異世界転移した俺のスキルは【身体魔改造】でした ~腕をドリルに、脚はキャタピラ、脳はスパコン。 追放された機械技師は、神をも超える魔導機兵~

夏見ナイ

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第九話 邂逅、公爵と技師

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アストリアの城門前は、張り詰めた空気に支配されていた。
ソレイユの使者――肥満した体に派手な絹の服をまとった貴族男――は、若き公爵リゼットの毅然とした拒絶に、顔を屈辱で真っ赤に染めていた。
「……リゼット公。その言葉、後悔するなよ。貴様のような田舎娘が、偉大なるソレイユ魔法王国に逆らうということが、どういう意味を持つのか……分かっておらんようだな!」
使者の声は、怒りで震えていた。もはや交渉のテーブルは完全に覆された。彼は、剥き出しの敵意をリゼットに向ける。
「我が国は、貴国との交易を全面的に停止する! 食料も、ポーションの原料も、魔法具も、一切売ってやらん! 貴様らは、そのちっぽけな土地で、ガラクタいじりをしながら干からびて死ぬがいい!」
捨て台詞を吐き、使者は護衛たちに顎をしゃくった。
「帰るぞ! こんな汚らわしい機械の国、一刻たりともいたくはないわ!」
彼らは馬車の向きを変え、立ち去ろうとする。リゼットは、その背中に向かって冷静に、しかし芯の通った声で告げた。
「ええ、お引き取りください。ガルダは、我々の手で豊かにしてみせます。魔法の恵みがなくとも、我々の技術と創意工夫で、民を飢えさせはしません」
その言葉が、使者の最後の理性を焼き切った。
彼は振り返り、その醜い顔を憎悪に歪ませた。
「……小娘が、どこまでも私をコケにする気か!」
使者は懐から、手のひらサイズの黒い水晶を取り出した。それは禍々しい紫色の光を放っており、一目見て危険な魔道具だと分かる。
「リゼット様、お下がりください!」
ガルダの護衛兵たちが、咄嗟にリゼットの前に立ち、盾を構えた。群衆から悲鳴が上がる。
「これは、我が国の最新型攻撃魔道具『インプロージョン・オーブ』! 触れたもの全てを内側から圧壊させる代物だ! その生意気な口と共に、貴様の体も潰してやろう!」
使者は水晶をリゼットに向かって投げつけた。
オーブは、唸りを上げて空中を飛び、リゼットを守る護衛兵の盾に向かって吸い寄せられるように飛んでいく。
「防げっ!」
護衛兵の一人が叫び、盾に魔力を込める。だが、オーブが盾に接触した瞬間、パリン、とガラスが割れるような音を立てて魔法防御が砕け散った。
「なっ!?」
オーブは勢いを失わず、盾を構えた兵士の腕に吸い付く。
「ぐ、あああああ!」
兵士の腕が、内側から見えない力で捻り上げられるように、異常な角度に曲がっていく。鎧の金属が、ミシミシと悲鳴を上げた。このままでは、兵士の腕ごと圧し潰されるのは時間の問題だ。
「いけない!」
リゼットが悲痛な声を上げる。彼女にとって、兵士は使い捨ての駒ではない。守るべき民の一人なのだ。
他の護衛兵も助けに入ろうとするが、オーブから放たれる斥力に阻まれ、近づくことすらできない。
絶体絶命。誰もがそう思った、その瞬間。
群衆の中から、一つの影が弾丸のように飛び出した。
「――邪魔だ」
地を這うような低い声。
その影は、オーブに苦しむ兵士と、その背後で顔を青ざめさせるリゼットの間に、割り込むようにして立った。
鋼鉄の腕と、鋼鉄の脚を持つ、見慣れない男。相羽カケルだった。

