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第二十二話 星辰鋼と魔晶燃料
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「これが、星辰鋼……」
工房の中央に運び込まれた、鈍い銀色の輝きを放つ金属塊を前に、カケルは感嘆の声を漏らした。
見た目は、ただの鉄の塊と変わらない。だが、指で触れると、ひんやりと冷たいのに、どこか星の光のような、微かな温かみが内部に宿っているように感じられた。手で叩いてみると、キィン、と高く澄んだ音が、長く尾を引いて響き渡る。
密度が、異常に高い。そして、その分子構造は、カケルが知るどんな金属よりも、遥かに強固で安定している。
「リゼットの奴、よくこんな代物を蔵に仕舞い込んでたな」
カケルは、工房の炉の温度を最大まで上げた。ゴオオオ、と音を立てて燃え盛る炎が、工房の壁を赤く照らす。
彼は、星辰鋼の塊を、巨大なトングで掴み、炉の中へと投入した。
だが、数十分経っても、星辰鋼は赤熱する気配すら見せなかった。炉の炎が、まるで金属の表面を滑るように流れていくだけだ。
「……なるほど。並の熱じゃ、ビクともしねえか」
公国の技術で加工できない、というリゼットの言葉は正しかった。これでは、叩いて延ばすことも、溶かして鋳造することもできない。
「だが、それがどうした」
カケルの口元に、不敵な笑みが浮かんだ。
常識的な方法が通用しないなら、常識を捨てればいい。
彼は、炉から星辰鋼を取り出すと、作業台の上に置いた。そして、自身の右腕を展開する。シュン、と音を立てて、バイブロ・ブレードが姿を現した。
「お前の硬さと、俺の刃、どっちが上か、試してやる」
カケルは、ブレードに魔力を集中させ、その振動周波数を限界まで高めた。ブーン、という振動音が、空間を歪ませるほどの高音へと変わっていく。
そして、彼は、星辰鋼の塊に、その刃を振り下ろした。
キィィィィィン!
耳をつんざくような、甲高い摩擦音。激しい火花が、滝のように飛び散った。
カケルは、歯を食いしばり、腕に全体重をかけてブレードを押し込む。金属と金属が、分子レベルで削り合う、凄まじい抵抗。彼の腕が、軋むように悲鳴を上げた。
数秒後、彼はブレードを離した。
星辰鋼の表面には、わずか数ミリの、細い切り傷が一本、刻まれているだけだった。
「……チッ。硬えな、おい」
カケルは、舌打ちした。バイブロ・ブレードをもってしても、この程度しか加工できない。これでは、ジェットブースターの複雑な部品を作るのに、何日かかるか分からない。
「熱でも、物理的な切断でもダメ……なら、どうする?」
彼は、再び思索に耽った。
そして、彼はある可能性に行き着いた。
「……待てよ。『加工』ができないなら、『変形』させればいいんじゃねえか?」
彼は、自身のスキル、【自己魔改造】の説明を脳内で反芻した。
『自身の身体を、任意の素材を用いて自由に換装・強化することができる』
『設計図の構築:完成形の構造、機能、材質などを明確にイメージする』
このスキルは、素材を一度、情報的な粒子レベルまで分解し、設計図通りに再構築するプロセスを経ている可能性がある。ならば――。
「俺の体の一部として、この星辰鋼を『融合』させ、その過程で、望む形に『設計』し直せば……」
それは、あまりに荒唐無稽で、危険な賭けだった。自分の体を、加工の「治具」として使うようなものだ。失敗すれば、星辰鋼と自分の体が、歪な形で融合したまま、元に戻せなくなる可能性すらある。
「……だが、やるしかねえ」
時間は、ない。
カケルは覚悟を決め、星辰鋼の塊の上に、右手を置いた。
「【自己魔改造(セルフ・リビルド)】――実行:部位融合」
彼の脳裏に、ジェットブースターの噴射ノズルや、タービンブレードといった、精密な部品の設計図が、完璧な形で描き出されていく。
そして、彼は祈るように、スキルを発動した。
「……ぐ、ううううっ!」
凄まじい勢いで、生命力が吸い上げられていく。
カケルの右腕と、触れた星辰鋼が、眩い光に包まれた。
光の中で、星辰鋼が、まるで粘土のようにその形を変え始めた。カケルの脳内にある設計図通りに、溶け、伸び、曲がり、そして、精密な部品へと再構成されていく。
それは、加工というより、錬金術に近い、神の領域の御業だった。
