異世界転移した俺のスキルは【身体魔改造】でした ~腕をドリルに、脚はキャタピラ、脳はスパコン。 追放された機械技師は、神をも超える魔導機兵~

夏見ナイ

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第二十話 祝杯と次なる鉄槌

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平原での圧勝から半日後。ガルダ軍は、首都アストリアへと凱旋した。
その歓迎ぶりは、鉱山から帰還した時とは比較にならないほどの熱狂に包まれていた。民衆は、城へと続く街道の両脇を埋め尽くし、口々に英雄たちの名を叫んでいた。
「リゼット様、万歳!」
「ハインケル隊長、お見事!」
そして、ひときわ大きく、地響きのように響き渡るのが、あの二つ名だった。
「「「鉄の救世主! 鉄の救世主!」」」
その声援は、全て、軍列の先頭を進む異形の魔導機兵――相羽カケルに向けられていた。
カケルは、キャタピラの上で、心底うんざりした顔で腕を組んでいた。舞い散る花びらが、彼の傷だらけの黒鉄装甲に付着しては、滑り落ちていく。
「……ったく、好き勝手呼びやがって」
彼の呟きは、歓声にかき消されて誰の耳にも届かない。
彼の隣には、同じく馬に乗ったティリアがいた。彼女もまた、民衆から「森の守り手」「聖なる射手」などと称賛を浴びていたが、その視線は、どこか居心地の悪そうなカケルに注がれていた。
「ふふっ、すごい人気ね、カケル」
「やかましい」
からかうようなティリアの言葉に、カケルは吐き捨てるように返す。彼は、英雄になるために戦ったわけではない。この熱狂は、彼にとって理解不能な、ただただ不快なノイズでしかなかった。

その夜、アストリア城の大広間では、盛大な祝勝会が催された。
兵士たちの労をねぎらい、勝利の美酒に酔いしれるための宴。リゼットの計らいで、豪華な食事が並び、吟遊詩人が勝利の詩を奏でている。
だが、その宴席の主役であるはずのカケルの姿は、どこにもなかった。
「まったく、あいつは……」
美しいドレスに身を包んだリゼットは、来賓への挨拶をこなしながら、呆れたように溜息をついた。彼が、こんな騒がしい場所を好むはずがない。きっと、今頃は……。

リゼットの予想通り、カケルは工房にいた。
キャタピラユニットは取り外され、今は戦闘前の二足歩行の義足に戻っている。上半身の黒鉄装甲も、損傷が激しい箇所は取り外され、彼は上半身裸で、炉の前に立っていた。
汗が、鍛えられた背中を伝い落ちる。彼は、金床の上に乗せた装甲の歪みを、巨大なハンマーで叩き、修正していた。カン、カン、というリズミカルな金属音が、宴の喧騒とは対照的に、工房に響き渡る。
「……やっぱり、ここにいたのね」
背後から、声がした。ティリアだった。彼女は、宴席からこっそり抜け出してきたらしく、その手には、焼きたてのパンと肉料理が乗った皿を持っている。
「修理の邪魔をしに来たのか」
「違うわ。夕食の差し入れよ。あなた、お昼から何も食べていないでしょう?」
ティリアは、皿を作業台の端に置いた。
「戦いは終わったのよ。少しは休んだらどう? みんな、あなたのことを心配しているわ」
「こいつを直すのが、俺の休みだ」
カケルは、手を止めずに答えた。
「それに、まだ終わりじゃねえ。ソレイユが、このまま黙っているはずがねえだろ。次に来る奴は、もっとヤバい。今のままじゃ、勝てねえよ」
彼の言葉に、ティリアは表情を曇らせた。確かに、今回の勝利は、ソレイユという巨大な国家から見れば、ほんの小さな躓きに過ぎないのかもしれない。
「……だからって、あなた一人で全部背負う必要はないわ。あなたには、私たちがいる」
「……」
ティリアの真剣な言葉に、カケルのハンマーを振るう手が、一瞬だけ止まった。
「私たち……か」
彼は、その言葉を、口の中で転がすように呟いた。
仲間。チーム。これまで、一匹狼として生きてきた彼にとって、それは馴染みのない、しかし、どこか温かい響きを持つ言葉だった。
その時、工房の扉が再び開いた。リゼットだった。
「ティリアの言う通りですよ、カケル殿。今夜くらいは、修理の手を休めて、勝利の味を噛み締めてください」
「あんたまで来たのか。俺は、騒がしいのは好かん」
「知っています。ですから、こちらに持ってきました」
リゼットがにっこり笑うと、彼女の後ろから、侍従たちがテーブルと椅子、そしてささやかな料理と上等なワインを運び込んできた。
「ここで、三人だけの祝勝会を開きましょう。これなら、文句はないでしょう?」
リゼットの、有無を言わさぬ笑顔。
カケルは、大きく、これ見よがしに溜息をついた。
「……好きにしろ」
結局、彼は二人の押しに負けた。

