と要求。アレンは返事をする暇もなく、キャンプ地を走り回る。水を汲み、薪を集め、手早く食事の準備に取り掛かった。今夜のメニューは、干し肉と野菜を煮込んだスープ、それに硬い黒パンだ。あり合わせの材料で作った粗末な食事。それでも、疲れ切った身体には何よりのご馳走のはずだった。
やがて、湯気の立つスープの鍋を焚き火の中央に置くと、アレンは四人分の皿にそれをよそった。
「お待たせしました。食事ができました」
「……またこれか」
ガリウスはアレンから皿を受け取るなり、不満そうに鼻を鳴らした。
「毎日毎日、芸のない飯だな。お前は回復だけでなく、料理の腕も三流以下か」
「申し訳ありません……」
アレンは唇を噛みしめ、頭を下げる。反論などできるはずもなかった。
「まあまあ、ガリウス様。アレンに多くを期待するだけ無駄ですわ。回復しかできないんですもの、仕方ありませんわよ」
ティナがくすくすと笑いながら、スープを一口啜る。その目はアレンを完全に見下していた。
「全くだぜ。こいつのヒールなんて、ポーション飲んだ方がよっぽどマシだ。なんでこんな奴が俺たちと同じSランクなんだか」
ジェイクもパンを齧りながら嘲笑を浮かべる。三人の言葉は鋭い刃となって、アレンの心を容赦なく切り刻んだ。
悔しい。情けない。だが、彼らの言うことは事実だった。なぜ自分が【熾天の剣】にいられるのか。それは、このパーティに加入した聖女リリアが、幼馴染であるアレンを「専属のヒーラーに」と推薦したからに過ぎない。リリアがいなければ、アレンなど最初から門前払いだっただろう。
そのリリアは、今は黙ってスープを口に運んでいる。彼女はパーティの良心であり、唯一アレンを気遣ってくれる存在だった。しかし、ガリウスの威圧的な態度の前では、彼女も強く出ることができない。時折、アレンに同情的な視線を送るのが精一杯だった。
アレンは三人の輪から外れ、少し離れた岩に腰掛けて自分の食事を始めた。味などほとんどしない。ただ、腹を満たすための作業だ。スープを啜るたびに、胸の奥に冷たいものが溜まっていく。
(いつまで、こんな日々が続くんだろう)
冒険者になったばかりの頃は、夢があった。いつか仲間と認め合い、背中を預けて戦う。そんな英雄譚に憧れていた。だが現実は非情だ。彼に与えられた役割は、英雄たちの身の回りの世話をするだけの奴隷と変わらなかった。
食事が終わると、後片付けも当然アレンの仕事だ。彼が鍋や皿を洗い場で洗っていると、背後からそっと声がかけられた。
「アレン……」
リリアだった。彼女は心配そうな顔で、アレンの手元を見つめている。
「ごめんなさい。私、何も言えなくて……」
「リリアは悪くないよ。俺が不甲斐ないだけだから」
アレンは無理に笑顔を作って答えた。リリアを困らせたくなかった。彼女の優しさが、この地獄のようなパーティでアレンが正気を保てる唯一の理由だったからだ。
「これ、使って。少しは疲れが取れると思うから」
リリアはそう言って、小さな小瓶をアレンの手に握らせた。上級の魔力回復薬(マナポーション)だ。高価なそれを、彼女はいつもこうしてこっそり分けてくれる。
「ありがとう、リリア」
「ううん。……ガリウスさんたち、言い方がキツいだけなの。本当は、アレンのことも仲間だって……」
そう言いかけたリリアの言葉は、遠くから響いた声に遮られた。
「リリアー!こっちに来い!明日の打ち合わせをするぞ!」
ガリウスの声だ。リリアはびくりと体を震わせ、悲しげに眉を寄せた。
「……行かないと。ごめんなさい、アレン」
彼女はそう言い残し、足早に焚き火の輪へと戻っていく。その小さな背中を見送りながら、アレンは握りしめたポーションに視線を落とした。
仲間だって、思ってくれてる?