一方で、燃料の問題も、カケルを悩ませていた。
リゼットが言っていた、ソレイユの「魔力結晶」。それがあれば、おそらく解決する。だが、今からそれを手に入れる術はない。
「……代わりになるものは……」
カケルは、工房に保管されている、様々な素材に目を向けた。
魔獣から採れる魔石。これは、それ自体が安定したエネルギー源だが、爆発的な燃焼には向かない。
そんな中、彼の目に、あるものが留まった。
それは、グランド・アーマディロウを討伐した際、その体液と共に持ち帰っていた、黒く、粘り気のある液体だった。当初はただの汚泥だと思っていたが、念のため、樽に詰めて保管しておいたものだ。
彼は、その液体の成分を分析し始めて、驚くべき事実に気づいた。
「……こいつ、炭化水素に近い構造を持っているのか?」
その液体は、古代の植物か生物が、地中の高圧と高熱、そして魔力の影響を受けて変質した、天然の「原油」のようなものだったのだ。しかも、通常の原油とは比較にならないほど、高密度の魔力を含んでいる。
「……使える」
カケルは、即座に結論付けた。
この「魔導原油」を、精製する。不純物を取り除き、魔力を触媒にして、燃焼効率を極限まで高めた、超高純度の燃料へと。
彼は、あり合わせの材料で、急ごしらえの蒸留装置を組み上げた。ガラス製のフラスコや、銅製のパイプを組み合わせた、化学実験室にあるような、しかし、カケルの手にかかれば完璧に機能する精製プラントだ。
魔導原油が、ゆっくりと熱せられ、気化していく。気体は冷却管を通り、再び液体へと戻る。その過程で、不純物が分離されていく。
最初に滴り落ちてきたのは、無色透明で、揮発性の高い液体だった。航空機燃料のケロシンに近い性質を持つ。
次に、粘度の高い、重油のような液体。
そして、最後に残ったのは、ごく少量だが、琥珀色に輝き、揺らめくような濃密な魔力を放つ、ゼリー状の物質だった。
「……魔晶燃料(マナ・クリスタル・フューエル)。仮に、そう名付けておくか」
カケルは、そのゼリー状の燃料を指先に取り、そのエネルギー密度を確かめた。
指先に乗せただけで、皮膚がピリピリとするほどの、圧倒的なエネルギー。
「……これなら、いける」
耐熱合金と、超高効率燃料。
ジェットブースターを完成させるための、二つの鍵は、揃った。
星辰鋼の加工と、燃料の精製を終える頃には、ソレイユ軍の先鋒が、国境の砦に到達したという報せが届いていた。残された時間は、もはや半日もない。
工房に、ティリアとリゼットが駆け込んできた。
「カケル! もう、時間がないわ!」
「カケル殿、準備は……」
二人は、工房の中央に鎮座する、二基の巨大な機械を見て、言葉を失った。
それは、カケルが設計図に描いていた、『ジェットブースター』そのものだった。
星辰鋼でできた、流線型の美しいフォルム。内部には、精密なタービンブレードが幾重にも重なり、後部には、推力を制御するための可変ノズルが取り付けられている。それは、もはやこの世界の技術レベルを完全に超越した、異次元のオーパーツだった。
「……できたのか」
カケルは、三日三晩、不眠不休で作業を続けたせいで、その顔は痩せこけ、目の下には深い隈が刻まれている。だが、その瞳は、狂気的とすら言えるほどの輝きを放っていた。
彼は、二人に振り返ることなく、自分の背中を指さした。
「……最後の仕上げだ。これを、俺の背中に取り付ける。これまでで、一番、ヤバい改造になるだろうな」
彼の背中の装甲が、ゆっくりと展開する。そこには、ブースターを接続するための、複雑なドッキングポートが、既に取り付けられていた。
「もし、俺が暴走したら……ティリア」
カケルは、初めて、弱音とも取れる言葉を口にした。
「その時は、お前の矢で、俺の心臓を射抜け。躊躇うな」
「……っ!」
ティリアは、息を呑んだ。そんなこと、できるはずがない。
だが、彼女は、カケルの覚悟を、痛いほど感じていた。
「……分かったわ」
彼女は、涙をこらえ、震える声で答えた。
「でも、信じてる。あなたは、絶対に帰ってくるって」
「……そうか」
カケルは、ふっと、かすかに笑ったように見えた。
彼は、二基のジェットブースターの前に、背中を向けて立った。
「――最終改造、開始だ」
工房が、これまでで最も眩い、閃光に包まれた。
鋼鉄の救世主は、人の身を捨て、天を駆ける、堕天使へと生まれ変わろうとしていた。
