異世界転移した俺のスキルは【身体魔改造】でした ~腕をドリルに、脚はキャタピラ、脳はスパコン。 追放された機械技師は、神をも超える魔導機兵~

夏見ナイ

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第二十三話 聖騎士団長、ギルベルト

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ソレイユ魔法王国の軍勢は、ガルダ公国の東部平原に、その威容を現していた。
その数、二千。
先頭に立つのは、白銀の鎧に身を包んだ、百騎の精鋭たち。彼らが掲げる旗には、翼を持つライオンの紋章が、誇らしげに描かれている。聖騎士団長ギルベルト・ヴァイスマン直属の、グリフォン騎士団だ。
その後方には、千を超える重装歩兵、そして数百名の魔道士部隊が、一糸乱れぬ陣形で続く。それは、もはや侵攻軍ではない。小国を地上から消し去るための、殲滅軍だった。

その軍勢の中心、一頭の純白の軍馬に跨る男がいた。
聖騎士団長、ギルベルト・ヴァイスマン。
陽光を反射して輝く白銀の鎧。風に流れる、プラチナブロンドの髪。彫刻のように整った顔立ちは、しかし、神が作りたもうた芸術品のような冷徹さを湛えている。彼の存在そのものが、魔法というものの「完璧さ」と「美しさ」を体現しているようだった。
彼の腰には、鞘に収められた長剣が一振り。それ以外の、余計な装飾品はない。彼にとって、最強の武器は、彼自身の肉体と、その身に宿る膨大な魔力なのだ。

「……ギルベルト様」
側近の騎士が、馬上から声をかけた。
「ガルダ軍の姿が見えません。国境の砦も、ほぼ無抵抗で陥落しました。奴ら、首都に籠城するつもりでしょうか?」
ギルベルトは、遥か西、アストリアのある方角に、その青い瞳を向けた。
「いや、奴は来る」
その声は、静かだが、絶対的な確信に満ちていた。
「報告にあった、あの鉄の化け物……カケルとか言ったか。奴は、防衛戦のような、まどろっこしい戦いは選ばん。必ず、我々の前に姿を現す」
ギルベルトは、先日、無様に敗走してきた指揮官からの報告を、脳内で反芻していた。
魔法を無効化する、黒い装甲。
大地を蹂躙する、鋼鉄の無限軌道。
そして、何より、その圧倒的なまでの、理不尽な「力」。
「……面白い」
ギルベルトの口元に、初めて、かすかな笑みが浮かんだ。それは、愉悦や侮りの笑みではない。好敵手を見つけた、純粋な武人の笑みだった。
「世界の理(ことわり)を乱す、禁忌の存在。だが、それほどの力を持つ者が、この世に現れたというのなら、一度、この手で触れてみたいと思うのが、武人の性というものだ」
彼の言葉に、側近の騎士は戸惑いを隠せない。ギルベルト様が、あのような下賤な鉄クズに、興味を示されるとは……。
「全軍、進軍を停止。ここで、奴を待つ」
ギルベルトは、馬を止め、全軍に命令を下した。
「奴が、どんな手品を見せてくれるのか、じっくりと鑑賞してやろうではないか」
彼は、まるでこれから始まるオペラを待つ観客のように、静かに、そして楽しげに、その「時」を待った。