そんなはずがない。リリアの慰めが、ただの気休めであることはアレン自身が一番よく分かっていた。
一人残されたアレンは、黙々と片付けを再開した。カチャカチャと食器の擦れる音だけが、やけに大きく響く。遠くからは、ガリウスたちの楽しげな笑い声が聞こえてきた。その声は、まるで分厚い壁の向こう側から聞こえてくる世界の音のようだった。
洗い物を終え、自分のテントに戻る。他のメンバーが使う真新しい上等なテントとは違う、古びて継ぎ接ぎだらけの一人用テント。それがアレンの寝床だ。
狭いテントに体を滑り込ませ、硬い寝袋に横たわる。疲労困憊のはずなのに、なかなか寝付けない。瞼を閉じれば、今日浴びせられた罵声が何度も繰り返される。
『回復しかできない無能』
『三流以下の雑用係』
『お前は俺たちのパーティに必要ない』
それらの言葉が、じわじわとアレンの心を蝕んでいく。
明日も、きっと同じ日が来る。荷物を運び、雑用をこなし、罵倒される。戦闘では役に立てず、ただ仲間たちの背中を見つめるだけ。
夜空には、無数の星が輝いていた。かつて、あの星のように輝かしい冒険者になることを夢見ていた。だが、今の自分はなんだろう。星の光も届かない、暗い地の底を這いずり回っているだけではないか。
アレンは静かに寝返りを打った。冷たい地面の感触が、彼の孤独を一層際立たせる。
明日、このパーティに自分の居場所はあるのだろうか。そんな問いへの答えが見つからないまま、アレンの意識は深い闇の中へと沈んでいった。
「ちっ、雑魚が。手間取らせやがって」
血振りした大剣を無造作に肩へ担ぎ、ガリウスが悪態をついた。彼の名はガリウス・フォン・グランフォード。大陸にその名を轟かせるSランクパーティ【熾天の剣】のリーダーであり、若くして天才と謳われる剣士だ。その足元には、小山のような巨体を横たえたオーガ・ロードの亡骸が転がっている。額には大剣が深々と突き刺さり、絶命しているのは誰の目にも明らかだった。
「ガリウス様、お見事です!今の切り上げ、神技でしたわ!」
ローブを纏った魔法使いのティナが、甘ったるい声で駆け寄る。彼女の放った最上級火炎魔法《インフェルノ》が、オーガ・ロードの頑強な皮膚を焼き爛れさせていた。
「まあな。俺にかかればこんなものだ」
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「へへっ、こいつは高く売れそうだぜ。さすがはガリウスさんだ」
「当然だ」
三人が戦果を誇る中、その輪から少し離れた場所に、一人の青年がぽつんと立っていた。アレン。平凡な革鎧に、腰には小さなポーチだけを下げた青年。彼こそが【熾天の剣】に所属する唯一のヒーラーだった。しかし、彼の顔に激戦を終えた高揚感はない。ただ、俯きがちに仲間たちのやり取りを眺めているだけだ。
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Sランクパーティのヒーラーとしては、あまりにも非力。それがアレン自身にも分かっていた。
「おいアレン!いつまで突っ立ってる!さっさと荷物をまとめろ!日が暮れる前に野営の準備をするんだぞ!」
ガリウスの怒声が飛ぶ。アレンはびくりと肩を震わせ、慌てて駆け出した。
「は、はい!ただいま!」
彼はオーガ・ロードの亡骸には目もくれず、戦闘前に運び込んだ大量の荷物の元へ走る。そこには四人分のテントや食料、調理器具、その他雑多な備品が山と積まれていた。本来、これらは魔法の鞄《アイテムボックス》に収納するのが一般的だ。しかし【熾天の剣】では、その役割をアレンが担っていた。彼の非力さへの当てつけのように、パーティの荷物のほとんどを彼に背負わせるのが、いつからの慣習になっていた。
「ぐっ……!」
巨大なバックパックを背負い、アレンは呻き声を漏らす。成人男性が二人で運ぶような重量だ。骨が軋み、全身の筋肉が悲鳴を上げる。それでも彼は歯を食いしばって歩き出した。ここで弱音を吐けば、さらに酷い罵倒が待っているだけだからだ。
アレンが汗だくで野営地を探し、テントを設営している間、他のメンバーは焚き火を囲んで談笑していた。彼らが動くのは、アレンが全ての準備を終えた後だ。
「おいアレン、水汲みはどうした!」
「薪が足りねえぞ、のろま!」
「ああ、腹が減ったな。今日の飯はなんだ?」
矢継ぎ早に飛んでくる指示と要求。アレンは返事をする暇もなく、キャンプ地を走り回る。水を汲み、薪を集め、手早く食事の準備に取り掛かった。今夜のメニューは、干し肉と野菜を煮込んだスープ、それに硬い黒パンだ。あり合わせの材料で作った粗末な食事。それでも、疲れ切った身体には何よりのご馳走のはずだった。