その翼の名は、絶望か、それとも希望か。
答えは、間もなく、戦場(そら)で示される。
工房の中央に運び込まれた、鈍い銀色の輝きを放つ金属塊を前に、カケルは感嘆の声を漏らした。
見た目は、ただの鉄の塊と変わらない。だが、指で触れると、ひんやりと冷たいのに、どこか星の光のような、微かな温かみが内部に宿っているように感じられた。手で叩いてみると、キィン、と高く澄んだ音が、長く尾を引いて響き渡る。
密度が、異常に高い。そして、その分子構造は、カケルが知るどんな金属よりも、遥かに強固で安定している。
「リゼットの奴、よくこんな代物を蔵に仕舞い込んでたな」
カケルは、工房の炉の温度を最大まで上げた。ゴオオオ、と音を立てて燃え盛る炎が、工房の壁を赤く照らす。
彼は、星辰鋼の塊を、巨大なトングで掴み、炉の中へと投入した。
だが、数十分経っても、星辰鋼は赤熱する気配すら見せなかった。炉の炎が、まるで金属の表面を滑るように流れていくだけだ。
「……なるほど。並の熱じゃ、ビクともしねえか」
公国の技術で加工できない、というリゼットの言葉は正しかった。これでは、叩いて延ばすことも、溶かして鋳造することもできない。
「だが、それがどうした」
カケルの口元に、不敵な笑みが浮かんだ。
常識的な方法が通用しないなら、常識を捨てればいい。
彼は、炉から星辰鋼を取り出すと、作業台の上に置いた。そして、自身の右腕を展開する。シュン、と音を立てて、バイブロ・ブレードが姿を現した。
「お前の硬さと、俺の刃、どっちが上か、試してやる」
カケルは、ブレードに魔力を集中させ、その振動周波数を限界まで高めた。ブーン、という振動音が、空間を歪ませるほどの高音へと変わっていく。
そして、彼は、星辰鋼の塊に、その刃を振り下ろした。
キィィィィィン!
耳をつんざくような、甲高い摩擦音。激しい火花が、滝のように飛び散った。
カケルは、歯を食いしばり、腕に全体重をかけてブレードを押し込む。金属と金属が、分子レベルで削り合う、凄まじい抵抗。彼の腕が、軋むように悲鳴を上げた。
数秒後、彼はブレードを離した。
星辰鋼の表面には、わずか数ミリの、細い切り傷が一本、刻まれているだけだった。
「……チッ。硬えな、おい」
カケルは、舌打ちした。バイブロ・ブレードをもってしても、この程度しか加工できない。これでは、ジェットブースターの複雑な部品を作るのに、何日かかるか分からない。
「熱でも、物理的な切断でもダメ……なら、どうする?」
彼は、再び思索に耽った。
そして、彼はある可能性に行き着いた。
「……待てよ。『加工』ができないなら、『変形』させればいいんじゃねえか?」
彼は、自身のスキル、【自己魔改造】の説明を脳内で反芻した。
『自身の身体を、任意の素材を用いて自由に換装・強化することができる』
『設計図の構築:完成形の構造、機能、材質などを明確にイメージする』
このスキルは、素材を一度、情報的な粒子レベルまで分解し、設計図通りに再構築するプロセスを経ている可能性がある。ならば――。
「俺の体の一部として、この星辰鋼を『融合』させ、その過程で、望む形に『設計』し直せば……」
それは、あまりに荒唐無稽で、危険な賭けだった。自分の体を、加工の「治具」として使うようなものだ。失敗すれば、星辰鋼と自分の体が、歪な形で融合したまま、元に戻せなくなる可能性すらある。
「……だが、やるしかねえ」
時間は、ない。
カケルは覚悟を決め、星辰鋼の塊の上に、右手を置いた。
「【自己魔改造(セルフ・リビルド)】――実行:部位融合」
彼の脳裏に、ジェットブースターの噴射ノズルや、タービンブレードといった、精密な部品の設計図が、完璧な形で描き出されていく。
そして、彼は祈るように、スキルを発動した。
「……ぐ、ううううっ!」
凄まじい勢いで、生命力が吸い上げられていく。
カケルの右腕と、触れた星辰鋼が、眩い光に包まれた。
光の中で、星辰鋼が、まるで粘土のようにその形を変え始めた。カケルの脳内にある設計図通りに、溶け、伸び、曲がり、そして、精密な部品へと再構成されていく。
それは、加工というより、錬金術に近い、神の領域の御業だった。
一方で、燃料の問題も、カケルを悩ませていた。
リゼットが言っていた、ソレイユの「魔力結晶」。それがあれば、おそらく解決する。だが、今からそれを手に入れる術はない。