その頃、アストリア城の工房では、カケルの最終改造が、クライマックスを迎えていた。
眩い光が収まると、そこに立っていたのは、さらなる変貌を遂げたカケルの姿だった。
彼の背中には、星辰鋼で作られた、二基の巨大なジェットブースターが、まるで翼のように、完璧に融合していた。流線型のフォルムは、航空力学的に計算され尽くした機能美を放ち、後部の可変ノズルが、静かに出番を待っている。
上半身の黒鉄装甲と、下半身のキャタピラユニット、そして背中のジェットブースター。それらが、一つの有機的な機械生命体のように、完璧なバランスで彼の体を構成していた。
「……はぁ……はぁ……」
カケルの呼吸は、荒かった。全身の神経が、新たに接続されたブースターの制御システムと馴染もうとして、火花を散らしている。脳が、凄まじい情報量に悲鳴を上げていた。
「カケル……!」
リゼットとティリアが、駆け寄る。
「……問題ない」
カケルは、震える手で二人を制した。
「システムの、初期設定が終わっただけだ。……すぐに、慣れる」
彼は、目を閉じ、意識を集中させた。
脳内に、新たなウィンドウが開く。それは、ジェットブースターのステータス画面だった。
推力、燃料残量、機体温度、G(重力加速度)……。戦闘機のコクピットのように、膨大な情報が、彼の視界に表示される。
彼は、魔晶燃料を、ブースター内部のタンクへと送り込むよう、心の中で命じた。
ゴポゴポ、と微かな音がして、琥珀色の燃料が、パイプを通ってタンクを満たしていく。
「……イグニッション(点火)」
次の瞬間。
ブースターの内部で、小さな、しかし制御された爆発が起こった。
キュイイイイイン!
ブースターが、甲高いタービン音を立てて起動する。工房の空気が、後方の吸気口へと、凄まじい勢いで吸い込まれ始めた。
「きゃっ!」
ティリアの髪が、風圧で大きく煽られる。
「……出力、3パーセント。安定」
カケルは、自分の状態を、呟くように確認した。
彼は、ゆっくりと、キャタピラを駆動させ、工房の外へと向かった。その一歩一歩は、これまでのどの改造後よりも、慎重だった。
城の中庭に出ると、彼は空を見上げた。どこまでも青い、ガルダの空。
「……本当に、飛ぶのね」
ティリアが、不安と期待の入り混じった声で言った。
カケルは、彼女に振り返らずに、答えた。
「ああ。少し、散歩してくる」
彼は、膝をわずかに曲げ、体を屈めた。ジェットスキーのスタートのような、クラウチングスタートの姿勢。
そして。
「――ブースト、オン」
後方の二基のノズルから、青白い炎が、轟音と共に噴射された。
ゴオオオオオオオオッ!!
城の中庭全体が、激しく揺れる。凄まじい爆風が、周囲の木々をなぎ倒し、地面の土を抉り取った。
カケルの体は、その圧倒的な推力によって、地面から数センチ、ふわりと浮き上がった。
「……浮いた……!」
リゼットが、息を呑む。
「まだだ……!」
カケルは、歯を食いしばり、ブースターの出力を、一気に30パーセントまで引き上げた。
ノズルから噴射される炎が、さらに勢いを増す。
次の瞬間、彼の体は、もはや浮上などという生易しいものではなく、文字通り「発射」された。
弾丸のような、凄まじい加速。
彼の体は、垂直に、空へと撃ち出された。
「カケル!」
ティリアの悲鳴が、聞こえた気がした。
だが、彼の耳には、もはや自分のブースターの轟音しか届いていない。
眼下に、アストリアの街並みが、急速に小さくなっていく。
強烈なGが、彼の全身を襲う。内臓が、背中に張り付くような感覚。視界が、赤黒く染まりかける。
(……耐えろ!)
彼は、必死に意識を保ち、機体の制御に集中した。背中のブースターの推力と、体の重心を、ミリ単位で調整していく。
やがて、彼は、雲を突き抜け、どこまでも広がる蒼穹の世界へと到達した。
機体を水平にする。
眼下には、緑豊かなガルダの国土が、まるで地図のように広がっていた。
「……はは」
カケルは、思わず笑い声を漏らした。
「……ははははは! 飛んでる……俺は、空を飛んでるぞ……!」
絶望の淵にあった、あの六畳間のアパートから、ここまで来た。
自分の手で、自分の技術で、ついに、重力という世界の根源的な法則の一つを、克服してみせたのだ。
その感動に、彼はしばし酔いしれた。
だが、すぐに、彼は表情を引き締めた。
東の平原に、おびただしい数の、黒い染みが見える。ソレイユの軍勢だ。
そして、その中心に、ひときわ強い、しかし不快な魔力の輝きを感じる。
「……見つけたぜ、ギルベルト・ヴァイスマン」
カケルは、機体を反転させ、その一点を目指して、急降下を開始した。
星辰鋼の翼が、空気を切り裂く。
その速度は、もはや鳥やワイバーンなど比較にならない。音速の壁を、今にも突破しかねないほどの、超高速。

平原で待ち構えていたギルベルトは、空に、一つの輝く点が出現したことに、いち早く気づいた。
「……来たか」
その点が、信じられない速度で、こちらに近づいてくる。
最初は、ただの光の点だったものが、やがて、人型を成していく。
背中から、青白い炎を噴射する、鋼鉄の魔人。
「な……なんだ、あれは!?」
「空を……飛んでいるのか!?」
ソレイユの兵士たちが、空を見上げ、騒然となる。
やがて、その鋼鉄の魔人は、ソレイユ軍の頭上、高度百メートルで、ピタリと静止した。
逆光を背負い、その表情は窺えない。だが、その圧倒的な存在感は、二千の軍勢を、ただ一人で見下ろしていた。
ギルベルトは、静かに、空中のカケルを見上げた。
その青い瞳には、驚きと、それ以上の、歓喜の光が燃え盛っていた。
「……素晴らしい」
彼の口から、心からの賞賛が漏れた。
「魔法でもないのに、空を飛ぶだと? 我が知る、どんな理にも当てはまらん。貴様こそ、まさしく『禁忌』。世界の理を破壊する、異物だ」
彼は、ゆっくりと、腰の剣を抜き放った。
「そして、それを裁くのが、我が使命」
ギルベルトの体から、空気を震わせるほどの、膨大な魔力が立ち上る。
空には、科学の粋を集めた、鋼鉄の魔導機兵。
地には、魔法の理を極めた、白銀の聖騎士団長。
この世界の、二つの異なる理(ことわり)の頂点が、今、初めて、互いを視界に捉えた。
雌雄を決する、宿命の戦いが、始まろうとしていた。
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