やがて、湯気の立つスープの鍋を焚き火の中央に置くと、アレンは四人分の皿にそれをよそった。
「お待たせしました。食事ができました」
「……またこれか」
ガリウスはアレンから皿を受け取るなり、不満そうに鼻を鳴らした。
「毎日毎日、芸のない飯だな。お前は回復だけでなく、料理の腕も三流以下か」
「申し訳ありません……」
アレンは唇を噛みしめ、頭を下げる。反論などできるはずもなかった。
「まあまあ、ガリウス様。アレンに多くを期待するだけ無駄ですわ。回復しかできないんですもの、仕方ありませんわよ」
ティナがくすくすと笑いながら、スープを一口啜る。その目はアレンを完全に見下していた。
「全くだぜ。こいつのヒールなんて、ポーション飲んだ方がよっぽどマシだ。なんでこんな奴が俺たちと同じSランクなんだか」
ジェイクもパンを齧りながら嘲笑を浮かべる。三人の言葉は鋭い刃となって、アレンの心を容赦なく切り刻んだ。
悔しい。情けない。だが、彼らの言うことは事実だった。なぜ自分が【熾天の剣】にいられるのか。それは、このパーティに加入した聖女リリアが、幼馴染であるアレンを「専属のヒーラーに」と推薦したからに過ぎない。リリアがいなければ、アレンなど最初から門前払いだっただろう。
そのリリアは、今は黙ってスープを口に運んでいる。彼女はパーティの良心であり、唯一アレンを気遣ってくれる存在だった。しかし、ガリウスの威圧的な態度の前では、彼女も強く出ることができない。時折、アレンに同情的な視線を送るのが精一杯だった。
アレンは三人の輪から外れ、少し離れた岩に腰掛けて自分の食事を始めた。味などほとんどしない。ただ、腹を満たすための作業だ。スープを啜るたびに、胸の奥に冷たいものが溜まっていく。
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「アレン……」
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「ごめんなさい。私、何も言えなくて……」
「リリアは悪くないよ。俺が不甲斐ないだけだから」
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「これ、使って。少しは疲れが取れると思うから」
リリアはそう言って、小さな小瓶をアレンの手に握らせた。上級の魔力回復薬(マナポーション)だ。高価なそれを、彼女はいつもこうしてこっそり分けてくれる。
「ありがとう、リリア」
「ううん。……ガリウスさんたち、言い方がキツいだけなの。本当は、アレンのことも仲間だって……」
そう言いかけたリリアの言葉は、遠くから響いた声に遮られた。
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ガリウスの声だ。リリアはびくりと体を震わせ、悲しげに眉を寄せた。
「……行かないと。ごめんなさい、アレン」
彼女はそう言い残し、足早に焚き火の輪へと戻っていく。その小さな背中を見送りながら、アレンは握りしめたポーションに視線を落とした。
仲間だって、思ってくれてる?
そんなはずがない。リリアの慰めが、ただの気休めであることはアレン自身が一番よく分かっていた。
一人残されたアレンは、黙々と片付けを再開した。カチャカチャと食器の擦れる音だけが、やけに大きく響く。遠くからは、ガリウスたちの楽しげな笑い声が聞こえてきた。その声は、まるで分厚い壁の向こう側から聞こえてくる世界の音のようだった。
洗い物を終え、自分のテントに戻る。他のメンバーが使う真新しい上等なテントとは違う、古びて継ぎ接ぎだらけの一人用テント。それがアレンの寝床だ。
狭いテントに体を滑り込ませ、硬い寝袋に横たわる。疲労困憊のはずなのに、なかなか寝付けない。瞼を閉じれば、今日浴びせられた罵声が何度も繰り返される。
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『三流以下の雑用係』
『お前は俺たちのパーティに必要ない』
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明日も、きっと同じ日が来る。荷物を運び、雑用をこなし、罵倒される。戦闘では役に立てず、ただ仲間たちの背中を見つめるだけ。
夜空には、無数の星が輝いていた。かつて、あの星のように輝かしい冒険者になることを夢見ていた。だが、今の自分はなんだろう。星の光も届かない、暗い地の底を這いずり回っているだけではないか。
アレンは静かに寝返りを打った。冷たい地面の感触が、彼の孤独を一層際立たせる。
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