「……代わりになるものは……」
カケルは、工房に保管されている、様々な素材に目を向けた。
魔獣から採れる魔石。これは、それ自体が安定したエネルギー源だが、爆発的な燃焼には向かない。
そんな中、彼の目に、あるものが留まった。
それは、グランド・アーマディロウを討伐した際、その体液と共に持ち帰っていた、黒く、粘り気のある液体だった。当初はただの汚泥だと思っていたが、念のため、樽に詰めて保管しておいたものだ。
彼は、その液体の成分を分析し始めて、驚くべき事実に気づいた。
「……こいつ、炭化水素に近い構造を持っているのか?」
その液体は、古代の植物か生物が、地中の高圧と高熱、そして魔力の影響を受けて変質した、天然の「原油」のようなものだったのだ。しかも、通常の原油とは比較にならないほど、高密度の魔力を含んでいる。
「……使える」
カケルは、即座に結論付けた。
この「魔導原油」を、精製する。不純物を取り除き、魔力を触媒にして、燃焼効率を極限まで高めた、超高純度の燃料へと。
彼は、あり合わせの材料で、急ごしらえの蒸留装置を組み上げた。ガラス製のフラスコや、銅製のパイプを組み合わせた、化学実験室にあるような、しかし、カケルの手にかかれば完璧に機能する精製プラントだ。
魔導原油が、ゆっくりと熱せられ、気化していく。気体は冷却管を通り、再び液体へと戻る。その過程で、不純物が分離されていく。
最初に滴り落ちてきたのは、無色透明で、揮発性の高い液体だった。航空機燃料のケロシンに近い性質を持つ。
次に、粘度の高い、重油のような液体。
そして、最後に残ったのは、ごく少量だが、琥珀色に輝き、揺らめくような濃密な魔力を放つ、ゼリー状の物質だった。
「……魔晶燃料(マナ・クリスタル・フューエル)。仮に、そう名付けておくか」
カケルは、そのゼリー状の燃料を指先に取り、そのエネルギー密度を確かめた。
指先に乗せただけで、皮膚がピリピリとするほどの、圧倒的なエネルギー。
「……これなら、いける」
耐熱合金と、超高効率燃料。
ジェットブースターを完成させるための、二つの鍵は、揃った。
星辰鋼の加工と、燃料の精製を終える頃には、ソレイユ軍の先鋒が、国境の砦に到達したという報せが届いていた。残された時間は、もはや半日もない。
工房に、ティリアとリゼットが駆け込んできた。
「カケル! もう、時間がないわ!」
「カケル殿、準備は……」
二人は、工房の中央に鎮座する、二基の巨大な機械を見て、言葉を失った。
それは、カケルが設計図に描いていた、『ジェットブースター』そのものだった。
星辰鋼でできた、流線型の美しいフォルム。内部には、精密なタービンブレードが幾重にも重なり、後部には、推力を制御するための可変ノズルが取り付けられている。それは、もはやこの世界の技術レベルを完全に超越した、異次元のオーパーツだった。
「……できたのか」
カケルは、三日三晩、不眠不休で作業を続けたせいで、その顔は痩せこけ、目の下には深い隈が刻まれている。だが、その瞳は、狂気的とすら言えるほどの輝きを放っていた。
彼は、二人に振り返ることなく、自分の背中を指さした。
「……最後の仕上げだ。これを、俺の背中に取り付ける。これまでで、一番、ヤバい改造になるだろうな」
彼の背中の装甲が、ゆっくりと展開する。そこには、ブースターを接続するための、複雑なドッキングポートが、既に取り付けられていた。
「もし、俺が暴走したら……ティリア」
カケルは、初めて、弱音とも取れる言葉を口にした。
「その時は、お前の矢で、俺の心臓を射抜け。躊躇うな」
「……っ!」
ティリアは、息を呑んだ。そんなこと、できるはずがない。
だが、彼女は、カケルの覚悟を、痛いほど感じていた。
「……分かったわ」
彼女は、涙をこらえ、震える声で答えた。
「でも、信じてる。あなたは、絶対に帰ってくるって」
「……そうか」
カケルは、ふっと、かすかに笑ったように見えた。
彼は、二基のジェットブースターの前に、背中を向けて立った。
「――最終改造、開始だ」
工房が、これまでで最も眩い、閃光に包まれた。
鋼鉄の救世主は、人の身を捨て、天を駆ける、堕天使へと生まれ変わろうとしていた。
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