工房の隅で、小さな祝勝会が始まった。
リゼットが、祝杯の音頭を取る。
「ガルダの勝利と、二人の英雄に!」
「英雄はやめろ」
カケルは、ぶっきらぼうにグラスを合わせた。ティリアは、楽しそうに笑っている。
最初は居心地が悪そうにしていたカケルも、酒は飲まなかったが、ティリアが持ってきた肉料理を黙々と食べ始めた。リゼットは、その様子を満足げに眺めながら、今回の戦いの戦果について語り始めた。
「鹵獲したソレイユの武具ですが、全てこの工房に運び込むよう手配しました。貴方の解析と、新装備の開発に役立ててください」
「ああ、助かる」
「何か、気づいたことはありますか?」
リゼットの問いに、カケルは咀嚼していた肉を飲み込むと、口を開いた。
「……奴らの装備は、どれも一級品だ。使われている金属も、鍛え方も、ガルダのそれとはレベルが違う。だが、致命的な欠陥がある」
「欠陥、ですか?」
「ああ。奴らは、魔法があることを前提にモノ作りをしている。だから、物理的な構造に、甘えがあるんだ。鎧の関節部のクリアランス、剣の重心バランス……どれも、魔法による身体強化でカバーする設計思想だ。だから、魔法を封じられた途端、ただの重たいガラクタになる」
カケルの分析は、的確にソレイユ軍の弱点を突いていた。
彼は、立ち上がると、壁際に運び込まれていた鹵獲品の一つを手に取った。それは、肩に赤い紋章が刻まれた、騎士の籠手(ガントレット)だった。
「だが、中には面白いものもある」
カケルは、その籠手を分解し、内部の構造を確かめ始めた。
「この関節の作り……ベアリングの代わりに、魔力で潤滑する仕組みか。合理的だが、燃費が悪そうだ。だが、この発想は使えるかもしれん」
彼は、まるで初めて見るおもちゃを与えられた子供のように、夢中になって鹵獲品の解析を始めた。その姿を見て、リゼットとティリアは、顔を見合わせて苦笑する。やはり、彼にとっては、こういう時間こそが、何よりの祝杯なのだろう。

カケルは、ふと、あることに気づいた。
解析していた籠手の持ち主であろう騎士が使っていた剣が、他の兵士たちのものとは明らかに違うのだ。刀身に、微かに魔力の残滓が宿っている。
「……ほう。剣そのものに、魔法を付与しているのか。面白い」
彼は、剣の柄に刻まれた紋章に目を留めた。それは、翼を持つライオンを象った、精緻で力強い紋章だった。
「この紋章……」
ティリアが、その紋章を見て、はっと息を呑んだ。
「どうした?」
「それは、ソレイユ聖騎士団長、ギルベルト・ヴァイスマン直属の部隊、『グリフォン騎士団』の紋章よ。ソレイユの中でも、最強のエリート部隊……」
「ギルベルト・ヴァイスマン……」
カケルは、その名を、初めてはっきりと認識した。平原で、指揮官に伝言を頼んだ相手。
彼は、剣を置き、静かに目を閉じた。
脳内で、新たな敵の姿をシミュレートする。
今回の敵とは、レベルが違う。
魔法を封じただけでは、勝てない。
純粋な剣技、卓越した身体能力、そして、おそらくはカケルの対魔法障壁すら打ち破る、未知の切り札を持っている。
「……まだ、足りねえな」
カケルは、目を開けた。その瞳には、これまで以上に冷たく、そして鋭い光が宿っていた。
彼は、工房の奥にある、まだ手付かずの素材の山――グランド・アーマディロウの甲殻の残骸と、鉱山から手に入れた高純度の黒鉄鉱――を見つめた。
「今の俺の機動力じゃ、ギルベルトとかいう奴には、おそらく追いつけん。もっと速く、立体的に動ける機動力が必要だ」
彼の脳裏に、新たな改造計画の青写真が、火花を散らしながら描かれていく。
キャタピラによる、圧倒的な走破性。それは、地上戦においては絶大な力を発揮した。
だが、次の敵は、それだけでは捉えきれない。
ならば。
「空を、飛ぶしかねえな」
カケルは、不敵な笑みを浮かべた。
背中に、翼を。いや、そんなロマンチックなものではない。
もっと無骨で、暴力的で、圧倒的な推進力を生み出す、鋼鉄の噴射口。
――『ジェットブースター』。
鉄の救世主は、勝利の夜に、次なる戦場である「空」を見据えていた。彼の終わりなき自己改造は、神の領域へと、さらに一歩、近づこうとしていた。

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