カケルは、目の前の現象を冷静に分析していた。
――黒い水晶、魔道具か。対象物に接触し、指向性の重力場か圧力場のようなものを発生させている。
――エネルギー供給は、水晶内部の魔力。外部からの制御は見られない。一度発動したら、内部のエネルギーが尽きるまで止まらないタイプと見た。
――兵士の腕を圧壊させている力。これを無力化するには、力の源である水晶を破壊するか、あるいは発生している力場そのものを打ち消す必要がある。
彼の脳は、瞬時に最適解を導き出していた。
「どけ!」
カケルは、苦しむ兵士の体を突き飛ばすようにして下がらせた。オーブは新たなターゲットを求めて、目の前のカケルに吸い付こうとする。
カケルはそれを、左腕の甲で、こともなげに受け止めた。
「なっ……!?」
ソレイユの使者が、信じられないものを見る目で目を見開いた。
ギチギチギチ……!
カケルの金属の左腕が、オーブの圧力によって軋む音を立てる。だが、兵士の腕のように砕け散る気配はない。鉄クズから作った無骨な腕が、最新鋭の攻撃魔道具の力を、真っ向から受け止めていた。
「……なるほど、大した圧力だ。だがな」
カケルは、右腕をゆっくりと掲げた。
「硬度で、お前を上回ればいいだけの話だ」
カチリ、と機械音が響く。
彼の右前腕部から、蒼黒いバイブロ・ブレードが滑り出した。ブーン、という低い振動音が、張り詰めた空気を震わせる。
「な、なんだ、その腕は……!?」
使者の驚愕も、リゼットの息を呑む音も、カケルの耳には入っていなかった。
彼はただ、左腕に吸い付く黒い水晶の、その一点だけを見据えていた。
ブレードを、振り下ろす。
何の抵抗もなかった。
キィン、という微かな音と共に、バイブロ・ブレードの刃が、禍々しい光を放っていた黒水晶を、豆腐のように、真っ二つに断ち割った。
途端に、カケルの左腕にかかっていた圧力が霧散する。
破壊された水晶の破片が、力なく地面に落ちて転がった。
後に残されたのは、絶対的な静寂。
誰もが、言葉を失っていた。王国の最新兵器が、謎の男の、たった一振りでガラクタにされた。その事実が、人々の理解を超えていた。
「さて、と」
カケルはブレードを静かに収納すると、ゆっくりとソレイユの使者に向き直った。
「次に投げるタマは、もうねえのか?」
その冷たい瞳に射抜かれ、使者は「ひっ」と蛙が潰れたような声を上げた。恐怖が、彼の思考を完全に支配する。
カケルは一歩、前に踏み出した。
それだけで、使者は腰を抜かし、その場にへたり込んだ。護衛たちも、主を見捨てて逃げ出すか、武器を構えるべきか逡巡し、動けないでいる。
戦意は、完全に喪失していた。
「……もう、いいでしょう」
その時、凛とした声が響いた。
リゼットだった。彼女は、カケルの背後に立ち、その広い背中を見つめていた。
「彼らに、これ以上戦う意思はありません。見逃してあげてください」
カケルは、ちらりと背後のリゼットに視線を向けた。彼女の瞳には、恐怖や混乱ではなく、自分に対する強い興味と、冷静な判断力が宿っていた。
「……チッ」
カケルは舌打ち一つし、使者から目を逸らした。リゼットに免じて、これ以上の追撃はやめてやることにしたらしい。
「聞きましたね? 命が惜しければ、二度とガルダの地に足を踏み入れないことです」
リゼットが冷ややかに告げると、使者たちは待ってましたとばかりに、這う這うの体で馬車に乗り込み、逃げるように去っていった。

嵐が去った城門前に、再び静寂が戻る。
腕を負傷した兵士は、仲間たちに介抱されていたが、幸い骨が砕けるまでには至っていなかった。
やがて、全ての視線が、カケルとリゼットの二人に集まった。
リゼットは、カケルに向き直り、その金属の体を、頭のてっぺんから足の爪先まで、じっくりと観察するように見つめた。その眼差しは、ソレイユの人間が見せたような侮蔑の色合いはなく、まるで未知の、しかし非常に興味深い機械を前にした技師のような、純粋な探究心に満ちていた。
「……助かりました。ありがとうございます」
リゼットは、公爵として、まず礼を述べた。そして、彼女は真っ直ぐにカケルの目を見て、問いかけた。
「貴方は、一体何者なのですか?」
その声には、単なる身元への問い以上の意味が込められていた。
その圧倒的な力は何なのか。その鋼鉄の体は何なのか。魔法ではない、全く異なる理で動くその技術は、一体何なのか。
彼女の問いは、カケルの存在そのものの本質に迫るものだった。
カケルは、リゼットの琥珀色の瞳を見返した。
その瞳の奥に、彼は自分と同じ種類の光を見た。未知の技術に対する好奇心。困難な問題を解き明かそうとする探究心。そして、何より、自分の信じる「力」に対する、揺るぎない誇り。
「……ただの、機械技師だ」
彼は、いつもと同じように、ぶっきらぼうに答えた。
だが、その言葉の響きは、いつもとは少しだけ違って聞こえた。
この女公爵なら、あるいは。
自分の全てを、理解してくれるかもしれない。
そんな、淡い期待が、カケルの胸に芽生え始めていた。
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